病院前救護学

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1つ上のキャリアを切り開く新時代の救急救命士のために! ベストセラー『救急救命士によるファーストコンタクト』の著者が、指導救命士を目指す読者を意識してまとめた「病院前救護学」の決定版。病院前救護とは何か(定義)、救急救命士のための現場論・チーム論・訓練論、組織における人材育成論や地域解析論など、中堅以上の救急救命士や消防行政のマネジメント層に必須の知識を、理論と実例を豊富に紹介しながら解説。
郡山 一明
発行 2020年09月判型:B5頁:178
ISBN 978-4-260-04275-8
定価 3,960円 (本体3,600円+税)

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  • 序文
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□この本を手に取って下さった方は「おや? これまでの病院前救護の概念とは違う……」と思われるに違いない.さまざまなプロトコールや活動要領が書かれているわけではないし,最新の心肺蘇生法について述べられているわけでもない.
□改めて考えてみてほしい.救急救命士による病院前救護活動とは何なのだろうか.わかりやすくするために言葉を変えれば,「誰のため,何のための活動なのか」である.救急救命士は病院で待つ医師のために,手足となって働く存在なのか.傷病者のために,最終治療を行う医師につなぐことを担う自律したプロフェッショナルなのか.
□私は医師としての生涯の半分以上を病院前救護教育に携わってきたが,さまざまな研修に関わり,救急救命士とともに現場活動を解析するにつれ,前項の問いの答えは明らかに後者であると考えるようになった.なぜなら,病院前救護活動は,それぞれ「環境も事態も異なる」現場があり,その現場において「限られた時間・情報」での判断と「限られた資機材」で対応するという,病院内とはまったく異なる状況下にあるからである.
□そうであるならば,医学知識やプロトコール,心肺蘇生法などをアプリ(Application soft)と捉え,それらを動かす基盤となる「病院内医療とはまったく異なるOS(Operating System)」部分にこそ病院前救護の専門性を見出し,「病院前救護学」として発展させるべきであろう.そして,病院前救護教育に携わってきた私の最後の務めは,私なりに到達した「病院前救護学」を社会に提示し,次なる「病院前救護学」構築のきっかけを作ることにあると考えた.
□読んでいただくとわかると思うが,本書では多様な視座から病院前救護学への接近を試みている.その背景を形作って下さった皆さんなくして本書を作成することはできなかった.記してお礼を申し上げたい.
□岩尾總一郎先生,福田祐典先生には厚生労働省で広い視座からものを見つつ,状況に応じて視座を移動することを教えていただいた.市中病院にいた私を病院前救護教育に誘って下さったのは佐藤敏行先生である.北海道大学の松尾睦先生には経験学習と熟達理論を,同志社大学の中谷内一也先生には社会心理学を,九州大学の山口裕幸先生にはチームワーク論を,近畿大学の谷口智彦先生には経営行動論に基づく人材育成論を教えていただいた.岐阜大学の小倉真治先生は,私を長きにわたり臨床客員教授としてお招き下さり,将来,病院前救護の一方の担い手となる医学生に対する講義の機会を与えて下さった.市川宗近氏との日々の会話は,時に小道に入りかける私の思考を大きな道に引き戻す糸口となった.消防の皆さんから学んだのは救助操法や火災戦術の極めて実践的かつ臨機応変な考え方である.そして,本として世に出すことができたのは医学書院の西村僚一さんの励ましと,清水日花里さんの丁寧な作業のおかげである.
□医師の第一歩を歩み始めたとき,大学院で社会との関わりを踏まえた研究者のあり方を深く心髄に刻み込んで下さった井上尚英先生,臨床医として歩み始めたとき,急性期医療の考え方と対処はもちろん,医師としての姿勢を学ばせていただいた重松昭生先生のお二人には感謝してもしきれない.私のこれまでの集大成として二人の師に本書を捧げたいと思う.

 2020年 小暑を過ぎ,夏本番を迎えた7月
 郡山一明

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1章 病院前救護とは何か
  1.病院前救護の機能と構造
   1)医療との協働活動
   2)公的活動と私的活動の連結体
  2.病院前救護の特異性
   1)「引き算」なのか「足し算」なのか
   2)「場」の存在
   3)曖昧性
   4)生命の直結性
   5)マルチタスク性
   6)相反性
   7)多様性とその教育
  3.病院前救護を支える法律
   1)関連法律
   2)法からみた病院前救護の構造と問題点
  4.活動の質を支えるシステム
   1)プロトコール
   2)事後検証
   3)メディカルコントロール

2章 現場論
 I.総論
  1.現場とは何か
   1)[事例1]ホテルニュージャパン火災
   2)[事例2]松本サリン事件
  2.現場の特徴
   1)被災者の存在
   2)事態の突発性
   3)場所の不定性
   4)規模の曖昧性
   5)原因の不可視性
   6)事態変化の非予測性
   7)事態変化と体制構築の乖離性
   8)対応力の限界性
   9)対応者の安全限界性
  3.現場活動の意思決定論
   1)概要
   2)システムループ
  4.システムループを阻害する因子
   1)状況把握の阻害因子
   2)方針決定を阻害する因子
   3)指揮を阻害する因子
 II.各論
  5.症状とは進行している病態の可視部分である
  6.救急活動の特殊性
  7.救急救命士のシステムループの特徴
  8.それぞれのシステムループ
   1)場(出場途上を含む)の把握
   2)傷病者の病態把握
   3)方針決定
   4)指揮
  9.医療機関への連絡
   1)情報資料ではなく,解釈を伝える
   2)医療機関が知りたい大項目
   3)受信者である医師の心得

3章 チーム論
  1.チームとは何か
   1)チームの位置づけ―人の集まりの定義と分類
   2)チームの分類
   3)チームの意義
   4)チーム特性
   5)リーダーシップ
   6)フォロワーシップ
   7)リーダーシップとフォロワーシップ
  2.チームをいかに育てるか
   1)コミュニケーションの重要性
   2)チームの発達段階
   3)チームづくり
  3.タスクフォース活動の特徴と対策
   1)集団の弱点
   2)事前の対策

4章 訓練論
  1.訓練とは何か
   1)定義
   2)訓練と経験,メンタルモデル
   3)訓練の利点
  2.訓練の構成要素
   1)学習理論
   2)訓練設計理論
   3)指導理論
   4)訓練計画
  3.訓練における思考判断と技術の変遷

5章 組織における人材育成論
  1.プロフェッショナルとは何か
   1)プロフェッショナルの変遷と定義
   2)プロフェッショナルに必要な能力
  2.プロフェッショナルを育成する「場」としての組織
   1)組織別パターンからみた消防の人材育成
   2)救急救命士に対する組織教育の現状
   3)消防における人材育成と組織のあり方
  3.救急救命士の熟達段階
   1)救急救命士のモチベーション
   2)チクセントミハイのフロー理論とその応用
   3)救急救命士の熟達曲線
  4.質の高いOn the job training
   1)OJTを考えるために知っておくべき2つの基盤
   2)全体統合のための「雪だるまモデル」
   3)現場での学び

6章 地域解析論
  1.地域解析の目的
  2.地域の病院前救護体制のPDCAサイクル構築
   1)PDCAサイクル
   2)病院前救護体制のPDCAサイクル
   3)地域社会構造の変化と影響を踏まえる
  3.地域のPDCAサイクル管理
   1)統計の意義
   2)他地域と比べる
   3)自地域を調べる

7章 これからの病院前救護
  1.現場活動の視座から─現場活動,臨床医学の発展
   1)何を課題とすべきか
   2)病院前救護活動地図を作る
  2.社会システムの視座から
   1)持続可能な病院前救護
   2)プロフェッショナルになる

索引

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救急救命士,救急医,救急行政に携わる方々に一読を強く薦めたい
書評者: 南 浩一郎 (一般財団法人救急振興財団救急救命東京研修所教授)
 「病院前救護学」というと今まではそれを簡潔明瞭に説明できる書はなかったように感じる。そもそも,救急救命士制度は1991(平成3)年4月23日に救急救命士法が制定されて制度化された。成立してわずか20年しか経過していない新しい制度である。『病院前救護学』の著者である郡山一明先生は,その創生期から救急救命士教育の中心となり活躍されてきた。病院前救護学とは何かを問うには,著者をおいて他にはいないのではないかと私は思っていた。

 この本の大きな特徴は,著者が救急医療,救急救命士養成,救急医療行政という3つの最前線に立っていた経験に基づき,病院前救護とは何かを三次元的視点から簡潔明瞭に述べている点である。医療関係者からの視点のみの場合,ややもすると「病院前救護学」を疾患別に対応する救護マニュアルにしてしまいがちになる。また,そのような著書は救急医向けには多く書かれている。また,救急救命士養成者の視点からでは,何を教えればよいのかという教育論になりがちである。また,行政に携わってきた人によると,行政からみた救命士制度論になってしまう。本書は,「病院前救護とはどういうものか?」という問いに,病院前救護の定義,現場論,チーム論,訓練論,人材育成論,地域解析論,将来的な救命士像という視点から解析し,体系化している。

 さらに,この『病院前救護学』の特徴になるのは,随所に使用された図や表である。郡山先生の講義を受講したことがある方は納得できると思うが,著者の講義はとにかくわかりやすい。講義中のスライドに使用される図は,抽象化した概念を頭の中できちんと具体化させてくれる。また,この図が珠玉であり,本書を読み返すときには図を追いかけるのみで内容が蘇ってくる。これは,著者の類まれな才能を反映したものであり,他書にない魅力ではないかと思われる。

 私自身,救命士教育に携わって10年以上経過した。業務をこなす日常に追われて,「病院前救護学」とは何かを体系化する努力などまったくしてこなかったと感じる。また,現場で日々活躍されている救急救命士や救急医においても同じではないかと推察される。知識,経験は豊富であるが,整理がついていないという方には,本書の一読を強く薦める。また,これから救急救命士をめざす方,救急医をめざす医師,救急行政に携わる方には必読の書ではないだろうか。
救急救命士がよりプロフェッショナルになるために
書評者: 田島 典夫 (愛知県小牧市消防本部消防署署長補佐)

 救急救命士法が制定されて30年目となる本年,救急救命士がよりプロフェッショナルになるための本『病院前救護学』が出版された。

 本書の中で郡山一明先生は,「救急救命士は現場とはどういうものかを,経験によって得られた暗黙知ではなく,分析的かつ科学的な観点から改めて知っておく必要があります」と書かれている。これまでの救急救命士の訓練は,経験と勘に頼った「暗黙知」によるものや,地域MCのプロトコールに沿った活動の訓練,観察や処置の順番を覚えるというようないわゆる操法的なものが中心で,その指導方法も指導者となる救急救命士個人に頼ることが多かったと思う。一方で,救急救命士制度発足以降,病院前救護活動に関するさまざまな教育コースが開発され,全国各地で展開されてきた。しかしながらそれは,あくまでも病院前救護活動における標準的な指標の一例にすぎず,自分たちが出動する救急現場を全て包含できるものではない。そのため,それらの教育コースを受講した救急救命士はその内容をさらに発展させる必要があると思うが,教育コースで学んだことが生かしきれていないのが現状ではないだろうか。

 そうした現状を打破するために,ぜひとも本書を活用すべきと思う。本書では,訓練論として,「訓練課題の抽出」「訓練計画」「訓練設計」というように,順序立てて訓練を組み立てることができるようになっている。また,その他にも,現場論,チーム論,組織における人材育成論,地域解析論など,消防における病院前救護活動にグッと踏み込んだ内容となっている。中でも評者自身が特に印象的だったのは「地域解析論」である。評者も郡山先生から直接ご指導いただき,搬送した傷病者の傷病名を分析して,自分たちの救急活動の根拠を見出すことができた。救急救命士の皆さんにも現場論に書かれているFagonのノモグラムを用いたり,地域解析論に書かれているような自地域の解析から始めてみたりすることをお勧めしたい。いずれにしても,本書は知識を詰め込む形式ではないため,実際に本を片手に実践していただきたいと思う。

 病院前救護活動の向上は,現場の救急救命士にしかできないし救急救命士がやらなければならない。消防署において救急を管理する立場の方,指導救命士,指導救命士をめざしている方,救急救命士研修所の教官,後輩の指導に行き詰っている救急救命士など,救急救命士を指導する立場の全ての方に,ぜひ一読することをお勧めする。 

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