精神科診断戦略
モリソン先生のDSM-5徹底攻略 case130

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診断はチェックリストではない。DSM-5を生身の患者に当てはめるために、あなたは何を知るべきか。シリーズ累計20万部! 米国で熱く支持されるベストセラーが遂に翻訳。優れた臨床家であるモリソン先生が、130を超える症例を示しながら診断の道筋を徹底解説。「Dを見逃すな!」「マリーを診断せよ」など、モリソン先生の面白くて役に立つ超具体的な診断学講義。理論的で戦略的な精神科診断学を身につけよう!
※「DSM-5」は American Psychiatric Publishing により米国で商標登録されています。
原著 James Morrison
監訳 松崎 朝樹
発行 2016年06月判型:B5頁:664
ISBN 978-4-260-02532-4
定価 6,600円 (本体6,000円+税)

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監訳の序

 精神障害を診断するにあたり,医療者が患者をどう見立てるのかに多くが委ねられている.しかし,それはしばしば診断が医療者の匙加減になりかねないことを意味している.実際,前担当者から引き継いだり他の医療機関から紹介されたりするなか,その過程で診断が変わるような事態は,精神科の臨床ではしばしば引き起こされている.精神医療に関わる医療者からすれば慣れっこかもしれない.しかし,精神医療の外から見たら,そんな非常識なことはない.あちらの呼吸器内科医が診断した肺炎がこちらの呼吸器内科医が診て違うこと,あちらの皮膚科医が診断した足白癬がこちらの皮膚科医が診て違うこと,そんなことがどれだけあるだろうか.あちらの精神科医が診断したうつ病が,こちらの精神科医を受診すると違う診断が下されるようなことが,日常的に存在するのは残念なことである.それは精神医学の地位を貶めかねないことであり,患者本人はしばしば困惑し,精神医療に不信感を抱くものだ.そのようなことが起こる背景として,ひとつにはもちろん精神医学における診断の難しさがあるだろう.そしてもうひとつは,疾患概念の曖昧さがある.そんななか,DSMは精神医療における診断の曖昧さを減らすことに貢献してきたはずだ.

 しかし,精神科医たちは諸手を挙げてDSMを受け入れたわけではなかった.1980年にDSM-IIIが発表されて以来,DSMの基準と,各々が考える疾患概念の狭間で,精神医学に関わる医療者たちは35年以上にわたり戸惑い続けてきた.なぜ戸惑ってきたのか.DSMをただ読むだけでは,そこには血の通わぬ診断基準が並んでいるだけに見え,まるで実臨床からかけ離れたものに思われがちだったからだ.しかし,臨床のなかから生まれ,(研究に活用されることも意識しつつ)臨床のために作られたものこそDSMだ.それでもピンと来ない医療者がたくさんいることは理解できる.だからこそ,読者の方々が今まさに手に取っているこの本に価値があるといえよう.

 実臨床のなかから抽出されたエッセンスであるDSMの基準を,無味乾燥な項目の羅列から再び深い味わいある血の通った精神障害像に戻すことを,モリソン先生は本書を通して成し遂げている.それもこの量をグイグイと読ませる魅力的な文章がすばらしい.本書を読めば,DSM-5に記載されたたくさんの精神障害について理解でき,その症例文を読むことを通して,すでに経験豊富な臨床家はさらなる理解を深め,まだ経験の浅い臨床家はまるでベテランのごとくさまざまな患者像を頭に焼きつけることが可能となる.この一冊が,精神障害の診断をめぐる混沌のなかから,より明確な筋道を導き出すための助けとなることだろう.

 そんな本書を出すにあたり,ご協力いただいた大勢の先生方や医学書院の方々などへの賛辞や謝辞を書き連ねたいのが本心だ.しかし,それはこの本を手にする読み手にとって意味のある言葉ではなく,私の胸のうちに納めておくこととする.それよりもここで感謝すべき相手は,小難しそうに見えるこの分厚い本に興味をもち,今まさに手にしている読者の皆さんだ.この一冊をわが国の医療者に提供することを通して,多くの医療者にDSM-5に基づいた診断体系を身につけていただけること,それを臨床に活かしていただけること,そして,それにより精神障害に悩むより多くの患者たちが救われること,そのすべてを心の底から願ってやまない.

 2016年5月
 松崎 朝樹

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序章
第1章 神経発達症群/神経発達障害群
第2章 統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群
第3章 気分障害
第4章 不安症群/不安障害群
第5章 強迫症および関連症群/強迫性障害および関連障害群
第6章 心的外傷およびストレス因関連障害群
第7章 解離症群/解離性障害群
第8章 身体症状症および関連症群
第9章 食行動障害および摂食障害群
第10章 排泄症群
第11章 睡眠-覚醒障害群
第12章 性機能不全群
第13章 性別違和
第14章 秩序破壊的・衝動制御・素行症群
第15章 物質関連障害および嗜癖性障害群
第16章 認知障害群
第17章 パーソナリティ障害群
第18章 パラフィリア障害群
第19章 臨床的関与の対象となることのある他の要因
第20章 患者と診断

付録 重要な表
 機能の全体的評定(GAF)尺度
 精神障害の診断に影響を及ぼす身体疾患
 精神障害を起こしうる薬剤の種類(または名称)

索引

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精神医療のリングで闘う人におくる一冊
書評者: 塩入 俊樹 (岐阜大大学院教授・精神病理学)
 「この診断基準を生身の患者にどうあてはめてよいかを知らない人は,精神医療には関わらないほうがよいだろう」

 いきなり出たストレートパンチのようなこの一文は,本書の「序章」,第1ページ目に書かれたものである。第1ラウンド,相手の出方をうかがっていた挑戦者に,チャンピオンが「君とはまだまだ実力が違うよ」とでも言うかのごとく,開始1分以内に放った一撃。そう,連戦練磨のチャンピオンはジェイムズ・モリソン,挑戦者は,我々読者である。

 モリソン先生は,まず「序章」の14ページを使い,本書の特徴(モリソン先生の工夫)や使用法について詳細に解説する。続く第1~18章には,DSM-5の大分類にあたる各疾患群が並んでいる(ただし,本書では双極性障害群と抑うつ障害群を気分障害と一つにまとめている)。さらに,第19章で「臨床的関与の対象となることのある他の要因」について説明している。実はこの章,DSM-IV-TRから存在したが,DSM-5においてコード番号が最も増えた章であり,臨床的には大変重要であることを知っている者は少ない。このZコードを使いこなすことで臨床診断に深みを与え,患者個別のストーリーを与えることが可能となる。評者はDSMを日常臨床に使用して29年目だが,この辺をきちんと解説してくる所に,「さすがモリソン先生,わかってらっしゃる!」と思う。

 最後の第20章「患者と診断」では,いくつもの症例を実際に診断する,つまり,練習試合が待っている。実に臨床的でうまい設定であり,米国で20万部を超えるベストセラーであることも頷けよう。そして今回本書の監訳を担当した松崎先生もまた,熱心にDSMの研究を進めている方であり,訳者として適任である。モリソン先生の人柄が伝わるようなユーモアに溢れた文章を上手に訳している。

 では,熟読してみる。まず章の初めに「クイックガイド」があり,章全体に関わるであろう疾患(他章の疾患も含めて)全てについての特徴が簡易に,しかも明確に書かれている。全体を把握できるので,非常に臨床的である。その後は,具体的な症例と,その診断の過程が複数例にわたって検討される。提示されている全ての症例の描写が非常に鮮明で,個々の患者の具体的なイメージを得やすい点が素晴らしい。そして「こういう患者さん,実際に診たことある!」と思わず膝を打ちなくなるようなケースが“山積み”なのである。その理由には2つある。つまり,ほぼ全症例がモリソン先生の実臨床に基づいている,つまり“本物”であり,かつ「典型的疾患像 prototypes」であることだ。

 客観的な検査値のない精神科診断は,「この病気はこういう病気」という典型例が自然と頭に浮かんでこないことにはできない。若い先生方には,「DSMの診断基準を並べただけでは本質は何もわからない,全ての疾患でコアになるものがあなたたちの中にないとね」と,評者は常に言っている。正確で効率的な精神科診断を可能にする,最もスピーディーな戦略の一つは,本書を熟読し,モリソン先生曰く「典型的疾患像マッチング法」を習得することであることに,間違いはない。特に若い精神科医の先生方には,ぜひ,モリソン先生に一試合,挑んでもらいたい。久しぶりに,精神科診断学の本で清々しい気持ちになった一冊である。
診断学のアートが詰まった,精神科診断の実践書
書評者: 志水 太郎 (獨協医大病院総合診療科部長)
 身体疾患が病態生理学的に整理できる,説明がつくということは,その病態・疾患の「正体」がわかる点で医師・患者双方に安心を与える。その診断においても,病態の生理学的,生化学的,遺伝学的背景から演繹〈えんえき〉的な診断アプローチが可能になることは,診断に取り組む医師に安心を与える。2014年に評者が上梓した 『診断戦略』 (医学書院)は,演繹的な診断“推論”だけでは立ち行かないクリエイティブな診断の“思考”もカバーした書籍であり,さまざまな診断アプローチに触れたという点で「戦略」という言葉を用いている。この本では多様な診断の分析的アプローチを紹介したが,まず基本となる患者の訴えを病因論によって分類する方法を,MEDICINEの語呂合わせで表現した。その中でM(Mental,精神障害)を第一のカテゴリーに挙げているが,これには訳がある。精神疾患の多様性は,カテゴリーだけで比較した場合,その他の身体的な病因(内分泌・代謝系,感染症,薬物,神経,腫瘍,外傷など)よりも時に複雑でバリエーションが多い。それ故,身体疾患を相手にする医師にとっては特に,精神科における診断に特段の工夫と配慮が必要であるという,個人的なリスペクトの想いからである。

 それでは,精神疾患の診断を整理した代表的文献,DSMにはどのような意義があるのか。DSM-5(DSM-5 精神疾患の診断・統計マニュアル,医学書院,2014)は,「精神疾患とは,精神機能の基盤となる心理学的,生物学的,または発達過程の機能不全を反映する個人の認知,情動制御,または行動における臨床的に意味のある障害によって特徴づけられる症候群である」と定義している。仮に病理学的に明らかでない診断であってもその診断を基にした治療で患者が良くなれば,それ自体患者の人生に利益を与えるという点で,20世紀後半まで明確な診断基準が存在しないために精神疾患の患者のケアに不均等性を与えていた状況を打破し,光を当てたDSMの効用には価値がある。そして,それを学ぶことは診断に関わる臨床家にとってやはり重要と言えるだろう。

 本書はこのDSMに現場の息吹を与える書である。素晴らしい点は,ともすれば無味乾燥な診断の羅列となりうるDSMを,症例ベースで,疾患の典型例(本書では「典型的疾患像 prototypes」と呼ばれる)を容易に映像化できるよう再構築しながら学ぶことができるよう工夫がなされていることである。この工夫があると,たとえ一度も実際の患者を診たことがない初学者でさえ想像力を働かせさえすれば,あたかも経験が多少あるような感覚で実際の患者に対応することもできるようになるだろう。同時に,直観的診断に基づいてアンカリング(最初の印象に後々まで固執してしまうバイアス)しないように,同様の症状を呈するような鑑別疾患のクラスターについてDifferential diagnosis(鑑別診断)として網羅できる点も,いかにも現場目線の注釈書という印象が強く,好感が持てる。

 白眉なのは“診断過程「○○を診断せよ」”という項目である。ここに鑑別の最重要点のクリニカルパールやアート的思考が詰まっていて,まさに「診断戦略」の名を冠するに値する書物と感じる。このような定量化できない病歴,診断思考,推論が一体となったアートこそ私たち医師が身につけるべきことであり,その結果EBMのみではないNarrativeかつValue Basedの医療にもつながるのではないかと考える。
DSM-5完全マスターの必読書
書評者: 上島 国利 (昭和大名誉教授)
 精神科臨床において正しく的確な診断は最重要課題である。妥当な診断こそ適切な治療に結び付き,さらには各障害の病態生理の解明に寄与するからである。

 症候の記述を重視する操作的診断基準DSMも,今や米国の基準という枠を越えて世界水準の診断基準となり,DSM-5の邦訳は2014年に刊行された。

 本書は,大学や個人のクリニックで多数の患者の診断や治療の経験を持つモリソン先生が,精神科領域で働く全職種の人々がDSM-5をより効果的に活用することにより,正しい診断にたどり着くことを願って執筆したものである。その構成をみると,DSM-5のほぼ全ての項目に関して一定の方式に従って解説がなされている。モリソン先生は「私ならではの仕掛け」と称していくつかの工夫をしているが,第2章「統合失調症スペクトラム障害群」を例に取り順次読み進むと,以下のようになっている。

 章の冒頭の「クイックガイド」では,診断要点や同様の症状を呈する疾患が記載されている。「はじめに」では,主症状,歴史,環境などを扱う。妄想,幻覚,連合弛緩,異常な運動行動,陰性症状などである。また他の障害との違いは,DSM-5の採用している異なるタイプの精神病を区別するための四つの要素,つまり症状,経過,転帰,除外診断に従い解説される。経過に関しては持続期間が6か月以上であることを説明し,さらに以前の経過,病前性格,残遺症状も考察する。除外診断は,身体疾患,物質関連障害,気分障害が挙げられている。DSM-5にはないその他の特徴として家族歴,治療反応性,発症年齢にも注目している。

 次いでその障害群に属する個々の疾患を解説しているが,例えば統合失調症については基本的パターン,頻度,慢性化,重症度,管理,認知機能の低下,情動の不安定性,病識の欠如,睡眠の不安定,物質の使用,自殺について述べられている。「ポイント」は典型的疾患像であり,モリソン先生は典型例との比較はDSMの診断基準より有効なこともあると言うほど重視している。「注意事項」は「Dを見逃すな!」とあり,「Duration(期間)」「Distress or Disability(苦痛と障害)」「Differential diagnosis(鑑別診断)」の三つのDへの注意喚起がなされている。そして典型例三例を紹介し,それぞれ症状をDSM-5の診断基準に照合し,また鑑別診断を慎重に行い,最終的に診断分類している。

 本書では130例の症例が呈示されており,基本的背景知識を基に診断を進め,モリソン先生の解説を踏まえて最終診断を確定する過程を繰り返すことで,診断能力の向上に役立つ。経験の浅い医療者にとっては妥当な診断に至る重要な道程を学ぶこととなり,ベテランにとっては自らの診断の再確認に役立つ。

 精神医学の特徴として,患者自身の体験や確信の内容を治療者が症状把握し記述することにより診療が成り立っていることが多い。この人間の心的機能の異常を個々に記述していく立場が記述的精神病理学であり,日常臨床において治療者は,丁寧,懇切な治療態度で患者と一定の信頼関係を築き,正確,良質な情報を得る必要がある。このようにして把握した症状をDSM-5の基準に当てはめることにより診断は成り立つが,それには,治療者の精神病理学的素養や見識の醸成が強く望まれる。本書はその一助となるものと思う。

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