序 さあ「未来へ向かえる力」を身につけよう!
~与えられた学びから,意志ある学びへ~
あなたは何で心満ちますか?
あなたは何で心満ちますか? 私は学生たちがポートフォリオをめくりながら,キリリッとアイムナース(I am a nurse)の顔で,自分がしたことや考えたことを聞かせてくれる時,なんとも言えない嬉しさと敬意で胸がいっぱいになります.
この本を書くことができたのは,看護師を目指すたくさんの心優しい学生たちと出会えたからです.実習で受け持ち患者さんの願いを叶えたいと指導者さんの許可を得て,病院の中庭を患者さんの手をとり歩いた若者が実習ポートフォリオをめくりながら,その患者さんとの散歩の前に下見した話を聞かせてくれました.デートコースの事前確認でもここまではしないだろうと胸にグッときました.その慎重さ,念入りな準備…数日前からその日に至る患者さんの体調,気温,気分はどうか,このコースをこんなふうに歩く,自分が左で,患者さんをこんなふうに支えて…ここでこうドアを押さえ,「ここに3段の階段があります,ゆっくりで…大丈夫ですよ」という,ここまで歩いたら患者さんの様子次第で,このベンチで一休みしましょう…そのベンチもよくよくその患者さんが座りやすいことを考えて…もう聞いているだけで涙とニコニコが湧いてきます.
「大切な人の存在」が成長を叶える
私はこれまで様々なプロジェクト学習をデザインしてきました,中でも一番のお気に入りは,「NP:ナイチンゲールプロジェクト」です.多くの学校で実施され,その手応えとともに愛されているのが,大切な人(家族のうちの一人)を看護の目で看て健康を守る生活を提案するプロジェクト学習です.その学生(女子)が決めたターゲットはお父さん.どんな食事を摂っているのか,塩分はどうか,ビールをどれだけ飲んでいるのか,週末のビールの量はどうか,食べ始める前にテーブルの上の食事の写真をパチリ! 昼食はどうか,LINEで嬉しそうに細かく,しょっちゅう状況を伝えてくる父…これまでほぼ無視されてきた可愛い娘が自分の健康を聞いてくれるそのシアワセ感,父からくるLINEの多さにややげんなりしている娘(学生),その様子に微笑ましくも爆笑してしまう先生と私.「あの子,看護師になる前から確実に一人の健康を守るだけでなくシアワセにしているねー」と言いながら.
自分の愛する地域でその人らしく生活してほしい,そのためにこんなふうに社会資源を活かしましょうと提案する「SP:地域の社会資源を活かそうプロジェクト」.片麻痺で車椅子のその人は釣りが趣味,家にずっといると筋力が落ちてしまうし,体力もなくなる…だから外に出てほしいと願う学生たち.そうだ! あの公園の池は釣りが許可されている! と調査開始,車椅子が水面近くまで寄れるところを探そう! 休日にチームの仲間と池の周囲を丁寧に回り見つけた,車椅子で寄れる釣りポイントの写真,自宅からの距離,その途中の身障者用トイレの場所もしっかり押さえている…「だから安心です.地域の資源を活かして街に出ましょう!」とプレゼンを終えれば地域の方の大きくあたたかい拍手が鳴り止みません.胸いっぱいです.シアワセをありがとう.
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成長は「知識」を与えることで叶うのではなく,自ら成長したいと願うから叶うんだ.そうプロジェクト学習を経験したあなたたちを見ていると実感します.
知識を与えない教育へ:未来教育-4つの修得知モデル
インターネットの日常化,AI(人工知能)時代の到来を前に世界中が「知識を教えない教育」「正解のない問題に自ら向かえる力の教育」へと変わろうとしています.多くの知識や情報を誰もが自由に得ることができるからです.みんな揃って黒板に向かい,先生から知識を与えてもらうのが当たり前だった教育が終焉を迎える日もそう遠くないかもしれません.新しい教育では何をどう修得すればいいのか.ここに応えるものとして生みあげたものが「未来教育-4つの修得知モデル
(図,本サイトでは省略)」です.
新しい時代に求められる「資質・能力」
過去から今日まで脈々と積みあげ継いできた
[A:知識・スキル]です.この膨大なデータを瞬時に扱えるのが人工知能やIT,ロボットです.私たち人間が「考える」ためには
Aが必要です.しかし日々進化するので,覚えたものが陳腐化する可能性があります.
[C:コンピテンシー]は,目の前の現実と対座し「物事をなし遂げる能力」,熱心な工夫や創意があって可能とするものです.
[D:課題発見・課題解決]は,未来をもっとよくしたいという願いから,課題を発見して解決していく,未来志向の知です.ビジョンを描くことの大切さを獲得します.もっとも高度な力と言えるでしょう.
Cと
Dの資質がひときわ求められるのが看護師という仕事です.
A,
C,
Dその全てにおいて
[B:知性・精神]がそのベースにあることは言うまでもありません.
アクティブラーニングを超えて
いくら優秀なAIであろうとも人間にはかないません.人間は,プログラミングされなくとも,本能的に他者の気持ちや考えを汲み取ろうとします.その人の安楽を共に喜びます.人工知能は「知能」をその存在意義としますが,人間は「知能」+「身体」+「生命」をもっています.人間は身体をもっているから,自ら大切な人の元に行くことができます.人間は生命がある,それは限りあるものです,だからこそ,生きているということを愛おしく感じます.看護師は患者の身体や生命を守るために工夫や創意を尽くそうとする尊い存在です.患者さんのために自らのコンピテンシーや課題解決力をより高く求めます.それをあの学生たちは私に見せてくれました.
さあ「未来へ向かえる力」を身につけよう!
課題発見,解決力などは「これが正しい」というものはありません.いま時代はドラスチックに扉を開こうとしています.その扉の向こうでは,創造的な思考を大切にできる教育者たちを待っています.アクティブラーニングは手段であり目的ではありません.目指すのは,創造的な思考で自分からアクティブに未来へ向かうことができる人の育成です.それは生涯使える生きる力となり,どんな時代になっても大切な人のために未来志向で最善を尽くせる看護師を叶えるでしょう.
この本を書くことができたのは,看護師を目指す心優しい学生たちを輝く看護師にさせたいと惜しみなく尽くす先生たちと出会えたおかげです,心から感謝しています.
2016年7月
鈴木敏恵