混合研究法入門
質と量による統合のアート

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質的研究と量的研究という区分を超える第三の流れとして、いま混合研究法が看護界で注目されている。本書は日本語による初めてのオリジナルの入門書として、その概要と歴史的発展をおさえつつ、混合研究法の研究プロセス・研究デザインを、実際の研究事例をまじえながらわかりやすく解説し、混合研究法の意義とこれからの展望を示す。コンパクトな形にまとめ、混合研究法のA to Zがスムーズにつかめる1冊。
抱井 尚子
発行 2015年12月判型:四六頁:148
ISBN 978-4-260-02470-9
定価 2,200円 (本体2,000円+税)

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 本書は,2014年に刊行された 『看護研究』第47巻3号 の特集「Mixed Methods Research-その意義と可能性」に拙稿が掲載されたことがきっかけとなって誕生した。この特集原稿の発表が,さらに2015年1月よりスタートした 同誌連載「混合研究法入門」 につながった。筆者によるこれらの混合研究法関連原稿をまとめたものが本書である。これらの原稿は『看護研究』の読者に向けて執筆された混合研究法の解説であるが,その内容は看護研究に限定されるものではなく,健康科学・社会科学全般の研究者に参考にしていただけるものとなっている。
 現在,日本において混合研究法に最も高い関心を寄せているのは,目前の課題を確実に解決することを求められる実践分野の研究者であるといえる。中でも健康科学の研究者の間ではこの傾向が特に強く,このことは,2015年9月19日・20日の二日間にわたって立命館大学大阪いばらきキャンパスで開催された日本初の混合研究法学会学術集会(国際混合研究法学会アジア地域会議/日本混合研究法学会第1回学術集会)の参加者の実に60%強が看護(37%)や保健医療(26%)の分野に属していたことからも明らかである。健康科学の他にも,教育,社会福祉,経済,経営,コミュニケーションといった,課題解決型の社会科学の諸領域においても,混合研究法に関心を示す研究者が急速に増えている。これらの実践分野においては,何層ものレベルの事象が複雑に絡み合う中でさまざまな課題が次々に生み出されていく。このような複雑な現象を理解し,問題の解決策を明らかにするためには,単一メソッドによるアプローチではもはや限界があると言わざるを得ない。混合研究法は,このような背景から生まれた,質的研究と量的研究のハイブリッドアプローチである。
 本書は,混合研究法入門書として,主に当該研究法の初学者に向けて執筆したものである。研究者によって多様な学術用語やアプローチが存在する混合研究法であるが,初学者にとって最もわかりやすいのがジョン・クレスウェル(John W. Creswell)によるアプローチであると筆者は考える。これは,クレスウェルが混合研究法のデザインを類型化して議論しているからである。そこで本書では,数ある混合研究法関連の書籍の中からクレスウェルによる A Concise Introduction to Mixed Methods Research (Creswell, 2015, SAGE)において紹介されている混合研究法に関する最新の学術用語および見解を下敷きに,筆者独自の工夫によって混合研究法をわかりやすく解説することを試みた。

 本書は,以下の構成からなる。まず第1章で,混合研究法の過去,現在,未来について概観し,読者に当該フィールドに関する輪郭をつかんでいただく。第2章では,混合研究法コミュニティの多様性と寛容性を認識していただく目的で,混合研究法コミュニティを牽引する主要な研究者の背景および彼(女)のもつ混合研究法に対するスタンスの違いについて紹介する。続く第3章では,混合研究法発展の歴史を振り返る。具体的には,20世紀中盤から現在に至るまでの流れを概観し,その中で,質的研究主導型混合研究法という最近の動向についても触れる。第4章・第5章では,混合研究法の手続きに関する基礎知識を,重要なキーワードを挙げて解説する。具体的には,第4章において,混合研究法の定義と特徴,研究目的,研究設問,サンプリングについて,第5章において,混合研究法のデザインの類型とデータの統合について取り上げる。第6章・第7章は混合研究法の具体的な研究事例を紹介することで,読者が混合研究法を用いた研究のイメージをより明確につかめるよう試みる。ここでは,前述したクレスウェルによる著書(Creswell, 2015)に倣いデザインを基本型と応用型に分類し,混合研究法の基本型である収斂的デザインと順次的デザイン,応用型である社会的公正デザイン,介入デザイン,段階的評価デザインを取り上げ,その特徴と具体的な研究事例を紹介する。そして最終章である第8章では,混合研究法を用いた研究の質の評価と論文の執筆に関する議論を紹介し,その上で今後の課題として,混合研究法の教育および研究実践におけるチーム・アプローチの可能性と問題点といったテーマについて検討する。さらに,データ分析ソフトを用いて実施する質的研究主導型混合研究法の可能性についても触れる。なお,本書の中で混合研究法に言及する際には,「混合研究法」という邦訳語と,原語であるMixed Methods Researchの頭字語であり,世界的にも認知されている「MMR」という略称を交換可能な用語として用いることとする。また,混合研究法を用いた具体的な調査研究に言及する際には,「混合型研究」という名称を使用する。
 混合研究法について,すでにある程度の知識を有する読者に対しては,さらに詳細な情報を註釈という形で提供しているので,そちらも参考にしていただきたい。また,本書を通して混合研究法のデザインについて基本的な理解を得た後は,自身の研究目的に合致した独自のデザインを自由に考案することをお勧めする。混合研究法のデザインは画一的なものである必要はなく,流動的にさまざまな形を取り得ることを覚えておいていただきたい。
 本書で紹介する議論や研究例は,そのほとんどが英語圏から発信されたものであるが,今後は読者の皆さんの手で混合研究法を日本に馴染ませていっていただきたい。本書の出版を,日本独自の混合研究法を展開する上での第一歩としていただければ幸甚である。

 ここに,本書の出版を支えてくださったすべての方々に心より御礼を申し上げたい。
 まず,ハワイ大学附属がん研究センターのガーチャード・マスカリネック(Gertraud Maskarinec)先生は,筆者が混合研究法に出会う最初のきっかけを与えてくださった。立命館大学のサトウタツヤ先生と慶応義塾大学大学院の戈木クレイグヒル滋子先生は,2013年の日本質的心理学会第10回全国大会において,筆者と『看護研究』誌との接点をつくってくださった。公益社団法人日本看護科学学会の皆さまは,筆者による2015年3月の混合研究法ワークショップを企画し,筆者と混合研究法に高い関心をもっておられる多くの看護学研究者の方々をつないでくださった。皆さま方のお導きに改めて感謝の意を表したい。
 また,先述の国際混合研究法学会アジア地域会議/日本混合研究法学会第1回学術集会の歴史的成功は,本書の早期出版を後押しすることとなった。この成功を導いた混合研究法のパイオニアの先生方,ともに多くの汗を流してくれた大会実行委員会メンバー,そして国内外からお集まりいただいたすべての参加者の皆さまに,心より感謝申し上げたい。
 さらに,共通の目標に向かって協働する同士として,筆者を常に支え導いてくださっている青山学院大学国際政治経済学部の諸先生方にも,この場をお借りして改めて御礼を申し上げたい。そして,筆者を理解し,いかなるときにも温かく見守り応援してくれる家族や友人,その他お世話になったすべての方々にも深く感謝する次第である。
 最後に,『看護研究』誌の小長谷玲氏には,特集号の論文,連載,そして本書の企画と,多くの素晴らしい機会を与えていただいた。また,常に丁寧なお仕事を通して,氏は筆者の執筆を支えてくださった。本書の出版は,小長谷氏の熱意と努力なしには実現しなかったであろう。氏には心より御礼を申し上げたい。

 2015年師走吉日
 抱井尚子

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 序

第1章 混合研究法の新たなる幕開け
 MMRの国際・国内学会始動!
 MMRと私
 MMRのこれまで-パラダイム論争を乗り越えて
 MMRの現在-質的研究主導型MMRの誕生
 MMRのこれから
 まとめ

第2章 混合研究法コミュニティの多様性
 MMRコミュニティの多様性を認識する重要性
 MMRコミュニティのメジャー・プレイヤー
 まとめ

第3章 混合研究法の歴史的発展と現状
 MMRの歴史を振り返ることの重要性
 哲学的前提,方法論,そして方法
 量的研究と質的研究
 研究法の歴史的発展経緯
 まとめ

第4章 混合研究法の手続き(その1)
 MMR独特の研究手続きを理解する重要性
 MMRの定義と特徴
 研究目的と研究設問
 サンプリング
 まとめ

第5章 混合研究法の手続き(その2)
 研究デザインの類型を理解することの重要性
 研究デザインとその類型
 質的・量的アプローチの統合
 まとめ

第6章 混合研究法デザインとその研究例(1)基本型編
 複雑化するMMRデザイン
 三つの基本型MMRデザイン
 収斂的デザインの研究例
 説明的順次的デザインの研究例
 まとめ

第7章 混合研究法デザインとその研究例(2)応用型編
 三つの応用型MMRデザイン
 社会的公正デザイン(変革的デザイン)の研究例
 介入デザイン(埋め込みデザイン)の研究例
 段階的評価デザイン(多層的デザイン)の研究例
 まとめ

第8章 混合研究法における今後の課題
 MMRの質の評価
 研究報告書の執筆
 MMRの教育
 研究実践におけるチーム・アプローチの可能性
 まとめ

 おわりに
 索引

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質と量の混合がつくる新たな世界
書評者: 坂下 玲子 (兵庫県立大教授・生活機能看護学)
 量的研究では,森(全体像)は把握できたが,木(個別性をもつ生身の人)が見えないもどかしさを,質的研究では,木はよく理解できたが,森がつかめないもどかしさを感じたことはないだろうか。それを解決してくれるのが,混合研究法(mixed methods research,ミックス法とも呼ばれる)である。混合研究法とは,質的研究と量的研究のハイブリッドアプローチであるが,それぞれ単独で捉えた以上の新たな世界を私たちに見せてくれる研究法である。

 本書は,1990年代に混合研究法に出会い,2007年に創刊されたJournal of Mixed Methods Researchの編集委員として活躍し,日本混合研究法学会の理事長を務める著者が,初学者向けにわかりやすく解説した入門書である。

 第1~3章では,混合研究法についての輪郭が示される。混合研究法が生まれた必然性や,哲学的背景,歴史と今後の動向について述べられている。一口に混合研究といっても多種多様な解釈とスタイルがあり,まだ成長期にあることを,パラダイム論争(質的,量的それぞれの研究を支える哲学的基盤の違いに根差したその優位性をめぐる論争)とその後の経過に触れながら,誠実に論じている。文献が豊富に引用されているので,読者はそれらを糸口として,自分はどのような哲学的基盤で世界を解釈しようとしてきたのか内省していただければと思う。

 第4,5章は混合研究法の基本的な方法(手続き)が説明される。読者はここで,混合研究法の定義や特徴,研究目的,サンプリング,研究デザインの組み方,質的・量的アプローチを統合する分析方法と結果の示し方の基本を学ぶ。

 続く第6,7章では,実際の研究例が解説とともに示され,どのように混合研究法を計画実施すればよいのか,1+1が2以上になるその成果とはどのようなものであるのかが実感できるようになっている。研究ごとに注目ポイントが丁寧に解説されていることは,読者の理解を後押しする。

 最後の第8章は,混合研究法のクリティークの視点と研究論文としての仕上げ方が述べられ,今後の発展の方向性が示される。

 看護学は,人々の健康とそれを取り巻く多様な要素が織り成す複雑な現象を扱う。その理解と課題解決のためには,「単一メソッドによるアプローチではもはや限界があると言わざるを得ない」(「序」p.III)状況であろう。その意味において,混合研究法は看護学の研究方法論(methodology)として親和性が高く,今後ますます重要となるであろう。実際,そうとは意識されず混合研究法が用いられている研究を目にするが,本書により,混合研究法の強みと課題を明確に理解することで,より意義のある研究が展開できる。本書の第6,7章で展開される具体的な研究例は,入門者だけでなく,例えば科研費基盤研究(A)(B)の申請を考えているような研究者にとっても,自身の計画を洗練する参考になると考える。

 本書は,混合研究法に関する基本が端的に書かれていることもあり,小型で携帯しやすいのも特徴だ。私は神戸と東京を往復する新幹線の車中で読んだが,その後も座右に置いておきたくなるコンパクトさである。
多様な混合研究法の全体像を効率よく学べる入門書 (雑誌『看護研究』より)
書評者: 大山 裕美子 (東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科・看護キャリアパスウェイ教育研究センター特任助教)
 研究実践において,研究目的をもとにリサーチクエスチョンを立てる際に,質的研究法または量的研究法のどちらかで行なうことを意識するあまり,本当に自分が明らかにしたかったことから少し遠ざかってしまう経験をすることは珍しくないことであろう。そのような中で,混合研究法(Mixed Methods Research;MMR)は,質的研究法または量的研究法の一方のみでは十分に明らかにすることができなかった研究課題に応えうる可能性があることから,看護研究においても近年注目が高まっている。

 しかし,いざMMRについて勉強しようとすると,書籍による内容や用語,主張の違いに遭遇したり,トライアンギュレーション法など従来の研究方法との違いがわかりにくかったりして,暗中模索に陥ってしまう方も少なくないだろう。本書は,このような状況を打開する道しるべとなり,「そういうことだったのか」と霧が晴れ,MMRの意義が腑に落ちるような感覚を味わえる1冊である。

 本書は8章で構成される。第1~3章はMMRの歴史的発展やコミュニティの多様性などMMRのバックグラウンドが詳細に述べられ,全体の約4割を占める。第4~7章ではMMRの具体的な手続きと実際の研究例が紹介され,第8章でMMRの質の評価や研究報告の方法について解説する形で構成されている。MMRの“ハウツー”を求めて本書の目次を眺めると,一見,自分が求めている内容とは違うかもしれない? と感じたり,また第3章までの内容はいささか難解にみえて,読み飛ばしてしまいたくなるかもしれない。しかし第3章まで通読してみると,実はその内容は,MMRを学び,バランスよく知識を身につけるためには欠くことのできないものであり,むしろ,MMRの理解をよりスムーズにしてくれることがよくわかる。

 「MMRコミュニティの多様性」「MMRの歴史的発展と現状」など,各章のタイトルも難しそうに感じるかもしれないが,随所で用語の解説が丁寧になされており,初学者でも内容を理解することは十分可能である。MMRを勉強したことがあれば,自分が認識しているMMRが,多様なMMRコミュニティの中でどのような位置づけにあるかを知ることができ,さまざまな知識レベルに即して,効率よく理解する助けになるだろう。

 もしも,本書の内容が抽象的でよくわからないと感じた場合は,質的研究手法または量的研究手法,もしくは両方の研究手法に関する基本的な知識が不足している可能性がある。混合研究法「入門」ではあるが,MMRを構成する質的研究法・量的研究法の基本的な内容に関しては各自学習が必要である。それを踏まえた上で,MMRに取り組もうと考えている方は,まずは本書を読み,もしくは常に傍らに置きながら研究すれば,MMRの全体像がつかめて,理解が数段深まることは間違いない。

(『看護研究』Vol.49 No.2 掲載)

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