医療レジリエンス
医学アカデミアの社会的責任

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少子高齢化社会を迎えた日本。このまま行けば医療崩壊は必至である。その崩壊を食い止め、よりよい社会を実現するために医学アカデミアは何ができるか。多領域の識者へのインタビューとWorld Health Summit京都会合のトピックスをまとめた示唆に富む啓蒙書。わが国の医療崩壊を防ぐヒントがここにある。
編集代表 福原 俊一
発行 2015年03月判型:B5頁:144
ISBN 978-4-260-02147-0
定価 3,080円 (本体2,800円+税)

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はじめに

 World Health Summit(WHS)は,世界有数の医科大学がM8 Alianceを組織し,健康や医療を取り巻く世界規模の諸課題について,学術的な見地から解決策を政策提言する国際会議です。毎年10月にドイツ・ベルリンで開催され,約80カ国,1,000人以上が集まります。
 この本会議に加えWHS Regional Meetingが,毎年春に開催されてきました。第1回(2013年)はシンガポール,第2回(2014年)はブラジル・サンパウロで開催されました。第3回目となる今回は,京都大学が主催,福島県立医科大学共催で,全体を貫くテーマは「医学アカデミアの社会的責任」です。
 現在,日本人の平均寿命(男女計)は84歳で,世界一の長寿を達成しています。世界の先進国の中でも超高齢社会にいち早く突入した日本で,いま求められているのは,「如何に長く生きるか」ではなく,与えられた寿命を「如何により良く生きるか」であり,そのための国家的な戦略です。日本がそれをどう実現するかに,世界中が注目しています。
 本書では,WHS Regional Meeting Asia, Kyoto 2015で取り上げるトピックをそれぞれの専門家に解説していただきました。同時に,私自身が世界のリーダーたちにインタビューした内容も収録しています。インタビューを通じて,私自身が実感したキーワードは,これまで当たり前と考えていたあり方を根本から見直す医療および医学アカデミアにおける「価値とシステムの転換」でした。
 医学アカデミアには,健康・医療を支えるエクスパートとして,健康長寿社会の実現に貢献する社会的責任があるはずです。WHS Regional Meeting Asia, Kyoto 2015での熱い議論を通じて,医学アカデミア自身が変革するきっかけとなることを願っています。
 最後に,本書作成にあたり多大な貢献をされた京都大学SPH 健康情報学 北澤京子氏,医学研究科 国際掛 伊藤ゆり氏に深謝申し上げます。

 福原 俊一
 WHS Regional Meeting Asia, Kyoto 2015 会長
 京都大学大学院医学研究科 社会健康医学系専攻長 医療疫学教授
 福島県立医科大学副学長

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 はじめに (福原俊一)
 WHSとは何か
  World Health Summit の果たす役割 (Detlev Ganten )
 WHS Regional Meeting Asia, Kyoto 2015に寄せて (湊 長博)
 World Health Summit 京都会合を祝う
  新しい時代の医学アカデミアのあり方を議論する場 (上本伸二)

第1章 医療界のグローバル・リーダーに聞く (聞き手:福原俊一)
 1.超高齢社会と医療 (Michael J. Klag/井村裕夫)
 2.今こそ医療システムの転換を
   ウェイクアップ・コール (Rifat Atun)
 3.医療の力では解消できない健康格差
   解決の鍵は早期教育 (Ichiro Kawachi)
 4.将来の医療を支えるプライマリ・ケア医
   今,転換しなければ,待っているのは崩壊 (丸山 泉)
 5.福島原発事故での対応
   未曾有の災害に際して医療のリーダーは何をしたか (菊地臣一)
 6.健康になる都市をデザインする
   コンパクトシティ (森 雅志)
 7.どうなる? 高齢者のモビリティ
   WHSを多領域のアカデミアが横断的に結びつく場に (羽藤英二)
 8.不確実な時代
   変わる世界,日本の行方 (黒川 清)
 9.学際的な取り組みが医療を変える
   WHS地域会合をきっかけに皆の目が医療に向いてきた (John Eu-Li Wong)
 10.医療の「価値」を高めるためになすべきこと
   目の前の患者と同時に,集団全体を考える (Muir Gray)
 11.ビックデータ分析について (Alan Brookhart )

第2章 世界医学サミット(WHS)京都会合2015のトピックス
 1.健康なまちをデザインする
   (1)多職種の協力による超高齢化時代のまち作り (後藤 励)
   (2)健康寿命延伸に向けた富山市の挑戦 (神田昌幸)
 2.医療ビッグデータ (中山健夫)
 3.次世代の医師養成
   近未来の医学・医療を牽引するリーダーシップの醸成と
   医学アカデミアの社会的責任 (福原俊一)
 4.医療技術評価(HTA) (川上浩司)
 5.超高齢社会への挑戦
   プライマリ・ケアの果たす役割 (草場鉄周)
 6.ソーシャル・キャピタルと健康長寿 (近藤克則)
 7.眼から守る健康寿命 (川崎 良)
 8.震災後の回復可能な社会の構築
   福島の経験から (福間真悟)

第3章 医学と社会をつなぐ京都大学SPH
 1.京都大学SPH
   医療に新しい価値としくみをつくる
 2.学生座談会

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現在われわれが直面している問題への絶好のオリエンテーション
書評者: 安藤 潔 (東海大学教授・血液・腫瘍内科)
 われわれが医療現場で経験している過去10年のさまざまな変化が,どのような原因によるものなのか? それは日本における特殊な変化なのか,世界共通のものなのか? これらの変化にわれわれは今後どのように対応してゆけばよいのか? そのために医学アカデミアが果たす役割は何か?

 このような疑問を持つ読者にとって,本書は絶好のオリエンテーションを与えてくれるであろう。「超高齢社会」「健康格差」「福島原発事故」「グローバルヘルス」「ビッグデータ」「医療技術評価」「コンパクトシティ」「ソーシャルキャピタル」「総合診療専門医」などのテーマが本書で扱われている。

 すなわち現在われわれが直面しているこれらの問題はいずれも近代のパラダイムの帰結としてもたらされたものであり,先進国共通の課題でもある。わが国の医療制度が優れていることは,さまざまな指標における国際間比較でも明らかであるのに,なぜ日本がこれらの問題に直面しているのか。恐らく,最も近代医学に適応した制度であるがゆえに,と答えることも可能である。

 したがって,今後われわれがどのようにこれらの難問をクリアしていくのか世界中の注目を集めている。そのためのキーワードが本書のタイトルにもなっている「レジリエンス(折れない力)」であり,高齢化,疾病構造の変化,経済状況の変化など,時間と共に変化する課題に対してヘルスシステムが柔軟に応える力が今必要とされている。「医学モデル」から「生活モデル」へのパラダイムシフトが要請されているが,医学モデル自体も「ビッグデータ」「医療技術評価」を活用しつつ進化しなければならない。生活モデルの実現のために「コンパクトシティ」「ソーシャルキャピタル」などに注目が集まっている。そしてこれらを統合した新たなヘルスシステムの構築のための「究極の医学研究」を実行し,それを実践する担い手としての総合診療専門医の養成こそが医学アカデミアの社会的責任である。

 本書はもともとWorld Health Summit Regional Meeting Asia, Kyoto 2015(世界健康サミット京都会議2015)の開催に向けて準備され,会長を務められた福原俊一先生(京都大学教授・医療疫学)と海外からの招待講演者へのインタビューと会議で扱われるトピックから構成されている。サミットに参加できなかった私のような読者にとっては,貴重な記録となっている。
医療にかかわる人の考えが変わる貴重な一冊
書評者: 黒川 清 (日本医療政策機構代表理事/GHITファンド代表理事・会長/英国G8サミット(2013)世界認知症諮問委員)
 本書は,2015年4月に開催された「世界医学サミット京都会合2015」の概要,および,世界のトップリーダーに,会長である福原俊一氏が取材,インタビューした内容,さらに会議のトピックスをまとめた一冊である。しかし,これは単なる「学会の報告書」ではない。背景に流れるのは,福原俊一氏の理念,コア・バリュー,彼の実践から生まれた「思い」,そして日本の医療関係者へ伝えたいメッセージである。

 この10~20年で,医療を取り巻く世界の状況は激変し,本書では,その背景と課題がはっきりと示され,そこから「激変する世界,変われない日本」の医療の中心的課題が見えてくる。その意味で,本書は広く医療にかかわる人々にとって,簡潔,明快,視野の広がる,考えが変わる(私は,これを期待しているのだが…)貴重な一冊である。福原氏がたどってきたキャリアは,日本の医学界,アカデミアでは「代表的なキャリア」ではなかった。それが彼の視点の根底にあるのではないか。だからこそ多くの人たちに見えないものが,見えているのかもしれない。福原氏が東京大学,京都大学で中心的課題としてかかわってきた,臨床研究を担う人材育成もここにあったのだろう。

 以下に「世界医学サミット京都会合2015」が取り上げた主要なテーマを概説する。

超高齢社会への挑戦
 日本は世界に先駆けて非常に速いスピードで超高齢社会に突入している。高度専門医療を中心とした医療体制を継続していけば,早くて2025年には破綻する。これは危機的状態と言ってよいのだが,実はこれは21世紀の世界的な大きな課題の一つでもある。日本ではこの状況を「課題先進国」などと言っている識者も多いが,その識者たちは何をし,どんな政策を提言,導入し,構築して,モデルとして世界に示してきたのであろうか?

自然災害への対応と準備
 東日本大震災は,広い地域に甚大な損害を与え,長期的な被害も継続している。特に,健康被害は,急性期の被害から慢性疾患の増加やメンタルヘルスなど慢性期の被害に移行している。私たちは,この不幸な災害から何を学ぶのか,学べるのか。未曽有の災害・事故は,日本社会において責任あるエリートへの「Wake Up Call」でもあったのだ。これを契機に,従来なかなか成し遂げられなかった改革ができるのだろうか。福島原発事故から何を学ぶのか,エネルギー政策ばかりでなく,医療提供のあり方,人材育成など,大きな変化が見られているのだろうか? この危機を生かす機会として,本書にもいくつかの貴重なヒントが見られるだろう。

次世代リーダーシップの育成
 激変する社会のニーズに応えるためには,医学アカデミアが新しい価値を創造する必要がある。医学アカデミアの潮流は,治療から予防へ,大学から地域へと,パラダイムがシフトしている。これを先取りし,医学アカデミアを方向付ける新しいリーダーシップが求められている。従来の自然科学だけに依拠した医学アカデミアから,基礎医学,臨床医学,社会医学がバランス良く協調するチーム型のリーダーシップが求められている。そのためには新しいリーダーとなる人材の育成も必須である。活躍の場は国内に限らない。世界を「場」にして活躍する人材をより多く育てることは,日本にとって喫緊の課題だ。

 わが国は,東日本大震災,福島原発事故,超高齢化などを「外的なショック」と位置付け,近い将来の危機を見通し,先駆けて対応する政策を計画し実現する必要がある。医学アカデミアには,わが国の医療システムの転換に協力し,その政策の効果を科学的に評価する社会的な責任がある。象牙の塔に籠るのではなく,自然環境,社会環境の大きな変化に対応し,将来の危機を乗り切るレジリエンス「折れない“ちから”」を持った医療システムの構築に貢献する社会的責任がある。

「M8 Alliance 京都・福島声明」
 以上のトピックスに関する議論を経て,健康と医学に関する国際的アカデミアネットワークであるM8 Allianceのメンバー,京都大学,福島県立医科大学が協力して「M8 Alliance 京都・福島声明」1)を作成し,世界に発信した。その要旨は以下の通りである。
福島は,日本,そして世界の縮図である。福島は,日本の中でも高齢化が特に顕著であり,また震災以前より医療資源が乏しい。このような危機的状況は,日本および先進国の近未来の縮図であると言える。
持続可能なヘルスシステムが備えるべき2つの要素に「対応する力(responsiveness)」と「折れない力(resilience)」がある。
対応する力:自然災害,新興感染症の発生など危機的状況にヘルスシステムが応える力
折れない力:高齢化,疾病構造の変化,経済状況の変化など,時間と共に変化する課題に対してヘルスシステムが柔軟に応える力

 「世界医学サミット京都会合2015」は,世界の演者,パネリストと600人を超える参加者を迎え,大成功であったことを付け加えたい。この会合と本書が,多くの参加者の共感と,目覚めへのきっかけになることを祈念してやまない。

文献
1)World Health Summit.M8 Alliance 京都・福島声明(原文および日本語訳).2015.http://www.worldhealthsummit.org/

現代医療に疑問を持つ方に読んでいただきたい一冊
書評者: 柴垣 有吾 (聖マリアンナ医大教授・腎臓・高血圧内科学)
 本書は2015年に京都で開催されたWorld Health Summit(WHS)のRegional Meetingで取り上げられたトピックをそれぞれの専門家が解説したものに加えて,同会議の会長を務められた京都大学医療疫学教授の福原俊一先生による世界のリーダーへのインタビュー記事から成っている。WHSの全体を貫くテーマは「医学アカデミアの社会的責任」とされ,さらにそのキーワードとして医療レジリエンスという言葉が用いられている。

 大変に恥ずかしい話ではあるが,私はこれまでレジリエンス(resilience)という言葉の意味をよく知らなかった。レジリエンスはもともと,物理学の用語で「外力によるゆがみをはね返す力」を意味したが,その後,精神・心理学用語として用いられ,脆弱性(vulnerability)の対極の概念として「(精神的)回復力・抵抗力・復元力」を示す言葉として使われるようになったという。今回,評者がこの書評を依頼された理由を推測するに,評者が最近,超高齢社会における現代医療の限界・脆弱性を指摘していたことにあると思われる。もっともその指摘は身内に脆弱高齢者(frail elderly)を抱えた個人的体験によるもので,アカデミックな考察には程遠いものである。

 今後の少子高齢社会や日本の社会・経済的現況を考えるに,高度先進医療はmajorityである高齢者が享受できる医療ではないはずであるが,医学アカデミアはこのお金に糸目を付けない医療を志向しているように思えてならない。また,この長寿社会においてより切実なアウトカムは延命ではなく,「ピンピンコロリ」,つまり,生きている限りのできるだけ長い期間,身体・認知機能の維持によって尊厳を持って生きることであるはずなのに,いまだに多くの臨床研究・臨床試験のアウトカムは死や臓器保護と,患者の思いとはかけ離れているように思える。これらは個人的には医学アカデミアのネグレクト(neglect)であり,社会的責任の放置であると考える。このような意味から,医学アカデミアの社会的責任を再認識し,かなりゆがんだ医療を矯正して,医療にレジリエンスを与えようという本会議はまさに時代の要請といえる。

 私は日常業務に追われ,大変残念ながらWHSに参加がかなわなかったが,本書を読むことでその会議を疑似体験できた。私の未熟でおぼろげでしかなかった思いが,本書の内容によって強い信念に変わり,また,今後の方向性に示唆を与えてくれた。特に,個人的にこの思いを共有するアカデミアのリーダーが非常に多くいることに強く勇気付けられたことが一番の収穫であったと感じている。現代医療に少なからず疑問を持ち,今後の医療の行く末におぼろげな不安を感じている方にぜひ読んでいただきたい。

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本書の記述の正確性につきましては最善の努力を払っておりますが、この度弊社の責任におきまして、下記のような誤りがございました。お詫び申し上げますとともに訂正させていただきます。

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