トラベルクリニック
海外渡航者の診療指針

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出国前・帰国後の診療、海外渡航者の予防接種など、「まずこれだけは押さえておきたい」ポイントをわが国の事情に即して解説。(1)疾病別(ex. 狂犬病、デング熱、マラリア)、(2)渡航者別(ex. 糖尿病、虚血性心疾患、小児)、(3)地域別(ex. 北米、東南アジア、西欧)など、異なる切り口で臨床に役立つ情報を提示。慢性疾患やメンタル疾患など幅広い範囲の健康問題もカバー。
編集 濱田 篤郎
発行 2013年11月判型:A5頁:368
ISBN 978-4-260-01876-0
定価 5,280円 (本体4,800円+税)

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 現代の日本で海外渡航が日常的な出来事になったのは1990年代のことである.それまでも企業からの派遣者,留学生,観光旅行者などが海外に滞在することはあったが,それは国民のごく一部だった.しかし,1980年代後半のバブル景気の時代を経て,海外渡航は日本国民にとって日常的な行動の1つになる.多くの国民が娯楽として海外旅行に出かけ,また国際経済の発展とともに企業関係者が世界中を飛びまわる時代になった.
 そんな時代の到来とともに,海外渡航に伴う健康問題も1990年代から急増していた.例えば海外でマラリアに罹患する日本からの渡航者は年々増加し,1990年代には年間100人以上を記録する.また1995年には,インドネシアのバリ島から帰国した日本人観光客の間で,300人以上のコレラ患者が発生する事態となった.こうした健康問題が発生した背景には,国民の多くが健康面での対策をとらないまま,海外に旅立っていることにあった.海外渡航に際してはさまざまな健康面でのリスクが存在していたのである.
 このような海外渡航中の健康問題を未然に防ぐ医学として,欧米諸国ではトラベルメディスンという領域が1980年代に発祥していた.この当時,米国に留学していた編者も現地でこの医学に接し,将来の日本に必要な分野であると確信したものだ.そして,1990年代になりその時代は到来した.その後,編者らは日本に欧米のトラベルメディスンを導入するためさまざまな取り組みをしてきたが,欧米式の診療はなかなか日本には定着しなかった.その理由として,日本の医療システムが欧米のそれと大きく異なる点が挙げられる.また,トラベルメディスンの根幹である予防医学的な診療が,日本の医療関係者に浸透していないことも一因だった.こうした問題点を改善し,日本国内にトラベルメディスンを根付かせる目的で,本書の出版が企画された.
 本書ではトラベルメディスンの内容を,可能なかぎり,日本の医療システムに合わせて紹介している.また,感染症だけでなく海外渡航中に遭遇する健康問題を広く網羅する構成にしている.さらに,医師,歯科医師,看護職,薬剤師,臨床検査技師など医療関係者が広く理解できるように,実践的な内容を目指している.こうした目的を達成するため,本書では各分野で活躍中の専門家の方々にご執筆をお願いした.
 トラベルメディスンは日本でまだ発展途上の分野であるが,本書により,この医学が日本に広く普及し,日本国民が健康的な海外渡航ができるようになることを祈っている.
 なお,本書の発刊にあたっては,東京医科大学病院の元院長である行岡哲男先生に多大なるお力添えをいただいた.心より感謝申し上げたい.

 2013年9月
 編集者 濱田篤郎

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第1部 海外渡航者診療のABC
 第1章 海外渡航者の健康問題
  1 トラベルメディスンとは
  2 海外渡航者の動向
  3 海外渡航者の健康問題の実態
 第2章 出国前の健康指導
  1 海外渡航者のリスク評価
  2 健康指導の方法
  3 健康問題別の健康指導
  4 渡航者別の健康指導
  5 携帯医薬品の準備
  6 海外医療機関の受診指導
 第3章 海外渡航者の予防接種
  1 トラベラーズワクチンの選択方法
  2 各ワクチンの解説
  3 渡航期間別に推奨するワクチン
  4 ワクチン接種のためのスケジュール
  5 特殊な旅行者のワクチン接種
  6 トラベラーズワクチンの接種手順,副反応とその対応
 第4章 海外渡航者のマラリア予防と治療
  1 マラリア予防の概要
  2 マラリア予防の方針
  3 予防内服の実際
  4 自己迅速診断とスタンバイ治療
  5 マラリアの治療
  6 まとめ
 第5章 海外帰国者の診療
  1 海外渡航者の疾病統計
  2 発熱患者の診療
  3 下痢患者の診療
  4 海外から帰国した際のスクリーニング
  5 皮膚症状の診察

第2部 疾患別の対応
 第6章 海外渡航者の感染症
  1 アフリカトリパノソーマ症
  2 ウイルス性出血熱
  3 ウエストナイル熱
  4 黄熱
  5 季節性インフルエンザ
  6 狂犬病
  7 結核
  8 コレラ
  9 ジアルジア症
  10 シャーガス病
  11 住血吸虫症
  12 髄膜炎菌感染症
  13 赤痢
  14 赤痢アメーバ症
  15 ダニ媒介性脳炎
  16 チクングニア熱
  17 腸チフス,パラチフス
  18 デング熱
  19 鳥インフルエンザ
  20 日本脳炎
  21 破傷風
  22 ペスト
  23 ポリオ
  24 麻疹
  25 マラリア
  26 ライム病
  27 リーシュマニア症
  28 旅行者下痢症
  29 リンパ管性フィラリア症
  30 レジオネラ症
  31 レプトスピラ症
  32 A型肝炎
  33 B型肝炎
  34 E型肝炎
  35 HIV感染症
 第7章 航空機旅行と疾病
  1 航空機内の環境
  2 機内で起こりやすい疾病
  3 旅行者血栓症
  4 耳鼻科疾患
  5 その他(特殊な旅行者の搭乗中の注意など)
 第8章 高地で問題となる疾患
  1 高地という特殊環境
  2 急性高山病の発生機序
  3 急性高山病の予防と対策
  4 慢性疾患のある旅行者の対応
 第9章 海洋レジャーに伴う疾病
  1 スクーバダイビングと疾病
  2 海洋生物毒(marine toxins)
  3 紫外線障害
 第10章 海外渡航者のメンタルヘルス
  1 海外渡航とメンタル障害
  2 短期旅行でのメンタル障害
  3 海外勤務者のメンタルヘルス対策
  4 海外でメンタルの問題の起こした際の対処法

第3部 渡航者別の対応
 第11章 慢性疾患のある渡航者
  1 海外渡航による慢性疾患への影響
  2 糖尿病
  3 腎障害
  4 呼吸器疾患
  5 循環器疾患
  6 その他
 第12章 免疫不全のある渡航者
  1 海外渡航における健康リスク
  2 HIV感染者の海外渡航
  3 免疫抑制薬使用者の海外渡航
  4 免疫不全患者のワクチン接種
  5 免疫不全者のマラリア予防
 第13章 海外勤務者
  1 海外勤務者の動向と健康問題
  2 海外派遣者とその家族の健康対策
  3 生活習慣病の管理
  4 海外出張者の健康対策
 第14章 小児渡航者
  1 海外に長期滞在する小児の健康問題
  2 海外渡航する小児への診療内容
  3 各疾患別の対応

第4部 地域別の対応
 第15章 地域別の健康情報
  1 東アジア
  2 東南アジア
  3 南アジア
  4 中央アジア
  5 中東
  6 東欧
  7 西欧
  8 アフリカ
  9 北米
  10 中米
  11 南米
  12 オーストラリア,ニュージーランド
  13 大洋州

付録
索引

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幅広い内容をコンパクトにカバー
書評者: 渡邊 浩 (久留米大教授・臨床感染医学)
 日本人はいつから海外に行くようになったのであろうか。昔授業で習った記憶をたどると,飛鳥時代に遣隋使として派遣された小野妹子らが最も古いのかもしれない。江戸時代に漁に出て嵐に遭い,太平洋に浮かぶ無人島に漂着し,アメリカの捕鯨船に救助され渡米したジョン万次郎の例を出すまでもなく,かつては海外に行く交通手段は船であり,命懸けの航海であったことは想像に難くない。本書に書かれている「トラベル」の語源が「トラブル」からきているというのは考えてみればもっともであると思う。

 それでは,日本人にとって旅はいつから楽しむものになったのであろうか。人が歩いて旅をしていた江戸時代でも地方の旅籠に泊まって風呂につかり,おいしい食事をすることは楽しみではあっただろうが,歩く旅には疲労やけがあるいは場合によっては追いはぎにあうなどのトラブルもあったであろう。

 わが国において「海外旅行の自由化」がなされ,観光目的で外国に行けるようになったのは1964年からであり,まだ50年程度しかたっていない。近年わが国の海外渡航者数は増え続け,年間1,800万人以上になっている。海外旅行は格安航空会社の普及などもあって安く気軽に行けるものとなり,観光,ショッピングなどを楽しむものとなった。渡航先や形態にも変化がみられ,仕事のため家族連れで長期間途上国に赴任する場合や,冒険旅行などのように従来とは異なる地域に足を踏み入れる場合も多くなっており,海外渡航者がさまざまな感染症に罹患する危険性が増加している。感染症以外でも高地に行く人に発症する高山病,スキューバダイビングなどに伴う潜水病,エコノミークラス症候群,交通事故,時差ぼけなど海外渡航中に発生しうる健康問題には幅広い病態や問題を含んでいる。

 欧米諸国では,海外渡航者の健康問題を扱う医療機関としてトラベルクリニックが数多く設置されており,健康指導,ワクチン接種や携帯医薬品の処方などが行われているが,わが国では都市部ではトラベルクリニックは増えているものの地方ではまだ少なく,地域によっては海外渡航時のワクチンを接種できる医療機関がほとんどないという場合も珍しくないのが現状であり,残念ながら日本には渡航医学という概念は十分に根付いていない。

 本書ではトラベルクリニックで取り扱うべき幅広い病気,予防のためのワクチンや治療,健康指導,航空機,高地,海洋レジャーに関連した疾病にメンタルヘルス,各論として慢性疾患や免疫不全のある渡航者,海外勤務者,小児渡航者および地域別の健康情報などについて書かれており,これ一冊で幅広い渡航医学のほとんどをコンパクトにカバーしている。著者の渡航医学に対する思いが伝わり,これからトラベルクリニックを始めようとする医療従事者のみならず,海外渡航される方にとっても必見の内容に仕上がっている。本書がいまだ渡航医学が十分に社会に浸透していないわが国の状況を変えていくきっかけになることを期待したい。
渡航者医療を簡潔に網羅したバイブル的書物。ぜひ手元に置いて診療を
書評者: 尾内 一信 (川崎医大教授・小児科学)
 本書を手に取ってまず感じたことは,「日本で長く要望されていた渡航者医療を簡潔に網羅したバイブル的書物がやっと世に出た」ということである。本書は,実に素晴らしい出来栄えであるが,編集されたのが濱田篤郎博士なので納得できた。濱田篤郎博士は,現在日本渡航医学会の理事長として日本の渡航医学会でリーダシップを発揮されている。また,労働者健康福祉機構海外勤務健康管理センター(JOHAC)で長く渡航者健康管理に精通され,現在は東医大病院渡航者医療センター教授として教育者としても活躍されている。また,特筆すべきは,渡航医学の専門家でありながら著名な作家であるということである。

 主な著作には,『旅と病の三千年史』(文藝春秋),『伝説の海外旅行—「旅の診断書」が語る病の真相』(田畑書店),『歴史を変えた「旅」と「病」—20世紀を動かした偉人たちの意外な真実』『世界一「病気に狙われている日本人」—感染大国日本へのカウントダウン』(以上,講談社),『新疫病流行記—パンデミック時代の本質』(バジリコ)などがあり,いずれも思わず濱田ワールドに引き込まれる良書である。知らないうちに渡航医学の面白さが身近なものとなるので,これらの本もぜひお薦めしたい。

 さて,本書は渡航地が途上国ばかりでなく先進国である場合も網羅し,短期滞在から長期在住まで,出国前ばかりでなく帰国後の対応までも初心者でもわかりやすく,しかも最新情報に基づいて解説されている。さらに海外で罹患が予想される疾患別,健常者ばかりでなくさまざまな慢性疾患,小児など渡航者別,渡航地域別にそれぞれ異なる視点でわかりやすくまとめられている。渡航者医療に関する情報は,慣れてくるとインターネットでも断片的に収集可能であるが,慣れないとなかなか必要な情報にたどり着けない。本書には,渡航者医療に必要不可欠な情報が整然とちりばめられている。渡航医学の専門家ばかりでなく,渡航者医療をこれから学ぼうと考えている先生にも役立つ有用な情報源に仕上がっている。特に普段渡航者の医療に慣れない先生は,ぜひとも手元において診療されることをお薦めしたい。

 国際情勢は日々変化しており,これに伴って渡航者への対応も変化する。本書は出版されたばかりであるが,定期的に改訂されることを期待する。

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