依存と嗜癖
どう理解し,どう対処するか

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薬物やアルコールなどの物質依存症者への治療と支援、およびギャンブルやインターネットに過度にのめり込んでしまう人への対応についてまとめた1冊。患者の傾向や治療上の注意点、家族へのサポート・情報提供の方法など、一般臨床医が知っておくべき対応のコツについて症例を交えつつ具体的に提示。回復に重要な役割を果たす自助グループの取り組みも紹介する。 シリーズセットのご案内 ●≪精神科臨床エキスパート≫ シリーズセット II 本書を含む3巻のセットです。  セット定価:本体16,400円+税 ISBN978-4-260-01858-6 ご注文ページ
シリーズ 精神科臨床エキスパート
シリーズ編集 野村 総一郎 / 中村 純 / 青木 省三 / 朝田 隆 / 水野 雅文
編集 和田 清
発行 2013年05月判型:B5頁:216
ISBN 978-4-260-01795-4
定価 6,380円 (本体5,800円+税)

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 グローバル化の進展と,それに相反するかのような社会基盤の不安定化の進行の中で,社会は閉塞感に充ち満ちております.その裏返しのように,「癒やし」や「回復」といった視点が求められる今日です.その背景には,1999年に世界保健機関(WHO)が定義した健康の概念『健康とは身体的・精神的・スピリチュアル・社会的に完全に良好な動的状態であり,たんに病気あるいは虚弱でないことではない』の「スピリチュアル」の影響もありそうです.
 従来,「依存症」という概念はWHOによる「依存(dependence)」の定義に基づいた,アルコールを含めた物質(ないしは薬物)依存症(症候群)だけでした.しかし,世の中では,「ギャンブル依存」「インターネット依存」「買い物依存」など,何でもかんでもが依存と呼ばれる傾向が続いています.
 そもそも,わが国では依存という言葉は「他によりかかって存在すること」という意味合いで,人間関係のあり方の面からみた人間存在様式を表現する言葉として使われてきたように思います.そのような意味では,「ギャンブル依存」「インターネット依存」「買い物依存」という表現は,自然に理解されうる言い回しだろうと思われます.
 ただし,「疾患」として考えるときには,依存とはWHOによる定義をその出発点とする必要があります.結果的に,依存とは物質(ないしは薬物)依存だけであることを理解しておく必要があります.一方,疾患としての依存ではない「ギャンブル依存」「インターネット依存」「買い物依存」などの行為への「のめり込み」は「プロセス依存」と呼ばれてきました.物質依存とは,その個人の病理に関わりなく,その物質を使い続けることによって,結果的にどのような人にでも陥りうる疾患です.一方,プロセス依存では,その行為自体には普遍的作用はなく,個々人の病理が「のめり込み」への原因になります.ここに,物質依存とプロセス依存の明らかな違いがあります.ただし,物質依存でも,その物質の使い始めと依存が成立するまで使い続ける過程には,個人の病理が大きく影響していることは否めません.そこで使用される便利な概念が「嗜癖(addiction)」です.「嗜癖」とは,物質依存とプロセス依存とを包括する概念であると考えるとよいかもしれません.
 そもそも,精神医学にとって何をどこまで「疾患」と考えるかは重要な問題ではあります.しかし,抽象的概念論には関係なく,依存であれ嗜癖であれ,それに陥っている人たちがいるのは事実です.2013年5月に公表される予定のDSM-5では,従来の「物質関連障害(Substance-Related Disorders)」は,「ギャンブル障害(Gambling Disorder)」を含めた「物質関連障害と嗜癖性障害(Substance-Related and Addictive Disorders)」に変わると聞いています.
 《精神科臨床エキスパート》シリーズの1冊である本書では,これら「依存」「嗜癖」に対して,臨床家がどのように理解し,どのように対応すべきなのか,技術論的展開に力点を置きました.「依存」「嗜癖」に陥った人たちに実際に携わっているエキスパートたちの「臨床知」を本書で披露していただくことによって,多くの臨床家が対応に困惑しているそれらの問題に対する「道しるべ」となることを願っております.

 2013年5月
 編集 和田 清

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第1部 総論
 総論 あふれる「依存症」-依存と嗜癖はどう違うのか?
  なぜ,いま「依存」と「嗜癖」が問題か?
  診断基準の変遷から「依存」と「嗜癖」を考える
  基礎研究の立場から「依存」と「嗜癖」を考える
  「依存」と「嗜癖」をどう考えるか?

第2部 アルコール・薬物依存症の問題への対応と考え方
 第1章 臨床家が知っておきたい依存症治療の基本とコツ
  依存症治療の現状
  依存症が精神科治療者から嫌われる理由
  薬物依存症患者は診やすくなっている
  依存症治療を困難にしている理由
  依存症治療の構成
  これまでのわが国の依存症治療の問題点と新たな依存症治療の展開
  LIFEプログラムについて
  外来治療の要点
  入院治療の要点
  依存症患者の特徴と基本的な対応
  回復とは何か? 依存症の治療とは何をするのか?
  自助グループ・リハビリ施設とのつなぎ方
  違法薬物患者への対応と法的根拠
  合併する精神科的問題について適切な対応を行う
  自殺念慮・自傷行為への対処法を心得ておく
  依存症と家族
  薬物依存症治療のこれから
 第2章 精神病性障害(幻覚・妄想)を併存する薬物依存症者の治療と支援
  「精神病性障害(幻覚・妄想)を併存する薬物依存症者」とは
  「精神病性障害(幻覚・妄想)を併存する薬物依存症者」のとらえ方
  回復に至るまでの流れ
  柔軟性・創意工夫のある粘り強い連携に基づく支援が必要
 第3章 アルコール・薬物依存症と衝動的行動
 -暴力,自傷・自殺,摂食障害を中心に
  暴力行動との関係
  自殺行動との関係
  食に対する衝動性-摂食障害
 第4章 アルコール・薬物依存症の治療-解離という視点から
  患者が乱用物質と出合うまで-苦痛と解離の過程
  患者が医療につながるまで-「信頼障害」と「自己治療」の過程
  患者が医療につながるとき-「初期援助者」から地域ネットワークへ
 第5章 アルコールに強い人・弱い人-依存症からみた違いと対応の異同
  アルコール依存症の遺伝的要因
  アルコールの代謝
  アルコール代謝酵素遺伝子多型と飲酒
  アルコール代謝酵素遺伝子多型とアルコール依存症
  アルコール依存症の合併症とアルコール代謝酵素遺伝子
  アルコール依存症治療の展望
 第6章 暴力などのトラウマ問題を抱えた薬物依存症者に対する治療
  薬物依存症の治療でトラウマ問題の合併は非常に多い
  物質使用障害とPTSDの合併事例の治療がなぜ難しいのか?
  援助
  トラウマと薬物依存症の統合的な治療を
 第7章 性的マイノリティと薬物乱用・依存の関係
  何気ないやり取りで
  性の多様性を理解する
  HIV/AIDSと薬物依存の交差点
  ゲイ・バイセクシュアル男性における薬物使用
  セックスとドラッグとの関係
  アルコールとセックスの相乗効果
  ゲイ・バイセクシュアル男性のこころ
  薬物問題を抱える性的マイノリティの存在に気づいたら
 第8章 薬物依存症者をもつ家族に対する理解と相談支援の方法
  薬物依存症者をもつ家族の現状
  わが国における薬物依存症者をもつ家族に対する支援体制
  薬物依存症者をもつ家族に対する相談支援の方法

第3部 嗜癖の問題への対応と考え方
 第1章 嗜癖の理解と治療的アプローチの基本
  「嗜癖」概念を巡る2つの論点
  治療的アプローチの各段階での基本的留意点
  今後の嗜癖問題の治療と支援で認識してほしいこと
 第2章 病的ギャンブリング-その概念と臨床類型
  病的ギャンブリングを巡る議論
  社会的概念
  精神医学的概念と臨床類型
  より多様な支援を実現するために
 第3章 わが国の病的ギャンブリングの現状と治療的アプローチ
  病的ギャンブリングの用語について
  わが国の病的ギャンブリングの現状
  わが国の相談,診療にみる病的ギャンブリングのプロフィール
  PGへの治療的アプローチ
  PGへの治療的アプローチにおける留意点
  嗜癖を標的とした精神療法・心理療法を考える
  嗜癖からの回復は「生き直し」のプロセス
 第4章 インターネット嗜癖の現状と対処法
  インターネットを取り巻く状況
  インターネット嗜癖に関する診断基準・スクリーニングテスト
  インターネット嗜癖の有病率に関する調査
  インターネット嗜癖に合併する障害と家族関係
  インターネット嗜癖治療概論
  久里浜医療センターにおけるインターネット嗜癖治療

第4部 回復支援施設からみた依存・嗜癖
 第1章 ダルク入寮者にみる依存と嗜癖
 -どのような問題を抱え,どう対処しているのか
  ダルクとは?
  栃木ダルクの沿革と施設概要
  利用者の動向
  栃木ダルクのプログラム
  5 stage system効果の考察
  家族支援の重要性
  まとめ
 第2章 パチンコに耽溺する人の特性と支援について
 -NPOからみえる支援の課題
  ワンデーポート設立の経緯
  「依存症モデル」に依存しすぎていた
  進行性の病気ではない人たち
  「パチンコ依存」は病的賭博なのだろうか?
  支援の個別化とネットワーク
  支援のあるべき姿とは?

索引

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嗜癖概念の実践的な理解に有益な一冊
書評者: 齋藤 利和 (札幌医大教授・神経精神医学)
 依存と嗜癖については歴史的にさまざまな意味付けがなされてきた。これまではICD-10(WHO診断基準),DSM-IV(米国精神医学会診断基準)では1977年のWHOが示したアルコール依存症候群の概念の影響を強く受け,両診断基準の中に精神依存を中心とする依存症の診断基準が示されていた。

 しかし,最近出版されたDSM-5では乱用と依存とで構成されていた物質使用障害から乱用,依存の概念は消失し,乱用3項目,依存7項目の診断項目に「渇望」の項目を加えて11項目の診断項目からなる物質使用障害としてまとめられている。また大項目は“Substance-Related and Addictive Disorders”となり,ギャンブル嗜癖がそれに加えられた。インターネット嗜癖も近い将来加えられる可能性がある。これはDSM作成グループの依存から嗜癖に診断基準を修正し,物質に限らず,ギャンブルやインターネットなどの行為嗜癖を含めて,より広く診断の対象を広げたいという意向があることがうかがえる。第1部「総論」を担当している宮田,廣中直行の言葉を借りれば,「物質だけではなく,嗜癖行動を起こす対象物を広く包括し,社会的障害も疾患概念に含み,疾患の閾値を下げる(より広く診断できる)ようになったといえる。このことが,依存と嗜癖の違いになるのであろう」ということである。つまり,嗜癖概念は依存概念より広い分野を包含する,より現実的な,実践的な概念ということになる。

 本書はDSM-5の登場によって依存概念から広げられたこの新しい嗜癖概念の実践的な理解に有益である。すなわち,第3部「嗜癖問題への対応と考え方」では,この手の本では取り上げられることのなかった病的ギャンブリングとインターネット嗜癖に多くの部分を割いている。さらに本書では,この第3部を含め,第2部「アルコール・薬物依存症の問題への対応と考え方」から第4部「回復支援施設からみた依存・嗜癖」に至るまで極めて実践的な姿勢で貫かれていることは注目に値する。またその内容も初心者からベテランに至るまでを満足させるような幅広い内容となっている。すなわち,第2部を例に取れば第1章の「臨床家が知っておきたい依存症治療の基本とコツ」(成瀬暢也)では治療にとって必要なことが漏れなく書かれているだけではなく,著者の長年の経験から生まれた,秘伝のコツまでもが書かれている。そのほか,併存する精神病性障害,暴力,自殺,家族支援に至るまで,これまで現場で苦闘をしてきた専門家の得難い助言が満載である。従来の依存概念から,より広い嗜癖概念へとかじを切ったDSM-5の出版直前に出版された本書はまさに当を得たものと言えるだろう。

 本書は医学生,研修医から専門家までの要求に堪えられる内容ではあるが,平易な理解しやすい文で書かれており,医療関係者や当事者・家族にも広く読まれることを期待したい。

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