中耳手術アトラス

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イタリアのグルッポ・オトロジコに所属の著者らによる原書第2版の翻訳。本書は中耳術者が行うべきすべての手術を、シンプルで再現しやすく、安全な術式で網羅しており、初学者から熟練者まで、あらゆる段階の術者に役立つ情報を明快に記述している。また、鮮明な術中写真と図を多用し、感覚的かつ具体的に手術のポイントが把握できる内容ともなっている。原著者の1人が自ら翻訳した珠玉の手術アトラス、ここに堂々の刊行。
原著 Mario Sanna / Hiroshi Sunose / Fernando Mancini / Alessandra Russo / Abdelkader Taibah / Maurizio Falcioni
須納瀬 弘
発行 2013年05月判型:A4頁:616
ISBN 978-4-260-01778-7
定価 29,700円 (本体27,000円+税)

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Foreword/日本語版に寄せて訳者 序

Foreword
Japanese translation of Middle Ear and Mastoid Microsurgery, 2nd edition

 This book is written to try to provide otologic surgeons with the wisdom acquired during 40-year experience based on about 26000 surgical cases, and demonstrate the approach to middle ear surgery taken by the Gruppo Otologico in Piacenza and Rome, Italy.
 We need to remember that nothing is easy in middle ear surgery. Thousands of middle ear surgery techniques have been described and special techniques performed by very experienced surgeon yield excellent results, as a rule. However, some techniques that may be easy for experienced hands are quite difficult for beginners. Trials to such complicated and difficult-to-use procedures may cause accumulation of a history of avoidable mistakes and failures before becoming “very experienced”. It will be safer if surgeon can arrange wide access with good visibility instead of working in very deep and narrow area with tremendous concentration. It will be safer if surgical steps are less complicated and easy to follow. Continuous re-evaluation of large number of surgical outcomes has improved and simplified our techniques to the level of ‘state-of-the-art’ middle ear surgery.
 I am happy to have Japanese edition of this book translated by the co-author Dr Hiroshi Sunose. We have worked with him for more than 10 years, and he is still one of the best foreign students I have ever had in my department. His dedication to work, his intelligence and advice has made it possible to complete this book. He also contributes to our temporal bone dissection course held every year in Piacenza as an instructor, and taught more than 30 Japanese doctors. Since he is passionate about both surgery and education, I am happy to hear that he now has his own students as a professor.
 I hope this book will become a guidepost for young doctors, and a favorite textbook for established otologic surgeons in Japan.

 Mario Sanna, M.D.
 Professor of Otolaryngology
 University of Chieti, Italy
 Gruppo Otologico
 Piacenza and Rome, Italy


日本語版に寄せて

 本書は耳科手術を行う術者に対し,40年にわたりおおむね26,000件に及ぶ手術症例から得られた知恵を届け,中耳手術に対するグルッポオトロジコ(イタリア,ピアチェンツァ・ローマ所在)のスタンスを示すために執筆されました.
 中耳手術に簡単なことは存在しないことを銘記したいと思います.これまでに星の数ほどの手術テクニックが紹介されていますが,高度に経験を積んだ術者であれば,当然のように素晴らしい結果が得られます.しかし,熟練した術者にとって簡単な技術が初学者にとっては極めて難しい場合もあります.難易度が高くて使い難い手技を真似ようとすれば,“熟練者”になるまでに,避けられたはずの誤りや失敗を積み重ねることになりかねません.もし,術者が深くて狭い術野ではなく広くて見やすい術野を作ることができれば,そして手術の各ステップが複雑ではなくわかりやすいものであれば,手術は安全なものになります.膨大な数の手術症例の結果を再評価し続けることで,私たちの手術テクニックは改善・簡略化され,「最高水準」と呼べるレベルの中耳手術となっています.
 本書の日本語版が,このたび共著者である須納瀬医師の訳で発刊されることを嬉しく思います.私たちは須納瀬医師と10年以上にわたって働いてきましたが,彼は今でもわれわれのもとに訪れた最も優秀な外国人フェローの一人です.彼の献身的な仕事ぶりや知性と助言なしに本書が日の目を見ることはなかったでしょう.彼はまた,われわれが毎年ピアチェンツァで行う側頭骨解剖コースの講師として30人以上の日本人を教えてきました.手術と教育に情熱を燃やす須納瀬医師が今では教授として自分の生徒を持っていると聞き,とても幸せな気分です.
 本書が日本の若い医師の道標となり,また完成された術者にとってもお気に入りの1冊となることを期待しています.

 マリオ サンナ
 キエティ大学耳鼻咽喉科教授
 グルッポオトロジコ
 ピアチェンツァ・ローマ,イタリア


訳者 序

 本書はイタリアGruppo Otologicoを主宰するMario Sanna先生の長年にわたる,数万例に及ぶ中耳手術の臨床経験に基づいて書かれており,さまざまな手術手技の概念を総花的に羅列した手術書とは一線を画しています.Sanna先生の深い考えは,各章の最初に記された適応の項によく反映されています.
 例えば真珠腫に関して言えば,Sanna先生はキャリア前半には後壁を保存するCanal Wall Upの強力な推進者でした.しかし,何十年かを経て形成される成人真珠腫症例の術後成績を5年で評価するのが論理的ではないことは明らかです.莫大な手術症例を長年にわたり経過観察した結果,後壁を保存すると一定の頻度での再発を免れないという結論に至り,現在ではCanal Wall Downの症例が遥かに多くなっています.将来再発した場合にどこまで進行しているかわからず,次の術者の技量もわからない,だったら唯一聴耳は再発の少ないCanal Wall Down,再発症例もCanal Wall Down,などの考え方は極めて合理的だと思います.一方,Canal Wall Downは単純に後壁を落とすだけの術式ではない,きちんとしたCanal Wall Down Cavityを作るのはとても難しいというのが,Sanna先生のもう1つの重要なメッセージです.

 本書の初版は2003年5月に発刊されましたが,プロジェクトは私が留学した2000年1月にスタートしました.Gruppo Otologicoが発信する書籍はすべてSanna先生の考えと手術法に基づくものですが,それぞれは1人の担当者がほぼすべての作業を任されて作られます.当時,わずかな中耳手術の経験しかなかった私が本書を任されたときは途方に暮れましたが,執筆を通して多くのものをいただきました.Sanna先生に見せていただいた卓越した術野さばきや教えていただいた疾患に対する考え方は,今日の臨床の礎となっています.そして何よりGruppo Otologicoという,いつでも戻れる学校を得たことが大きな財産です.
 最近,若い先生方があまり留学したがらないという話を耳にします.海外に出なくとも臨床で大輪を咲かせる先生もいらっしゃいますが,価値観も思考法も違う世界に触れることで大きな飛躍のチャンスに恵まれるかもしれません.一流の施設で思考の核を作ることができれば,考えを深めて発展させる機会は必ず訪れます.アジアや中東,アフリカの若い医師たちがどんどん世界に出ていくなかで,日本の先生方の臨床が内向きになることに少し危機感を覚えています.是非,広く世界に目を向けていただければと思います.

 最後に,手術と人生の師であるMario Sanna先生と小林俊光先生に心よりの尊敬と感謝の念を捧げたいと思います.また,日々の臨床を支えてくれている東京女子医科大学東医療センターのスタッフの皆さん,なかでも中耳臨床が円滑に進むため多大な労力を割いてくださる金子富美恵先生に心より感謝致します.また本書の出版にあたり,若い先生方が手に取りやすい価格に,というわがままを聞き入れてくださった医学書院の方々,とりわけ渡辺一さんにお礼申し上げます.そして何より,皆さんの耳科臨床のご発展を心よりお祈りして筆を置きたいと思います.

 2013年5月
 須納瀬 弘




 本書の初版は数多くの図とフィルムカメラでステップバイステップに撮影した術中写真によりGruppo Otologicoの手術哲学をうまく表現することに成功し,中耳手術の分野で最もよいテキストの1つとして世界的に認知されました.初版の出版から8年が経過し,その間も年間1,000例以上の中耳手術を通して私たちの手術技術と治療戦略は向上し続けていました.この期間はまた科学技術の進歩を実感するのに十分な長さであり,私たちが初版の内容をアップデートして臨床の進歩を記録して形にすることを多くの方々が望んでいました.
 デジタルカメラの進歩によって,厳しい条件下であっても詳細で有益な情報をもたらす術中写真を撮影することが可能となりました.人工内耳の技術的進歩は,高度感音難聴に対する確実な解決策を提供してくれています.時間が経つにつれて私たちの人工内耳に関する臨床的な活動量は増加しており,今日において私たちはこの領域で最も重要な施設の1つになっています.読者は,困難な症例を含む豊富な臨床経験に基づいた非常に有用な知恵を本書から得ることができるでしょう.
 第2版では,傍神経節腫に関する記載(15章)にも大きな変更を施しています.Fisch分類に修正を加えた新しい分類を提唱し,読者がこの難しい疾患に対する論理的な解決策を見つけることができるようにしました.適切な手法で出血を制御し,腫瘍をしっかりと露出することで,クラスAとクラスBの傍神経節腫は中耳手術の範疇で扱え,不必要な塞栓術を避けることができます.また,側頭骨亜全摘と中耳腔の充填(18章)についても新たに書き加えています.この手技が,聴力のない耳の止まらない耳漏や中耳に広範に進展する病変など,臨床的に困難な状況を治療する手段として非常に有用であることがわかってきました.この手術を私たちが行う機会は以前よりも増えてきています.一方,ナビゲーションや画像診断などの洗練された医療器械が使えるようになった今日でも,側頭骨の3次元解剖を理解することが手術をする上で最も重要であることに変わりはありません.重要な構造間の3次元的な関係を理解するために,第1章の解剖の記載に正常側頭骨のCT画像の解釈を加えています.
 私たちが本書を発刊する主な目的の1つは,合併症を起こすことなく安定した結果をもたらす手術テクニックを提示することにあります.明瞭で体系立った術中写真は,読者が手術の原則と手順を理解するうえで大きな助けになるでしょう.しかしその一方で,私たちが本書を通して伝えることのできる情報は,特に若い読者にとって十分なものとは言えないことも認識しています.中耳の術者は小さな術野に凝縮された非常に細かく繊細な構造に対し,先端の鋭利な器械とハイスピードドリルを使って手術を行います.繊細で安定した操作が要求され,経験豊富な術者達は例えば特定の部位からの出血や色の変化,ドリルで骨を削る音など,小さいけれども重要なサインに気付き,手術を正しい方向に進めていきます.中耳手術に簡単なことは1つもありません.臨床経験を積む努力と並行して,積極的な自己鍛錬と勉強が必要です.安全な手術を行うためには側頭骨の3次元解剖を熟知していることが最低限必要ですが,これは側頭骨解剖実習を繰り返すことによってのみ身に着けることが可能です.そして経験豊富な術者の指導のもとで少しずつ技術を磨いていくのが望ましい解決法でしょう.
 また,術者は中耳手術を単に個別の手術テクニックをつなげていくことで終える手技としてではなく,診断からフォローアップに到るまでの治療戦略の1つとして理解しなくてはなりません.一部の患者にとっては,保存的治療が当面のところは適切である場合もあります.手術はそれを行うことが適切と考えられる患者に適切な方法で行うものであり,患者の希望,年齢,全身状態,疾患の程度と自然史,対側耳の状態など複数の要素を考慮して計画しなければなりません.症例によっては,経験豊富な術者に紹介することが正しい答えである場合もあります.そのような状況は,経験を増やして技術を磨きたいという術者の欲求としばしば対立するものですが,手術は自分のためではなく患者のために計画するものであるという基本を常に心にとめておかなければなりません.
 私たちは,学ぶために最良の方法は教えることであると信じています.実際,私たちは本書を書く作業を通して多くのことを学びました.本書が多くの読者を正しい方向に導くとともに,本書から得た知識を教えることでそれ以上のことを学ぶ助けとなるよう望んでいます.
 私たちは家族がいつも温かくサポートしてくれることに心から感謝しています.また,同僚でありこの本の準備に関わってくれたGiuseppe De Donato,Enrico Piccirillo,Antonio Caruso,Giuseppe Di Trapani,Seung-Ho Shin,Lorenzo Lauda,Filippo Di Lellaの各先生に深謝します.筆頭著者のMario Sannaは,素晴らしい師であるCarlo Zini,Jim Sheehy,William Houseの各先生に心よりの感謝の言葉を捧げます.また共著者の須納瀬弘は,同僚の金子富美恵先生の多大なる協力に感謝します.最後に,私たちは出版社ThiemeのStephan Konnryの協力と支援に感謝したいと思います.

 Mario Sanna, MD
 Hiroshi Sunose, MD
 Fernando Mancini, MD
 Alessandra Russo, MD
 Abdelkader Taibah, MD
 Maurizio Falcioni, MD

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1 側頭骨の解剖と画像診断
 外耳道
 鼓膜
 耳小骨連鎖
 鼓室
 乳突洞
 迷路
 頸静脈球
 内頸動脈
 顔面神経
 後壁削除型鼓室形成術(Canal Wall Down法)の手術解剖
 後壁保存型鼓室形成術(Canal Wall Up法)の手術解剖
 側頭骨のCT画像と関連する解剖

2 手術室の準備
 手術室の配置
 患者の体位
 術野の準
 術者の体位
 術者の手の位置
 吸引と洗浄
 バイポーラーとモノポーラー
 顕微鏡
 顔面神経モニター
 手術器械

3 麻酔
 局所麻酔
 全身麻酔

4 中耳手術で普遍的に使う技術への考察
 ルールとヒント

5 中耳手術における方針決定
 誰に手術をするべきか
 唯一聴耳に対する治療戦略
 段階手術の治療戦略
 再手術の治療戦略

6 換気チューブ留置

7 一般的な手術手技
 耳後切開
 移植材料の採取
 外耳道切開
 外耳道形成(骨部外耳道形態の修正)
 閉創

8 術前と術後の処置
 術前の処置
 術後の処置

9 外耳道
 外骨腫と骨種
 外耳道狭窄
 外耳道真珠腫

10 鼓膜形成術
 耳後切開での鼓膜形成術
 経外耳道的鼓膜形成術
 鼓膜形成で遭遇する問題と解決法
 鼓膜形成術の再手術

11 耳小骨形成術
 アテレクターシスと癒着性中耳炎に関する考察
 鼓室硬化症に関する考察
 耳小骨形成の再手術

12 乳突削開術

13 後壁保存型鼓室形成術(Canal Wall Up法)
 後壁保存型鼓室形成術(Canal Wall Up法)の第2期手術と再手術

14 後壁削除型鼓室形成術(Canal Wall Down法)
 入口形成
 パッキングと閉創
 Modified Bondy Technique
 中耳根本手術
 外耳道削除術式の第2期手術
 外耳道削除術式の再手術

15 特論:クラスAおよびBの傍神経節腫(グロムス腫瘍)

16 中耳手術で遭遇する問題と解決法
 迷路瘻孔
 天蓋の骨破壊
 顔面神経麻痺
 骨新生
 髄膜瘤と髄膜脳瘤

17 アブミ骨手術
 アブミ骨手術で遭遇する問題と解決法
 アブミ骨手術の再手術

18 中耳の充填手技(側頭骨亜全摘術)

19 人工内耳手術

20 医原性損傷への対処法
 硬膜からの出血
 S状静脈洞などからの出血
 頸静脈球からの出血
 髄液漏
 迷路瘻孔
 キヌタ骨の脱臼
 アブミ骨の骨折
 鼓膜の損傷
 外耳道皮膚の損傷
 顔面神経の損傷

参考文献
索引

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耳科手術を実践する全ての術者にとっての座右の書
書評者: 池園 哲郎 (埼玉医科大教授・耳鼻咽喉科学)
 訳者の須納瀬弘氏は耳科学の世界的な権威であるイタリアのMario Sanna教授が率いる耳科学専門の病院Guruppo Otologico(以下,Guruppo)に留学した。氏の留学中に本書の原書初版『Middle Ear and Mastoid Microsurgery』が出版され,氏は共著者となっているが,実はその大部分を須納瀬氏本人が執筆したそうだ。Guruppoには常に何人もの医師が世界各国から留学しているが,その中で須納瀬氏がSanna教授より本書の執筆を託されたのである。原書初版の執筆は2000年1月に開始され,3年後に完成をみた。その後原書は執筆体制をほぼ踏襲する形で2012年に改訂され,その改訂第2版を和訳したのが本書である。

 Sanna教授の考えと手術法を優れた写真と詳細な解説とともに提示する本書は,初学者からベテラン医師までどの段階の医師にとっても大いに勉強になる優れた大著として完成している。当時留学していた同僚たちは一様に須納瀬氏の集中力と執筆にかける情熱,その仕事量に驚かされ,「Sunoseはいつ寝ているのか?」と口々に驚嘆の言葉を語っていたそうだ。

 本書はどのページを開いても魅力に充ち満ちている。イラストと写真が随所に使われており,大変わかりやすい。解剖と画像診断から始まり,患者の体位から手術器具の使い方,手術テクニックの考察(骨削除,ドリルの使い方,吸引と洗浄,止血,剥離),治療方針の決定(唯一聴耳,段階手術,再手術)など,これから中耳手術を始める医師にとって最初に学ぶべきことがくまなく網羅されている。さらに,外耳道の手術,鼓膜形成,耳小骨形成,乳突洞削開術などの手術を具体的な症例を用いて解説している。後壁保存か削除かといった永遠に続くテーマにもGuruppoの基本的な見解を提示している。また,グロムス腫瘍に対しては410例の膨大な経験をもとに作成されたSanna分類に基づき,各タイプの治療法が極めて詳細に記載されている。そして,迷路瘻孔や天蓋の破壊,顔面神経麻痺などについては疾病の合併症としてのみならず医原性症例についてもその対処法,術後の対応までが細かく記載されている。さらにアブミ骨手術,人工内耳手術といった耳科外科医があこがれる手術についても,もちろん網羅されている。

 本書を読んでひしひしと伝わってくるのは,須納瀬氏の教育にかける情熱である。自分が得た技術と知識を惜しみなく後輩に伝えて,より良い医療を実現したいという彼の意志を強く感じる。医療においては実地経験を積んだ人物からの直接指導が大きな意味をもってくる。国際的な病院で経験を積み,世界中の医師とディスカッションを重ねた氏が,まさに直々に手を取って教えてくれるように感じられる本書は,ぜひ手元に置いて何度も読み返したい良書である。耳科手術を実践する全ての方に本書を座右の書として利用されることをお薦めする。
多くの図と美しい写真により中耳手術のポイントを詳細に理解できる
書評者: 湯浅 有 (仙台・中耳サージセンター将監耳鼻咽喉科副院長)
 本書は,イタリアの耳科手術の巨匠Mario Sanna先生らによって昨年出版された『Middle Ear and Mastoid Microsurgery』第2版の和訳書である。執筆者である須納瀬弘先生は評者とともに1999年より半年間,Sanna先生の手術施設であるGruppo Otologicoで耳科手術および頭蓋底手術の研鑽を積まれた。その半年間で彼はSanna先生より絶対的な信頼を獲得,原書初版の作成依頼を受け,帰国後も何度かイタリアへ渡り執筆を続け,2003年には原書初版の発刊へこぎつけている。つまり原書初版の原稿の大部分は須納瀬先生が執筆しており,また原書第2版においても執筆体制は踏襲されていることから,本書は単なるSanna先生の著書の和訳ということではなく,Sanna先生から直に薫陶を受けた須納瀬先生の,耳科手術に対する確固たる信念が刻み込まれている渾身の一冊といっても過言ではないテキストなのである。さらに須納瀬先生は,Sanna先生が主宰する側頭骨解剖実習の講師として,毎年Gruppo Otologicoに出向いており,ここでもSanna先生の須納瀬先生への信頼度を推し量ることができる。

 さて,本書はその8割が鮮明なカラー写真とイラストで構成されている。それらは単に映像としての美しさだけではなく,手術中,絶えず変化していく術野に対し重要なポイントとなる場面の写真一葉一葉において的確な注釈を加えながら詳細に展開されており,もはや芸術的な域に達している。このため通常の中耳手術書よりも厚いテキストとなるが,視覚的な情報量という点からも本書が世の中に数多ある中耳手術書の中でも卓越した一冊であることは間違いない。また本書の中には,側頭骨の解剖を十分に学習した医師が次のステップとして実際の手術を行う際に必要となる具体的な手術器具や手術室内の各機械のレイアウトのほか,おのおのの耳疾患の病態を考慮した術式の適応が細かに記載されている。ここでもSanna先生や須納瀬先生の手術の基本姿勢を理解することができ,ただ単に手術方法とその手技を羅列した従来の手術書とは一線を画する。

 本書は耳科手術をめざす若い耳鼻咽喉科医にとって一度は目を通しておかなければならないテキストの一つと考える。さらには一通りの中耳手術を経験した専門医にとっても,Sanna先生の膨大な手術経験数に基づいた耳科手術に対する理念を理解する上で良書となることは間違いないであろう。本書の序文にも記載されているが,最近海外へ留学する若い医師が減少しているという。このアトラスを手にした耳科手術をめざす日本の若い耳鼻咽喉科医が海外へ目を向け,さらには須納瀬先生に続いて日本の中耳手術を世界にアピールできる術者として飛躍することを期待してやまない。
Sanna教授の中耳手術哲学をわかりやすく提示
書評者: 阪上 雅史 (兵庫医科大学病院副院長/主任教授・耳鼻咽喉科)
 鼓室型グロムス腫瘍クラスB1の手術を終了した直後に本稿を執筆している。鼓室形成術は2,500例以上,アブミ骨手術は200例以上経験があるが,まれなグロムス腫瘍の経験はなかった。運よく本書が手元にあったので,15章「クラスAおよびBの傍神経節腫(グロムス腫瘍)」を手術数日前に熟読した。わかりやすいイラストでグロムス腫瘍の分類や手術の各段階が描かれ,次に実際の手術写真が詳細に掲載されていた。クラスB2では26枚の鮮明な手術写真が適切な解説(長くはない)とともに示され,あたかも手術をしているような錯覚を覚えた。特に,明瞭な視野を得るために外耳道下壁・前壁を削る外耳道形成術や鼓膜・外耳道皮弁の剥離の仕方,イリゲーションバイポーラー凝固器の使い方,サージセルなどの普段の耳手術では用いない材料などが参考になった。本書の手順通りに行ったお蔭で,明瞭な視野下にバイポーラー凝固によって腫瘍を少しずつ縮小摘出し,栄養血管も2本容易に発見でき,出血量は30cc弱とほぼ完璧な手術ができた。

 本書には,世界有数の側頭骨外科医であるMario Sanna教授の中耳手術哲学がイラストや術中写真で目に見える形で示されている。その哲学を日本語で見事に再現されたのが須納瀬弘教授である。長年Sanna教授に師事され,日夜中耳手術に研鑚を積まれているからこそ,Sanna教授の手術哲学が見事に再現されたと思う。

 本書は,側頭骨の解剖と画像診断,手術前の準備(手術顕微鏡・手術器具・手術室での配置など),麻酔の仕方,手術の適応,術前と術後の処置,鼓膜形成術,乳突削開術,canal wall up法,canal wall down法,耳小骨形成術,前述の鼓室型グロムス腫瘍,アブミ骨手術,中耳の充填手技,人工内耳手術,医原性副損傷への対応,からなる。初中級者には通読をお勧めするが,前述のグロムス腫瘍における例のように,各症例に必要な項を手術前に読むのも非常に参考になる。

 Sanna教授の手術方針や手術技量には感服するばかりであるが,中耳真珠腫に対する後壁の取り扱い方の変更には興味を覚える。Sanna教授は若いころにHouse Ear Instituteでcanal wall up法を学ばれたが,5~10年で再発が20~30%あること,何十年経ってからも再発があることから,canal wall down法に転向された。Sanna教授は,顔面神経管隆起を極力低くすること,乳突蜂巣を徹底的に削開すること,外耳道入口部を拡大することなどが重要であると述べている。小生も術後耳,高齢者,only hearing earなどにはcanal wall down法を行っている。ただ,術後上皮化には3か月を要することや,外から見える大きな外耳道が,果たして国民皆保険制度を持ち成熟した日本の社会に適するであろうか,特に,忙しいビジネスパーソンに適するであろうか,考えさせられるところである。

 いずれにしても本書は,Sanna教授の中耳手術の哲学をわかりやすく再現した良書と言えるだろう。

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