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文化人類学 [カレッジ版] 第3版

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人間にとって文化とはなにか。身体観、死生観、宗教、世界観など、人を理解するうえで欠かせない「文化」をさまざまな切り口で紹介することで、これまでの概念にとらわれない新たな視界をひらく。ジェンダー、ネットワーク、グローバル化などの視点も取り入れた、スタンダードでありながらも新しい文化人類学テキスト。
編集 波平 恵美子
執筆 波平 恵美子 / 小田 博志 / 仲川 裕里 / 浜本 まり子 / 森田 久仁子 / 道信 良子
発行 2011年11月判型:B5頁:240
ISBN 978-4-260-01317-8
定価 2,310円 (本体2,100円+税)
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はじめに

 多くの学問領域は,それぞれのやり方で直接間接に「人間とは何か」という問いに答えようとする。例えば,生物学は,生物全体の中での人間の位置づけや生物進化のプロセスの中で人間が獲得した生物としての特徴などから答えようとする。医学は,病気の解明や治療を通して明らかになってくる人間の身体の特徴から答えようとする。一方,人文社会科学の源流である哲学は,洗練された論理的思考を重ねて人間存在の意味を見出そうとする。そして,文化人類学は,多様性に満ちた人間の生存の,詳細で具体的なありようを直接観察し,人間とは何かに答えようとする。
 文化人類学は,人間が地球上に現れて以来,生存のために行ってきた多面的な活動とその蓄積の複合的全体を「文化」と呼び,「文化」の普遍性と多様性を,詳細かつ具体的に明らかにすることによって「人間とは何か」という問いに答えようとする。つまり,文化人類学は人間を他の動物と大きく異なる存在としているもの,人間を人間たらしめている「文化」を研究の対象とする学問領域である。
 ところで,21世紀初頭の現在,文化人類学の重要性は一層増している。それには,次のような背景がある。
 第1には,人間が作り出した環境が,人間の生存を脅かし始めている。例えば,核エネルギー使用の増大による核事故の危険性が高まっていることは,旧ソ連のチェルノブイリ,米国のスリーマイル島,大津波の影響によるとはいえ,日本の福島の事故が示している。また,人間の活動が活発になり,消費エネルギーが増え森林面積が減少することによるCO2排出の増加が気候変動をもたらしていると考えられている。人間が自らの生存を確実にするために進歩させた技術が,逆に人間の存在を危うくしていることが明らかになってきた今,生存のための方策の全体を問い直し,行動全体を根本的に見直す必要に迫られている。文化人類学は,人間の生存のありようの多様性と普遍性を研究対象としてきたことから,現在の生存のありようを問い直すうえで参照できる膨大な資料を蓄積している。
 第2には,20世紀末になり急速に進んだ「グローバル化」と称される現象が広範に起こり,人間の生存のあり様が世界規模で画一化し,多様性が失われようとしていることである。生物学的に見た場合の人間は,ひとつの種として誕生して20万年の歴史があると考えられている。その後地球全体を覆った数度の気候大変動にもかかわらず,人間は数々の困難を克服しつつ中央東アフリカを出発して「グレート・ジャーニー(偉大な大旅行)・大拡散」を続け,地球のほぼ全域に分布したばかりではなく個体数を増やしてきた。それを可能にしたのは,生存の多様なあり方によるものであった。そうだとすると,世界規模での生存の画一化が多方面で起これば人間の適応能力の低下を招くのではないか。文化人類学はグローバル化が人間にもたらす影響を多面的に研究対象とすることができる。
 第3には,文化についてさらに考察を深める状況が生まれてきたことである。文化人類学でいうところの「文化」は,集団ごとにひとつのまとまりを持った総体であり,徐々にそして部分的に変化しながらも,比較的長い期間にわたってその集団の人々によって担われると仮定する。
 ところが,現在では,多くの人々が一生のうちに移動を繰返し,国を越え文化の異なる地域を移動しながら生活するようになっている。さらに,ひとつの国や地域に文化的背景の異なる人々が共住することや,情報や交通手段の発達で多くの文化が互いに接触することが高い頻度でまた広範に起きるようになり,「文化」を担う個人や集団のありようを再考する現実が生じていることである。
 第4には,「文化の違い」を理由にした紛争の実態解明の必要性が増していることである。第二次世界大戦が終結して2011年現在で66年がたち,またその後の東西冷戦構造が消滅して20年以上過ぎても,世界各地での民族間の対立や地域紛争は絶えることがない。そして,民族間の対立や宗教・宗派間の対立の背景には「文化」の違いがあると一般に考えられている。果して,こうした紛争に本当に「文化の違い」が働いているのかどうか,さらには,「文化の違い」が反目,対立,紛争の「言い訳」にされているのであれば,対立を解消するために有効な方法はないのかを,文化人類学は研究する必要がある。
 本書は,文化人類学の教科書として次のような特徴を持っている。(1)文化人類学が質的研究の基本的な理論と方法を提供していることを明確にしたこと(第2章),(2)人と人との関係,社会集団そのものや集団間の関係が大きく,しかも急速に変化している現在,改めて,人間が社会的存在としてどのような社会関係や制度を発達させてきたかについての,文化人類学の膨大な蓄積を整理して示していること(第3章),(3)医療人類学の基本的な考え方と研究方法を示したこと(第6章),(4)人間の死について独立した章を設けて述べていること(第7章),さらに,第5章の「宗教と世界観」に代表されるように,従来,変わりにくいとされてきた信仰や宗教的行為そして人々の世界観が,状況次第で急速に変化する様相に焦点を当てていることにも特徴がある。本書をとおしてその独特の面白さを味わってくれれば,さらには,自分が生きていることに新たな意義を見出してくれれば,それは編著者にとって望外の喜びである。

 2011年10月1日
 編者 波平恵美子

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第1章 人間と文化 (波平恵美子)
 A 文化人類学における文化
 B 文化の諸相
 C 文化人類学はどのような学問か
 D 現代社会と文化人類学の現在
第2章 文化人類学と質的研究 (小田博志)
 A 質的思考から質的研究へ
 B 文化人類学とエスノグラフィー
 C エスノグラフィーの現代的意義
第3章 個人・家族・コミュニティ (仲川裕里)
 A 個人と社会
 B 家族
 C 家族をこえたつながり
第4章 人生と通過儀礼 (浜本まり子)
 A 通過儀礼と境界理論
 B ライフサイクルと境界理論
 C 儀礼の構造
 D 通過儀礼とコミュニタス
 E なぜ通過儀礼を経なければ大人になれないのか
第5章 宗教と世界観 (藤原久仁子)
 A 文化人類学と「宗教」
 B 文化人類学と儀礼研究
 C トランスナショナル時代における宗教と世界観
第6章 健康・病気・医療 (道信良子)
 A 健康と身体
 B 病気と治療
 C 医療の体系
 D 環境と健康
第7章 人間と死 (波平恵美子)
 A 人は死をどのようなものと考えてきたか
 B 人の死と死体処理
 C 死者儀礼
 D 現代における死の問題

索引

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生,死,普遍性,多様性 「人間とは何か」を見つめ直す本
書評者: 丸井 英二 (順大教授・公衆衛生学)
 看護学や医学は人間を理解する手掛かりを探すところに始まって,最終的に,人間の理解の重要性にたどりつく。いつも出発点に戻ってくるので,まるで犬が自分のしっぽを追っているようだと思う。文化人類学の人類学(anthropology)は,その「人間とは何か」の学であり,人間生物学から環境に至るまで世界のあらゆることに関心を向けている。

 本書は,ヒトとは何か,人類とは何か,世界とは何か,私たちとは何か,そして私とはいったい何者なのかをゆっくりと考えさせてくれる本である。人間と文化とはどうなっているのかに始まり,死の意味を考えて終わるこの本を読んでみると,教科書っぽくない魅力を感じる。

 文化人類学はその研究方法論が現代の自然科学とはいささか異なっていて,質的思考に基づく質的研究が主たる方法である。それは疫学に代表される数量的思考とは次元が異なっている。分析的思考方法ではなく,総体としての文化を常に考えているところに特徴がある。その方法が実は看護の世界と共通するところであろう。

 医学が見てきたのは近代科学的な概念としての客観的なdisease(疾患)であった。一方,看護学は患者の立場に立つケアをめざすことで,個人にとっての健康破綻の意味を考えるillness(やまい)の世界へ踏み込んできた。そうした看護という仕事の位置付け,意味付けの視点を与えてくれるのも文化人類学や医療人類学である。

 ここでの大事なキーワードはもちろん「文化」である。自分とは異なる文化を理解することは,自分(ならびに自分の文化)を理解することであり,自分の生まれ育ちを見直し,考え直すこと。その基礎になるのが,タテ軸とヨコ軸としての「人間の普遍性と多様性」という見方である。クラックホーンが言うように,異文化を研究する人類学は『人間のための鏡(mirror for man)』である。その言葉どおり,私たち自身,そして私たちの毎日の看護の意味を理解するためのツールとして文化人類学を勉強したい。

 文化人類学は個人よりはむしろ文化を共有する人びとを対象としてきた。文化の共有は家族から始まりコミュニティへ,さらに国へと拡がる。国家とは何かを考え,人びとのつながりとは本当のところ何なのか,原初的な姿を知るところから今の自分たちの姿を見直す作業にもつながってくる。ここでは「象徴」と「境界」が重要となる。本書で最後に読者に提示されるのは,生と死,その意味と境界はどこにあるのかというテーマである。死を考えることは生を考えること。そして,私や私たちの存在の意味を考えることである。

 この本を読むことで,自分とは何か,自分が生活している世界はどうなっているのか考え直し,あまり考える機会のない「文化」について,あらためて気付くことはとても重要なことだと思う。

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本書の記述の正確性につきましては最善の努力を払っておりますが、この度弊社の責任におきまして、下記のような誤りがございました。お詫び申し上げますとともに訂正させていただきます。

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