生きるための緩和医療
有床診療所からのメッセージ

もっと見る

2007年施行の「がん対策基本法」では、緩和医療について初めて「早期から適切に行われるようにすること」が謳われた。「緩和医療=ターミナルケア」という図式から離れ、「死ぬまで生きる」患者を支えるために真に必要な医療とは何か。有床診療所での緩和医療を積極的に行ってきた先駆者たちが、真に患者のニーズにかなう“緩和医療のかたち”を問う。
伊藤 真美 / 土本 亜理子
発行 2008年07月判型:A5頁:304
ISBN 978-4-260-00653-8
定価 2,420円 (本体2,200円+税)

お近くの取り扱い書店を探す

  • 更新情報はありません。
    お気に入り商品に追加すると、この商品の更新情報や関連情報などをマイページでお知らせいたします。

  • 序文
  • 目次
  • 書評

開く

はじめに

 緩和医療に取り組もうと、千葉県の南房総で診療所をはじめて一三年がたった。入院ベッドを入れ、有床診療所にしたのは八年前のことである。
 一九床以下の規模の入院施設を持つ医療機関は、「有床診療所」と呼ばれる。有床診療所を始めてみて、これまでの勤務医生活と比べられない困難さも経験した。しかし、有床診療所の医療は、決まりごとに従うのではなく、ニーズに応じて無いものを生み出していく、楽しさとやりがいがあった。病棟での緩和医療の体制になんとかそれらしいと思えるかたちができ、地域の人びとからいただく手応えを感じられるようになった。ここ数年、緩和医療に関心のある個人や団体に加え、有床診療所をはじめたいという中堅、若手の医師が私の診療所を訪れてくれるようにもなった。
 しかし、現在、日本の医療や福祉のあり方を牽引している力や制度の方向性には、その手応えをさえぎろうとする動きがあるように思えてならない。
 人生の最終段階、誰しも迎える老いや病気に直面したときになって、治る見込みのない疾患をかかえた人が、現在大きな不安をかかえている。様々な医療情報が飛び交うものの、身近なところに相談できるところがなく、自身にとっての適切な医療指針と療養場所を求めて、一人ひとりが孤独に闘わなければならない。豊かで安全で、世界一と評価されていた日本の医療の国民皆保険制度はどこにいこうとしているのだろう。
 病床削減政策が大きく打ち出されている。高度先進医療を行う医療機関と、在宅医療推進のための医療機関と、介護施設、医療と介護はその三つの分野だけで十分というのだろうか。普通の暮らしのなかにある普段着の医療を提供してきたという自負のある有床診療所の医療は、今の制度上、ほとんど評価の対象とされていない。日本の社会が向かおうとしている流れのなかで、このまま有床診療所は存続できるのであろうか。私が現役でいる間は続けられる、との確信さえ持ちえない状況である。
 その後、同じような状況をかかえる、有床診療所を率いる個性あふれる先生方とお会いする機会を得た。皆、孤軍奮闘しているようにみえた。緩和医療を営む有床診療所は、この本で取材させていただいた診療所以外にも、種々のかたちであれば、全国にもっとあるかもしれないが、同じような規模で、緩和医療を病棟主体に営む有床診療所は多くはない。なかなか増えない、全国に散在する緩和医療を行う有床診療所の、その現状、共通点や問題点を、かたちにして問いかけてみる価値はあると思った。だがどのような方法で問いかけてみるのがいいのか、よくわからなかった。
 しかし、これまでもそうであったように、まず動いてみよう、そしてそれから考えよう、と思いたった。土本亜理子さんに電話をかけた。
 「有床診療所を訪ねる旅をしようと思うのですが、同行をお願いできませんか」
 土本さんは、当院に取材にみえ、二〇〇四年にルポ『「花の谷」の人びと─海辺の町のホスピスのある診療所から』(シービーアール刊)を出版されたノンフィクションライターで、その後も積極的に医療や介護の分野で取材を続けている方だ。対象に誠実に迫り、そのまま虚飾のない等身大の姿を描いて物事の本質を明らかにするルポ力には敬意を表している。
 旅を思い立ったとき、当初から本のかたちで問いかけてみようとの考えはあったが、どのような構成にするのか、その時点ではまったく決めていなかった。訪ねた診療所の先生方に分担執筆していただこうかとも考えた。緩和医療を担う有床診療所の現状を、もっと客観的に報告することも考えた。
 この有床診療所の旅の間、私のこころを大きく占めていたのは、有床診療所の経営の危機感であった。それ故、経営についてのぶしつけな質問を、諸先生方に単刀直入にさせていただいた。それに対し、率直な回答をいただいたばかりでなく、あまりある豊かな発想や志を語ってくださった。この有床診療所めぐりの旅が、一つひとつ本当に想像を超えておもしろく、楽しく、有意義だったため、私自身はとても元気づけられ、力を得た。もう本にしなくたって、当分は有床診療所をやっていけると思ったくらいだ。そのような訳でしばらく本づくりに手がつかなかった。でも、こんなユニークなかたちの緩和医療の取り組みが、全国にぽつぽつとあることを少しでも多くの人に知ってもらいたい。それぞれの地域で、身近な医療機関としての有床診療所が、緩和医療にこのように取り組んでいることを知ってほしい。当初の計画より大幅に遅れてしまったが、及ばずながら、このようなかたちにさせていただいた。
 私自身の目を通しての書きものとなり、どれだけ、緩和医療を担う有床診療所の共通点や問題点、その現場でみえてきた緩和医療の現状をあぶりだせたであろうか。対談の構成と編集は、土本さんに担当してもらった。対談から、有床診療所を営む先生方の生の声、真の思いをお聞きとりいただけたら幸いである。

 「花の谷クリニック」 伊藤真美

開く

はじめに

第1章 はやしやまクリニック 希望の家(兵庫)
 【インタビュー】梁 勝則・松本京子
第2章 野の花診療所(鳥取)
 【インタビュー】徳永 進
第3章 堂園メディカルハウス(鹿児島)
 【インタビュー】堂園晴彦・堂園文子
第4章 玉穂ふれあい診療所(山梨)
 【インタビュー】土地邦彦・長田牧江
第5章 花の谷クリニック(千葉)
 【インタビュー】伊藤真美 <インタビュアー 兒玉 末>
第6章 有床診療所の現状とこれからの緩和医療

おわりに
編集後記

開く

「緩和ケア」の不条理に取り組む5人の侍
書評者: 山崎 章郎 (ケアタウン小平クリニック)
◆明るい悪戦苦闘ぶりが面白い

 いささか意表を突かれた本であった。書名から伝わってくる第一印象は,誠実に地域の有床診療所で緩和医療に取り組んでいる人々からの,真摯な問題提起が詰まった本なのではないか,つまり,よく理解できるけれども,問題の重さゆえに,読むほうの気分も重くなってしまうような本なのではないか,ということだったからである。そう覚悟して読んでみた。

 しかし,まず筆者が一読して感じたことは,この本は面白いということであった。有床診療所という入院施設でもあるのに,病院や緩和ケア病棟とはかけ離れて安い,まるで格安ビジネスホテルか民宿並みの入院費しか認められていない医療施設で,しかし質の高い緩和ケアを提供しようと悪戦苦闘している人々の奮闘ぶりが,5つのそれぞれに個性的で味のある物語として展開されているからである。が,悪戦苦闘しているのに,決して暗くもなく,明るい希望すら感じるのである。居直っているようにも見えるが,確信してその苦労を楽しんでいるようでもある。はらはらどきどきもするが,わくわくするような面白さが伝わってくるのである。

 そのような観点から言えば,本書の書名は「5人の侍」の方がふさわしかったかも知れないと思った。読後に黒澤明監督の映画「7人の侍」を思い出し,本書に登場する,個性に満ちた5人の医師を「5人の侍」と表現してもよいのではないかと思ったからである。

 野盗の悪逆非道に蹂躙されていた村人が,その窮状を知った7人の侍の応援を得て,犠牲を払いつつも,野盗に勝利し,自立し,人間の尊厳を回復していく物語は,緩和ケアを求めつつもなかなか得られない人々に,不十分な制度にも関わらず,時には身銭を切り,赤字を覚悟しながらも,それらの人々のニーズに応えようとする5つの診療所の物語と,その底流で共通するものがある。それはどんな困難にあっても,不公正や不条理に対して,やむを得ないとあきらめることなく立ち向かう勇気,あるいは人間性に対する信頼とでも言うべきものなのかも知れない。

 でも,こんなことを書くと,そんなに肩肘張っていませんよと,軽くいなされそうでもある。それは読めば分かる。だから面白い本になっているのだ。

◆一筋の希望としての「有床診療所の緩和ケア」

 しかしながら,本筋に戻れば,がん対策基本法の施行以来,中身を伴わない緩和ケアという言葉が,津波のように襲ってきている現在にあって,本書に登場する有床診療所の在り様は,一筋の希望でもある。著者たちも主張しているように,緩和ケアに取り組む有床診療所は,その存続が無理なく可能であるように,医療保険制度上の見直しは急務であると考える。厚労省の皆さんには,本書を熟読のうえ,善処を望むものである。

 さて最後に,再び書名であるが,緩和医療ではなく,緩和ケアと表現されるべきではなかったのか。緩和医療は緩和ケアの一部なのであり,著者たちの取り組みは緩和ケアと表現されてこそふさわしいと考えるからである。
地域でいのちを紡ぐユニークな有床診療所活動
書評者: 内藤 いづみ (ふじ内科クリニック)
◆医療崩壊の時代に一筋の希望

 この本を手に取ってお読みいただければ,医療崩壊が騒がれる現代の日本に,これほどの勇気と覚悟と矜持を持って,己の世界観を表現する医師たちが存在することに驚かれることだろう。同時に,未来に希望の光を感じてくださるのではないかと思う。

 千葉県南房総で,「花の谷クリニック」という有床診療所を運営する伊藤真美医師が,兵庫・鳥取・鹿児島・山梨を旅して,日本には数少ない末期患者への緩和医療を含めた総合的な医療提供を行うユニークな有床診療所の4人の医師とそのパートナーにインタビューしたものをまとめている。

 ご自分へのインタビューは,山梨で働く若き女医に委ねて,心境を丁寧に答えている。この本は,主取材者の伊藤医師の誠実で,まじめで,一途な性格が反映され,似た悩みを共有するがゆえに,どの診療所の医師たちも,正確な数字を隠すことなく挙げてわかりやすく答えている。小さな開業活動をしている私も,各医師たちのその厳しい経営運営を具体的に知り,それを乗り越えるバイタリティに頭が下がる。

 有床診療所とは何か? 私は52歳になるが,思い出してみると小さいころ,町には馴染みのお医者さんがいて外来や往診をしてくださり,10床ほどの入院棟に必要な時には入院させてくれた。祖母はその先生の往診を受けて,家で平和に静かに亡くなった。そんな診療所が各町や村にあったが,大病院ができるに従って少なくなっていった。住民たちは大病院のほうが高度で最新鋭で頼りがいがあり,町の診療所は時代遅れと思ったのかもしれない。1950年には在宅死が8割であったのに,2000年には病院死が8割になったことが,そのプロセスを証明している。いのちの誕生も死も私たちの目の前から消え,隔離された医療施設へ移っていった。

◆希望の芽を育てるために

 有床診療所は19床以内の病床を持つ小規模医療施設である。病院ではないから入院費はとても低く抑えられていて,除々に減額されて,平均で1日5000円~6000円。厚生労働省認可の病院の緩和ケア病棟では,包括で1日約3万8000円。緩和ケアに必要なのは,特に人の手とスペシャリストナースたち。それは,すぐ人件費に直結する。“同じ医療内容を提供しているのにこの値段の違いは何なのか?”という,この5人の医師たちの憤まんやるかたない悩みが語られる。

 自分の考えるいのちのケア,地域でいのちを紡いでいくための医療活動に邁進する5人の医師たち。死もいのちの一部であり,死は文化である。そうした,それぞれの宇宙観を実現するためのユニークな有床診療所活動。しかしながら,本書のかなりの部分が,経営をどうしていくか,ということに割かれているのは,このような深く貴い活動が,イギリスのように助成金も与えられず,個人の経営手腕に掛かっているからだ。介護保険収入,外来収入,入院収入を上げ,赤字になりがちな有床診療所の経営を安定させるために,各医師がおそらく寝る間も惜しんで獅子奮迅の働きをなさっていることがよくわかる。幸いなことに,皆さん良きパートナーに恵まれている。

 このような活動が医療報酬にもっと評価され,過酷な仕事ではあるが,経営者が少し安心した気持で働けるようになってほしいと心から願う。それと同時に,日本中の地域の住民が,自分のいのちの最期の過ごし方,家族との向かい合い方,支えられ方について,その選択肢を広げるためにもっと真剣に考え始めてほしい。厚生労働省を動かすのは国民の声だと思う。そのためにひとりでも多くの市民の皆さんが本書を読んで,5人の医師たちの試みを知っていただきたい。

  • 更新情報はありません。
    お気に入り商品に追加すると、この商品の更新情報や関連情報などをマイページでお知らせいたします。