医療を経済する
質・効率・お金の最適バランスをめぐって

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近年、医療の現場でも経済学的な思考が一層求められている。本書は、なぜ医療に「効率」が必要なのか、なぜ医療保険がなくてはならないのか、どうして医療「制度」や「政策」が必要なのかという点から解き明かし、とかく敬遠しがちな医療経済をできるだけ分かりやすく解説した、すべての医療者と医療系学生への格好の入門書である。
編集 長谷川 敏彦 / 松本 邦愛
発行 2006年03月判型:A5頁:344
ISBN 978-4-260-00044-4
定価 3,520円 (本体3,200円+税)

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  • 目次
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はじめに―本書の読みかた
I 医療にはなぜ「効率」が必要なのだろうか
 1. 「経済学的な考え方」とは?
 2. 経済学の方法
 3. 医療の経済学
 4. 研究開発戦略と経済評価
 5. 国民医療費と国民保健計算:
   わが国は保健医療にどれだけのお金を使っているか?
II 医療のパフォーマンスを評価する
 1. 臨床経済学による医療の経済効果
 2. 医療におけるテクノロジー・アセスメント
 3. 疾病の費用(cost of illness)
 4. 疾病負担(BOD),DALY単位
 5. WHOの新評価軸
 6. 人間開発の経済学(潜在能力アプローチ)
III 医療保険の経済学
 1. 医療保険は必要か?(「保険」の経済理論)
 2. 医療保険の制度・歴史
 3. 医師誘発需要
 4. リスクと経済:医療におけるリスクの諸相とマネジメント
IV 医療制度と政策-よりよき医療のために
 1. 取引コストとエージェント理論
 2. 社会保障制度(医療保障制度を中心に)
 3. 医療計画の功罪
 4. 規制
 5. 規制改革
 6. 健康変革の潮流
索引

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経済学の基礎と医療の分析手法の解説を融合
書評者: 南部 鶴彦 (学習院大教授・経済学)
 医療経済学というテーマで出版されている書物は,それほど数が多いとは言えないものの,かなりの数にのぼる。これらの書物は経済学者が主たる執筆者なので,かなりの程度経済学のお作法に従っていることは避け難い。この結果として,非経済学の分野の人々にはとっつきにくい印象を与えているのではないかと思う。これに対して本書は,一方で標準的な経済学の基礎を要領よく解説した部分(第I部〔頁1-114〕,第III部〔頁185-250〕)と医療に特徴的な分析手法の解説とが非常にうまく融合されているという印象を与える。

 まず第I部では「効率」という概念がなぜ必要となるかを説明して,医療にも社会全体の稀少な資源が投入される以上,単純に医療保障は厚ければ厚いほどよいというものでないということがミクロ経済学の手法でわかりやすく説明されている。効率というと無駄を省くということであり,医療の質の低下につながると考えている人々がかなりいるとすれば,この第I部はそれが正しくないことを有効に説いていると思われる。

 第II部は医療のパフォーマンスの測り方について伝統的なアプローチと最新のものとを同時に紹介している。限られた紙幅での叙述なので,より充実した内容については専門書を読む必要があるが,A・センのケイパビリティーの概念などは将来福祉(well-being)に応用可能なものとして重要である。しかしケイパビリティーと「平等」というような問題については,ここでの簡略な説明では読者は理解することが難しいであろう。とはいえ読者の知的興味を啓発するものとして,これが経済という観点から紹介されていることは大変有用である。

 第III部では医療保険について,それが必要となる資源配分上の根拠が説明されると同時に,医療保険制度の歴史と仕組みの解説がある。さらに医師誘発需要仮説について,具体的な事項に沿ってこの仮設の中味について検討がなされている。ここでかなり最近の研究成果にまで言及されており,効率的な資源配分というテーマとの結びつきが紹介されていることは読者にとって有益であろう。

 第IV部は医療制度と政策に関わる諸論点がつめ込まれている感があって,前編までとは若干異なった印象がある。いずれのテーマも非常に重要なものであり,読者に対して問題の所在を示唆するという役割を果たすものであろう。

 以上を通観すると,限られた紙幅において医療を経済学から切るという目的は十分に果たされており,効率のよい教科書としての役割を今後果たすものと思われる。若干気づいた点を最後につけ加えるならば,基準薬価制度と薬剤について触れられていないことが不満として残る。わが国においては医師誘発需要仮説の一分野として,近年薬価差の縮少があったとは言え,依然として重要だからである。

 編者の序言にあるように,医療経済学と言えば診療報酬制度や病院経営ばかりを連想する医療関係者が多いとすれば,本書はそのような専門家の人々に対する知的刺激を与えるものとしても高く評価できる。

医療制度を通して学ぶ 医療者のための経済学入門書
書評者: 八代 尚宏 (国際基督教大教授・教養学部社会学)
 本書はこれまでにない「医療関係者による医師のための経済学入門」という,経済学の立場から見ても興味深いものである。

 しばしば医療と経済学とは正反対の極にあるように言われているが,希少な医療資源や人材を多様な医療需要にどのように配分すべきかという問題は,経済学の基本でもある。

 本書では,経済学の基礎的な議論を解説した後で,保健医療,国民医療費,医療保険,医療に関わる規制改革等,幅広い内容について専門的な立場から経済学の理論を用いた解説がなされている。とくに医療技術評価に関する章は興味深かった。これは医療関係者にとって身近な問題を通じて経済学の考え方に触れられるとともに,医学以外の分野の者にとって,医療の制度的な問題についての理解を深めるというメリットが大きい。

 他方で,経済学の立場から見ると,残念ながら表面的な議論に終わっている部分もある。まず,経済学の考え方に,「市場メカニズム」を信頼するものと,そうでなく政府の役割を重視するものとの2つがあるという説明は誤解を生み易い。新古典派経済学の教科書には必ず「市場の失敗」についての章があり,情報の非対称性の大きな医療や教育分野には政府の介入が必要であることが明記されている。問題は政府の介入の仕方であり,情報が非対称だから直ちに医療機関の行動を規制すべきと考えるか,むしろ情報を公開し,第三者評価を受け入れる方向への医療機関のインセンティブを高めるような制度を設け,市場の失敗の補正に重点をおくかという方法論の違いである。また,医療の公共性からすべての疾病を公的保険の対象とすべきという考え方と,公的保険は,医療の専門家が決める基礎的(古典的)な医療範囲に限定し,それを越える部分は,適切な事後評価に基づき,自由診療との多様な組み合わせを容認するかという,政府介入のあり方についての違いである。

 経済学の研究対象は「効率性」だけで「公平性」は対象外という説明も誤解である。医療における公平性とは何かという専門的な議論を前提に,それを保障する医療保障制度を,モラル・ハザードを防ぐなど,効率的に運用することは経済学の大きなテーマである。

 さらに,営利主体の医療への参入規制の根拠として,「採算性の低い分野からの撤退」を防ぐという論理が紹介されているが,そもそも分野によって採算性が異なる公定価格が設定されていること自体が「政府の失敗」の現れである。また,医療における「公共性」とは,「利益追求を犠牲にして採算性の低い医療を行うこと」に尽きるのだろうか。それならば,現在は形骸化している医師の応召義務等に関わる具体的な基準を整備し,営利・非営利主体の区別なく平等に規制するほうが,より公共性を効率的に確保できるのではないだろうか。

 経済学の基本は,抽象的な理論よりも,「事業者間の競争が利用者の利益を守る」ことにある。最近は,患者主体の医療という表現が用いられるが,「患者のためになる参入規制」とは,経済学にはない不思議な論理である。それはむしろ患者の自由な選択肢を妨げ,既存の「いわゆる非営利」の医療機関の利益擁護が目的ではないかという疑いを抱いてしまう。

 本書は,医療という鏡を通して経済学の考え方を理解してもらうためには絶好の教科書であり,医学部等の授業での積極的な活用が期待される。

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