胃の病理形態学

もっと見る

胃癌はどのように発生し,どのように顔つきを変えるのか? 腸上皮化生は前癌病変なのか? 線状潰瘍はどのように成立するのか? H.pylori胃炎の成因は何か? 等々,胃の形態学における従来の定説を覆し,あるいは疑問を投げかけ,新たな論点を剔抉して,胃疾患の診療に携わるすべての臨床家に“胃学よ再び興れ”と呼びかける1冊。
滝澤 登一郎
発行 2003年10月判型:B5頁:200
ISBN 978-4-260-10290-2
定価 16,500円 (本体15,000円+税)

お近くの取り扱い書店を探す

  • 更新情報はありません。
    お気に入り商品に追加すると、この商品の更新情報や関連情報などをマイページでお知らせいたします。

  • 目次
  • 書評

開く

第1章 胃の形成と胃の解剖
第2章 胃炎
第3章 胃潰瘍
第4章 胃癌
あとがき
索引

開く

胃炎・胃潰瘍・胃癌について豊富な写真をもとに解説
書評者: 平山 廉三 (慈生会等潤病院)
 ご神託を下す病理医が,臨床材料をこのように大切に取り扱っているという驚き,および,病理医が自分の脳味噌を截ち割ってみせてくれた荒技,この2点からでも,稀有な書物といえる。

 『胃と腸』に掲載された滝澤氏の慢性胃炎の論文がわれわれを釘付けにしたのは1985年のことだったが,爾来20年の熟成を世に問うたのが,この『胃の病理形態学』であろう。

 秋田杉の樹林に分け入って一瞥したとき,3本の大樹が目に飛び込むなら天下の美林である。この書に掲載された,やや曲のある220余葉の写真のうち,半数以上が目を見張る知見を秘めており,特に119d,132c(表紙カバーにもある),156bなどは,いつも机上に据えて楽しむべきもののようである。

 この書物は,教科書のような総花的な記述を退け,胃炎・胃潰瘍・胃癌の3疾患だけを取り上げている。胃炎研究の批判,線状潰瘍成立およびDieulafoy潰瘍発生機序の推察,等々には熱が篭る。襟を正して書いたという胃癌の章では,120を越える顕微鏡的な超微小癌,横這型と低異型度の癌についての話が特に魅力的である。

 滝澤氏は類ない人柄から,羨ましいほどの良師群に恵まれ,小池・中村・望月という病理の巨人,三木という天外の異才に囲まれて研鑽を積んだ。しかしこの本では,胃炎・胃潰瘍・胃癌に寄せる滝澤氏のヴァージョン(すなわち,大家の教示や古典的な意見をも超えた,滝澤独自の異見)のみが述べられていて好ましい。しかもそれらの記述にも疎密があり,その疎密さから各テーマに対する氏の思い入れと思索の深浅が窺えて心地よい。

 本書において,膨大で正確無比の所見は,歯切れのよい達文で述べられている。読者は180ページ余を一気に読み了え,じっくりと再読し,再々読へとすすんだところでこの本にハマッてしまうことになるであろう。

 敢えて難点を挙げれば,図と本文を対応させるには多くのページを繰らなければならないことである。また,私の昔の中途半端な胃筋層についての知見では胃の筋肉もラセンを巻き,「内輪外縦」というよりは「内緩外急」(図)ではないかな,というささやかな疑問が唯ひとつある。

 心の底から,滝澤登一郎氏の『胃の病理形態学』を推薦したい。

胃を通して病理形態学の醍醐味を示す
書評者: 深山 正久 (東大教授・病理学)
◆語られる2つの「場」の問題

 滝澤登一郎先生の「胃の病理形態学」は,胃という臓器に真正面から向き合った,病理形態学者の誠実で真摯な「胃の本」である。

 2つの場の問題が語られている。1つは,胃炎・胃潰瘍・腸上皮化生に対する肉眼的な「場」,病変の分布の問題である。胃憩室は胃炎,萎縮をなぜ免れるのか,胃固有腺の萎縮とともに出現する腸上皮化生がなぜ逆Y字型の局在をとるのか,難治性潰瘍がなぜ胃角に発生し,線状となるのか。とくに後者の2つを解く鍵は,第一章で語られる胃壁の筋層構造にある。胃体部前後壁の内側縦斜走筋群と胃角の境界輪状筋群が構成する特殊で特異な空間が,いかに胃の病変形成に影響を及ぼすのか。ピロリ菌,慢性感染症,慢性胃炎,潰瘍という「点」に「面」が与えられていくのを見る時,読者は胃の病理学に躍動感を感じることであろう。

 次に,胃癌の発生に関する「場」の問題が語られる。今度は前半とは異なり微小胃癌,超微小胃癌を軸に議論が展開される。広大な1個の胃から切り出された300余りのブロック,その1つひとつから作製された組織切片を丹念に顕微鏡で観察する。その作業を数千回繰り返すことによって発見された超微小管状腺癌88病変,異型腺管群83病変,超微小印環細胞癌23病変。これらの癌,周囲粘膜が今度は時系列を想定され,並べられ,比較される。こうして微細な顕微鏡的な「場」から胃癌の発生が語られているのを読む時,読者は病理学の別の醍醐味,「時間」に迫る緻密な論理構成に出会う。

 こうした2つの場の問題を通して,胃炎,胃潰瘍,腸上皮化生,胃癌という胃の病気に関する病理学的な理解が,平易な表現と美しく説得性のある写真によって語られていくのである。消化器疾患に関心を持つ医学関係者に是非とも一読を勧めたい。

 滝澤登一郎先生の「胃の病理形態学」は,胃を通して,前半の肉眼的,機能的な解析,後半の顕微鏡的,時系列的な分析というように病理形態学の醍醐味を示すものとなっている。病理学を志すものには必読と言ってもよい。

 筆者は滝澤先生の後輩である。先生は食通であり,自ら包丁を握り酒の肴を支度される。「道具をととのえ,器を選び,素材を吟味し,しょうゆにこだわる」,そんな先生が生涯一つとまとめられたこだわりの一品,それがこの「胃の本」である。免疫組織化学,分子病理学の応用に消化器病理学の今後の展開を見出そうとする筆者にとって,学兄の著作はいつも振り返るべき古典でもある。

第一線の病理学者が示す,胃の病理学の到達点
書評者: 浅香 正博 (北大教授・第3内科)
◆自分の「目」を信頼してまとめられた1冊

 滝澤先生の書かれた胃の病理形態学には,今をときめく分子生物学的研究成果がどこにも記載されていない。都立駒込病院病理時代の豊富な症例1例1例を丹念に観察した自分の目に全幅の信頼をおき,過去の文献を参照しながら考えをまとめる手法をとっている。古典的ではあるが,オーソドックスなやり方である。胃や腸疾患などの臨床病理学的研究は本来がretrospective studyなので,症例が他のどの施設より多く,また観察方法や解釈においてこれまでのどの報告をも凌駕しているとの確固とした自信がなければ本にまとめる勇気などなかなか出るはずがない。

 著者自身が序文の中で述べているように,2001年ニューヨークにおける同時多発テロと2002年の同僚の突然の腫瘍死がこの本をまとめるきっかけとなっている。“人生には限りがあり,本を書くための残り時間は少ないということを教えてくれた事件と人の死であった”との並々ならない決意から出発したのである。

 滝澤先生は私の古い友人であり,今でも月1回は日本消化器内視鏡学会雑誌の編集委員会でお会いしている。標本を見て瞬時に病理診断してくれるのみでなく,理論立てたわかりやすい解説をしてくれるのできわめて編集委員の評判がよい。また酒の飲みっぷりも見事である。

◆重要な問題にスポットを当てる

 本書が通常の教科書と異なる点は,著者自身が観察した胃の形態学的所見を軸に本の構成がなされている点であろう。したがって,基本的な問題の一部は意識的に削除し,重要な問題にスポットを当て集中的に解説検討を行なっている。胃炎については“H. pylori感染が成立すると確実に胃炎が発生する”との書き出しからはじまる。さらにH. pylori感染によって胃炎は幽門前底部の小弯側と胃角から腺境界に発生し,漸次大弯側に拡大していくことを病理学的に観察している。著者は,胃の運動を胃病変発生の重要な要因として位置づけている珍しいタイプの病理医でもあるが,この現象について,小弯領域の粘膜は他の領域の粘膜よりも動きが少ないため萎縮が生じやすいという興味深い仮説を提供している。

 胃潰瘍の発生については,まさに彼の胃壁運動理論が躍動している。これまでH. pyloriが胃潰瘍発生にきわめて重要な要因とされてきたが,なぜ胃角小弯に多発するのかは誰も説明ができていなかった。彼は,胃壁の筋層構造を組織学的に詳細に検討し,胃角は小弯の筋群と境界輪状筋群が交差する部分で,胃の運動に伴って生じると思われる物理的な負荷が最も顕著になる特殊な領域であるため,胃潰瘍の発生率が高いのではないかと述べている。有名な大井の二重規制学説の胃壁の筋層構造部門の見事な完成品を見る思いがした。

 胃癌の項の圧巻は,なんといっても滝澤先生の所有する88病変の超微小管状腺癌と23病変の超微小印環細胞癌の解析であろう。これは,欧米の病理学者が決してできない研究であり,実際,彼の発表を札幌で聞いたベイラー大学(現在ジュネーブ大学)病理のGenta教授は目を丸くして驚いていた。何とかこの部分だけでも英文論文にして世界の病理学者を震撼させていただきたいと考えている。そうすると早期胃癌の病理診断における日米欧の相違など消えてしまうのではないかと考える。

 本書は,胃の病理学の標準教科書としてはやや荒削りの面があるが,臨床第一線の病理学者の,悩みながらの到達点を示す記念碑的な作品に仕上がっている。病理学者はもとより消化器内科医にとっても必読の本として推奨する。できえば,英語版の早期発行も期待したい。

  • 更新情報はありません。
    お気に入り商品に追加すると、この商品の更新情報や関連情報などをマイページでお知らせいたします。