ハーバードの医師づくり
最高の医療はこうして生まれる

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患者本位の医療を実現するには,医学教育のアプローチを変えなければならない! 何よりも患者に正直であること,思いやりにあふれた問診・診察のマナー,医療ミスにどう対処するか,ありふれた病気を大切に……。「えっ? これが専門家集団のハーバード?」医学教育改革の成果がここにある。医の原点を教え,学ぶ臨床教育現場レポート!
田中 まゆみ
発行 2002年03月判型:四六頁:240
ISBN 978-4-260-13887-1
定価 1,980円 (本体1,800円+税)
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  • 目次
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本書を読む前に知っておきたい基礎知識
1 ハーバードの臨床医学教育--その舞台と役者たち
2 基本マナー--患者への敬意
3 貧富の差と訴訟社会
4 重視される「ありふれた病気」--シマウマはどこだ?
5 患者に始まり患者に終わる--網羅的鑑別診断と問診の妙
6 “First, Do No Harm”--医療事故防止
7 形式を超えて--患者の判断を助けるインフォームド・コンセント
8 リスクマネジメント--隠すことは何もない
9 教官は悪魔の味方!?
10 MGH流カルテの書き方
11 よいカルテとは、どんなカルテか?
12 カルテの電子化
13 看護婦・士-医師関係
14 M&M--次はどうすればもっとよくなるか
15 これがハーバードのOSCEだ
16 「ニューパスウェイ」の将来

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オスラー以来の米国式臨床医学教育の見事な開花を紹介
書評者: 吉田 一郎 (久留米大教授・医学教育学)
◆米国における臨床医学教育の精髄を描写

 ピアノの練習は本物のピアノを弾かせてみる,テニスの練習はテニスコートに出ていくのが一番。こんなことは誰にもわかっていることなのに,明治以来,わが国の卒前臨床医学教育は医療現場での実地教育を軽視し,旧ドイツ式の観念的な大講堂での講義スタイルから脱却できていない。
 最近,発表された医学教育におけるモデルコアカリキュラムは画期的ではあるが,臨床実習の期間などでは欧米先進国のレベルに達していない。一方,臨床医学教育は大講堂ではなくて,医療の現場でしかできないというオスラー以来の米国式臨床医学教育の見事な開花を紹介するのが,この本である。
 著者の文才がすばらしいこともあって,「患者列伝その6」の患者記載など,モーパッサンの短編小説を彷佛とさせる。この見事な表現力が,本書の魅力を一層高めている。「馬の蹄の音を聴いたら,ウマではなく,シマウマと考えてしまう=医学生は鑑別診断においては,まず,めずらしい病気を考えてしまう」のは,ドイツや日本の医学生に特有なのではなく,米国でも同じであるという「シマウマの話」や,研修医が陥りやすい「タールベビー症候群」など,笑えないエピソードも満載されている。
 わが国の医学教育は欧米先進国に比較すると,15-20年は遅れているという意見が多い。特に教育に携わるマンパワー不足は深刻で,米国の1/5から1/10である。小児科を例にとると,ハーバード大学小児科(ボストン小児病院)の教授の数は33名であるが,わが国ではほとんどの大学小児科が1名であり,話にならない。このようなわが国の状況は,アジアの代表的な医学校よりもはるかに貧弱であることをシンガポールやパキスタンでの5回に及ぶ滞在で経験し,驚いたことがある。しかし,マンパワー以上に重要なのが,学生や研修医を伸ばしてやろうとする“teaching mind”であることは言うまでもない。医学生や研修医を教育しても,ほとんど報われないわが国の制度にも問題があろう。一方,今から15-20年後に,わが国の臨床医学教育が本書で語られたような現在の米国のレベルに達するかと言えば,かなり悲観的でないかと思う。

◆見事なチーム医療の中でのクリニカル・クラークシップ

 わが国と異なり,希望する病院で中味が変わらないクリニカル・クラークシップ,入院カルテの指示を書けるのは,医学生と研修医のみ。医学生は1対1で研修医にはりついて勉強する。徹底したカルテ記載の教育,医師同士のカルテのダブルチェック機構など,わが国が見習うべき点は多い。一方,図書館以上に充実したカルテ室,30年のカルテ保管義務などはわが国とは比較にならないほど医療費への支出が多く,医療訴訟大国である米国ならではのことかもしれない。
 ところで,米国では医学部卒業後に研修医になる時の推薦状は,クリニカル・クラークシップ中の評価に基づく。また出身大学よりも,どこで研修したかが経歴上,重要であるので,この評価は医学生にとり死活問題である。米国では母校に残る医学生は少なく,この推薦状で母校以外の病院へ研修医として,他流試合に出かけるシステムになっている。MGHの内科での研修希望者は定員の100倍というので,この推薦状は決定的に重要である。また,本書を読めば,米国におけるクリニカルクラークシップでは,医学生がいないと医療の歯車が回らないシステムになっており,徹底した「チーム医療型臨床実習」であることがよく理解できる。
 米国の医学教育の現場でも,以前は医学生や研修医に対して「そんなことも知らないのか」という教わる側を責めるスタイルであったという。これを一変させた要因の1つは,医学生や研修医による逆評価であり,医学生からのどんな質問に対しても「よい質問だ」とほめてみたり,医学生はていねいに扱われるようになったという。

◆患者さん中心の医療の推進

 さらに患者さんに対しても医師は自分の判断を加えるのではなく,あくまで患者さん中心に医療を進めていくさまは,感動的ですらある。したがって,インフォームド・コンセントは訴訟を防ぐためのものではなくて,医療サイドと患者サイドの双方が理解し合うためのプロセスと位置づけていることもよく理解できる。
 本書の中でも特に見事な記載は,著者のご主人の李啓充氏の影響もあってか,医療事故に関する部分である。治療にあたって,何もしないことの重要性はいくら強調してもしすぎることはないが,MGHではこのことが徹底されている。医師-患者関係において,決定権は患者サイドにあること,正直であることが決定的に重要であることは,英国の「明日の医師」でも強調されていることである。ホームレスの患者に対してもサーと呼びかけるなど医師の患者に対する礼儀正しさ,1人ひとりが違う人間であることを前提として,患者とどのようにつきあっていくかに視点を置くコミュニケーション教育,EBMが徹底的に教育される一方,高齢者や移民が多いというバックグラウンドのため,EBMが適用できないことも多いということは,米国ならではの現象であろう。

◆2002年USMLEにOSCE導入

 米国の医学部は,ハーバード大学も含めて4年制の場合が最も多い。最初の2年間はPBLと実習中心のカリキュラムであるが,医師-患者関係も入学当初から現場体験型で,徹底的に教育される。この2年の終わりにOSCEが組み込まれており,本書によればハーバード大学の医学生は,このOSCE経験を高く評価しており,「最初の2年間の医学教育の中で,最高の経験である」と言っている。ハーバード大学医学部と言えば,PBLチュートリアルを大胆に導入した,いわゆるニューパスウェイでよく知られている。事実,この本の中でPBLチュートリアルで鍛えられた医学生の実力についても言及されている。しかし,ハーバード大学では,OSCEだってなかなかのものであることが,本書で紹介されたステーションやその内容からうかがい知ることができる。
 米国では,2000年から来たるべきUSMLE(米国医師国家試験)でのOSCE導入の準備のために,全米各地で試験的な実地演習が行なわれていたが,いよいよ2002年からUSMLEにOSCEが導入されるという。国民に対して基本的な臨床技能を認証された者が医療を提供することは必須の事項であり,この導入により,米国における医学生への基本的臨床技能教育はさらに改良されるであろう。

◆絶えず自己改革を怠らないハーバード大医学部

 本書の最後を締めくくる「ニューパスウェイの将来」は,深刻である。医療経済の動向が医学教育の内容にまで強い影響を及ぼすことが,よく理解できる。よしにつけ,あしきにつけ,わが国の医療制度は米国の後追いをしているので,この16章は多くの示唆を与えるものである。また入院期間が短くなると,病棟で臨床医学教育が難しくなり,今後は外来が教育の現場として重要になってくることも言及されている。いずれにしてもハーバード大学医学部における医学教育のすごいところは,絶えず自己改革を怠らないことである。わが国であれば,「カリキュラムをコロコロと変えるのはやめてほしい」とか,「10年ぐらいはびくともしないカリキュラムにしてほしい」などとクレームがつくのが関の山であろう。最後に,S.フレッチャー教授が述べた医学教育で最も重要な点は,学生に「自分は重要な存在だと感じさせることである」という言葉には,強く共感するものである。
 わが国でも今後,医学生の臨床実習はモデルコアカリキュラムにより,クリニカル・クラークシップ方式で行なうことが要望されており,本書はそのための何よりの手引書になろう。医学生,研修医のみならず,医学教育に関わるすべての関係者に読んでいただきたい。

感動的な新しいハーバード医学教育の体験記
書評者: 鈴木 荘一 (日本プライマリ・ケア学会副会長/鈴木内科医院)
 「ハーバード」という名は,日本人医師にとって,やはり眩しい存在である。本書の著者は,『市場原理に揺れるアメリカの医療』(医学書院)の著者・李啓充氏の夫人(何と3児の母である)である。「外国人研究者の配偶者のための英語教室」から入り,臨床を学びたいという熱意から特別医学生となり,ハーバードの医師教育を身を持って体験した感動的かつ客観的な物語である。
 私たちもプライマリ・ケア学会研修旅行(1979年)にて同大学を訪問したことはあるが,「ハーバード大学付属病院」なるものは存在しない。ハーバード大医学部のクリニカル・クラークシップは,提携教育病院(1979年当時,3つの提携病院があって,私たちは,ベスイスラエル病院を訪問見学した)で行なわれている。

◆医学教育改革の成果-ニューパスウェイの生の体験記録

 ここに書かれたのは,ハーバード大学が1987年より導入した新しい医師養成教育,ニューパスウェイの生の体験記録である。
 その教育改革の基礎には,「教えることは,自ら学ぶことである」という伝統的なすばらしい哲学と慣習があるように思える。チームリーダーは,ジュニアまたはシニアレジデントであるが,その上に,フェローそして部長または,助教授,教授がいる。さらに田中氏がいたマサチューセッツ総合病院(MGH)には,開業医グループも年1か月研修医教育に参加しているという。米国の開業医には,医学の後輩には無料で教えるという思想があるようだ。
 さて,「ニューパスウェイ」では,「医師-患者関係の重視」を教育の重点項目にあげている。その著書からハーバード大の教育改革の重要な目玉20項目抜粋してみた。
 (1)自己紹介の徹底,(2)診察前後の手洗い,(3)患者診察時のマナー,(4)医学用語のわかりやすい説明,(5)Non-Judgementalな態度,(6)患者質問に対する誠実な回答,(7)マナーも治療行為,(8)Common things are common,(9)インフォームド・コンセントとは「医療の主体者である患者が公正な判断ができるように情報公開すること」,(10)First, do no harm,(11)わからない時は,I don't know,(12)透明性確保と検証責任,(13)読めるカルテ記述法,(14)同じカルテに医師記録と看護記録を書く,(15)パーム型コンピュータの普及予測,(16)個人情報保護,(17)M&M(死亡後症例検討会),(18)OSCE(客観的臨床能力試験)の大いなる価値,(19)OSCE試験官(開業医ボランティアの登用),(20)新しい外来診療教育改革。

◆すぐれた臨床研修・医学教育を実現するには何が必要か

 最後に,外来・予防医学部門スザンヌ・フレッチャー,ロバート・フレッチャー両教授とのインタビューと対談で将来の外来診療教育カリキュラム改革について語り,あとがきで述べる言葉には,少なからず診療所の卒前医学教育に参加してきた筆者も大いに同感共鳴したので,ここに紹介したい。
 「世界に誇れる国民皆保険制のもと,世界一の長寿と新生児死亡率を驚異的短期間で達成した日本,優秀で勤勉な人材の宝庫である日本で,どうして臨床医学教育だけが,傲慢で基礎研究一辺倒の患者軽視のエリート医師,基礎的な鑑別診断もろくにできない医師を再生産し続けるのか。おりしも,熱心な医学部教官や医学生,そして世論の力で,クリニカル・クラークシップや,OSCE導入へと,医学部における臨床教育は大きく変わろうとしている」
 卒後臨床研修必修化は,2004(平成16)年4月から始まる。国として研修医手当てを出すことはもちろんだが,研修医も,研修指導の立場に立たれる方にも,すぐれた臨床研修・医学教育を実現するには何が必要かを考えていただきたく,本書を推薦したい。

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