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自宅でない在宅

高齢者の生活空間論

著:外山 義

  • 判型 A5
  • 頁 146
  • 発行 2003年07月
  • 定価 1,980円 (本体1,800円+税10%)
  • ISBN978-4-260-33291-0
生活は,「中間(あいだ)」にある
個室化,ユニットケア,グループホーム……。これらの制度的変化は,高齢者領域のみならず,あらゆるケア領域を揺るがす大規模な「ケアのパラダイム変換」を招くだろう。それはケア提供者に何をもたらすのか。「施設か在宅か」という硬直した二分法を切り裂いた著者の,まったく新しい空間的ケア論。
書 評
  • 「歩み切りたい」という静かな言葉の中に
    書評者:武田 和典(特養・老健・医療施設ユニットケア研究会代表/きのこ老人保健施設副施設長)

     医療職の皆さんは,特別養護老人ホームや老人保健施設などの高齢者施設で「グループホーム」や「ユニットケア」といわれる今までにない大きな改革が進んでいることをご存知でしょうか。その改革を先頭で担った研究者,いや類まれな実践者がおられたことをご存知でしょうか。そして,その方が志なかばで逝ってしまわれたこ...
    「歩み切りたい」という静かな言葉の中に
    書評者:武田 和典(特養・老健・医療施設ユニットケア研究会代表/きのこ老人保健施設副施設長)

     医療職の皆さんは,特別養護老人ホームや老人保健施設などの高齢者施設で「グループホーム」や「ユニットケア」といわれる今までにない大きな改革が進んでいることをご存知でしょうか。その改革を先頭で担った研究者,いや類まれな実践者がおられたことをご存知でしょうか。そして,その方が志なかばで逝ってしまわれたことを,託した最後の言葉をご存知でしょうか。

    ◆日本の老人施設を変えた言葉

     《「高齢期になっても,住みなれた地域で,暮らしなれた住まいのなかで人生を歩み切りたい」――これは多くの人の共通の願いである》(本書18頁)

     「歩み切りたい」という静かな言葉のなかに,その人の魂と,これまで生き切った強烈な姿が凝縮されています。

     外山義氏は1989年に7年間にわたるスウェーデン留学から帰国後,寝たきりゼロ作戦,特別養護老人ホームの個室化,痴呆性グループホームの制度化,個室・ユニットケア(小規模生活単位型)特養の制度化など,つねに時代の最前線,それも自らの身体をも省みず矢面に立ちつづけ,2002年11月,52歳でこの世を去りました。

     《調査で追跡していた地域高齢者がさまざまな理由で地域での居住継続を断念させられ,施設へと移される事例を数多く見てきた。施設入所(入院)後にその高齢者を訪ねたとき,ほとんど同一人物とは思えないほど変わり果てた姿に直面し愕然とさせられることが幾度もあった。「いったい何があったのだろう」――わずか数週間のあいだにすっかり生命力が萎んでしまった高齢者を前に,言葉をなくしてただ手を握ることしかできなかった》(同頁)

     妥協を許さない姿勢がここにあります。「住みなれた地域から引き剥がされて,こうした施設に生活の場を移された高齢者の生活はどのようなものなのだろうか」「住みなれた地域での生活から施設での生活へと移行させられたとき,人はどのような体験をさせられるのだろうか」「高齢者はこうした環境移行のなかで,ふたたび生命力を回復していくことはできないのだろうか」という,声なき人の立場を代弁する言葉が,いま日本の老人施設の常識を変えているのです。

    ◆転ばないために足を出そう

     本書には,高齢者施設での従来のやり方を変えた外山氏の声があふれています。また改革が一般化されつつある今,何よりもその姿勢を忘れることがないように,さらに時間がたっても努力や苦労を忘れてほしくない,忘れたくない……,たくさんの写真と図表とわかりやすい文章を読み進んでいくと,突然残され,志を託された方々のそんな気持ちも伝わってくるような本でもあるのです。

     《ぜひ前のめりに進んでいきたいなと思います。前のめりになって転ばない方法は,足を出すことです。ユニットケアは,一歩踏み出すなかで見えてくるものだと思います。倒れないように前に進みましょう》(本書扉頁)

     最後に託したこの言葉が,静かに,そして確かな流れとなって,いま高齢者施設を変革しています。
  • 「落差」を埋める最後の思考
    書評者:宮崎 和加子(グループホーム福さん家ホーム長・訪問看護師)

     友人から電話が入った。「おい,外山先生が亡くなったんだってよ。知ってた? 急に亡くなったようだよ」と。その前後からその訃報は業界をめぐった。

     外山義先生を信頼し慕う人の数は多い。神様のように,あるいはカリスマのような存在だった。医療の世界ではなじみが多くはないかもしれないが,福祉・介護の世...
    「落差」を埋める最後の思考
    書評者:宮崎 和加子(グループホーム福さん家ホーム長・訪問看護師)

     友人から電話が入った。「おい,外山先生が亡くなったんだってよ。知ってた? 急に亡くなったようだよ」と。その前後からその訃報は業界をめぐった。

     外山義先生を信頼し慕う人の数は多い。神様のように,あるいはカリスマのような存在だった。医療の世界ではなじみが多くはないかもしれないが,福祉・介護の世界では超有名人。高齢社会のありようを示唆しつづけ,特別養護老人ホームの個室化,痴呆性高齢者グループホームの制度化,身体拘束ゼロ作戦などに,その中心的存在として取り組んでこられた。

    ◆施設の暮らしは本当にこのままでいいのか

     その外山氏の本が死後出版された。これまで外山氏が主張してきた「高齢者」「住宅」「施設」「地域」についての集大成の本ともいえよう。氏はもともと建築の専門家だが,ケアの内容までも突っ込んで討議しながら,そのありようを考えた貴重な人でもある。本の内容は非常にシンプルでわかりやすい。

     高齢者がやむなく要介護状態になったとき,自宅・地域での暮らしが継続できずに「施設」に入所する。そこでの「生活」は本当にこのままでいいのだろうか? それまでの生活とさまざまな落差(空間・時間・規則・言葉・役割)がある。その落差を埋めるために「思考」「実践」しようと問いかけている。

    ◆ユニットケア,グループホームで何が変わるか

     最近よく聞く「ユニットケア」とは? 外山氏がいうには「ユニット」とは「生活単位」であると。これまで施設では「介護単位」「管理単位」として数十人を1つの単位としてケアしてきた。そうではなく,そこで生活している高齢者が主役になり暮らすというところから出発して「6―15人程度」を1つの単位としている。ハード面・ソフト面ともに小規模単位での運営が望ましいのではないかといっている。そうすることにより,スタッフも入居者もなじみの関係になり自然に入居者が意欲を取り戻すだろうと。

     「ユニットケア」を念頭に入れ,ケアのあり方を再検討しようと,その根拠を詳しく提示していることの意味は非常に大きい。多くの施設ですぐにでも手がけなければいけない課題である。なんといっても入居している高齢者から出発した論点が素晴らしいと思う。

     また,グループホームについても言及している。最近は痴呆性高齢者のグループホームが介護保険の中でも位置付けられ,全国に4,000か所余がある。小規模な生活単位と介護単位が一致したものがグループホームである。1人ひとりの顔が見えるようになり,表情が変わり,スタッフと高齢者の人間関係が大きく変わるといっている。

     私も2001年からグループホームの運営を行なっているが,確かにそういう面はある。ハード・生活単位規模を変えるだけでさまざまなことが変わってくることは確かである。

    ◆激論を闘わせたかった!

     私は建築やハードの専門家ではない。まして施設などでの介護の経験が多いわけではなく,外山氏に学ぶことが非常に多い。しかし,ケアのプロとしてこの本を読んでいくうちに,「ええっ?」と首をかしげたり,「そうなんだろうか」と疑問に思ったこともいくつかあった。

     たとえば,「小規模単位にするだけで入居者に表情が出てくるのだろうか?」「見かけや形ではなく実際のケアのありようが重大な課題では?」など。介護・ケアのありようまでしっかりと念頭に入れた氏だからこそ,ぜひ討論してみたかったと思うのである。

     残念ながらお会いしたことはなかったが,一度ゆっくりと激論を闘わせたかった! そんな題材がいっぱい含まれた本である。一読をお薦めしたい。
目 次
プロローグ
I 地域と施設の生活の「落差」
 1 3つの苦難
 2 さまざまな落差
II 落差を埋めるための「思考」
 1 個人的領域の形成
 2 実証的「個室批判」批判
 3 中間領域の重要性
III 落差を埋めるための「実践」
 1 ユニットケア
 2 グループホーム
 3 協働生活型高齢者居住
エピローグ

インタビュー
参考文献
写真提供者一覧

追悼 あとがきに代えて(三浦 研)