統合失調症を理解する
彼らの生きる世界と精神科リハビリテーション

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統合失調症の患者を前にし、時に“不思議な彼らの言動・行動”に戸惑いつつも、彼らにとって、何が最適な支援かを考えるすべての精神科医療者に向けて、長年の臨床経験をもつ著者だからこそみえる“彼らの生きる世界”。本書を道案内に、彼らの心の動き、行動特徴を理解することで、何が必要な精神科リハビリテーションかも、きっと見えてくるはず!
広沢 正孝
発行 2006年08月判型:B5頁:200
ISBN 978-4-260-00227-1
定価 3,080円 (本体2,800円+税)

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  • 目次
  • 書評

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第I部 はじめに
第II部 統合失調症とは
第III部 統合失調症の発病・寛解過程
第IV部 統合失調症患者の精神行動特性
第V部 統合失調症患者のライフサイクル
第VI部 おわりに
索引

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臨床経験に根ざして行動特性を周致に論じた書
書評者: 加藤 敏 (自治医大教授・精神医学)
 今日,統合失調症の病態をめぐり分子生物学,神経心理学,脳画像など様々な最新のアプローチにより多くの生物学的知見が出されている。しかし残念ながら,統合失調症の病因を特定し,確定診断に資するような決定的な知見は得られていない。遺伝子レベルの病因についていうと,大方の一致をみているのは,統合失調症は単一遺伝子病ではなく,多数の遺伝子によって重層決定される多遺伝子病(polygenic disease)だということである。

 ごく最近のヒトゲノムの解析研究の最前線からは,健常者におけるDNAの構造的変異が(せいぜい1パーセントという)当初の見込みとは裏腹に,かなりの程度に見られるという「人間の多様性に関する驚くべき結論」(Nature vol.435, 2005)が出され,もはやヒトゲノムの標準版はないと明言する学者もいる。この知見は統合失調症の病因を特定の遺伝子異常に帰すことの限界を示唆する。

 また一卵性遺伝子での遺伝子発現に関わる調節部位(エピジュノム)の研究において,双生児の年齢が上がるにつれ,あるいは生活環境の違いが大きいほど,エピジェノムの分子の不一致度が増加することが明らかにされている。この知見は,統合失調症の発病過程,および経過を考える上で,心理社会的因子が大きな役割を果たしていることの傍証となる。要するに,こういってよければDNAの「二重らせん」に環境のらせんがからむ「三重らせん」が,統合失調症の病因研究,治療法の洗練に要請される今日的なパラダイムといえるだろう。こうして,統合失調症の病態理解において,生物学的アプローチと並び,社会精神医学を含む広義の精神病理学的アプローチの重要性があらためて浮上してきているのが現代の動向だと思われる。

 わが国は国際的にみて,ドイツ,フランスと並び,精神病理学的見地からの統合失調症の病態理解において,質の高い研究を出している有数の国といって間違いない。本書はそうした日本の精神病理学の伝統に立脚しつつ,著者の日々の臨床経験に根ざして統合失調症を持つ患者の行動特性を周到に論じた著作である。「嘘のつき方が下手である」,「他人との諍いを嫌がる」など平易な言葉で,彼(彼女)らが文字通り「渡る世間は鬼ばかり」の世俗社会で生活する上で直面するであろうさまざまな困難の内実がわかりやすく語られる。そして最後に,「マイナーな生き方が得意な」「巧みな少数者」であると統合失調症をもつ人々のポジティブな面にも眼が向けられる。精神科リハビリテーションに携わるコメディカル,医師の方々をはじめ,多くの方々にご一読していただきたい統合失調症理解のための指南書である。彼(彼女)らを首尾よく共同社会に錨を下ろせるようきめ細やかな指針をだして,リハビリテーションを実際に進めるうえでも大いに参考になる。

 正常規範の規格化が進化する現代において,もっぱら統合失調症の「欠陥」,「障害」が強調される機運が強まっているわけだが,彼らの元来,繊細・鋭敏で,慎ましやかな優しい感性を尊重する態度を堅持することが望まれる。例えば世俗社会,また邪悪な大人の虚偽を直観的に見て取る彼らの透徹した精神,また親,治療者に対して「献身的な治療者」(HFサールズ)の役割を引き受けようとする心優しい態度を秘めていることも忘れてならないだろう。

精神病理学を広場に開放する書
書評者: 高木 俊介 (たかぎクリニック(京都市))
 統合失調症の人たちの持つ魅力について語る治療者,精神保健福祉関係者は多い。あるいは,その魅力にはまった者がこの道に入る,と言ったほうがいいのかもしれない。著者はおそらく,そのひとりである。それどころか,はまり方にかけては,その道の「第一人者」である。著者を知る者は,それに反対しないであろう。

 ところで,得てしてその道の第一人者たちは,日々の臨床に埋没していることが多い。しかし,著者は,眺め渡すこと,観照することについても達人である。得てして高踏的で難解を旨とする「達人」が多い中,著者はこれまで平易な語り口で,統合失調症者の人生の機微と,彼らの果たされず埋もれてしまうかもしれない夢について語り続けてきた。その著者が,普段の平易な語り口をそのままに,あの難解な精神病理学のエッセンスを一冊の小さな本にまとめた。

 かの難解にして高踏的で鳴らすわが国の精神病理学は,しかし,統合失調症者の理解に関しては世界に類を見ないほどの高い水準に達している。決してないがしろにはできない,精神医学全体の大きな財産なのである。これは,わが国の隔離・収容医療という負の面と,治療者の家族主義的な風土という良心的側面が奇しくも結合した結果であり,歴史の僥倖であった。だから,その成果は今後の統合失調症者の地域生活を少しでも幸福とするために生かされねばならない。そのことは,これまでの隔離・収容主義に対する償いである,と私は思う。

 そのためには,統合失調症者の精神病理学が,これまでの難解高踏的な密室の学問ではなく,地域リハビリテーションという広場に気軽にたずさえていけるものにならなくてはならない。この本は,その道を開く第一歩となるだろう。

 確かに,統合失調症の人たちの振るまいは,私たちに戸惑いをもたらす不思議なものであることが多い。このことが大きな壁となって,一般社会が彼ら彼女らを受け入れるのを難しくしている。解決として,彼らを変えるのと,私たちが変わるのとの両方向があるが,今の精神医学・医療は,前者にばかり力を入れているようにみえる。これでは,「少数者としての生き方が得意」な彼らも,追いつめられる一方である。著者のまなざしは,その重心を変えて,彼らの生き方を尊重する方向を指している。

 統合失調症者は,おそらく,この世ではほとんどまれなほど,「誠意」の通じる人たちである。これが,彼らの最大の魅力であるが,これも精神病理学の目から見ればさまざまな病理が重なった結果ではあろう。しかし,そのことも踏まえた上での私たちの誠意であれば,容易に崩れることのない彼らとの関係の基盤となるだろう。この著書から私はそのことを読み取った。

 この本を多くの統合失調症のリハビリテーションにかかわる人たちすべてに薦める。さらに,米国流のDSM診断と生物学的還元主義のみに洗脳されかかっている若い精神科医にぜひとも薦めたい。

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