高次脳機能がよくわかる
脳のしくみとそのみかた
複雑な脳の機能を、大脳生理学者の視点と長年の臨床経験からわかりやすく解説
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複雑な脳の機能のしくみを図を多用してテンポよく解説する。高次脳機能障害の患者さんに出会ったときに、なんでこうなるの? がよくわかる。麻痺や失語などのリハビリテーションへの、脳機能からのアプローチに役立つ1冊。名著『頭痛・めまい・しびれの臨床』の著者が、大脳生理学者の視点と長年の臨床経験から、脳のしくみをわかりやすく解説する。
著 | 植村 研一 |
---|---|
発行 | 2017年09月判型:A5頁:136 |
ISBN | 978-4-260-03195-0 |
定価 | 3,080円 (本体2,800円+税) |
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- 序文
- 目次
- 書評
序文
開く
はじめに
医学生はもとより神経内科学や脳神経外科学を専門としない臨床医にとって,脳のしくみ(脳の解剖・生理)は理解しにくいもので,まして脳のみかた(脳病変の有無とその局在の診断)などは不可能であると最初から諦めているのではなかろうか.基礎医学者の書いた脳の解剖や生理の教科書は,詳細で正確ではあっても,臨床の現場への活用には実践的ではない.
一方,神経内科学や脳神経外科学の教科書に解説されている脳のしくみは,あまりに簡略化されていて,ことに人間にしか存在しない高次脳機能のしくみの理解や臨床研究に不十分な場合が多い.この意味では,脳神経外科医と神経解剖学者の共著による参考書は大変有用である.
大脳の機能局在を論じる場合,2つの立場がある.1つは症候論的立場で,失語,失認,構成失行などと臨床的に特徴ある症状や徴候をとらえ,それが大脳のどの部位で生じるかを論じる.これだとある症候が脳の複数の部位と関係する場合がある.神経内科の立場ではそれでよいだろうが,脳の手術をする脳神経外科の立場では困る.脳のどの部位を切開・切除したらどのような症候・後遺症が発生するかを解明するのが脳神経外科の立場の機能局在論である.
著者が千葉大学医学部を卒業した1959年には,日本では脳神経外科は独立した診療科としては認められておらず,どの医学部にも脳神経外科学という講座はなく,一部の大学では外科の中で脳神経外科手術が行われていたが,千葉大学病院では脳神経外科手術はまったく行われていなかった.
横須賀米国海軍病院でインターン(1959年4月~1960年3月)をしたが,ベトナム戦争で傷害を受けた米兵が毎夜20名ほどヘリコプターで運ばれてきた.ここにはNeurosurgery(脳神経外科)が独立した診療科として存在し,顔面頭部はもとより,脊椎・脊髄や手足の末梢神経に損傷を受けた患者の診療と手術を行っていた.この新しい診療科の存在は,われわれインターンにとっては大変な驚きで,卒業した13名の中から著者を含めた3名が,脳神経外科専門医を目指して留学したのであった.
当時米国では,脳神経外科専門の卒後教育(レジデント教育)を受けるには,1年間のインターンと1年間の一般外科のレジデント教育が義務づけられていた.横須賀米国海軍病院のインターンは米国では認められていなかったので,米国ではインターンから始めなければならなかった.
著者はカンサス市の聖マリア病院(St. Mary’s Hospital)でインターンと一般外科レジデント教育を受け,ニューヨーク州立大学アップステイト医学部(State University of New York Upstate Medical College,SUNY-UMCと略)で脳神経外科レジデント教育を受け,さらに英国のオックスフォード大学とロンドン大学附属国立神経疾患病院(National Hospital for Nervous Diseases)で各3か月の臨床助手を務めて,1968年1月に千葉大学病院第二外科に入局した.当時の牧野博安助教授(後に千葉大学医学部脳神経外科初代教授)は,カンサス大学医学部脳神経外科でレジデント教育を受け,著者が渡米したときにすれ違いで帰国し,千葉大学病院で脳神経外科手術を創始した.著者がカンサス市に留学して,カンサス大学の脳神経外科カンファレンスに参加して初めて,牧野先生がレジデント教育を終えて帰国したばかりであることを知らされたのであった.
当時米国では,脳神経外科専門医の資格取得には,3年間の脳神経外科のレジデント教育に加えて,最低半年間の基礎神経科学の研究が義務づけられていた.SUNY-UMC脳神経外科のRobert B. King主任教授は,著者の将来を考えて,半年間の神経科学の研究の代わりに,大学院の生理学教室で2年間の修士課程教育を受けるよう勧め,その学資の全額を脳神経外科講座から出してくださった.生理学教室では,神経生理学の研究には神経解剖学の研究も義務づけられていたため,著者は幸運にも神経生理学と神経解剖学の両方を学ぶことができた.
神経生理学の修士号を得て,臨床の現場でのレジデント教育を始めた途端に,患者の神経所見についてKing教授から生理学的説明を求められ,即答に窮した著者に,何のために教室が出資して大学院で研究させたのかと問いつめられ,涙の出る思いをしたことは今でも忘れることはできない.以来,55年におよぶ脳神経外科臨床の現場では,常に患者の神経所見の病態生理学的解明に努めてきた.その結果,帰国後に篠原出版から『頭蓋内疾患の初期診療 頭痛/頭部外傷/脳卒中-一般臨床医のためのポイント集』を出版して頭部外傷や脳卒中患者の急性期のプライマリ・ケアのレベルアップに努め,医学書院から『頭痛・めまい・しびれの臨床-病態生理学的アプローチ』を出版して好評を得ることができた.
その後,千葉大学医学部,浜松医科大学,岡山大学などで行ってきた「臨床に役立つ脳のしくみとそのみかた」の講義内容に加えて,脳のしくみからみたリハビリテーションや教育学にも言及して,出版することにした.医学生の脳の学習,臨床医の実地臨床の現場,後輩医師やコメディカルの指導教育に役に立てていただければ幸いであり,読者それぞれの立場からのご批判とご教示をお願いできれば幸いである.
最後に,今回の出版に多大なるご支援をいただいた医学書院の皆様に心より感謝申し上げます.
2017年8月
植村 研一
医学生はもとより神経内科学や脳神経外科学を専門としない臨床医にとって,脳のしくみ(脳の解剖・生理)は理解しにくいもので,まして脳のみかた(脳病変の有無とその局在の診断)などは不可能であると最初から諦めているのではなかろうか.基礎医学者の書いた脳の解剖や生理の教科書は,詳細で正確ではあっても,臨床の現場への活用には実践的ではない.
一方,神経内科学や脳神経外科学の教科書に解説されている脳のしくみは,あまりに簡略化されていて,ことに人間にしか存在しない高次脳機能のしくみの理解や臨床研究に不十分な場合が多い.この意味では,脳神経外科医と神経解剖学者の共著による参考書は大変有用である.
大脳の機能局在を論じる場合,2つの立場がある.1つは症候論的立場で,失語,失認,構成失行などと臨床的に特徴ある症状や徴候をとらえ,それが大脳のどの部位で生じるかを論じる.これだとある症候が脳の複数の部位と関係する場合がある.神経内科の立場ではそれでよいだろうが,脳の手術をする脳神経外科の立場では困る.脳のどの部位を切開・切除したらどのような症候・後遺症が発生するかを解明するのが脳神経外科の立場の機能局在論である.
著者が千葉大学医学部を卒業した1959年には,日本では脳神経外科は独立した診療科としては認められておらず,どの医学部にも脳神経外科学という講座はなく,一部の大学では外科の中で脳神経外科手術が行われていたが,千葉大学病院では脳神経外科手術はまったく行われていなかった.
横須賀米国海軍病院でインターン(1959年4月~1960年3月)をしたが,ベトナム戦争で傷害を受けた米兵が毎夜20名ほどヘリコプターで運ばれてきた.ここにはNeurosurgery(脳神経外科)が独立した診療科として存在し,顔面頭部はもとより,脊椎・脊髄や手足の末梢神経に損傷を受けた患者の診療と手術を行っていた.この新しい診療科の存在は,われわれインターンにとっては大変な驚きで,卒業した13名の中から著者を含めた3名が,脳神経外科専門医を目指して留学したのであった.
当時米国では,脳神経外科専門の卒後教育(レジデント教育)を受けるには,1年間のインターンと1年間の一般外科のレジデント教育が義務づけられていた.横須賀米国海軍病院のインターンは米国では認められていなかったので,米国ではインターンから始めなければならなかった.
著者はカンサス市の聖マリア病院(St. Mary’s Hospital)でインターンと一般外科レジデント教育を受け,ニューヨーク州立大学アップステイト医学部(State University of New York Upstate Medical College,SUNY-UMCと略)で脳神経外科レジデント教育を受け,さらに英国のオックスフォード大学とロンドン大学附属国立神経疾患病院(National Hospital for Nervous Diseases)で各3か月の臨床助手を務めて,1968年1月に千葉大学病院第二外科に入局した.当時の牧野博安助教授(後に千葉大学医学部脳神経外科初代教授)は,カンサス大学医学部脳神経外科でレジデント教育を受け,著者が渡米したときにすれ違いで帰国し,千葉大学病院で脳神経外科手術を創始した.著者がカンサス市に留学して,カンサス大学の脳神経外科カンファレンスに参加して初めて,牧野先生がレジデント教育を終えて帰国したばかりであることを知らされたのであった.
当時米国では,脳神経外科専門医の資格取得には,3年間の脳神経外科のレジデント教育に加えて,最低半年間の基礎神経科学の研究が義務づけられていた.SUNY-UMC脳神経外科のRobert B. King主任教授は,著者の将来を考えて,半年間の神経科学の研究の代わりに,大学院の生理学教室で2年間の修士課程教育を受けるよう勧め,その学資の全額を脳神経外科講座から出してくださった.生理学教室では,神経生理学の研究には神経解剖学の研究も義務づけられていたため,著者は幸運にも神経生理学と神経解剖学の両方を学ぶことができた.
神経生理学の修士号を得て,臨床の現場でのレジデント教育を始めた途端に,患者の神経所見についてKing教授から生理学的説明を求められ,即答に窮した著者に,何のために教室が出資して大学院で研究させたのかと問いつめられ,涙の出る思いをしたことは今でも忘れることはできない.以来,55年におよぶ脳神経外科臨床の現場では,常に患者の神経所見の病態生理学的解明に努めてきた.その結果,帰国後に篠原出版から『頭蓋内疾患の初期診療 頭痛/頭部外傷/脳卒中-一般臨床医のためのポイント集』を出版して頭部外傷や脳卒中患者の急性期のプライマリ・ケアのレベルアップに努め,医学書院から『頭痛・めまい・しびれの臨床-病態生理学的アプローチ』を出版して好評を得ることができた.
その後,千葉大学医学部,浜松医科大学,岡山大学などで行ってきた「臨床に役立つ脳のしくみとそのみかた」の講義内容に加えて,脳のしくみからみたリハビリテーションや教育学にも言及して,出版することにした.医学生の脳の学習,臨床医の実地臨床の現場,後輩医師やコメディカルの指導教育に役に立てていただければ幸いであり,読者それぞれの立場からのご批判とご教示をお願いできれば幸いである.
最後に,今回の出版に多大なるご支援をいただいた医学書院の皆様に心より感謝申し上げます.
2017年8月
植村 研一
目次
開く
[1]脳と心
A 神経学と心理学
B 心理生理学と神経心理学
C 人間の心と意識
D 人間の死と脳幹死
[2]大脳半球は3つに分ける
A 従来の葉区分の限界
B 「知・情・意」をつかさどる脳の3区分
[3]中枢神経系の統合機構
A 株式会社 中枢神経系
B Brodmannの大脳皮質野の分類
C 大脳皮質と視床の連携と統合機構
[4]「知」をつかさどる感覚統合脳のしくみ
A 体性感覚
B 聴覚
C 視覚
[5]「意」をつかさどる表出脳のしくみ
A 運動皮質,運動前野,補足運動野の役割
B 脳障害による運動障害のしくみ
C 矛盾性歩行
D 運動系を随意運動系と自動運動系に2分
E 非利き手の失行
[6]感覚統合脳と表出脳の役割のまとめ
[7]辺縁系(感情脳)のしくみ
A 興奮と抑制-内側辺縁系と底外側辺縁系
B 記憶機構とその障害-症例HM氏からわかったこと
C 記憶機構の2ルートと3段階
D 数唱問題と数唱学習
[8]記憶学習の脳内機構
A 脳内記憶機構のしくみ
B 忘却と神経細胞死
C 脳の成長のしくみとその臨界期
[9]大脳半球の左右差
A 優位(左)半球の役割
B 優位半球の高次脳機能障害の簡単なみかた-失語症と抽象化能力
C 劣位半球の役割
D 劣位半球の高次脳機能障害の簡単なみかた
E 劣位半球の絵画能力
F 数学と大脳半球
G 正中神経学
H 優位半球,劣位半球という用語からの脱却
[10]脳内機構からみたリハビリテーション
A リハビリテーションの意義
B PT,OT,ST,MT,MKTの役割
C リハビリテーションの向上
あとがきにかえて 脳内機構からみた教育への提言
A 日本における教育の問題点
B 学習の臨界期
C 学習・忘却曲線
D 効果的な学習の成立条件
E カリキュラム
F 効果的学習評価・国家試験の改革
参考文献
索引
A 神経学と心理学
B 心理生理学と神経心理学
C 人間の心と意識
D 人間の死と脳幹死
[2]大脳半球は3つに分ける
A 従来の葉区分の限界
B 「知・情・意」をつかさどる脳の3区分
[3]中枢神経系の統合機構
A 株式会社 中枢神経系
B Brodmannの大脳皮質野の分類
C 大脳皮質と視床の連携と統合機構
[4]「知」をつかさどる感覚統合脳のしくみ
A 体性感覚
B 聴覚
C 視覚
[5]「意」をつかさどる表出脳のしくみ
A 運動皮質,運動前野,補足運動野の役割
B 脳障害による運動障害のしくみ
C 矛盾性歩行
D 運動系を随意運動系と自動運動系に2分
E 非利き手の失行
[6]感覚統合脳と表出脳の役割のまとめ
[7]辺縁系(感情脳)のしくみ
A 興奮と抑制-内側辺縁系と底外側辺縁系
B 記憶機構とその障害-症例HM氏からわかったこと
C 記憶機構の2ルートと3段階
D 数唱問題と数唱学習
[8]記憶学習の脳内機構
A 脳内記憶機構のしくみ
B 忘却と神経細胞死
C 脳の成長のしくみとその臨界期
[9]大脳半球の左右差
A 優位(左)半球の役割
B 優位半球の高次脳機能障害の簡単なみかた-失語症と抽象化能力
C 劣位半球の役割
D 劣位半球の高次脳機能障害の簡単なみかた
E 劣位半球の絵画能力
F 数学と大脳半球
G 正中神経学
H 優位半球,劣位半球という用語からの脱却
[10]脳内機構からみたリハビリテーション
A リハビリテーションの意義
B PT,OT,ST,MT,MKTの役割
C リハビリテーションの向上
あとがきにかえて 脳内機構からみた教育への提言
A 日本における教育の問題点
B 学習の臨界期
C 学習・忘却曲線
D 効果的な学習の成立条件
E カリキュラム
F 効果的学習評価・国家試験の改革
参考文献
索引
書評
開く
多くの謎が秘められた脳の機能をわかりやすく解説
書評者: 松井 秀樹 (岡山大大学院教授・細胞生理学)
優れた大脳生理学者であり,かつ脳神経外科医でもある著者によって,簡潔にかつわかりやすくまとめられた高次脳機能の解説書である。大脳生理学や脳科学を学ぼうとする医学・医療系の学生だけでなく,既に臨床現場で働いている医師や医療従事者が手にしても役に立つ,非常に優れた内容である。そればかりか,脳に関心のある一般の人々や患者さん,そのご家族など専門的な知識がない人達が読んでもわかりやすく,かつ読み物としても面白く解説されている。
本書の最もユニークな点は,大脳半球の機能の解説において,前頭葉,頭頂葉,側頭葉,後頭葉といった従来の分類ではなく,「知」「情」「意」を司る脳の区分という考え方を取っている点である。その結果,外界から情報を取り入れ処理する感覚統合脳(知),その情報を演算して外部出力する表出脳(意),辺縁系(情)に働きをまとめることができているので,非常に理解しやすい。さらにはそれらの異常によって起こる疾患やその症状の解説が納得できる内容となっている。また,表出脳の働きにおいては,最新の知見を盛り込み,運動前野ならびに補足運動野の働きが整然とわかりやすく解説されている点が強く印象に残った。
後半では記憶の機構とうまい学習の方法や,リハビリテーションの意義,教育への提言など広く一般に興味を引く内容が盛り込まれている。難しい内容をここまで簡潔に,かつわかりやすく解説できる著者の力量は素晴らしい。近年特に研究が進んだとはいえ,まだまだ多くの謎が秘められた脳の機能に多くの読者の興味を引きつける役割を担うことができる優れた本である。
語りかけるようにわかりやすく「脳」や高次脳機能を教える
書評者: 河村 満 (奥沢病院・名誉院長)
植村研一先生の『高次脳機能がよくわかる 脳のしくみとそのみかた』が出版されました。
植村先生の数冊あるご著書の中で私が特に大切にしている2冊があります。『頭蓋内疾患の初期診療 頭痛/頭部外傷/脳卒中 一般臨床医のためのポイント集』(篠原出版,1977)と『頭痛・めまい・しびれの臨床 病態生理学的アプローチ』(医学書院,1987)です。いずれもわかりやすい本として評判になり,多くの話題を提供した,いわゆる「売れた」本であったと思います。これらのご著書の出版から実に30年ないし40年経った今年,『脳のしくみとそのみかた』は出版されたことになります。植村研一先生はもともと脳外科医であり,若いときには神経生理学を英国で学んだ方で,浜松医大教授時代には高次脳機能障害研究に特別のご興味を持っていらっしゃいました。この本は先生が書きたいと思ったことが皆書かれており,前著同様,「売れる」本になることは間違いないと感じます。
その理由は三つあります。第一に独特な本の組み立て方,第二に平易な表現,第三にユニークな図表です。
内容を目次に沿ってご紹介します。全部で121ページの本ですが,11の項目から成っています。「1.脳と心」「2.大脳半球は3つに分ける」「3.中枢神経系の統合機構」「4.『知』をつかさどる感覚統合脳のしくみ」「5.『意』をつかさどる表出脳のしくみ」「6.感覚統合脳と表出脳の役割のまとめ」「7.辺縁系(感情脳)のしくみ」「8.記憶学習の脳内機構」「9.大脳半球の左右差」「10.脳内機構からみたリハビリテーション」「あとがきにかえて:脳内機構からみた教育への提言」というとてもユニークな構成です。教科書的では少しもなく独特で,脳関連の一般書にもこのような組み立ては見たことがありません。脳を知りたい人が必ず疑問に思うことが,順番に配置されているのです。
第二に,とてもわかりやすく,会話調の表現法で,ポイントをついた説明が随所にみられることにあります。所々にある,Columnや症例の記載も本文の説明をより具体的に理解することのできる,わさびが効いた内容を持っています。
第三に,図表がユニークです。今まで見たことがない,でもとても工夫がなされたものが多く,図表を追っていくと,植村先生のご講演の様子が目に浮かぶようです。そう,たぶん植村先生はこの本をまるで誰かに語りかけるようにお書きになったのではないでしょうか。
さながら,お孫さんに植村研一おじいさんが語りかけているような,そのような感じの本なのです。
脳や高次脳機能に興味をお持ちのドクターだけではなく,多くの方々に一読をお薦めしたいと思います。
著者の到達した脳のみかたの極意へ読者を導く
書評者: 片山 容一 (日大名誉教授/湘南医療大副学長)
著者の植村研一氏は,言うまでもなく著名な脳神経外科医である。しかも,神経科学の諸分野にも幅広い見識を持つ碩学である。私のようなふつうの脳神経外科医からすれば,稀有の存在であると言っていい。それゆえに,臨床医としてのあり方にも独特の重みがある。そのことが多くの臨床医を魅了してきた。
本書は,著者の大学での講義を基にしたものである。そう聞くと,誰しも教科書のような書物を想像するのではなかろうか。しかし,本書には,そうした書物にありがちな味気のない語句の羅列はない。医学生や若手の臨床医が目を輝かせて著者の講義に聴き入る姿を想い浮かべてしまう。
脳は,何百億個もの神経細胞が相互に情報をやりとりするネットワークである。だから,そう簡単に脳のみかたを説明することはできない。しかし,著者は,臨床の現場での研鑽を重ねた末に,脳のみかたについての極意に到達したのだと思う。本書は,それを語ったものだと言えるのではないだろうか。
その極意とは,書物からの知識を蓄積しただけのものではない。患者と執刀医という関係を突きつけられて,理屈抜きに感じ取った確信でもある。だから,本書は,臨床の現場にいる者には驚くほどわかりやすい。
著者は,大脳を「知,情,意」を司る3つの領域に区分し,それぞれの機能を「統合,感情,表出」として説明する。こうした説明の仕方は,字面だけを見ると珍しくないように思う。しかし,少し注意して読むと,目から鱗が落ちるというのはこのことかと感嘆させられる。
生命は,生きようとする意志を持つがゆえに,環境の変化を刺激として,絶えず身体に反応を起こす。ところが,進化とともに身体各部が分業するに至って,それぞれが勝手な反応を起こされては困ることになった。身体全体として,生きるために最適な反応を構成しなければならない。脳はそのために発達し,ついには高次脳機能と呼ばれる脳のしくみまでも獲得した。
脳は,身体各部での刺激と反応を検出しつつ,それを同一の身体に生じた出来事としてまとめあげる。そのために必要なこととは何か。一つは,「ただ一つの身体」に起きたこととして感覚を「統合」することである。あるいは,「ただ一つの身体」に起きたこととして端的な情動や「感情」を持つことである。さらにまた,「ただ一つの身体」が起こすものとして行動の「表出」を制御することでもある。
本書は,いろいろな道具立てをして,読者自らがこうした脳のしくみの本質に気づくように,それとなく導いていく。それによって,いつの間にか脳のみかたを修得させてくれる。
本書には,著者の海外でのエピソードなども随所に紹介されている。そのときの様子を一つひとつ想像しながら読み進むと,著者がどのようにして研鑽を重ねてきたのかわかるような気がする。本書が一人でも多くの医学生や若手の臨床医の目に触れ,著者の拓いた道を先へ先へと延ばす人々が増えてほしいと思う。
書評者: 松井 秀樹 (岡山大大学院教授・細胞生理学)
優れた大脳生理学者であり,かつ脳神経外科医でもある著者によって,簡潔にかつわかりやすくまとめられた高次脳機能の解説書である。大脳生理学や脳科学を学ぼうとする医学・医療系の学生だけでなく,既に臨床現場で働いている医師や医療従事者が手にしても役に立つ,非常に優れた内容である。そればかりか,脳に関心のある一般の人々や患者さん,そのご家族など専門的な知識がない人達が読んでもわかりやすく,かつ読み物としても面白く解説されている。
本書の最もユニークな点は,大脳半球の機能の解説において,前頭葉,頭頂葉,側頭葉,後頭葉といった従来の分類ではなく,「知」「情」「意」を司る脳の区分という考え方を取っている点である。その結果,外界から情報を取り入れ処理する感覚統合脳(知),その情報を演算して外部出力する表出脳(意),辺縁系(情)に働きをまとめることができているので,非常に理解しやすい。さらにはそれらの異常によって起こる疾患やその症状の解説が納得できる内容となっている。また,表出脳の働きにおいては,最新の知見を盛り込み,運動前野ならびに補足運動野の働きが整然とわかりやすく解説されている点が強く印象に残った。
後半では記憶の機構とうまい学習の方法や,リハビリテーションの意義,教育への提言など広く一般に興味を引く内容が盛り込まれている。難しい内容をここまで簡潔に,かつわかりやすく解説できる著者の力量は素晴らしい。近年特に研究が進んだとはいえ,まだまだ多くの謎が秘められた脳の機能に多くの読者の興味を引きつける役割を担うことができる優れた本である。
語りかけるようにわかりやすく「脳」や高次脳機能を教える
書評者: 河村 満 (奥沢病院・名誉院長)
植村研一先生の『高次脳機能がよくわかる 脳のしくみとそのみかた』が出版されました。
植村先生の数冊あるご著書の中で私が特に大切にしている2冊があります。『頭蓋内疾患の初期診療 頭痛/頭部外傷/脳卒中 一般臨床医のためのポイント集』(篠原出版,1977)と『頭痛・めまい・しびれの臨床 病態生理学的アプローチ』(医学書院,1987)です。いずれもわかりやすい本として評判になり,多くの話題を提供した,いわゆる「売れた」本であったと思います。これらのご著書の出版から実に30年ないし40年経った今年,『脳のしくみとそのみかた』は出版されたことになります。植村研一先生はもともと脳外科医であり,若いときには神経生理学を英国で学んだ方で,浜松医大教授時代には高次脳機能障害研究に特別のご興味を持っていらっしゃいました。この本は先生が書きたいと思ったことが皆書かれており,前著同様,「売れる」本になることは間違いないと感じます。
その理由は三つあります。第一に独特な本の組み立て方,第二に平易な表現,第三にユニークな図表です。
内容を目次に沿ってご紹介します。全部で121ページの本ですが,11の項目から成っています。「1.脳と心」「2.大脳半球は3つに分ける」「3.中枢神経系の統合機構」「4.『知』をつかさどる感覚統合脳のしくみ」「5.『意』をつかさどる表出脳のしくみ」「6.感覚統合脳と表出脳の役割のまとめ」「7.辺縁系(感情脳)のしくみ」「8.記憶学習の脳内機構」「9.大脳半球の左右差」「10.脳内機構からみたリハビリテーション」「あとがきにかえて:脳内機構からみた教育への提言」というとてもユニークな構成です。教科書的では少しもなく独特で,脳関連の一般書にもこのような組み立ては見たことがありません。脳を知りたい人が必ず疑問に思うことが,順番に配置されているのです。
第二に,とてもわかりやすく,会話調の表現法で,ポイントをついた説明が随所にみられることにあります。所々にある,Columnや症例の記載も本文の説明をより具体的に理解することのできる,わさびが効いた内容を持っています。
第三に,図表がユニークです。今まで見たことがない,でもとても工夫がなされたものが多く,図表を追っていくと,植村先生のご講演の様子が目に浮かぶようです。そう,たぶん植村先生はこの本をまるで誰かに語りかけるようにお書きになったのではないでしょうか。
さながら,お孫さんに植村研一おじいさんが語りかけているような,そのような感じの本なのです。
脳や高次脳機能に興味をお持ちのドクターだけではなく,多くの方々に一読をお薦めしたいと思います。
著者の到達した脳のみかたの極意へ読者を導く
書評者: 片山 容一 (日大名誉教授/湘南医療大副学長)
著者の植村研一氏は,言うまでもなく著名な脳神経外科医である。しかも,神経科学の諸分野にも幅広い見識を持つ碩学である。私のようなふつうの脳神経外科医からすれば,稀有の存在であると言っていい。それゆえに,臨床医としてのあり方にも独特の重みがある。そのことが多くの臨床医を魅了してきた。
本書は,著者の大学での講義を基にしたものである。そう聞くと,誰しも教科書のような書物を想像するのではなかろうか。しかし,本書には,そうした書物にありがちな味気のない語句の羅列はない。医学生や若手の臨床医が目を輝かせて著者の講義に聴き入る姿を想い浮かべてしまう。
脳は,何百億個もの神経細胞が相互に情報をやりとりするネットワークである。だから,そう簡単に脳のみかたを説明することはできない。しかし,著者は,臨床の現場での研鑽を重ねた末に,脳のみかたについての極意に到達したのだと思う。本書は,それを語ったものだと言えるのではないだろうか。
その極意とは,書物からの知識を蓄積しただけのものではない。患者と執刀医という関係を突きつけられて,理屈抜きに感じ取った確信でもある。だから,本書は,臨床の現場にいる者には驚くほどわかりやすい。
著者は,大脳を「知,情,意」を司る3つの領域に区分し,それぞれの機能を「統合,感情,表出」として説明する。こうした説明の仕方は,字面だけを見ると珍しくないように思う。しかし,少し注意して読むと,目から鱗が落ちるというのはこのことかと感嘆させられる。
生命は,生きようとする意志を持つがゆえに,環境の変化を刺激として,絶えず身体に反応を起こす。ところが,進化とともに身体各部が分業するに至って,それぞれが勝手な反応を起こされては困ることになった。身体全体として,生きるために最適な反応を構成しなければならない。脳はそのために発達し,ついには高次脳機能と呼ばれる脳のしくみまでも獲得した。
脳は,身体各部での刺激と反応を検出しつつ,それを同一の身体に生じた出来事としてまとめあげる。そのために必要なこととは何か。一つは,「ただ一つの身体」に起きたこととして感覚を「統合」することである。あるいは,「ただ一つの身体」に起きたこととして端的な情動や「感情」を持つことである。さらにまた,「ただ一つの身体」が起こすものとして行動の「表出」を制御することでもある。
本書は,いろいろな道具立てをして,読者自らがこうした脳のしくみの本質に気づくように,それとなく導いていく。それによって,いつの間にか脳のみかたを修得させてくれる。
本書には,著者の海外でのエピソードなども随所に紹介されている。そのときの様子を一つひとつ想像しながら読み進むと,著者がどのようにして研鑽を重ねてきたのかわかるような気がする。本書が一人でも多くの医学生や若手の臨床医の目に触れ,著者の拓いた道を先へ先へと延ばす人々が増えてほしいと思う。
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