心臓・大動脈外科手術
基本・コツ・勘所

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大動脈疾患、冠動脈疾患、弁膜症の手術を全国のエキスパートが解説。長年の修練により習得されたコツと勘所を惜しみなく開陳する。教科書的な記述は抑え、手術の適応と戦略、手順・手技を多くの図と共に提示。ピットフォールを回避し、良い手術(=適切で安全な手術)を行うためのヒントが随所に散りばめられている。若手心臓外科医はもとよりベテランにも有用な手術書。
編集 小坂 眞一
発行 2018年07月判型:B5頁:384
ISBN 978-4-260-03200-1
定価 19,800円 (本体18,000円+税)

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推薦の序(澤 芳樹)/(小坂眞一)


推薦の序

 優れた外科医は独自のスタイル(型)をもっている.いわば“自己流”の技である.しかしそれは無手勝流ではなく,先達の知恵と経験を受け継ぎ,実践のなかで検証を重ねることにより作り上げられるものである.理論と実践,研究と臨床は医学・医療を前進させる車の両輪である.
 低侵襲化する手術手技,分子標的薬の臨床導入,iPS細胞を用いた再生医療の進展など,近年の外科学の技術革新は目覚ましい.心臓外科領域においても本邦ではOPCABをはじめ,小切開心臓手術(MICS),大動脈解離に対するオープンステントグラフト手術,経カテーテル大動脈弁置換術(TAVI),僧帽弁のみならず基部を含めた大動脈弁の形成術など,この20年間に飛躍的な進展を遂げている.こうした進化の背景には地道な基礎研究,優れたデバイスの開発,手術における試行錯誤などの積み重ねがあることは言うまでもない.しかし,その原動力となっているのは,なによりも1人でも多くの患者を救いたいという医師の熱情である.
 意欲溢れる若い心臓外科医であれば,より多くの経験を積み,手術巧者となることを目指すであろう.さらにはオリジナルの術式を考案することを夢見る者もいるかもしれない.その心意気は大いに結構である.しかし同時に,「患者のために」という原点を忘れてはならない.患者のQOL向上につながることはなにか―それを自ら問い続けることはメスを持つ者の使命である.
 さて本書の特徴は全国のエキスパートである90名を超える執筆陣であろう.これほどのメンバーを参集したことは非常に稀有なことで大変に貴重である.この点で編者に畏敬の念を覚える.また,サブタイトルに「基本・コツ・勘所」とあるように,各人が長年にわたり磨き上げた珠玉の手術手技を惜しみなく正確なイラストをまじえて真摯に解説している.ここにもメスを持つ者の使命感が如実に示されていると感ぜられる.
 若手・ベテランを問わず,心臓および大動脈手術の更なるレベルアップを目指す諸兄に,謹んで本書を推薦する.また本書が時代の進歩とともに改訂され,末永くこの分野のスタンダード書として,次世代の外科医にも継読されることを心より願うものである.

 2018年6月
 大阪大学大学院教授 心臓血管外科学
 澤 芳樹




 本書には3つの大きな特徴がある.1つは心臓血管外科という一般的な括りをやめて,心臓・大動脈外科という書名を採用したこと.これは心臓外科医が行う手術に大動脈疾患が大変多くなったことに応じて,本書が扱う手術の対象をより明確にするためである.2つめは,その結果,内容が非常に多岐にわたるため,詳細をカバーするために日本AHVS/OPCAB研究会のメンバーを中心に,総勢93名ときわめて多くのエキスパートの方々に執筆を頂いたこと.3つめはこの分野の手術書としては,類書に見られない正確で精緻なイラストを多数(503点)掲載したことである.イラストはオリジナルのないものは小生が描き,他も校正をさせて頂いた.そのなかで,one stitch saves nineを念頭に1針1針のbite-pitchまたone procedureごとの意味が読者にわかるように心掛けた.
 外科医であれば誰もが早く手術の名人になりたいと思うはずである.しかし,手術の習得には絶対的な経験数が必要であり,名人の域に達するには相当な数の症例を執刀する必要がある.現実的には症例数は施設によって大きな差があることが多く,各人の経験値の幅はかなり大きい.しかし手術の名人ではなくとも,ある程度の技能レベルをもつ外科医であれば,心臓・大動脈手術といえども手術適応のある患者に対して適切で安全な手術を行うことは可能である.本書はそのための指南書でありガイドブックである.周知のように手術には基本となる“戦略と手技”があり,また“コツと勘所”が存在する.アプローチ法や補助手段などを含めて何を・いつ・どのように治すかが戦略であり,そのための外科的手技や技能が基本手技である.しかし,手術には落とし穴があり,経験の少ない者は容易に足を掬われる.本書はそれを防ぐための重要なポイント,すなわち勘所を明示している.また本書には多くのコツが提示されているが,それは名人になるためのものではなく,良い手術を行うためのヒント,すなわちtipsである.なぜなら熟練のいるコツ(knack)は外科医各人が個々に習得するものだからである.外科は日進月歩であり,新しいものは常に魅力的である.しかし,手術は医療であり挑戦や試行と捉えることは誤りである.本書もこの倫理規範のもとに執筆されている.
 本書が良医を目指す若い心臓血管外科医の終生の指南書となることを切望して止まない.
 最後に世阿弥の至言「稽古は強かれ,情識はなかれ」と「離見の見」を贈る.誠に僭越ながらこれらの意味するところを会得され,手術の際に是非とも熟慮されたい.
 末筆非礼ながら,医学書院の坂口順一氏,林 裕氏,片山智博氏と種々の応援を頂いた早稲田大学の梅津光生教授に心よりの御礼を申し上げる.また多忙の中,快く執筆の労をとられたエキスパートの諸先生方に心より敬意と深謝を表する.

 2018年 初夏 文京西片の小庵にて 亡き母に献ぐ
 小坂眞一

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第1章 心臓・胸部大動脈外科の基本テクニック
 1 開心術の基本テクニックと心房中隔欠損症手術の注意点
 2 心筋保護法と術中エコー検査
 3 各種開胸法,送血法と脳・脊髄保護法
 4 運針法,結紮法,剥離法
 5 心臓大血管手術の術前リスク評価

第2章 大動脈弁手術
 1 大動脈弁置換術―大動脈弁の解剖と基本テクニック
 2 狭小弁輪を伴う大動脈弁狭窄症に対する大動脈弁置換術
 3 大動脈弁形成術
 4 自己心膜を使用した大動脈弁再建術
     ―Aortic valve neocuspidization(Ozaki procedure)

第3章 大動脈基部手術
 1 大動脈弁輪拡張症の手術適応と治療戦略
 2 Bentall手術の基本テクニック
 3 Bentall手術の応用テクニック
 4 大動脈弁温存手術―Reimplantation法
 5 自己弁温存大動脈基部置換術―弁輪形成併用remodeling法

第4章 僧帽弁手術
 1 僧帽弁置換術―僧帽弁の解剖と基本テクニック
 2 僧帽弁輪石灰化症例に対する僧帽弁置換術の工夫
 3 僧帽弁形成術の基本戦略とテクニック
 4 僧帽弁逆流に対するループテクニックによる僧帽弁形成術
 5 僧帽弁逆流に対する形成術(後尖逸脱例)
 6 虚血性僧帽弁逆流に対する形成術
 7 Barlow病に対する僧帽弁形成術

第5章 三尖弁手術
 1 機能性三尖弁逆流症に対する弁形成・弁置換術

第6章 感染性心内膜炎手術
 1 感染性心内膜炎に対する外科治療のタイミングと基本戦略
 2 活動期感染性心内膜炎・人工弁感染に対する大動脈弁・基部手術
 3 感染性心内膜炎・人工弁感染に対する僧帽弁手術

第7章 冠動脈手術(1)―グラフト採取法
 1 超音波メスを用いた内胸動脈剥離法
 2 電気メス・クリップによる内胸動脈剥離法
 3 通常法による大伏在静脈と橈骨動脈のグラフト採取法
 4 内視鏡下大伏在静脈グラフト採取法
 5 内視鏡下橈骨動脈グラフト採取法
 6 ハーモニックスカルペルによる右胃大網動脈採取法

第8章 冠動脈手術(2)―吻合法
 1 冠動脈バイパス術(CABG)の基本戦略とテクニック
 2 心筋保護液の追加を要さないconventional CABG
 3 Off-pump CABG(OPCAB)の適応と基本手技
 4 in situ BITA+free RA/RGEA(I-composite graft)による多枝OPCAB
 5 in situ BITA+in situ RGEAによる多枝OPCAB
 6 心拍動下onlay graftingの戦略とテクニック
 7 内胸動脈―大動脈側吻合法
 8 各種吻合デバイスを用いた中枢側吻合法
 9 MICS on-pump CABG
 10 両側内胸動脈を用いたMICS off-pump CABG

第9章 弁膜症と冠動脈の合併手術
 1 冠動脈バイパス術と大動脈弁置換術との同時手術
 2 僧帽弁置換/形成術+冠動脈バイパス術

第10章 左室瘤手術と左室形成術
 1 左室瘤手術の適応と基本戦略
 2 Overlapping法+乳頭筋接合術
 3 ELIET法
 4 Dor/SAVE手術

第11章 心室中隔穿孔手術
 1 心室中隔穿孔の診断と外科的治療戦略
 2 心室中隔穿孔に対する改良型梗塞除外手術(exclusion法)
 3 Non exclusion法(single patch/double patch repair法,その他の方法)
 4 経右室「拡大サンドイッチ法(extended sandwich patch technique)」

第12章 胸部大動脈手術
 1 上行大動脈置換術
 2 全弓部大動脈置換術(非広範囲)
 3 全弓部大動脈置換術(広範囲)
 4 肋間動脈再建を伴う下行大動脈置換術(広範囲)
 5 デブランチ TEVARの適応とテクニック

第13章 大動脈解離手術
 1 急性大動脈解離治療の基本戦略
 2 急性大動脈解離(A型)に対する全弓部大動脈置換術
     ―オープンステントグラフト手術
 3 急性大動脈解離(A型)に対する全弓部大動脈置換術
     ―Elephant trunk法
 4 慢性大動脈解離(B型)に対する全弓部大動脈置換術
     ―Frozen elephant trunk法
 5 急性および慢性大動脈解離に対するTEVAR

第14章 胸腹部大動脈瘤手術
 1 胸腹部大動脈瘤治療の戦略と術式
 2 胸腹部大動脈置換術(Crawford I・II型)
 3 胸腹部大動脈置換術(Crawford III・IV型)

第15章 低侵襲・小切開心臓手術(MICS)
 1 腋窩切開大動脈弁置換術(TAX AVR)
 2 大動脈弁置換術(前方開胸)―MICS AVR
 3 僧帽弁形成術(右前側方小開胸)
 4 完全内視鏡下僧帽弁形成術
 5 3D完全内視鏡下僧帽弁形成術

第16章 経カテーテル大動脈弁留置術(TAVI)
 1 各種外科的アプローチの適応とテクニック
 2 TAVIの合併症手術

第17章 不整脈・心房細動手術
 1 メイズ手術の適応とテクニック
 2 心筋電極の植え込み手術(CRT,CRT-D)

第18章 補助人工心臓と心臓移植術
 1 植え込み型補助人工心臓の適応とテクニック
 2 心臓移植手術の適応とテクニック

第19章 心臓粘液腫手術
 1 心臓粘液腫の診断と手術テクニック

第20章 冠動脈瘻手術
 1 冠動脈瘻の診断と手術テクニック

第21章 肺血栓塞栓症手術
 1 肺血栓塞栓症の急性および慢性期の外科治療

第22章 腹部大動脈瘤手術
 1 腹部大動脈瘤の治療戦略とテクニック

第23章 胸骨骨髄炎・縦隔炎の治療
 1 胸骨骨髄炎・縦隔炎の治療戦略

略語一覧
索引

Column
 Schäfers caliper
 Valsalvaグラフト
 僧帽弁形成術に伴うSAMとその対策
 4針側側吻合
 Flowを制す
 Adamkiewicz動脈
 再開胸におけるアプローチと戦略

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次世代に継承したい手術手技
書評者: 松宮 護郎 (千葉大大学院教授・心臓血管外科学)
 近年,循環器疾患の治療においては“低侵襲”という大きなキーワードのもとに,次々と新しいデバイスが登場し,内科と外科の境界があいまいになりつつある。そういった流れに乗った新しいテクノロジーを,遅れることなく治療に取り入れていく必要性は多くの心臓血管外科医が感じているところであろう。一方で,いくつかの合併する心臓・血管病変をいっぺんに,しかも完璧に治療でき,なおかつ長期にわたって効果を維持できる外科手術の素晴らしさは,多くの心臓血管外科医が誇りにしているところであろう。特にわが国では,さまざまな領域で欧米とは異なった治療方針や手術方法が採用され,極めてよい成績が収められてきている。こういった,わが国で築き上げられてきた知識,技術は,将来この分野を担ってくれる若い外科医にしっかりと伝承していく必要があろう。

 本書はそういった意味で極めて貴重な心臓血管外科手術の手技に特化した解説書である。長年,心臓血管外科の最前線で活躍してこられ,また熱心に次世代の心臓血管外科医育成に取り組んでこられた小坂眞一先生の編著によるものであり,日本全国のトップサージャンが熱意を持って自分の確立してきた手術を解説している。

 これまでの多くの教科書とは異なり,病気の解説や手術適応に関する記載は最小限にとどめられ,おのおのの術者が得意とする手術を,手技に特化して詳細に記述している。おのおのの外科医がこれまでの長い経験から,成功のために最も大切にしているところ,まさにタイトルにある通りの“勘所”を中心において記載した解説書となっている。また,各項目の中には,Q&Aの項目が設けられており,よく学会で問題になる細かな手技の選択や,コントラバーシーについても詳しく触れられている。これも小坂先生ならではのお考えによるものであろう。

 本書は心臓血管外科手術に長年全身全霊で取り組んできた外科医たちの軌跡である。美しき手術をめざし,あくなき技術の革新と成績向上に取り組んできた日本の心臓血管外科医の努力は,必ずや本書を手にした次世代の心臓血管外科医に伝わるであろうことを確信している。

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