ENGアトラス
めまい・平衡機能障害診断のために
著者の長年にわたる臨床経験に裏付けされた渾身の1冊
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めまい・平衡機能障害の他覚的所見としての眼振や異常眼球運動は、電気眼振検査(ENG)により正確に記録され、診断・治療に大きく貢献する。本書には、著者が長年にわたり記録した多数のENG記録が収載され、その豊富な経験をもとに解説されている。さらに、めまい・平衡機能障害に関係ある疾患の特徴についての説明が的確になされ、その分野の診療に従事する医師、臨床検査技師、看護師等の座右の書となる1冊である。
著 | 小松崎 篤 |
---|---|
発行 | 2017年05月判型:A4頁:448 |
ISBN | 978-4-260-02131-9 |
定価 | 9,020円 (本体8,200円+税) |
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- 序文
- 目次
- 書評
- 正誤表
序文
開く
序
眼振や異常眼球運動の病態生理の研究は20世紀後半から飛躍的な進歩を遂げて現在に至っている。
一方,めまい・平衡障害を主症状とする疾患では,その他覚的所見として眼振や異常眼球運動が出現してそれらの所見は病巣局在診断,病状の推移あるいは治療の効果判定に貢献することが知られている。
従来,眼球運動異常は肉眼観察が主であったが,他覚的に記録することにより,記録として残るのみだけではなく定量的な検討を加えることが可能となった。この記録法として電気眼振計(electronystagmography:ENG)がある。
本書ではめまい・平衡障害あるいは異常眼球運動の症例に対してENGで記録することにより病態の把握に貢献することを主眼に執筆された。
ENGの記録においては単に自発徴候を記録するのみならず,視刺激あるいは前庭刺激を負荷することにより,より詳細な病巣局在診断が可能となっている。
めまい・平衡障害の症例が対象となるため末梢前庭系のみならず,小脳や脳幹障害を中心とした中枢前庭系疾患も対象となり,検査法の診断的意義のみならず,各疾患に出現する眼振や異常眼球運動の実際の記録を示すことにより,各々の疾患のもつ特徴も解説した。
ただ,得られた記録の解釈のためには患者の示す眼振や異常眼球運動が的確に記録されていることが重要で,アーチファクトの少ない記録をとるためには記録中に出現するアーチファクトについての知識も必要となる。そのためアーチファクトの内容のみならず,それらの対応についても記載した。
一方,めまい・平衡障害の諸疾患に対して得られた所見の病態生理学的解釈は臨床の場に携わるものにとって重要なことではあるが,アトラスという本書の趣旨の範囲内とした。なお,疾患によっては記録の解釈のみならず疾患のもつ問題点にも言及したところもある。
本書には700余のENG記録が示されているが,その90%以上の記録は過去10年来著者自身が診療に当たっている現場で得られた症例が選ばれており,症例の特徴をより明確に提示するため大多数の記録は著者自身が記録したスライドを使用していることを付言する。その理由として的確な記録は病態の解明に役立つことは当然であるが,得られた記録の解釈については現在十分でないことでも,将来この分野の進歩によってより的確な解釈がなされる可能性があり,そのためにも明確な記録の必要性が問われることになるためその点にも配慮した。
一方,ENG記録になじみの少ない読者にも各疾患の特徴を理解できるように配慮してある。
本書の出版にあたっては,千葉大学神経内科・服部孝道前教授(現名誉教授),小林誠博士に患者の紹介など諸種のご協力を,また東邦大学佐倉病院耳鼻咽喉科・山本昌彦前教授(現名誉教授),吉田友英准教授には文献渉猟などでご尽力を,さらに神田耳鼻咽喉科・神田敬院長にもご協力いただいたことを申し述べたい。なお,藤本容子氏には原稿作成などにつきご尽力をいただいたことに感謝を申し上げたい。
さらに,本著の作成に関して長期間にわたり忍耐をいただいた林裕氏はじめ医学書院の方々には原稿校正など多くのお世話になったことに改めて御礼申し上げる。
本書がめまい・平衡障害の実際の臨床の場に携わる医師,臨床検査技師,看護師らに何らかの参考になれば存外の喜びである。
平成29年4月吉日
著者 識
眼振や異常眼球運動の病態生理の研究は20世紀後半から飛躍的な進歩を遂げて現在に至っている。
一方,めまい・平衡障害を主症状とする疾患では,その他覚的所見として眼振や異常眼球運動が出現してそれらの所見は病巣局在診断,病状の推移あるいは治療の効果判定に貢献することが知られている。
従来,眼球運動異常は肉眼観察が主であったが,他覚的に記録することにより,記録として残るのみだけではなく定量的な検討を加えることが可能となった。この記録法として電気眼振計(electronystagmography:ENG)がある。
本書ではめまい・平衡障害あるいは異常眼球運動の症例に対してENGで記録することにより病態の把握に貢献することを主眼に執筆された。
ENGの記録においては単に自発徴候を記録するのみならず,視刺激あるいは前庭刺激を負荷することにより,より詳細な病巣局在診断が可能となっている。
めまい・平衡障害の症例が対象となるため末梢前庭系のみならず,小脳や脳幹障害を中心とした中枢前庭系疾患も対象となり,検査法の診断的意義のみならず,各疾患に出現する眼振や異常眼球運動の実際の記録を示すことにより,各々の疾患のもつ特徴も解説した。
ただ,得られた記録の解釈のためには患者の示す眼振や異常眼球運動が的確に記録されていることが重要で,アーチファクトの少ない記録をとるためには記録中に出現するアーチファクトについての知識も必要となる。そのためアーチファクトの内容のみならず,それらの対応についても記載した。
一方,めまい・平衡障害の諸疾患に対して得られた所見の病態生理学的解釈は臨床の場に携わるものにとって重要なことではあるが,アトラスという本書の趣旨の範囲内とした。なお,疾患によっては記録の解釈のみならず疾患のもつ問題点にも言及したところもある。
本書には700余のENG記録が示されているが,その90%以上の記録は過去10年来著者自身が診療に当たっている現場で得られた症例が選ばれており,症例の特徴をより明確に提示するため大多数の記録は著者自身が記録したスライドを使用していることを付言する。その理由として的確な記録は病態の解明に役立つことは当然であるが,得られた記録の解釈については現在十分でないことでも,将来この分野の進歩によってより的確な解釈がなされる可能性があり,そのためにも明確な記録の必要性が問われることになるためその点にも配慮した。
一方,ENG記録になじみの少ない読者にも各疾患の特徴を理解できるように配慮してある。
本書の出版にあたっては,千葉大学神経内科・服部孝道前教授(現名誉教授),小林誠博士に患者の紹介など諸種のご協力を,また東邦大学佐倉病院耳鼻咽喉科・山本昌彦前教授(現名誉教授),吉田友英准教授には文献渉猟などでご尽力を,さらに神田耳鼻咽喉科・神田敬院長にもご協力いただいたことを申し述べたい。なお,藤本容子氏には原稿作成などにつきご尽力をいただいたことに感謝を申し上げたい。
さらに,本著の作成に関して長期間にわたり忍耐をいただいた林裕氏はじめ医学書院の方々には原稿校正など多くのお世話になったことに改めて御礼申し上げる。
本書がめまい・平衡障害の実際の臨床の場に携わる医師,臨床検査技師,看護師らに何らかの参考になれば存外の喜びである。
平成29年4月吉日
著者 識
目次
開く
I ENGの歴史
II ENGの原理
III ENGの利点と欠点
1 ENGの利点
2 ENGの欠点
IV ENG記録の実際
第1章 記録時の注意事項
A ENG機器および周辺機器についての注意点
B 患者に対しての注意点
第2章 ENGにおけるよい記録とは何か
第3章 電極の接着
A 両眼が共同眼球運動をする場合の接着法
B 左右の眼が非共同眼球運動の場合の接着法
第4章 眼球運動の原波形および速度波形の較正
第5章 眼振波形の計測
第6章 AC記録とDC記録
第7章 ENG記録のアーチファクト
A 機械的なアーチファクト
B 生体的なアーチファクト
V 眼振の記録と検査法
第1章 自発眼振検査
A 水平性眼振
B 垂直性眼振
C 回旋性眼振
D 周期性交代性眼振
第2章 注視眼振検査
第3章 非注視下の記録
第4章 視刺激による検査
A 2点交互注視検査
B random saccadeの検査
C 急速眼球運動系の検査
D 視標追跡検査
E 視運動眼振検査
F 視運動後眼振検査
第5章 前庭刺激による検査
1 頭位眼振検査
2 頭振眼振検査
3 温度刺激眼振検査
4 visual suppression test
5 回転眼振検査
VI 各疾患におけるENG記録所見
第1章 末梢前庭障害総論
A 急性障害
B 慢性障害
第2章 末梢前庭障害各論
1 メニエール病と遅発性内リンパ水腫
A メニエール病
B 遅発性内リンパ水腫
2 前庭神経炎
3 めまいと急性感音難聴
A めまいを伴う突発性難聴
B 急性低音障害型感音難聴とめまい
C 遅発性内リンパ水腫
D 急性感音難聴後の発作性頭位めまい症
E 急性感音難聴と聴神経腫瘍
F めまいを伴う突発性難聴類似の中枢性疾患
4 良性発作性頭位めまい症
A 良性発作性頭位めまい症の歴史的背景
B BPPVの分類
C 症候学的特徴
D 方向交代向地性眼振
E 方向交代背地性眼振
F 外側半規管型BPPVにおける患側の決定
5 内耳炎
A 限局性内耳炎
B ウイルス性内耳炎
C ハント症候群
D 梅毒性内耳炎
6 両側性前庭障害
A 両側性前庭障害における急性障害と慢性障害
B 特発性両側性前庭障害
C 特発性両側性前庭障害と小脳失調症の合併
7 聴神経腫瘍と小脳橋角部障害
A 一側性聴神経腫瘍
B 両側性聴神経腫瘍
C 小脳橋角部髄膜腫
D その他の小脳橋角部障害
第3章 中枢性疾患
1 脳幹障害と眼球運動の異常
A 延髄障害
B 橋部脳幹障害
1.外転神経核障害
2.内側縦束の障害(内側縦束症候群:MLF 症候群)
3.橋部脳幹網様体傍正中帯(PPRF)の障害
C 中脳障害
1.動眼神経麻痺
2.進行性核上性麻痺
3.中脳背側部障害
2 小脳障害と眼球運動の異常
A 小脳障害総論
1.自発性眼球運動
(1)水平性自発眼振
(2)自発性下眼瞼向き垂直眼振
(3)周期性交代性眼振
(4)square wave jerks(SWJ)
(5)ocular flutter,opsoclonus
(6)transitory alternating saccadic jump
2.誘発性眼球運動
(1)視刺激で誘発される眼球運動の異常
(2)前庭刺激で誘発される眼球運動の異常
B 脊髄小脳変性症
1.孤発性皮質性小脳変性症
2.多系統萎縮症
3.ウェルニッケ症候群
4.傍腫瘍性小脳変性症
5.遺伝性脊髄小脳変性症
(1)脊髄小脳失調症 1(SCA1)
(2)脊髄小脳失調症 2(SCA2)
(3)脊髄小脳失調症 3(SCA3,MJD)
(4)脊髄小脳失調症 6(SCA6)
(5)脊髄小脳失調症 8(SCA8)
C その他の小脳疾患
3 大脳障害と眼球運動の異常
第4章 先天性眼振
A 眼振と平衡障害
B 眼振の波形
C 注視による眼振の増強
D 先天性眼振に対する閉眼の影響
E 先天性眼振と視標追跡検査
F 先天性眼振と視運動刺激-いわゆる錯倒現象について
G 先天性周期性交代性眼振
H 潜伏性眼振
I 家族性先天性眼振
J 先天性眼振と他疾患との合併
索引
II ENGの原理
III ENGの利点と欠点
1 ENGの利点
2 ENGの欠点
IV ENG記録の実際
第1章 記録時の注意事項
A ENG機器および周辺機器についての注意点
B 患者に対しての注意点
第2章 ENGにおけるよい記録とは何か
第3章 電極の接着
A 両眼が共同眼球運動をする場合の接着法
B 左右の眼が非共同眼球運動の場合の接着法
第4章 眼球運動の原波形および速度波形の較正
第5章 眼振波形の計測
第6章 AC記録とDC記録
第7章 ENG記録のアーチファクト
A 機械的なアーチファクト
B 生体的なアーチファクト
V 眼振の記録と検査法
第1章 自発眼振検査
A 水平性眼振
B 垂直性眼振
C 回旋性眼振
D 周期性交代性眼振
第2章 注視眼振検査
第3章 非注視下の記録
第4章 視刺激による検査
A 2点交互注視検査
B random saccadeの検査
C 急速眼球運動系の検査
D 視標追跡検査
E 視運動眼振検査
F 視運動後眼振検査
第5章 前庭刺激による検査
1 頭位眼振検査
2 頭振眼振検査
3 温度刺激眼振検査
4 visual suppression test
5 回転眼振検査
VI 各疾患におけるENG記録所見
第1章 末梢前庭障害総論
A 急性障害
B 慢性障害
第2章 末梢前庭障害各論
1 メニエール病と遅発性内リンパ水腫
A メニエール病
B 遅発性内リンパ水腫
2 前庭神経炎
3 めまいと急性感音難聴
A めまいを伴う突発性難聴
B 急性低音障害型感音難聴とめまい
C 遅発性内リンパ水腫
D 急性感音難聴後の発作性頭位めまい症
E 急性感音難聴と聴神経腫瘍
F めまいを伴う突発性難聴類似の中枢性疾患
4 良性発作性頭位めまい症
A 良性発作性頭位めまい症の歴史的背景
B BPPVの分類
C 症候学的特徴
D 方向交代向地性眼振
E 方向交代背地性眼振
F 外側半規管型BPPVにおける患側の決定
5 内耳炎
A 限局性内耳炎
B ウイルス性内耳炎
C ハント症候群
D 梅毒性内耳炎
6 両側性前庭障害
A 両側性前庭障害における急性障害と慢性障害
B 特発性両側性前庭障害
C 特発性両側性前庭障害と小脳失調症の合併
7 聴神経腫瘍と小脳橋角部障害
A 一側性聴神経腫瘍
B 両側性聴神経腫瘍
C 小脳橋角部髄膜腫
D その他の小脳橋角部障害
第3章 中枢性疾患
1 脳幹障害と眼球運動の異常
A 延髄障害
B 橋部脳幹障害
1.外転神経核障害
2.内側縦束の障害(内側縦束症候群:MLF 症候群)
3.橋部脳幹網様体傍正中帯(PPRF)の障害
C 中脳障害
1.動眼神経麻痺
2.進行性核上性麻痺
3.中脳背側部障害
2 小脳障害と眼球運動の異常
A 小脳障害総論
1.自発性眼球運動
(1)水平性自発眼振
(2)自発性下眼瞼向き垂直眼振
(3)周期性交代性眼振
(4)square wave jerks(SWJ)
(5)ocular flutter,opsoclonus
(6)transitory alternating saccadic jump
2.誘発性眼球運動
(1)視刺激で誘発される眼球運動の異常
(2)前庭刺激で誘発される眼球運動の異常
B 脊髄小脳変性症
1.孤発性皮質性小脳変性症
2.多系統萎縮症
3.ウェルニッケ症候群
4.傍腫瘍性小脳変性症
5.遺伝性脊髄小脳変性症
(1)脊髄小脳失調症 1(SCA1)
(2)脊髄小脳失調症 2(SCA2)
(3)脊髄小脳失調症 3(SCA3,MJD)
(4)脊髄小脳失調症 6(SCA6)
(5)脊髄小脳失調症 8(SCA8)
C その他の小脳疾患
3 大脳障害と眼球運動の異常
第4章 先天性眼振
A 眼振と平衡障害
B 眼振の波形
C 注視による眼振の増強
D 先天性眼振に対する閉眼の影響
E 先天性眼振と視標追跡検査
F 先天性眼振と視運動刺激-いわゆる錯倒現象について
G 先天性周期性交代性眼振
H 潜伏性眼振
I 家族性先天性眼振
J 先天性眼振と他疾患との合併
索引
書評
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多数の美しいENG記録と明確な解説
書評者: 宮田 英雄 (岐阜大名誉教授/一宮西病院名誉院長)
近時,世の中は不安定でストレスが多く,生活習慣病も多く,その上高齢者社会になり,めまい・平衡機能障害患者が増えている。これらの患者への対応として,病歴をよく聴いて自覚症状を知ると同時に平衡機能検査を行って他覚的所見を把握し,診断と治療をすることが必要である。検査には体平衡検査と眼運動(眼振)検査がある。前者で平衡障害の特徴を知り,後者で眼振や異常眼運動が出現すれば,それらの所見は病巣局在診断,病状の推移や治療効果判定に貢献することが大きい。
従来,眼球運動異常は肉眼観察が主であったが,他覚的に記録することにより,記録として残るのみではなく定量的な検討を加えることが可能となった。この記録法として電気眼振計(electoronystagmography:ENG)がある。
このたび,小松崎篤先生(医科歯科大名誉教授)執筆による本書が出版された。これはまさにめまい・平衡機能障害の臨床に半世紀にわたり従事された著者渾身の力作である。
芸術的ともいえる眼球運動のENG記録700点余が収載されている。
近年,眼にゴーグルを掛け光学眼振計の原理を利用して眼球運動を記録する方法がある。この方法は,電極の接着を必要としないこと,ノイズの少ないことなどの利点があるが,閉眼の記録ができないのが欠点である。前庭性眼振では開眼や暗所開眼で眼振出現が十分でなくても閉眼の状態で眼振が出現することがあり,これはめまいの他覚的所見として重要であると指摘している(V-3章「非注視下の記録」参照)。
きれいなアーチファクトのない役立つENGを記録することは大変に苦労する。「IV.ENG記録の実際」に1~7章にわたって懇切丁寧に述べられているので,まず熟読してそのコツをつかんでほしい。そして自らが診療に当たり電極接着から行い,ENG記録に馴染むことで,眼振や異常眼球運動が示す病態が理解できるようになると思う。
内容の全体を紹介する。「I.ENGの歴史」「II.ENGの原理」「III.ENGの利点と欠点」「IV.ENG記録の実際」「V.眼振の記録と検査法(自発眼振検査,注視眼振検査,非注視下の記録,視刺激による検査,前庭刺激による検査)」「VI.各疾患におけるENG記録所見〔末梢前庭障害総論,末梢前庭障害各論(メニエール病と遅発性内リンパ水腫,前庭神経炎,めまいと急性感音難聴,良性発作性頭位めまい症,内耳炎,両側性前庭障害,聴神経腫瘍と小脳橋角部障害),中枢性疾患(脳幹障害と眼球運動の異常,小脳障害と眼球運動の異常,大脳障害と眼球運動の異常),先天性眼振〕」の筋立てである。
これらの全編にわたり,長年の多数の明快で美しいENG記録を示して,所見の意味付け,疾患のその背景にある病態が明確に解説され,同時に今後解決すべき問題点も指摘されている。参考文献も多く示されている。その分野の診療に従事する医師,臨床検査技師,看護師などに大いに活用してほしい有用な書である。
著者の熱い思いが伝わる随一の解説書
書評者: 加我 君孝 (東大名誉教授)
著者の小松崎篤先生(医科歯科大名誉教授)は,半世紀にわたりめまい・平衡障害の基礎と臨床に取り組んでこられたわが国の神経耳科学の大家であり,小生が研修医の頃からの師でもある。小生は小松崎先生よりかねてから本書を構想していることをうかがっていたが,A4判448ページの大冊の本書を手にして感慨深いものがある。
脳波は100年,ENGは50年の歴史がある。脳波によりてんかんの大脳皮質の電気現象がわかるようになった。ENGは眼振の記録や異常眼球運動の記録により半規管,脳幹,小脳,大脳の病巣を眼球運動の電気現象として記録することで診断に大きな貢献をしてきた。
本書の構成はENGの「歴史」「原理」「利点と欠点」「記録の実際」「眼振の記録と検査法」「各疾患におけるENG記録所見」に分けて,小松崎先生の豊富なENGコレクションを例に出して“考えさせる”べく記述している。
本書は症例のENG記録を例示し,どのような病態生理が背後にあるか解説しており,その“語り”は“白熱授業”的であり,著者の思いが熱く伝わってくる。昭和46年,卒業するや否や小生は東大耳鼻科に入局し,毎週金曜日のめまい外来に参加して勉強した。午後に患者の診察を行い,フレンツェル眼鏡で眼振を観察し,神経学的チェックの後,夕方の6時頃から鈴木淳一先生を中心とした症例検討会が全員でENGを見ながら行われた。その時,小松崎先生はENGを誰よりも細かく読み,口角泡を飛ばすという表現がぴったりの熱心さであった。夜10時になっても終わることのない検討会であった。その後先生はニューヨークのMount Sinai医科大学に留学し,サルを用いて橋部のPPRFが急速眼球運動の中枢であることを発見した。先生は特にめまいの中枢の病態の電気生理に詳しく,その解説は魅力に富んでいる。今後,本書のような深読みのENGの解説書を超えるものを得るのは難しいであろう。耳鼻咽喉科専門医試験にはENGがしばしば問題として出されるので,腰を据えて勉強するのにうってつけの質の高い最新のテキストである。ただし,大脳の局在病巣のENG記録と幼小児の回転検査の記録は今回は掲載されていないので続編を期待したい。
神経内科医に必須のENGアトラス
書評者: 廣瀬 源二郎 (浅ノ川総合病院脳神経センター長)
めまい・平衡障害患者を取り扱う医師にとり,眼球運動異常を診断することは非常に重要である。今回,めまい・平衡障害分野の名医として広く知られている著者が,半世紀にわたる経験を基に自身で重要な眼振症例を注意深く記録として残されたものを広く公に発刊されたのが本書であり,まさに渾身の著作である。
診察時に肉眼観察で眼球運動異常の有無を捉えて診断するのがわれわれ一般の臨床医である。その際重要な症例はビデオ記録として残すのが一般的である。それに加えてさらに他覚的定量的分析記録として角膜網膜電位差を応用した眼振図(ENG)を残し,後々に種々の定量的検討を加えることでめまい病態を把握することができるわけである。光学法や強膜サーチコイル法に劣るとはいえ,注意深くENGを記録することは患者側の負担も軽く臨床的には十分すぎる眼振検査法である。
アーチファクトのほとんどない700以上のENG記録が必ずカリブレーション(較正)とともに収められたこのアトラスは見事であり,めまい患者を取り扱う臨床医にとりその病態把握の際にひもとくべき必携の教科書となるアトラスといえよう。本書の前半ではENGの歴史,原理から始まり,利点・欠点にも触れ,いかに誰もが納得する記録を残すかが余すところなく書かれている。これに加え各疾患の典型的ENG記録が末梢性前庭疾患のみならず,中枢性疾患についても触れられており,簡単な症例の病歴・所見の記載とともに異常眼位の写真,MRI所見も示されて脳幹障害,小脳障害のみならず大脳障害による眼球運動の異常症例は全て網羅されており,さらに眼科的疾患である先天性眼振についても詳細に記載されている,まさに百科事典的アトラスである。
とかく神経内科医は,めまい患者を耳鼻科へ紹介することが多いが,真性めまいの半数近くは中枢性疾患をその病因とすることから積極的に眼運動検査に精通する必要があり,いわゆる神経耳科学的素養として眼球運動異常の捉え方をマスターすべきである。本書を精読することでめまい・平衡障害の診断力を高め,方向一定性末梢性眼振のみならず,注視眼振や垂直性中枢性眼振,Wallenberg症候群でみられる回旋性眼振,小脳結節病変による周期性方向交代性眼振などの中枢性眼振の病態を把握して神経診察を補填することが必要である。そのために神経内科医に必須な机上の参考書として常備したいアトラスであり,真剣に神経診察に精を出す神経内科医にぜひお薦めしたい。
ENGの重要性を再認識させる著者渾身の一冊
書評者: 山本 昌彦 (東邦大名誉教授)
この度,医学書院から『ENGアトラス』が出版された。著者は小松崎篤先生(医科歯科大名誉教授)である。
小松崎先生は,わが国のめまい・平衡障害疾患を牽引してきた先生で,この世界では知らない人はいない。先生は,私の師匠であり恩師である。既に大学を退職されてから20年近くになった今,なぜENG(electronystagmography)なのだろうか。また,このような400ページを優に超える著書のなかに芸術的ともいえる700余枚のENG記録を収録して出版されるエネルギーに,弟子の私は唖然となり,内容を見て二度三度と感激している。
先生はENG機器が真空管で作られた時代からトランジスター・半導体になって安定性が得られるようになった現在までENGのJIS規格(JEITA規格)や機器の改善に尽力されており,現在でも必要に応じて自ら外来でENG記録を行っている。そのためENGの性質については全てを熟知し,その知識を網羅した著書と言うことができ,ENG記録の基本から高度な診断力を有する異常眼運動までがこの一冊に凝集されている。
現在は,赤外線ビデオカメラによる眼振や異常眼運動の観察が多く行われるようになってきたが,VTR記録をしていなければ戻って再観察することはできない。記録した動画を何度も反復させるのも面倒な操作である。また,同じ動画の眼運動を何度も繰り返して観察しなければ,どのような異常を示しているのかがわかりにくい場合も多々ある。ENGは,記録紙を広げることで,じっくり判断が可能である。赤外線ビデオカメラとENGについては,それぞれの利点・欠点はあるが,それぞれの欠点を補うためには双方での検査記録が重要である。従来のENGの欠点として回旋性眼振の記録ができないことが挙げられる。一方,赤外線ビデオカメラ,あるいはそれを利用した回旋性眼振の記録器も臨床に応用されているが,閉眼時の眼球運動の記録ができないことが欠点で,特に末梢前庭系疾患では暗所開眼より閉眼で暗算負荷のほうが眼振の出現率が大きいことは本書でも示されている。
ENG検査は,現在,臨床検査技師の行う生理機能検査部門として行われるようになってきた。医師が週に1~2件の検査を行うくらいではなかなかきれいで正確なENG記録はできない。長くENG検査を行ってきた臨床検査技師は,安定した記録ができ,さらに経験を積むに従ってきれいな記録ができるようになっている。耳鼻咽喉科がめまい疾患の紹介を受ける機会が多くなっている現在,病院などの医療機関には十分なENG検査ができる設備が必要である。小脳の変性疾患の早期発見は,ENGなしには進まない。
重大な疾患を見逃すわけにはいかないと言われるこの時期に,ENGに関わる専門書が出版されたことは,今後の診療形態に改めてENGの重要性を再認識させてくれる。耳鼻咽喉科医はもとより,神経内科医,脳神経外科医,眼科医には必携の書である。また,ENGの記録の見本となるアトラスがふんだんにあり,臨床検査技師にもわかりやすい。さらには,めまい・平衡障害の疾患についての説明が網羅されており,医師のみでなく臨床検査技師,看護師などにも推薦したい書である。
豊富な臨床経験に基づく実践的アトラス
書評者: 水澤 英洋 (国立精神・神経医療研究センター・理事長)
この度,医学書院から待望の『ENGアトラス』が出版された。ENG (Electronystagmograhy,電気眼振計)とは言うまでもなく,眼振を含む眼球運動の電気的な記録・検査のことである。眼振や眼球運動の異常はめまいや平衡障害時に多く出現し,病変部位や原因疾患を同定する上で極めて有用であるが,その診察所見を客観的かつ定量的に記録し,分析や比較を可能としてくれるのがENGである。めまいや平衡障害を扱う耳鼻咽喉科,特に神経耳科,神経内科,脳神経外科などにおいては必須の検査である。ENGは基本的に両眼の上下,左右に付けた電極で両側の眼球の上下,左右の動きの速度,加速度,振幅が表示される。
著者の小松崎篤先生は日本耳鼻咽喉科学会理事長も歴任された斯界の大家であるが,特に神経耳科学の領域では世界を代表する第一人者であり,PPRF(paramedian pontine reticular formation)の発見,OKP(optokinetic pattern test)の開発などその業績は枚挙に暇がない。この『ENGアトラス』は700件もの図のほとんどが自験例という,まさに小松崎先生ならではの快挙といえる。
本書はA4サイズで438ページに及ぶ大著であるが,アトラスという性格上大判なのは自然ともいえる。構成は非常にわかりやすく,第一部「総論」,第二部「各論」と大別され,前者には,歴史,原理,長所と短所,記録の実際,各種の検査法が含まれている。したがって,単にアトラス(図譜)ではなく一種のマニュアルの役割も果たしていると言える。特に「ENG記録の実際」ではアーチファクトについて12ページにわたって丁寧に記載され,極めて有用である。
各論は末梢前庭障害と中枢神経疾患に大別されており,前者にはメニエール病と遅発性内リンパ腫,前庭神経炎,めまいと急性感音性難聴,良性発作性頭位めまい症,内耳炎,両側性前庭障害,聴神経腫瘍と小脳橋角部障害が含まれ,内耳炎以外は17-30ページの豊富な実例が挙げられている。また,中枢性疾患は脳幹障害と眼球運動の異常(40ページ),小脳障害と眼球運動の異常(105ページ),大脳障害と眼球運動の異常に大別され,病変部位による実例と解説がみられる。我々神経内科医に関係の深い脊髄小脳変性症もここに含まれ,多系統萎縮症だけで4例の症例が提示されている。最後には先天眼振に約30ページが割かれ,その多様性がよく理解できる。
総論,各論共に各章や大きい項の最後には適切な文献が配置され,より詳しい検索の便も図られている。随所の疾患の解説なども豊富な臨床経験に基づく先生ならではのもので,例えば聴神経腫瘍の章ではその名称の由来が簡潔にまとめられている。小職は医学部の学生の頃,当時新進気鋭の小松崎先生の眼球運動の勉強会に参加させていただいたが,その時のことを懐かしく思い出した次第である。
本書はアトラスという性格上も,専門家のみならず初学者や研修医にとっても学ぶところが極めて大きい。神経内科,脳神経外科,小児神経,神経耳科,神経眼科にかかわる全ての医師・研究者の皆さんにお薦めできる一冊である。
書評者: 宮田 英雄 (岐阜大名誉教授/一宮西病院名誉院長)
近時,世の中は不安定でストレスが多く,生活習慣病も多く,その上高齢者社会になり,めまい・平衡機能障害患者が増えている。これらの患者への対応として,病歴をよく聴いて自覚症状を知ると同時に平衡機能検査を行って他覚的所見を把握し,診断と治療をすることが必要である。検査には体平衡検査と眼運動(眼振)検査がある。前者で平衡障害の特徴を知り,後者で眼振や異常眼運動が出現すれば,それらの所見は病巣局在診断,病状の推移や治療効果判定に貢献することが大きい。
従来,眼球運動異常は肉眼観察が主であったが,他覚的に記録することにより,記録として残るのみではなく定量的な検討を加えることが可能となった。この記録法として電気眼振計(electoronystagmography:ENG)がある。
このたび,小松崎篤先生(医科歯科大名誉教授)執筆による本書が出版された。これはまさにめまい・平衡機能障害の臨床に半世紀にわたり従事された著者渾身の力作である。
芸術的ともいえる眼球運動のENG記録700点余が収載されている。
近年,眼にゴーグルを掛け光学眼振計の原理を利用して眼球運動を記録する方法がある。この方法は,電極の接着を必要としないこと,ノイズの少ないことなどの利点があるが,閉眼の記録ができないのが欠点である。前庭性眼振では開眼や暗所開眼で眼振出現が十分でなくても閉眼の状態で眼振が出現することがあり,これはめまいの他覚的所見として重要であると指摘している(V-3章「非注視下の記録」参照)。
きれいなアーチファクトのない役立つENGを記録することは大変に苦労する。「IV.ENG記録の実際」に1~7章にわたって懇切丁寧に述べられているので,まず熟読してそのコツをつかんでほしい。そして自らが診療に当たり電極接着から行い,ENG記録に馴染むことで,眼振や異常眼球運動が示す病態が理解できるようになると思う。
内容の全体を紹介する。「I.ENGの歴史」「II.ENGの原理」「III.ENGの利点と欠点」「IV.ENG記録の実際」「V.眼振の記録と検査法(自発眼振検査,注視眼振検査,非注視下の記録,視刺激による検査,前庭刺激による検査)」「VI.各疾患におけるENG記録所見〔末梢前庭障害総論,末梢前庭障害各論(メニエール病と遅発性内リンパ水腫,前庭神経炎,めまいと急性感音難聴,良性発作性頭位めまい症,内耳炎,両側性前庭障害,聴神経腫瘍と小脳橋角部障害),中枢性疾患(脳幹障害と眼球運動の異常,小脳障害と眼球運動の異常,大脳障害と眼球運動の異常),先天性眼振〕」の筋立てである。
これらの全編にわたり,長年の多数の明快で美しいENG記録を示して,所見の意味付け,疾患のその背景にある病態が明確に解説され,同時に今後解決すべき問題点も指摘されている。参考文献も多く示されている。その分野の診療に従事する医師,臨床検査技師,看護師などに大いに活用してほしい有用な書である。
著者の熱い思いが伝わる随一の解説書
書評者: 加我 君孝 (東大名誉教授)
著者の小松崎篤先生(医科歯科大名誉教授)は,半世紀にわたりめまい・平衡障害の基礎と臨床に取り組んでこられたわが国の神経耳科学の大家であり,小生が研修医の頃からの師でもある。小生は小松崎先生よりかねてから本書を構想していることをうかがっていたが,A4判448ページの大冊の本書を手にして感慨深いものがある。
脳波は100年,ENGは50年の歴史がある。脳波によりてんかんの大脳皮質の電気現象がわかるようになった。ENGは眼振の記録や異常眼球運動の記録により半規管,脳幹,小脳,大脳の病巣を眼球運動の電気現象として記録することで診断に大きな貢献をしてきた。
本書の構成はENGの「歴史」「原理」「利点と欠点」「記録の実際」「眼振の記録と検査法」「各疾患におけるENG記録所見」に分けて,小松崎先生の豊富なENGコレクションを例に出して“考えさせる”べく記述している。
本書は症例のENG記録を例示し,どのような病態生理が背後にあるか解説しており,その“語り”は“白熱授業”的であり,著者の思いが熱く伝わってくる。昭和46年,卒業するや否や小生は東大耳鼻科に入局し,毎週金曜日のめまい外来に参加して勉強した。午後に患者の診察を行い,フレンツェル眼鏡で眼振を観察し,神経学的チェックの後,夕方の6時頃から鈴木淳一先生を中心とした症例検討会が全員でENGを見ながら行われた。その時,小松崎先生はENGを誰よりも細かく読み,口角泡を飛ばすという表現がぴったりの熱心さであった。夜10時になっても終わることのない検討会であった。その後先生はニューヨークのMount Sinai医科大学に留学し,サルを用いて橋部のPPRFが急速眼球運動の中枢であることを発見した。先生は特にめまいの中枢の病態の電気生理に詳しく,その解説は魅力に富んでいる。今後,本書のような深読みのENGの解説書を超えるものを得るのは難しいであろう。耳鼻咽喉科専門医試験にはENGがしばしば問題として出されるので,腰を据えて勉強するのにうってつけの質の高い最新のテキストである。ただし,大脳の局在病巣のENG記録と幼小児の回転検査の記録は今回は掲載されていないので続編を期待したい。
神経内科医に必須のENGアトラス
書評者: 廣瀬 源二郎 (浅ノ川総合病院脳神経センター長)
めまい・平衡障害患者を取り扱う医師にとり,眼球運動異常を診断することは非常に重要である。今回,めまい・平衡障害分野の名医として広く知られている著者が,半世紀にわたる経験を基に自身で重要な眼振症例を注意深く記録として残されたものを広く公に発刊されたのが本書であり,まさに渾身の著作である。
診察時に肉眼観察で眼球運動異常の有無を捉えて診断するのがわれわれ一般の臨床医である。その際重要な症例はビデオ記録として残すのが一般的である。それに加えてさらに他覚的定量的分析記録として角膜網膜電位差を応用した眼振図(ENG)を残し,後々に種々の定量的検討を加えることでめまい病態を把握することができるわけである。光学法や強膜サーチコイル法に劣るとはいえ,注意深くENGを記録することは患者側の負担も軽く臨床的には十分すぎる眼振検査法である。
アーチファクトのほとんどない700以上のENG記録が必ずカリブレーション(較正)とともに収められたこのアトラスは見事であり,めまい患者を取り扱う臨床医にとりその病態把握の際にひもとくべき必携の教科書となるアトラスといえよう。本書の前半ではENGの歴史,原理から始まり,利点・欠点にも触れ,いかに誰もが納得する記録を残すかが余すところなく書かれている。これに加え各疾患の典型的ENG記録が末梢性前庭疾患のみならず,中枢性疾患についても触れられており,簡単な症例の病歴・所見の記載とともに異常眼位の写真,MRI所見も示されて脳幹障害,小脳障害のみならず大脳障害による眼球運動の異常症例は全て網羅されており,さらに眼科的疾患である先天性眼振についても詳細に記載されている,まさに百科事典的アトラスである。
とかく神経内科医は,めまい患者を耳鼻科へ紹介することが多いが,真性めまいの半数近くは中枢性疾患をその病因とすることから積極的に眼運動検査に精通する必要があり,いわゆる神経耳科学的素養として眼球運動異常の捉え方をマスターすべきである。本書を精読することでめまい・平衡障害の診断力を高め,方向一定性末梢性眼振のみならず,注視眼振や垂直性中枢性眼振,Wallenberg症候群でみられる回旋性眼振,小脳結節病変による周期性方向交代性眼振などの中枢性眼振の病態を把握して神経診察を補填することが必要である。そのために神経内科医に必須な机上の参考書として常備したいアトラスであり,真剣に神経診察に精を出す神経内科医にぜひお薦めしたい。
ENGの重要性を再認識させる著者渾身の一冊
書評者: 山本 昌彦 (東邦大名誉教授)
この度,医学書院から『ENGアトラス』が出版された。著者は小松崎篤先生(医科歯科大名誉教授)である。
小松崎先生は,わが国のめまい・平衡障害疾患を牽引してきた先生で,この世界では知らない人はいない。先生は,私の師匠であり恩師である。既に大学を退職されてから20年近くになった今,なぜENG(electronystagmography)なのだろうか。また,このような400ページを優に超える著書のなかに芸術的ともいえる700余枚のENG記録を収録して出版されるエネルギーに,弟子の私は唖然となり,内容を見て二度三度と感激している。
先生はENG機器が真空管で作られた時代からトランジスター・半導体になって安定性が得られるようになった現在までENGのJIS規格(JEITA規格)や機器の改善に尽力されており,現在でも必要に応じて自ら外来でENG記録を行っている。そのためENGの性質については全てを熟知し,その知識を網羅した著書と言うことができ,ENG記録の基本から高度な診断力を有する異常眼運動までがこの一冊に凝集されている。
現在は,赤外線ビデオカメラによる眼振や異常眼運動の観察が多く行われるようになってきたが,VTR記録をしていなければ戻って再観察することはできない。記録した動画を何度も反復させるのも面倒な操作である。また,同じ動画の眼運動を何度も繰り返して観察しなければ,どのような異常を示しているのかがわかりにくい場合も多々ある。ENGは,記録紙を広げることで,じっくり判断が可能である。赤外線ビデオカメラとENGについては,それぞれの利点・欠点はあるが,それぞれの欠点を補うためには双方での検査記録が重要である。従来のENGの欠点として回旋性眼振の記録ができないことが挙げられる。一方,赤外線ビデオカメラ,あるいはそれを利用した回旋性眼振の記録器も臨床に応用されているが,閉眼時の眼球運動の記録ができないことが欠点で,特に末梢前庭系疾患では暗所開眼より閉眼で暗算負荷のほうが眼振の出現率が大きいことは本書でも示されている。
ENG検査は,現在,臨床検査技師の行う生理機能検査部門として行われるようになってきた。医師が週に1~2件の検査を行うくらいではなかなかきれいで正確なENG記録はできない。長くENG検査を行ってきた臨床検査技師は,安定した記録ができ,さらに経験を積むに従ってきれいな記録ができるようになっている。耳鼻咽喉科がめまい疾患の紹介を受ける機会が多くなっている現在,病院などの医療機関には十分なENG検査ができる設備が必要である。小脳の変性疾患の早期発見は,ENGなしには進まない。
重大な疾患を見逃すわけにはいかないと言われるこの時期に,ENGに関わる専門書が出版されたことは,今後の診療形態に改めてENGの重要性を再認識させてくれる。耳鼻咽喉科医はもとより,神経内科医,脳神経外科医,眼科医には必携の書である。また,ENGの記録の見本となるアトラスがふんだんにあり,臨床検査技師にもわかりやすい。さらには,めまい・平衡障害の疾患についての説明が網羅されており,医師のみでなく臨床検査技師,看護師などにも推薦したい書である。
豊富な臨床経験に基づく実践的アトラス
書評者: 水澤 英洋 (国立精神・神経医療研究センター・理事長)
この度,医学書院から待望の『ENGアトラス』が出版された。ENG (Electronystagmograhy,電気眼振計)とは言うまでもなく,眼振を含む眼球運動の電気的な記録・検査のことである。眼振や眼球運動の異常はめまいや平衡障害時に多く出現し,病変部位や原因疾患を同定する上で極めて有用であるが,その診察所見を客観的かつ定量的に記録し,分析や比較を可能としてくれるのがENGである。めまいや平衡障害を扱う耳鼻咽喉科,特に神経耳科,神経内科,脳神経外科などにおいては必須の検査である。ENGは基本的に両眼の上下,左右に付けた電極で両側の眼球の上下,左右の動きの速度,加速度,振幅が表示される。
著者の小松崎篤先生は日本耳鼻咽喉科学会理事長も歴任された斯界の大家であるが,特に神経耳科学の領域では世界を代表する第一人者であり,PPRF(paramedian pontine reticular formation)の発見,OKP(optokinetic pattern test)の開発などその業績は枚挙に暇がない。この『ENGアトラス』は700件もの図のほとんどが自験例という,まさに小松崎先生ならではの快挙といえる。
本書はA4サイズで438ページに及ぶ大著であるが,アトラスという性格上大判なのは自然ともいえる。構成は非常にわかりやすく,第一部「総論」,第二部「各論」と大別され,前者には,歴史,原理,長所と短所,記録の実際,各種の検査法が含まれている。したがって,単にアトラス(図譜)ではなく一種のマニュアルの役割も果たしていると言える。特に「ENG記録の実際」ではアーチファクトについて12ページにわたって丁寧に記載され,極めて有用である。
各論は末梢前庭障害と中枢神経疾患に大別されており,前者にはメニエール病と遅発性内リンパ腫,前庭神経炎,めまいと急性感音性難聴,良性発作性頭位めまい症,内耳炎,両側性前庭障害,聴神経腫瘍と小脳橋角部障害が含まれ,内耳炎以外は17-30ページの豊富な実例が挙げられている。また,中枢性疾患は脳幹障害と眼球運動の異常(40ページ),小脳障害と眼球運動の異常(105ページ),大脳障害と眼球運動の異常に大別され,病変部位による実例と解説がみられる。我々神経内科医に関係の深い脊髄小脳変性症もここに含まれ,多系統萎縮症だけで4例の症例が提示されている。最後には先天眼振に約30ページが割かれ,その多様性がよく理解できる。
総論,各論共に各章や大きい項の最後には適切な文献が配置され,より詳しい検索の便も図られている。随所の疾患の解説なども豊富な臨床経験に基づく先生ならではのもので,例えば聴神経腫瘍の章ではその名称の由来が簡潔にまとめられている。小職は医学部の学生の頃,当時新進気鋭の小松崎先生の眼球運動の勉強会に参加させていただいたが,その時のことを懐かしく思い出した次第である。
本書はアトラスという性格上も,専門家のみならず初学者や研修医にとっても学ぶところが極めて大きい。神経内科,脳神経外科,小児神経,神経耳科,神経眼科にかかわる全ての医師・研究者の皆さんにお薦めできる一冊である。
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本書の記述の正確性につきましては最善の努力を払っておりますが、この度弊社の責任におきまして、下記のような誤りがございました。お詫び申し上げますとともに訂正させていただきます。
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