産み育てと助産の歴史
近代化の200年をふり返る
変わりゆく出産の現場で、産婆や助産師はどのように関わってきたのだろうか
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本書は江戸末期から平成までの出産に携わる女性たちの歩んできた道を記している。また、あまり語られることのなかった産師法や第二次世界大戦中の助産婦たちの活動にも触れている。出産が医療化する以前までお産に携わってきた取り上げ婆、明治から昭和にかけて活動してきた産婆・助産婦、そして少子化社会の現代の助産師、それぞれが時代の流れに翻弄されながらも活動を続けてきた。その激動の歴史をここに綴る。
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- 序文
- 目次
- 書評
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序文
開く
はじめに
本書の書き手も読者も皆、誰かから生まれて、いま本書を手にしている。病院で生まれたか、自宅で生まれたか。日本で生まれただろうか、海外で生まれただろうか。あなたが生まれたとき、そばにいたのは誰だろう。父親は立ち会っていただろうか。医師や助産師、看護師などの医療者に囲まれていただろうか。生まれたその晩、あなたは新生児室で他の赤ちゃんと並んでいたか、それとも母の傍らにいたか。母は点滴や会陰切開はしただろうか。名前は誰が付けただろう。母乳は飲んだだろうか。そしてあなたがもし子どもを産んでいるなら、自分が生まれたのと同じように産んだだろうか。
人が誰かの子宮の中で成長して生まれてくるのは普遍的なことだが、その生まれ方、生まれる環境は、時代、文化、社会や制度によって大きく異なる。出産はまさに「社会的」で「文化的」な営みだ。
本書は、人の生まれ方に大きな影響を与える、助産をめぐる日本の歴史を紐解いたものだ。江戸後期の「取り上げ婆さん」に始まり、産婆、助産婦の法制度がどんな経緯で成立したのか(しなかったのか)。第二次世界大戦中、産婆はどう生きたのか。母子健康センターとは何だったのか。助産師教育は、どのような経過をたどって今の教育課程に至ったのだろうか。通史にとどまらない、助産をめぐるポリティクスとダイナミクスを描きたいと考えた。
タイトルに「産み育てと助産の歴史」とあるように、本書は助産の歴史にとどまらず、「産み育て」をする、助産を受ける女性自身の目線でも編纂した。産まない・産めない妊娠もあるし、医療者の助産を受けない、一人で、あるいは家人としたお産もある。女性自身が、産科医療や科学技術をどのように経験しているのか、出産環境をどのように捉えているのか、という論点も盛り込んだ。
堕胎を行った新産婆(近代産婆)、水子供養、養子縁組、捨て子、受胎調節、母乳、産後うつなど、リプロダクションのさまざまな事象を取り上げたのも、かつての女性が多様な経験をしていたこと、かつての出産の介添え者が助産という職能に限定されていなかったことを取り上げたいと考えたからである。
これらの分野の第一線の教育研究者に執筆を呼びかけ、ディスカッションする中で、本書のアイデアが収れんしていった。最終的には、目次に示したような多角的な章構成になり、歴史学研究者、社会学研究者、助産学研究者やジャーナリストなど学問的背景も多彩な14名による本が完成した。単なる論文集にならないよう、本書の目的を共有しながら執筆し、各部の冒頭には全体を説明する導入部を設けた。初学者にも研究者にも、助産者にも、そうでない女性や男性にも楽しんでいただけたら幸いである。
二〇一六年四月
著者を代表して 白井千晶
本書の書き手も読者も皆、誰かから生まれて、いま本書を手にしている。病院で生まれたか、自宅で生まれたか。日本で生まれただろうか、海外で生まれただろうか。あなたが生まれたとき、そばにいたのは誰だろう。父親は立ち会っていただろうか。医師や助産師、看護師などの医療者に囲まれていただろうか。生まれたその晩、あなたは新生児室で他の赤ちゃんと並んでいたか、それとも母の傍らにいたか。母は点滴や会陰切開はしただろうか。名前は誰が付けただろう。母乳は飲んだだろうか。そしてあなたがもし子どもを産んでいるなら、自分が生まれたのと同じように産んだだろうか。
人が誰かの子宮の中で成長して生まれてくるのは普遍的なことだが、その生まれ方、生まれる環境は、時代、文化、社会や制度によって大きく異なる。出産はまさに「社会的」で「文化的」な営みだ。
本書は、人の生まれ方に大きな影響を与える、助産をめぐる日本の歴史を紐解いたものだ。江戸後期の「取り上げ婆さん」に始まり、産婆、助産婦の法制度がどんな経緯で成立したのか(しなかったのか)。第二次世界大戦中、産婆はどう生きたのか。母子健康センターとは何だったのか。助産師教育は、どのような経過をたどって今の教育課程に至ったのだろうか。通史にとどまらない、助産をめぐるポリティクスとダイナミクスを描きたいと考えた。
タイトルに「産み育てと助産の歴史」とあるように、本書は助産の歴史にとどまらず、「産み育て」をする、助産を受ける女性自身の目線でも編纂した。産まない・産めない妊娠もあるし、医療者の助産を受けない、一人で、あるいは家人としたお産もある。女性自身が、産科医療や科学技術をどのように経験しているのか、出産環境をどのように捉えているのか、という論点も盛り込んだ。
堕胎を行った新産婆(近代産婆)、水子供養、養子縁組、捨て子、受胎調節、母乳、産後うつなど、リプロダクションのさまざまな事象を取り上げたのも、かつての女性が多様な経験をしていたこと、かつての出産の介添え者が助産という職能に限定されていなかったことを取り上げたいと考えたからである。
これらの分野の第一線の教育研究者に執筆を呼びかけ、ディスカッションする中で、本書のアイデアが収れんしていった。最終的には、目次に示したような多角的な章構成になり、歴史学研究者、社会学研究者、助産学研究者やジャーナリストなど学問的背景も多彩な14名による本が完成した。単なる論文集にならないよう、本書の目的を共有しながら執筆し、各部の冒頭には全体を説明する導入部を設けた。初学者にも研究者にも、助産者にも、そうでない女性や男性にも楽しんでいただけたら幸いである。
二〇一六年四月
著者を代表して 白井千晶
目次
開く
はじめに
第1部 江戸末期のお産事情
第1章 江戸のお産 〔白井千晶〕
1 江戸期の胎内観・生命観・身体観の変化
2 出産のありよう
3 出産の介助者
4 取り上げ婆さん「明石てふ(ちょう)」
コラム1 江戸時代における捨て子 〔沢山美果子〕
第2部 明治から大正、昭和初期にかけて変わる産婆の状況
第1章 西洋近代医学の導入と産婆の養成 〔小川景子〕
1 明治初年の産婆取締と医制における条項
2 西洋近代医学の導入と草創期の産婆養成
3 東京府の産婆養成方法の地方への伝播
4 産婆数の確保と仮免状産婆の養成
5 明治期の産婆養成と三人の産婦人科医師
6 医制の規定と産婆の器械使用
7 全国的に統一された産婆規則(明治三二年発布)
8 複数の産婆資格と産婆数の年次推移
9 産婆の修業と産婆養成
コラム2 堕胎罪で起訴された新産婆 〔岩田重則〕
第2章 未完の産師法と産婆の近代 〔大出春江〕
1 「生るべくして生れなかった」法律をめぐって
2 産師法制定運動の展開と産婆会の全国組織化
3 大日本産婆会と産師法制定運動
4 女性が産院出産を選好した要因
コラム3 命の選択と水子供養 〔鈴木由利子〕
コラム4 養子縁組と産婆 〔白井千晶〕
第3章 戦争と産婆 〔菊地 栄・白井千晶〕
1 戦時下に生きた産婆たち
2 満州からの引揚げ者
3 従軍看護婦として
4 沖縄戦で
5 戦争と女性の人生
第3部 戦後の産み育ての変遷
第1章 受胎調節(バースコントロール)と母体保護法 〔田間泰子〕
1 受胎調節前史
2 戦後の受胎調節と家族計画
3 受胎調節の諸問題
4 受胎調節と母体保護法とリプロダクティブ・ライツ
第2章 自宅で産んでいた人々~農山漁村の体験者の語りから 〔菊地 栄〕
1 昭和前期の農山漁村における出産
2 女性たちがおかれていた背景
3 産みの場
4 医療者が介入しない出産
5 出産姿勢
6 ニーズと身体性
コラム5 産屋、ケガレ、出産の施設化 〔伏見裕子〕
第3章 戦後の助産婦教育 〔大出春江〕
1 GHQ公衆衛生局の助産婦「民主化」政策
2 戦前の産婆教育との不連続性
3 戦後助産婦教育カリキュラムの変遷
4 等閑視された助産の専門家養成
第4章 持続可能な公営助産所とは-横の連携・縦の継承 〔中山まき子〕
1 母子健康センター「助産部門」
2 X村母子健康センターの三七年
3 システム構築とその根幹
4 持続を可能にする要因とは
コラム6 施設化以降の開業助産師と助産所 〔菊地 栄〕
第5章 超音波診断と助産 〔鈴井江三子〕
1 超音波診断の導入と普及
2 超音波診断装置の普及・推進-政策の果たした役割
3 棚上げされた超音波診断を取り巻く諸議論
4 超音波診断と妊婦
コラム7 産婦人科外来フロアの変化 〔白井千晶〕
コラム8 第二次ベビーブーム直後の病院での出産と助産師 〔鈴井江三子〕
第6章 当事者性の確立-出産の医療化と女性たちの抵抗 〔菊地 栄〕
1 産まされるお産から産むお産へ
2 ラマーズ法と自然出産運動
3 ラマーズ法以降の「自然出産運動」
コラム9 母乳育児 〔村田泰子〕
コラム10 産後うつの発見 〔松岡悦子〕
第4部 現代のお産と助産師教育の課題
第1章 消費社会の出産文化 〔菊地 栄〕
1 肥大化する出産ニーズと広がる選択肢
2 身体の変容
コラム11 母親たちによる産院情報の公開 〔河合 蘭〕
第2章 看護系大学の拡大に伴う助産師教育の変容 〔鈴井江三子〕
1 看護職の人材確保法による看護系大学の拡大
2 指定規則の改正に伴う養成時間数の減少
3 統合カリキュラムによる助産師教育への影響
4 分娩取扱数の変更
5 助産師教育の実態調査から
コラム12 院内助産、助産師外来 〔河合 蘭〕
コラム13 高齢出産 〔河合 蘭〕
コラム14 奈良の出産事情 〔田間泰子〕
第3章 少子化と産科医療崩壊 〔白井千晶〕
1 「産科医療崩壊」
2 産婦人科分布の構造的問題と経営
3 混合病棟問題
おわりに
索引
第1部 江戸末期のお産事情
第1章 江戸のお産 〔白井千晶〕
1 江戸期の胎内観・生命観・身体観の変化
2 出産のありよう
3 出産の介助者
4 取り上げ婆さん「明石てふ(ちょう)」
コラム1 江戸時代における捨て子 〔沢山美果子〕
第2部 明治から大正、昭和初期にかけて変わる産婆の状況
第1章 西洋近代医学の導入と産婆の養成 〔小川景子〕
1 明治初年の産婆取締と医制における条項
2 西洋近代医学の導入と草創期の産婆養成
3 東京府の産婆養成方法の地方への伝播
4 産婆数の確保と仮免状産婆の養成
5 明治期の産婆養成と三人の産婦人科医師
6 医制の規定と産婆の器械使用
7 全国的に統一された産婆規則(明治三二年発布)
8 複数の産婆資格と産婆数の年次推移
9 産婆の修業と産婆養成
コラム2 堕胎罪で起訴された新産婆 〔岩田重則〕
第2章 未完の産師法と産婆の近代 〔大出春江〕
1 「生るべくして生れなかった」法律をめぐって
2 産師法制定運動の展開と産婆会の全国組織化
3 大日本産婆会と産師法制定運動
4 女性が産院出産を選好した要因
コラム3 命の選択と水子供養 〔鈴木由利子〕
コラム4 養子縁組と産婆 〔白井千晶〕
第3章 戦争と産婆 〔菊地 栄・白井千晶〕
1 戦時下に生きた産婆たち
2 満州からの引揚げ者
3 従軍看護婦として
4 沖縄戦で
5 戦争と女性の人生
第3部 戦後の産み育ての変遷
第1章 受胎調節(バースコントロール)と母体保護法 〔田間泰子〕
1 受胎調節前史
2 戦後の受胎調節と家族計画
3 受胎調節の諸問題
4 受胎調節と母体保護法とリプロダクティブ・ライツ
第2章 自宅で産んでいた人々~農山漁村の体験者の語りから 〔菊地 栄〕
1 昭和前期の農山漁村における出産
2 女性たちがおかれていた背景
3 産みの場
4 医療者が介入しない出産
5 出産姿勢
6 ニーズと身体性
コラム5 産屋、ケガレ、出産の施設化 〔伏見裕子〕
第3章 戦後の助産婦教育 〔大出春江〕
1 GHQ公衆衛生局の助産婦「民主化」政策
2 戦前の産婆教育との不連続性
3 戦後助産婦教育カリキュラムの変遷
4 等閑視された助産の専門家養成
第4章 持続可能な公営助産所とは-横の連携・縦の継承 〔中山まき子〕
1 母子健康センター「助産部門」
2 X村母子健康センターの三七年
3 システム構築とその根幹
4 持続を可能にする要因とは
コラム6 施設化以降の開業助産師と助産所 〔菊地 栄〕
第5章 超音波診断と助産 〔鈴井江三子〕
1 超音波診断の導入と普及
2 超音波診断装置の普及・推進-政策の果たした役割
3 棚上げされた超音波診断を取り巻く諸議論
4 超音波診断と妊婦
コラム7 産婦人科外来フロアの変化 〔白井千晶〕
コラム8 第二次ベビーブーム直後の病院での出産と助産師 〔鈴井江三子〕
第6章 当事者性の確立-出産の医療化と女性たちの抵抗 〔菊地 栄〕
1 産まされるお産から産むお産へ
2 ラマーズ法と自然出産運動
3 ラマーズ法以降の「自然出産運動」
コラム9 母乳育児 〔村田泰子〕
コラム10 産後うつの発見 〔松岡悦子〕
第4部 現代のお産と助産師教育の課題
第1章 消費社会の出産文化 〔菊地 栄〕
1 肥大化する出産ニーズと広がる選択肢
2 身体の変容
コラム11 母親たちによる産院情報の公開 〔河合 蘭〕
第2章 看護系大学の拡大に伴う助産師教育の変容 〔鈴井江三子〕
1 看護職の人材確保法による看護系大学の拡大
2 指定規則の改正に伴う養成時間数の減少
3 統合カリキュラムによる助産師教育への影響
4 分娩取扱数の変更
5 助産師教育の実態調査から
コラム12 院内助産、助産師外来 〔河合 蘭〕
コラム13 高齢出産 〔河合 蘭〕
コラム14 奈良の出産事情 〔田間泰子〕
第3章 少子化と産科医療崩壊 〔白井千晶〕
1 「産科医療崩壊」
2 産婦人科分布の構造的問題と経営
3 混合病棟問題
おわりに
索引
書評
開く
深く広く生と死の傍らにいた先輩助産師の息遣いが聞こえる (雑誌『助産雑誌』より)
書評者: 三宅 はつえ (もものみ助産院)
テレビドラマの出産シーン監修を請け負うようになって14年になり,かかわった作品も30を超えた。「平安時代のお産なんですが,何があったらそれらしいですかね」とか「昭和30年代と10年前と現在と,それぞれの時代のお産を象徴するようなセリフがほしいんですが,どんな言葉がいいですか」などという要求に応えるため,お産の歴史に関する本を何冊も読み込んできた。それらの本と比べても,本書に対しては「圧巻」という文字が浮かんでくる。なにしろ「近代化の200年」である。取り上げ婆から産婆,助産婦,助産師と,名称も職域もダイナミックに変化した激動の時代を,14名の多彩な執筆者が解説している。その面々とは歴史学研究者,社会学研究者,助産学研究者,ジャーナリストなど,学問的な背景も一様ではない。さまざまな角度から見つめられたにっぽんのお産が,そこにある。
若い世代には,日本とアメリカが戦争をしていた事実にピンとこない人がいるという。日本史が選択科目で履修しなかったり,時間切れで近現代史はかけ足だったりすることが要因ではないだろうか。
翻って助産師教育のなかでは,助産師の歴史はどのように扱われているのか。限られた時間のなかでは教える側の思いとは裏腹に,受け取る学生に興味がなければ記憶には残りにくいかもしれない。終戦当時,助産師制度がなかったアメリカは日本の医療の民主化の一環として「保健師法案」を討議した。結果的には廃案になったが,この法案が通っていたら現在の日本に「助産師」という職名はなかったことになる。
さらに遡ること数十年,「産師法」についての運動は初耳という方もいるだろう。大正末期に大阪から始まったこの運動は昭和17(1942)年まで続き,大日本産婆会が組織されるきっかけにもなったそうだ。昔から大阪には熱い先輩が多くいらして,やっぱり始まりは大阪かと妙に納得してしまった。全国の先輩方が産師法の成立を目指して議会に働きかけたが,貴族院を通らなかったという。歴史に「もしも」はないとわかっていても,この時「産師法」が可決していたら,現代の助産師はどんな仕事をしていたのだろう。
本書の歴史解説の合間にはいくつかのコラムがあり,昭和初期の銀幕スターの堕胎に産婆がかかわった話や,産婆会が組織的に養子縁組を行なっていた話などが紹介されている。今よりも深く幅広く生と死の傍らにいた先輩たちの息遣いが聞こえてきそうな本書を,助産師必携の1冊とお勧めしたい。
(『助産雑誌』2016年9月号掲載)
妊娠・出産という現象を俯瞰した一冊
書評者: 大橋 一友 (阪大大学院教授・保健学)
妊娠・出産は生命の再生産(リプロダクション)に直結する普遍の営みであるが,医学や助産学だけで解決する問題ではなく,習俗,伝統,社会制度などの社会的要因から大きな影響を受けている。本書の執筆者の研究領域のキーワードを列記すると,社会学,女性学,民俗学,文化人類学,歴史学,助産学など多岐にわたっており,妊娠・出産という現象を俯瞰した素晴らしい内容になっている。
現在の妊娠・出産に対する考え方は先人の苦労の中から確立してきたものであり,研究者のみならず,出産や分娩に携わる方や興味がある方々には,本書が紹介している「助産の歴史」(第1部から第3部)をご一読いただきたい。新しく生まれる生命に対する価値観は時代によって異なり,社会体制の変化によって妊娠・出産・育児という事象がどのように変化してきたかを,詳細かつ平易に紹介している。
第1部では今から200年前を振り返った江戸末期のお産事情が紹介されており,国家が妊娠・出産に関与しなかった時代の様子が興味深く描かれている。
第2部では明治から昭和初期の産婆の歴史が描かれている。国家が掲げる近代化という旗印のもと,さまざまな人物が産婆という職業の確立に尽力し,同時に産婆がどのように活躍したかが描かれている。
第3部は第二次世界大戦終了後の大きな社会体制の変革の中での妊娠・出産への価値観を,出産を支える医療従事者の視点だけでなく,妊娠・出産の当事者である女性の価値観の変化に踏み込んだ内容となっている。
最終部の第4部では現代の妊娠・出産に関わる社会的な問題点をまとめており,今後に妊娠・出産を考える上での,示唆に富む内容が編集されている。
本書で特筆すべきことは充実したコラムである。14のコラムが本文中の各章の間に絶妙に配置されている。その内容は,当代の第一人者によって書かれている素晴らしい内容であり,評者もたくさんの知見を学習させていただいた。私は途上国での安全な出産に関する仕事のお手伝いをしているが,本書から得られた知見は今後の自分の活動にとって意義深いものであると確信している。
本書は助産師や助産師をめざす学生だけでなく,女性としての基本的な教養として全ての女性に読んでいただくことが望ましい。また,本書の著者には男性が1名しか加わっていないが,妊娠や育児のもうひとりの当事者である男性(出産にも当事者意識は持っていただきたい)の視点から見た次回作を期待したい。
書評者: 三宅 はつえ (もものみ助産院)
テレビドラマの出産シーン監修を請け負うようになって14年になり,かかわった作品も30を超えた。「平安時代のお産なんですが,何があったらそれらしいですかね」とか「昭和30年代と10年前と現在と,それぞれの時代のお産を象徴するようなセリフがほしいんですが,どんな言葉がいいですか」などという要求に応えるため,お産の歴史に関する本を何冊も読み込んできた。それらの本と比べても,本書に対しては「圧巻」という文字が浮かんでくる。なにしろ「近代化の200年」である。取り上げ婆から産婆,助産婦,助産師と,名称も職域もダイナミックに変化した激動の時代を,14名の多彩な執筆者が解説している。その面々とは歴史学研究者,社会学研究者,助産学研究者,ジャーナリストなど,学問的な背景も一様ではない。さまざまな角度から見つめられたにっぽんのお産が,そこにある。
若い世代には,日本とアメリカが戦争をしていた事実にピンとこない人がいるという。日本史が選択科目で履修しなかったり,時間切れで近現代史はかけ足だったりすることが要因ではないだろうか。
翻って助産師教育のなかでは,助産師の歴史はどのように扱われているのか。限られた時間のなかでは教える側の思いとは裏腹に,受け取る学生に興味がなければ記憶には残りにくいかもしれない。終戦当時,助産師制度がなかったアメリカは日本の医療の民主化の一環として「保健師法案」を討議した。結果的には廃案になったが,この法案が通っていたら現在の日本に「助産師」という職名はなかったことになる。
さらに遡ること数十年,「産師法」についての運動は初耳という方もいるだろう。大正末期に大阪から始まったこの運動は昭和17(1942)年まで続き,大日本産婆会が組織されるきっかけにもなったそうだ。昔から大阪には熱い先輩が多くいらして,やっぱり始まりは大阪かと妙に納得してしまった。全国の先輩方が産師法の成立を目指して議会に働きかけたが,貴族院を通らなかったという。歴史に「もしも」はないとわかっていても,この時「産師法」が可決していたら,現代の助産師はどんな仕事をしていたのだろう。
本書の歴史解説の合間にはいくつかのコラムがあり,昭和初期の銀幕スターの堕胎に産婆がかかわった話や,産婆会が組織的に養子縁組を行なっていた話などが紹介されている。今よりも深く幅広く生と死の傍らにいた先輩たちの息遣いが聞こえてきそうな本書を,助産師必携の1冊とお勧めしたい。
(『助産雑誌』2016年9月号掲載)
妊娠・出産という現象を俯瞰した一冊
書評者: 大橋 一友 (阪大大学院教授・保健学)
妊娠・出産は生命の再生産(リプロダクション)に直結する普遍の営みであるが,医学や助産学だけで解決する問題ではなく,習俗,伝統,社会制度などの社会的要因から大きな影響を受けている。本書の執筆者の研究領域のキーワードを列記すると,社会学,女性学,民俗学,文化人類学,歴史学,助産学など多岐にわたっており,妊娠・出産という現象を俯瞰した素晴らしい内容になっている。
現在の妊娠・出産に対する考え方は先人の苦労の中から確立してきたものであり,研究者のみならず,出産や分娩に携わる方や興味がある方々には,本書が紹介している「助産の歴史」(第1部から第3部)をご一読いただきたい。新しく生まれる生命に対する価値観は時代によって異なり,社会体制の変化によって妊娠・出産・育児という事象がどのように変化してきたかを,詳細かつ平易に紹介している。
第1部では今から200年前を振り返った江戸末期のお産事情が紹介されており,国家が妊娠・出産に関与しなかった時代の様子が興味深く描かれている。
第2部では明治から昭和初期の産婆の歴史が描かれている。国家が掲げる近代化という旗印のもと,さまざまな人物が産婆という職業の確立に尽力し,同時に産婆がどのように活躍したかが描かれている。
第3部は第二次世界大戦終了後の大きな社会体制の変革の中での妊娠・出産への価値観を,出産を支える医療従事者の視点だけでなく,妊娠・出産の当事者である女性の価値観の変化に踏み込んだ内容となっている。
最終部の第4部では現代の妊娠・出産に関わる社会的な問題点をまとめており,今後に妊娠・出産を考える上での,示唆に富む内容が編集されている。
本書で特筆すべきことは充実したコラムである。14のコラムが本文中の各章の間に絶妙に配置されている。その内容は,当代の第一人者によって書かれている素晴らしい内容であり,評者もたくさんの知見を学習させていただいた。私は途上国での安全な出産に関する仕事のお手伝いをしているが,本書から得られた知見は今後の自分の活動にとって意義深いものであると確信している。
本書は助産師や助産師をめざす学生だけでなく,女性としての基本的な教養として全ての女性に読んでいただくことが望ましい。また,本書の著者には男性が1名しか加わっていないが,妊娠や育児のもうひとりの当事者である男性(出産にも当事者意識は持っていただきたい)の視点から見た次回作を期待したい。
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本書の記述の正確性につきましては最善の努力を払っておりますが、この度弊社の責任におきまして、下記のような誤りがございました。お詫び申し上げますとともに訂正させていただきます。
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