医療政策集中講義
医療を動かす戦略と実践

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団塊の世代が後期高齢者となる2025年の医療・介護ニーズと現在の提供体制の巨大なミスマッチをどう解消するかという、いわゆる「2025年問題」に対処するためには、いまが諸制度を状況に適応させる「ラストチャンス」。理想の医療を実現するために、患者支援者、政策立案者、医療提供者、メディアといったステークホルダーは何をすべきなのか。そのヒントを得るための、第一線で活躍する講師陣による20本の集中講義。
東京大学公共政策大学院 医療政策教育・研究ユニット
発行 2015年06月判型:A5頁:328
ISBN 978-4-260-02164-7
定価 3,080円 (本体2,800円+税)

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はじめに

「ともに,医療を動かす」
 本書は,社会人向けの医療政策人材養成の場である「医療政策実践コミュニティー(H-PAC)」の1年間のプログラムを紙上で再現しようとしたものである.この本を手に取ったあなたにも,その場を追体験し,自分の持ち場での改革に役立てていただきたい.
 H-PACは,東京大学公共政策大学院の医療政策教育・研究ユニット(HPU)が社会活動として実施している.毎年,患者支援者,政策立案者,医療提供者,メディアの4つの立場の者,おおよそ10名ずつ合計約40名が,相互に学び,ともに政策提言や事業計画書の成果物をつくる場である.ほぼ週に1回集まり,熱い議論が交わされる.このプログラムは前身の東京大学医療政策人材養成講座(HSP)において,2005年から5年間実施したものがベースとなっており,H-PACは2011年に始まり2015年6月には5年目を開講するので,合わせて10年目になる.参加した講師,受講生はのべ数百名になろう.多数の熱い想いをもつ参加者が,場とコンテンツをつくりあげてきた.10年間を見守り続けてきたスタッフとして,スタイルはさまざまではあるものの,何らかのかたちで医療の改革に取り組む人々が集まって創発する実践的な場が成立していたのではないかと感じている.
 東京だけでの開催,しかも定員がある限られた受講機会であったが,それを誰もが共有できるように,そのエッセンスをできるだけ再現しようと試みた.H-PACでは参加者が1年かけて相互学習を進めていくが,本書に収載した20講によってあたかもその集中講義が受けられるように設計したつもりである.
 Chapter 3-Section 3の「『医療を動かす』実践プロセス」に詳しいが,H-PACの場で掲げているモットーは,「ともに,医療を動かす」である.「ともに」とは,異なる立場の者(マルチステークホルダー)が同居してということである.先に触れたように4つの立場からほぼ同数が集まり,グループワークでもグループ研究でも常にミックスチームをつくる.いわば,これが世の中の縮図との見立てである.異なる立場が協働する創造的な行為が社会の価値を生み,理想が高くかつ実現性が高い提案を生むという実感を,参加者の多くの間で共有できた.
 「医療を動かす」とは,「医療の変革を達成する」ということである.HSP初期から,「批評するだけでなく具体的な対案を」「社会課題を指摘するのみならず,みずからその解決に向けた行動を」「言ってナンボでなく,変えてナンボ」などをキャッチフレーズとしてきた.本書では「動かした結果」が,アウトカム(成果)という言葉で出てくる.H-PACでは,あるべき姿のアウトカムに近づこうとする意識の強い参加者コミュニティーが形成されていた.活動をするだけ,汗をかくだけでは駄目で,実際に社会を動かそうとする文化が醸成されていた.
 10年前,HSPの場では「議論は出尽くした.今こそ,行動を」との言葉がしばしば聞かれた.ところが,10年経っても「議論は出尽くした.今こそ,行動を」といっている.それでも,それが虚しいばかりかというと,そうでもない.というのも,10年前と比べると議論がだんだんかみ合い,課題と捉えることの一致点が認識され,改革のための地図と工程表がかなり共有されてきていると感じるからだ.H-PACの内容は毎年更新しているが,本書に収載した2014年度のプログラムは,そういう意味で実践性が高いものとなっているはずである.
 団塊の世代が後期高齢者となる2025年の医療・介護ニーズと現在の提供体制の巨大なミスマッチをどう解消するかという,いわゆる「2025年問題」は,このところ急速に共有されつつあるといえるだろう.2025年問題に対処するためには,2018年4月の診療報酬改定,介護報酬改定,地域医療計画改訂が同時期に行われるタイミングこそが,諸制度を状況に適応させる「ラストチャンス」であるとの認識も広がってきた.社会保障制度改革国民会議報告書の医療・介護部分の記述には,各論ではたくさんの異論があろうが,総論や方向感での有力な対案はあまり見当たらない.むしろ,その変革の規模をどれだけ大きくできるか,確実に実行できるか,といった実践に関する議論が主眼となっているだろう.各プレーヤーがどれだけそれぞれの立場で改革を牽引するかに焦点が移りつつあるともいえる.

本書の活用の仕方
 本書は独立した20 Sectionからなる.自分の関心の高いChapterあるいはSectionから読み進めることができる.ただし,本書の組み立てと狙いを理解しておくことによって,それぞれの講義の効用が高まるだろう.

Chapter 1 「来たるべき2025年に備えて」
 文字通り,現在の問題群と政府の施策をマップ化している.税と社会保障の一体改革で動いた一連の複雑な法改正,制度改正,新規施策などの流れを鳥瞰,整理することができるはずだ.また,何に取り組むべきかという喫緊の課題も見えてくるだろう.

Chapter 2 「改革の最前線」
 Chapter 1で描かれた政策課題マップ上の急所での,政策や医療の現場での取り組みを取り上げている.「知識力」と「マネジメント力」と「リーダーシップ力」が合わさって政策がつくられ,医療が動いた事例をもとに,自らの置かれた立場で「医療を動かす」ヒントを探っていただきたい.

Chapter 3 「協働を生み出す戦略」
 「ともに,医療を動かす」ための方法論を紹介し,そのスキルとノウハウを身につけるためのパートである.このところ,H-PACで最も重視しているツールである「戦略プラン策定シート」の使い方も詳説している.広く政策提言活動,社会問題解決活動に使われ,一種の共通言語になっていくとよいと思う.

Chapter 4 「成果をもたらすリーダーシップ」
 HSP/H-PACでは一貫してリーダーシップを大切にしてきた.しばしば「リーダーシップを教わってリーダーになった人はいない」といわれるが,われわれは「リーダーシップ論を語り,ロールモデルに会い,リーダーシップを醸成する場を持ち続けると,リーダーシップが生まれる可能性は高まる」と考える.

H-PAC関係者から読者へ
 H-PACの年間プログラムは,講師のみならず,9年間の参加者をはじめとした関係者すべてによって形成され発展してきたと考えられる.こうして,その内容が共有できることは関係者一同,喜びとするところである.
 また,この場を借りて,あらためてすべての参加者,講師,アドバイザー,メンターの方々に感謝する.さらに,H-PACは民間からの寄附によって運営されている(HSPは文部科学振興調整費).資金なしにはこのような機会は設けられなかった.この場を借りて謝意を表したい.そして,東京大学公共政策大学院はHPU/H-PACを設置する場となってくださった.大学院およびHPU運営委員会の先生方に御礼申し上げる.歴代のスタッフは,毎年プログラムを改善して新しいことに取り組む労力をいとわず,参加者のためにやりがいを感じて嬉々としてプログラム遂行をしてくださった.その姿勢なしには内容の継続的改善はありえなかった.
 H-PACのプログラムが参加者以外の読者に届けられるようになったのは,医学書院医学雑誌部の小路康祐氏のお蔭である.講義のほとんどに出席してもらった.実際にH-PACを体験し,場と文化を理解したうえで本をつくろうとする姿勢に感銘を受けた.文体などの統一や図版の整理などをはじめ,約20人の講師との原稿修正のやりとりなど,執筆原稿をまとめる何倍もの労力をかけられた.本書に集中講義としてのまとまりが生まれているのは,小路氏の貢献によるところが大きい.また,制作部の田邊祐子氏が丁寧な編集・校閲作業をしてくださった.語り言葉が由来であるため,あいまいな表現を確認しなければならないところが多々あった.多くの講師の用語の統一,プレゼンテーションスライド由来の複雑な図版の簡素化など,集中力ある精緻な作業をされた.本書に一定の質が保たれているのは,田邊氏の力に負うところが大きい.
 本書はどこからでも読めると書いた.同時に,H-PACは,知識,マネジメント,リーダーシップのいずれかだけでは変革は生めず,これらの3つが揃うことによって初めて変革がつくれると考えている.必ず,全編ではなくとも,Section横断的にお読みいただきたい.
 「実践」そして「コミュニティー」をうたっているH-PACから,読者の方々へのお願いがある.ぜひ,それぞれの持ち場,地域において,“H-PAC”を開始していただきたい.日本の約340の医療圏において,また,日本の医療の主なテーマ・分野において,それぞれのH-PACが生まれたらどうだろう.必ずや,2025年問題が乗り切れるのではないだろうか.それを「みんなの夢」としたい.そして,2025年から振り返ったとき,それが現実になっていることを願いたい.数知れないH-PACが,「ともに,医療を動かす」というモットーを掲げて日本中で動き出してほしい.きっかけは,患者支援者発,政策立案者発,医療提供者発,メディア発,いずれでもよかろう.ただし,その際には,スタート時点から4つのステークホルダーの参加を揃えておくことが肝要,と指摘しておきたい.

 2015年5月
 東京大学公共政策大学院
 医療政策教育・研究ユニット
 医療政策実践コミュニティー担当
 特任教授 埴岡健一
 特任研究員 吉田真季

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Chapter 1 来たるべき2025年に備えて
 Section 1 2025年に向けた社会保障制度改革
  -国民会議報告書・「プログラム法」を踏まえて (吉田学)
   いま把握しておくべきこと
   社会保障制度改革全体の枠組み
   2014年に動き出した改革
 Section 2 地域医療構想の目指すもの (佐々木昌弘)
   地域医療構想までの経緯
   病床機能報告制度と地域医療構想の策定
   これから議論していきたいこと
 Section 3 医療の計画と法律の歴史 (伊藤雅治)
   4つに分けられる戦後の医療政策の時代区分
   医療法改正の変遷
   医療計画をめぐるこれからの課題
 Section 4 医療・介護提供体制の長期ビジョンと医療計画 (尾形裕也)
   医療・介護提供体制の長期ビジョン
   医療計画の役割と課題
   病床の機能別区分の導入
 Section 5 医療・福祉財政 (新川浩嗣)
   わが国の財政事情
   医療財政を考える視点
   社会保障・税一体改革を読み解く

Chapter 2 改革の最前線
 Section 1 政治と政策決定プロセス (曽根泰教)
   55年体制と政策決定プロセスの確立
   政策決定をめぐる制度の変遷
   討論型世論調査の可能性
 Section 2 患者・住民主体の医療-地域の医療を最適化するために (埴岡健一)
   患者・住民の参画
   がん対策における患者・住民参画
   患者・住民参画のこれから
 Section 3 国会で医療を動かす
   医療のグランドデザインのために (今枝宗一郎)
   国民・患者のための医療を創る (小西洋之)
   自分にしかできない政策 (薬師寺道代)
 Section 4 医療の質と情報 (埴岡健一)
   なぜ,「医療の質と情報」なのか
   ステークホルダーにとっての医療の質と情報
   データによる制御を目指して
 Section 5 日本のプライマリ・ケア革命 (葛西龍樹)
   3つの例から考える日本の医療の問題
   家庭医は何をするのか
   プライマリ・ケアの整備へ向けて
 Section 6 法案成立までの道のりを知る (前村聡)
   全体の流れ-1999年から法案成立までの15年間 (前村聡)
   何が起きたのか-都立広尾病院事件で問われた課題 (永井裕之)
   何をしたのか-法案成立までの議論に参加して (豊田郁子)
   どのように決めたのか-法案成立までの道のりを知る (薬師寺道代)
   何をするべきなのか-産科医療補償制度の経験から (勝村久司)

Chapter 3 協働を生み出す戦略
 Section 1 政策立案の実践プロセス
  -社会にインパクトを与える活動のつくり方 (埴岡健一)
   戦略プランを策定する
   各ステップのコツ
   鳥の目と虫の目
 Section 2 政策評価の理論と実践 (宮田裕章)
   政策評価が必要とされる背景
   評価の対象と評価手法
   戦略設計型ロジック・モデルに基づいた政策評価
 Section 3 「医療を動かす」実践プロセス-H-PACの取り組みを通して (吉田真季)
   H-PACの舞台装置
   時系列でみるグループ研究
   H-PAC参加者のその後

Chapter 4 成果をもたらすリーダーシップ
 Section 1 自分にとってのリーダーシップ (野田智義)
   なぜリーダーシップか
   リーダーシップの本質
   リーダーに求められるもの
 Section 2 患者・市民のリーダーシップ (勝村久司)
   「事故から学ぶ」とは
   レセプトとカルテの開示で医療を動かす
   医療を動かす場所はいろいろある
 Section 3 政策立案のリーダーシップ (辻哲夫)
   再現性のあるシステムをつくる
   柏プロジェクトの展開
   リーダーシップのあり方
 Section 4 医療現場からの実践型リーダーシップ (武藤真祐)
   現場で行動し,考えたこと
   リーダーシップの3つの要件
   リーダーとして成長し続けるために
 Section 5 メディアのリーダーシップ (大熊由紀子)
   「実践することこそが,リーダーシップ」
   より多くの人を動かすために
   ジャーナリストの財産は人,そして3つの教え
 Section 6 ともに生きる医療 (高本眞一)
   ともに生きるということ
   限界がある中でわれわれができること
   医療の質の向上
   リーダーシップは変革への挑戦

索引

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現場を動かす。私が動かす。看護を動かす。社会も動かす。 (雑誌『看護管理』より)
書評者: 渋谷 美香 (日本看護協会看護研修学校 教育研究部長)
 「もっと働きやすい組織に改善したい」
 「もっと看護にやりがいを感じる現場にしたい」

◆変革者として現場の諸課題を政策や制度につなげるために

 現場に立つ看護管理者は,常に現場の諸課題に立ち向かい,スタッフ個々の幸せを真摯に願い,看護ケアの受け手である患者や利用者,その家族が満足を得る看護を探究し続ける変革者である。

 少子超高齢多死社会,勤務環境改善,職務満足度向上,ワーク・ライフ・バランス(以下,WLB),地域包括ケアシステムの推進などなど,時代が私たち看護管理者に要求するものは,ハードルが高く,理解していても手を付けられないジレンマに悩み,ひるみそうになる。しかし,WLBインデックス調査やDiNQLなどのツールを活用した現状分析やデータ管理から看護を見える化し,職場環境改善を成功させるなど,看護管理者の手で実現してきたことは少なくない。

 他方,看護管理者や施設,職能団体の自主的な取り組みや努力だけでは限界のある諸課題は,法的根拠や制度改革が求められる。例えば,新人看護職員研修制度の努力義務化や昨年には医療介護総合確保推進法による改正医療法が成立し,医療法に医療機関の勤務環境改善システムを制度化するなど,日本看護協会も現場の声を反映した制度の実現に取り組んできた。

 これらは,まさに現場から発信された課題から得られた制度であり,1人ひとりの看護職が社会を動かした成果である。ではその現場の声はどのように政策決定プロセスに反映され,法案成立までどのような道のりをたどるのであろう。いま抱えている問題を解決するために,私は何ができるのだろうか。

◆医療を動かすために必要な思考と行動を,臨場感を持って理解できる1冊

 そのヒントがここにある。本書には,東京大学公共政策大学院の医療政策教育・研究ユニット(HPU)が実施している,社会人向けの医療政策人材養成の場「医療政策実践コミュニティー(H-PAC)」の1年間の講義内容が掲載されている。

 この講義のモットーは「ともに,医療を動かす」である。患者支援者,政策立案者,医療提供者,メディアがタッグを組んで,「医療の変革を達成する」ことを目指して,「批評するだけでなく具体的な対案を」「社会課題を指摘するのみならず,みずからその解決に向けた行動を」「言ってナンボでなく,変えてナンボ」を実現するための基本的考えとその行動について非常に具体的に解説されている。まるで講義の会場に身を置いているような臨場感があり,読み進めてしまう。

 自身のマネジメント力にお悩みの方は「Chapter 4 成果をもたらすリーダーシップ」から,地域医療計画に関与する立場の方は「Chapter 1 来たるべき2025年に備えて」の「Section 2 地域医療構想の目指すもの」から読むとよい。また看護管理を学習する看護管理者や大学院生,学部生であれば,全体が読者の理解に合わせて順序よく組み立てられた構成であるため,最初から通して読むことをお勧めする。

(『看護管理』2015年11月号掲載)
2025年を見据えた先駆的かつ実践的な医療改革のテキスト
書評者: 高山 義浩 (沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科)
 2014年6月,「地域における医療及び介護の総合的な確保を推進するための関係法律の整備等に関する法律(医療介護総合確保法)」が成立し,より効率的で質の高い医療提供体制を目指した地域医療を再構築し,地域包括ケアシステムとの連携を深めるための方針が定められた。

 改革が急がれる背景には,日本が縮減社会に入ってきていることがある。これから毎年,日本から小さな県一個分の人口が消滅していく。その一方で,高齢化率は30%を超えようとしており,団塊の世代が75歳以上となる2025年には,国民の3人に1人が65歳以上,5人に1人が75歳以上となる。疾患を有する高齢者が増加することになり,医療と介護の需要が急速に増大する見通しとなっている。

 これが,いわゆる「2025年問題」であるが,現行の医療と介護の提供体制のみでは対応できない可能性があり,今から地域単位での改革を進めておく必要がある。急性期医療から回復期,慢性期,さらに在宅医療・介護まで,一連のケアが切れ目なく提供される効率的な体制を整備し,限られた資源を有効に活用する仕組みを構築していかなければならない。

 本書の基となった「医療政策実践コミュニティー(H-PAC)」とは,東京大学公共政策大学院の医療政策教育・研究ユニットが社会活動として実施しているものである。2011年に始まり,社会人向けの医療政策人材を養成する場として,医療の重要課題に関する政策の選択肢について,年次を重ねながら議論を深めてきている。

 本書は,その学知と実践を広く社会に還元しようとするものである。特に,2025年問題に対処するため,「その変革の規模をどれだけ大きくできるか,確実に実行できるか,といった実践に関する議論が主眼になっている」(P. VI「はじめに」より)とあり,本書における中心課題となっている。

 現在の問題群と政府の施策をマップ化したChapter 1,医療改革の急所となる現場での取り組みを紹介するChapter 2,改革に向けた政策の立案と実践に向けた協働を生み出す方法論を示すChapter 3,そして最終章となるChapter 4では,改革の成果を導くためのリーダーシップ論へと展開する。これらが,厚生労働省の担当者やOB,現職の国会議員やジャーナリスト,メディアや医療制度の研究者,あるいは患者の立場で医療改革を進めようとするリーダーらによって執筆されている。

 特に筆者が注目したのは,本書が,戦後の社会保障の道のりを踏まえて,これからの医療改革を考え始めていることだ。医療改革とは歴史と文化の制約を受けるのが常である。そこに深く切り込む論考から本書が始まっている点は,その後の豊富な個別事例において,しっかりとした足場を与えていると感じた。

 各都道府県では,2025年問題に備える「地域医療構想」の策定に向けた議論が始まっているところだ。このタイミングで本書が出版されたところに,H-PACの見極めの良さが表れている。改革を推進するさまざまな現場において,羅針盤として活用されることだろう。
ここにはチーム医療の縮図がある
書評者: 坂本 すが (日本看護協会会長)
 そこはハーバード白熱教室さながらの熱気であった。講師も受講生も皆一緒になって議論する。若いナースもいればベテランのドクターもいる。どうやら医療職種だけというわけでもない。日本の大学の一般的な授業風景とは異なる世界がそこにあった。社会人向けの講座であるから,いろいろな人が集まっているのであろうが,年齢も職種も風貌も異なる人々が,何についてこれほど熱い議論を交わしているのだろうか。

 東京大学公共政策大学院の医療政策教育・研究ユニットが社会活動として実施する「医療政策実践コミュニティー」。通称H-PACは,患者支援者,政策立案者,医療提供者,メディアの4つの異なる立場の者から構成される。受講生は常にミックスチームを作って,共に政策提言や事業計画書の成果物を作り上げる。

 「医療を変えなければならない」「変えるためにアクションを起こさなければならない」「ではどうやって?」さまざまな立場の思いが合わさり気迫すら漂ってくる教室に,私は評者として参加する機会を頂いた。隣に座っていたのは,日本医師会会長の横倉義武先生と厚生労働省の医政局長であった。

 ここにはチーム医療の縮図がある。異なる専門性,主義・主張を持つ人々,いわゆるステークホルダーが,違いを認識し合いながら,合意形成を行っていくプロセスを再現する絶好の場である。第一線で活躍する講師陣による20本の集中講義に参加するうち,共通の課題,思いがあることに気付かされる。そして「今こそ私たちはともに行動しなければならない」と強く心を突き動かされる。

 H-PACでは,知識,マネジメント,リーダーシップの3つがそろって初めて変革ができると考えられている。まさにそのとおり。看護の立場から言わせていただくと,これからの看護職はこの3つを兼ね備えるべきと思う。今後,在宅・地域での看護実践がより一層期待される中で,看護職自らが判断し,自律的に活動していかなければならないからだ。

 その意味で,特に看護職の皆さんには「Chapter 4 成果をもたらすリーダーシップ」を参考にしていただきたい。嬉しいことに,辻哲夫先生や高本眞一先生も自律的な看護職の活動に期待を寄せている。「リーダーシップを発揮しなさい」と言われると重荷に感じる人も多いだろうが,まずは自分の考えを持つことである。現在の社会情勢から,看護職の立ち位置を認識し,「何をなすべきか」考える。自分の考えを確立し,その信念に基づいて行動を起こすことがリーダーシップの第一歩となる。

 次は協働である。国の政策をも動かす大きな変革を起こすには,多くの人と力を合わせる必要がある。自分と異なる立場の人といかにコラボレーションするか。そのヒントが本書に隠されている。本書を参考に,一人一人が自分の考えを確立し,協働を生み出す戦略を探ることが「医療を動かす」知の創造につながるだろう。

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