災害時のメンタルヘルス
大規模災害時のメンタルヘルスのための実践書
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今後予想される大規模自然災害における精神医学的対応について、災害発生直後・急性期から中長期までを網羅して解説する。第1章から第8章までは被災現場での支援ならびに被災地外からの支援について、その方法、理論的背景、実際を今後に活かせる視点でまとめた。第9章は、医師、保健師、自治体、大学精神科、精神科病院などさまざまな立場からの、主に東日本大震災での実際の経験を実践編としてまとめた。
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- 目次
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序文
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序
2011年3月11日に起きた東日本大震災は,マグニチュード9.0とわが国の観測史上最大規模の破局的な自然災害でした.特に,巨大津波と原子力発電所事故とが相まって,想像を絶する被害をもたらしました.震災関連死を含めた死者は約2万人で,死を免れた人々にも直接,間接に心理的,社会的,経済的,文化的などの複合的な悪影響を長期にわたり与えてきました.精神医療に目を向けると,発災直後・急性期には被災地の行政や医療機関などの機能が麻痺し,さらにその後の中・長期の復興を見ても多くの医療上の問題が山積しており,地域精神医療の脆弱な部分がまさに露呈してきたといえます.
わが国の精神医学においては,1995年1月17日の阪神・淡路大震災と,2004年10月23日の新潟県中越地震の経験から“災害精神医学”の領域が認識され,ある一定の平時の備えがあり,その経験則を活かせたところも多かったと思います.しかし,災害と一口にいってもその質や程度,地域性,果ては政治の有り様までが複雑に影響するため,東日本大震災固有の問題も多々ありました.このため被災地での精神保健や精神医療などの支援において相当の戸惑いがみられたのも事実です.こうしたことを踏まえて,今回の震災の経験をまとめて,それを後世に伝える作業が必要だろうという思いで,被災地の支援者および被災地外から支援に奔走された方々を中心に編集をお願いして本書を計画しました.演繹的な教科書ではなく,さまざまな現場での支援などの実際やその問題をまとめることになり,全章で約80項目と多岐になりましたが,目次を見ていただくとわかるように,どれ一つとして欠かすことのできない視点です.読者には,それぞれの興味や関心に応じて本書をどこからでも紐解いていただければ幸甚であります.
最後になりますが,震災で亡くなられた方々のご冥福をあらためてお祈りするとともに,本書の著者の方々はもとより震災の直後・急性期および中・長期において多大なご支援をいただいた方々に心より感謝を申し上げる次第です.
2016年3月
(監修者・編集者を代表して)
松岡 洋夫
2011年3月11日に起きた東日本大震災は,マグニチュード9.0とわが国の観測史上最大規模の破局的な自然災害でした.特に,巨大津波と原子力発電所事故とが相まって,想像を絶する被害をもたらしました.震災関連死を含めた死者は約2万人で,死を免れた人々にも直接,間接に心理的,社会的,経済的,文化的などの複合的な悪影響を長期にわたり与えてきました.精神医療に目を向けると,発災直後・急性期には被災地の行政や医療機関などの機能が麻痺し,さらにその後の中・長期の復興を見ても多くの医療上の問題が山積しており,地域精神医療の脆弱な部分がまさに露呈してきたといえます.
わが国の精神医学においては,1995年1月17日の阪神・淡路大震災と,2004年10月23日の新潟県中越地震の経験から“災害精神医学”の領域が認識され,ある一定の平時の備えがあり,その経験則を活かせたところも多かったと思います.しかし,災害と一口にいってもその質や程度,地域性,果ては政治の有り様までが複雑に影響するため,東日本大震災固有の問題も多々ありました.このため被災地での精神保健や精神医療などの支援において相当の戸惑いがみられたのも事実です.こうしたことを踏まえて,今回の震災の経験をまとめて,それを後世に伝える作業が必要だろうという思いで,被災地の支援者および被災地外から支援に奔走された方々を中心に編集をお願いして本書を計画しました.演繹的な教科書ではなく,さまざまな現場での支援などの実際やその問題をまとめることになり,全章で約80項目と多岐になりましたが,目次を見ていただくとわかるように,どれ一つとして欠かすことのできない視点です.読者には,それぞれの興味や関心に応じて本書をどこからでも紐解いていただければ幸甚であります.
最後になりますが,震災で亡くなられた方々のご冥福をあらためてお祈りするとともに,本書の著者の方々はもとより震災の直後・急性期および中・長期において多大なご支援をいただいた方々に心より感謝を申し上げる次第です.
2016年3月
(監修者・編集者を代表して)
松岡 洋夫
目次
開く
第1章 災害とメンタルヘルス
1.災害と精神医療
2.災害時のメンタルヘルス活動の歴史と進展
3.災害への反応とフェーズ
4.疫学:罹患率,危険因子,防御因子
5.アセスメント・モデル,支援計画
第2章 直後・急性期における支援の実際
1.避難所等での支援
2.サイコロジカル・ファーストエイド(PFA)
I.WHO版PFA
II.米国版PFA
3.薬物の用い方
4.惨事ストレスと支援者のケア
I.総論
II.遺体関連業務従事者のメンタルヘルス
5.組織間の連携
6.メディア対応
第3章 直後・急性期:外部からの支援
1.総論
2.災害派遣精神医療チーム(DPAT)について
3.子どもの支援と関連機関との連携
4.一般医療チームにおける支援と連携
5.ボランティア団体との連携
第4章 直後・急性期:被災地域内の状況と支援
1.総論
2.精神保健福祉センター
3.保健所
4.市町村:保健師
5.精神科病院-対応と備え
6.精神医学講座
7.自治体・障害福祉課
8.福祉事業所
第5章 介入方法
1.総論
2.認知行動療法的アプローチ
3.急性ストレス障害(ASD)と心的外傷後ストレス障害(PTSD)
4.災害による喪失と死別への心理的ケア・治療
5.サイコロジカル・リカバリー・スキル(SPR)
第6章 特別な支援対象
1.職域での支援
2.子ども・若者への支援
3.アルコール問題への対応
4.リエゾン・総合病院での支援
5.原発災害での支援
6.多文化的対応
7.精神障害者への支援
8.高齢者への支援
第7章 中・長期の支援:総論
第8章 災害における研究
1.研究の手続きと倫理
2.災害時のアセスメントツールと研究
3.災害時の疫学研究
第9章 実践編
1.岡山県心のケアチーム「雪風」-南三陸町での経験
2.国立国際医療研究センター国府台病院こころのケアチーム
-宮城県石巻市での支援を通して
3.兵庫県こころのケアチーム
4.神奈川県心のケアチームの支援活動報告
5.宮城県精神保健福祉センター
6.福島県精神保健福祉センター
7.仙台市精神保健福祉総合センターの実施した震災後メンタルヘルス対策
8.陸前高田市における保健所保健師の活動報告
9.宮城県東部保健福祉事務所(石巻保健所)の活動
10.石巻市保健師の経験
11.被災地南三陸町からの活動報告
12.南相馬市のこころのケア活動
13.気仙沼市・光ヶ丘保養園での経験
14.岩沼市・南浜中央病院での経験
15.石巻市・こだまホスピタルでの経験
16.南相馬市・小高赤坂病院の経験
17.登米市・石越病院の経験-被災医療機関からの受け入れ
18.岩手医科大学精神医学講座
19.東北大学精神医学教室
20.精神医学講座担当者会議
21.被災地内での外部・内部支援者のコーディネート
22.子どものケア
23.北海道子どものこころのケアチームの経験
24.被災地域における子どものこころのケアシステムの構築
25.アルコール問題へのグループ・アプローチによる対応
26.久里浜こころのケアチームのアルコール問題への対応
27.こころのケアセンター-阪神・淡路大震災の経験から
28.新潟県精神保健福祉協会こころのケアセンター
29.岩手県こころのケアセンター
30.みやぎ心のケアセンター
31.ふくしま心のケアセンター-混迷からみえてきたもの
32.石巻圏における新たな精神保健活動への取り組み-からころステーションの活動
33.なごみ
34.地域再生の試み
索引
1.災害と精神医療
2.災害時のメンタルヘルス活動の歴史と進展
3.災害への反応とフェーズ
4.疫学:罹患率,危険因子,防御因子
5.アセスメント・モデル,支援計画
第2章 直後・急性期における支援の実際
1.避難所等での支援
2.サイコロジカル・ファーストエイド(PFA)
I.WHO版PFA
II.米国版PFA
3.薬物の用い方
4.惨事ストレスと支援者のケア
I.総論
II.遺体関連業務従事者のメンタルヘルス
5.組織間の連携
6.メディア対応
第3章 直後・急性期:外部からの支援
1.総論
2.災害派遣精神医療チーム(DPAT)について
3.子どもの支援と関連機関との連携
4.一般医療チームにおける支援と連携
5.ボランティア団体との連携
第4章 直後・急性期:被災地域内の状況と支援
1.総論
2.精神保健福祉センター
3.保健所
4.市町村:保健師
5.精神科病院-対応と備え
6.精神医学講座
7.自治体・障害福祉課
8.福祉事業所
第5章 介入方法
1.総論
2.認知行動療法的アプローチ
3.急性ストレス障害(ASD)と心的外傷後ストレス障害(PTSD)
4.災害による喪失と死別への心理的ケア・治療
5.サイコロジカル・リカバリー・スキル(SPR)
第6章 特別な支援対象
1.職域での支援
2.子ども・若者への支援
3.アルコール問題への対応
4.リエゾン・総合病院での支援
5.原発災害での支援
6.多文化的対応
7.精神障害者への支援
8.高齢者への支援
第7章 中・長期の支援:総論
第8章 災害における研究
1.研究の手続きと倫理
2.災害時のアセスメントツールと研究
3.災害時の疫学研究
第9章 実践編
1.岡山県心のケアチーム「雪風」-南三陸町での経験
2.国立国際医療研究センター国府台病院こころのケアチーム
-宮城県石巻市での支援を通して
3.兵庫県こころのケアチーム
4.神奈川県心のケアチームの支援活動報告
5.宮城県精神保健福祉センター
6.福島県精神保健福祉センター
7.仙台市精神保健福祉総合センターの実施した震災後メンタルヘルス対策
8.陸前高田市における保健所保健師の活動報告
9.宮城県東部保健福祉事務所(石巻保健所)の活動
10.石巻市保健師の経験
11.被災地南三陸町からの活動報告
12.南相馬市のこころのケア活動
13.気仙沼市・光ヶ丘保養園での経験
14.岩沼市・南浜中央病院での経験
15.石巻市・こだまホスピタルでの経験
16.南相馬市・小高赤坂病院の経験
17.登米市・石越病院の経験-被災医療機関からの受け入れ
18.岩手医科大学精神医学講座
19.東北大学精神医学教室
20.精神医学講座担当者会議
21.被災地内での外部・内部支援者のコーディネート
22.子どものケア
23.北海道子どものこころのケアチームの経験
24.被災地域における子どものこころのケアシステムの構築
25.アルコール問題へのグループ・アプローチによる対応
26.久里浜こころのケアチームのアルコール問題への対応
27.こころのケアセンター-阪神・淡路大震災の経験から
28.新潟県精神保健福祉協会こころのケアセンター
29.岩手県こころのケアセンター
30.みやぎ心のケアセンター
31.ふくしま心のケアセンター-混迷からみえてきたもの
32.石巻圏における新たな精神保健活動への取り組み-からころステーションの活動
33.なごみ
34.地域再生の試み
索引
書評
開く
災害精神支援学の到達点
書評者: 三國 雅彦 (函館渡辺病院名誉院長)
熊本地震で被災された皆さまにこころからのお見舞いを申し上げます。また,被災者のメンタルヘルスの活動に当たっておられる方々にこころからの敬意を表するとともに,くれぐれもご自愛くださいますようお祈り申し上げます。
このたびの熊本地震における地元の精神科病院間の患者移送などの連携の様子,また災害派遣精神医療チームDisaster Psychiatric Assistance Team(DPAT)の活動ならびに熊本大学と九州各地の大学,自治体病院精神科などとの連携をうかがい,阪神淡路大震災や2回の中越地震での経験を生かして,東日本大震災後に展開された急性期,中長期のこころのケアに関する活動の蓄積の成果が熊本で生かされていると実感しています。東日本大震災でのメンタルヘルスに対応した活動が,わが国の災害精神支援学の確立に大きく寄与していることは間違いなく,その時,小生も第107回日本精神神経学会の学会長として危機管理と災害支援に緊急に取り組むことになりました。学術総会の秋への延期や災害支援ワークショップの緊急開催,その集会での学会声明「こころの健康は国の財産であり,宝である。被災者のこころの健康を守るため,大震災で失われた精神医療保健福祉の再構築による安心・安全な地域への再生を復興プログラムに盛り込むべきである」の取りまとめ,災害支援事業の実施,文部科学省への災害精神支援学講座新設の要望など,慌ただしくしていました。
ちょうどその頃,詩人島田陽子の病いへの恐怖の詩「滝は滝になりたくてなったのではない/落ちなければならないことなど/崖っぷちに来るまで知らなかったのだ/まっさかさまに/落ちて落ちて落ちて/たたきつけられた奈落に/思いがけない平安が待っていた/新しい旅も用意されていた/岩を縫って川は再び走りはじめる」(島田陽子詩集,2013年より引用)を思い起こして,東日本大震災後にも思いがけない平安が待っていて,また走り始めていけるように,困難の中でその準備ができればと願ったものでした。
本書は2011年3月11日の東日本大震災の活動を通じて蓄積された多職種による臨床の知,さまざまな現場での社会的心理的支援の知の集大成となっており,災害精神支援学の実践の書であります。監修者は被災県の3大学で,当時,全国の支援者と連携しながら地域のメンタルヘルスに教室員とともに取り組まれた精神医学講座担当者であり,編者や分担執筆者の多くの先生方も阪神淡路や3.11大震災の被災者であり支援者であった方々であり,両者の立場を理解し,苦労し尽くしてこられた方々です。したがって,被災者に対応する時の注意点やボランティア団体と連携して活動する際の留意点が要領よくまとめられています。また,東日本大震災で大きく注目された災害時の救援者・支援者のメンタルヘルスについても「惨事ストレスと支援者のケア」(p.39),「職域での支援」(p.128)の項で扱われており,今後に生かされていくものと確信しています。特に災害の緊急時においては子どもや老人,精神疾患患者が災害弱者となりやすいことからこころのケアが必須となり,精神疾患の発症予防,増悪防止の精神医療・保健福祉活動が求められます。したがって,医師,保健師,精神保健福祉士などの多職種による科学的なエビデンスに基づく災害時のこころのケアの実践が必須となり,本書はその指針を明確に与えています。
3.11大震災は原発事故を伴っていたことが被害を一層増大させ,復興遅延を起こしていますが,本書では原発事故との関連が触れられている点も特記しておきたいと存じます。ただ,東京電力,とりわけ福島第一原発で懸命に事故対応された職員へのメンタルヘルス活動の言及がないのは残念ですが,産業医大の先生方の貢献があったと仄聞しており,別の機会におうかがいできればと願っています。また,本書では,文部科学省が純増で新設した災害精神支援学講座からの報告がなかったことも残念ですが,同講座がわが国独自のきめ細かな災害精神支援学を確立していっていただきたいと願っています。
本書の中でも指摘されているように,災害前から潜在していた諸問題が災害後に露呈するので,その地域の特性・問題の所在の特定をそれぞれ事前に検証しながら,行政,民間の医療・福祉関係施設,大学などで対応を協議しておくことが重要となります。本書は被災者個人の喪失感,悲嘆は一つとして同じではなく,メンタルヘルス活動を通じて被災者一人ひとりの被災体験を受け止め,丹念に聞き取り,被災者の声,地域のニーズを把握する中で,その被災地に特化した支援を可能にしていくべきことを教えてくれており,まさしくわが国の災害精神支援学の到達点を示しているということができます。もはや想定外ということのできない,あらゆる大災害を想定した事前の研修で本書が用いられ,その研修が生かされたこころのケア活動が災害後に思わぬ平安を共有して,また走り始めるきっかけとなるように願って,本書をこころから推奨申し上げる次第です。
わが国の災害精神医学のバイブル。東日本大震災からの復興を象徴する“希望の書”
書評者: 塩入 俊樹 (岐阜大大学院教授・精神病理学)
1995年1月17日の阪神・淡路大震災を契機として,災害時の「こころのケア」が本格的に行われたのは,2004年10月23日の新潟県中越地震である。当時,新潟大学に所属していた評者は,災害精神医学という未知の分野に飛び込み,今でも旧山古志村に定期的にお邪魔している。そういう経緯で,本書の書評という大役を命じられたものと思う。
本書を開いてまず驚いたのは,総勢73名という執筆者の多さである。災害精神医学という領域がクローズアップされてきているだけでなく,全ての執筆者が第一線の専門家であり,これほど多くの専門家が東日本大震災に関わっていることに,正直,感動を覚えた。
次に目次を見て,その内容の多さ,濃さに感心した。本書260ページには,9つの章,そしてその中に70以上の項目がある。災害時のメンタルヘルスの必要性から始まり,直後・急性期における支援について,サイコロジカル・ファーストエイド(PFA)や惨事ストレス,メディア対応や災害派遣精神医療チーム(DPAT)など,さまざまな角度から十分に記述されている。さらに,認知行動療法やサイコロジカル・リカバリー・スキル(SPR)など,実際の介入方法から,子どもや高齢者,原発災害など,特に注意すべき支援対象についても,それぞれ独立した章を作って詳細に述べられている。もちろん中・長期の支援についても,阪神・淡路大震災の経験を踏まえて書かれている。つまり本書は,災害時の「こころのケア」の総論から各論まで,最新の内容も含めてよくまとまった良書と言えよう。
特に,最後の第9章は,最大の特徴である。それは「実践編」と称して,東日本大震災で,いったいどんなことが行われていたのか,34の専門機関,専門チームがそれぞれの実際の活動とその問題点を赤裸々に綴っている。石巻市内で急性期のこころのケア活動をさせていただいた5年前のことを,鮮明に想い出した。本書の序において,監修のお一人である松岡洋夫教授(東北大大学院・精神神経学)が「今回の震災の経験をまとめて,それを後世に伝える作業が必要」(p.V)と述べているように,この章が本書の目的の1つであることは間違いない。震災から5年が過ぎた今,われわれ精神医療に携わる全ての者には,第9章を精読し,これをそれぞれの心に「宮古市の大津波記念碑」,さらには「陸前高田市の奇跡の一本松・希望の一本松」として留めておくことが求められている。
2016年4月14日,熊本地震が起きた。この書評を書いている間にも被災地に入り「こころのケア」活動をされている諸先生方に敬意を表したい。本書は,災害立国である日本に住む精神医療従事者には必読の書である。最後に,「わが国の災害精神医学のバイブル」とも言える本書を,執筆・編集・監修された関係者の皆様方に御礼申し上げます。
書評者: 三國 雅彦 (函館渡辺病院名誉院長)
熊本地震で被災された皆さまにこころからのお見舞いを申し上げます。また,被災者のメンタルヘルスの活動に当たっておられる方々にこころからの敬意を表するとともに,くれぐれもご自愛くださいますようお祈り申し上げます。
このたびの熊本地震における地元の精神科病院間の患者移送などの連携の様子,また災害派遣精神医療チームDisaster Psychiatric Assistance Team(DPAT)の活動ならびに熊本大学と九州各地の大学,自治体病院精神科などとの連携をうかがい,阪神淡路大震災や2回の中越地震での経験を生かして,東日本大震災後に展開された急性期,中長期のこころのケアに関する活動の蓄積の成果が熊本で生かされていると実感しています。東日本大震災でのメンタルヘルスに対応した活動が,わが国の災害精神支援学の確立に大きく寄与していることは間違いなく,その時,小生も第107回日本精神神経学会の学会長として危機管理と災害支援に緊急に取り組むことになりました。学術総会の秋への延期や災害支援ワークショップの緊急開催,その集会での学会声明「こころの健康は国の財産であり,宝である。被災者のこころの健康を守るため,大震災で失われた精神医療保健福祉の再構築による安心・安全な地域への再生を復興プログラムに盛り込むべきである」の取りまとめ,災害支援事業の実施,文部科学省への災害精神支援学講座新設の要望など,慌ただしくしていました。
ちょうどその頃,詩人島田陽子の病いへの恐怖の詩「滝は滝になりたくてなったのではない/落ちなければならないことなど/崖っぷちに来るまで知らなかったのだ/まっさかさまに/落ちて落ちて落ちて/たたきつけられた奈落に/思いがけない平安が待っていた/新しい旅も用意されていた/岩を縫って川は再び走りはじめる」(島田陽子詩集,2013年より引用)を思い起こして,東日本大震災後にも思いがけない平安が待っていて,また走り始めていけるように,困難の中でその準備ができればと願ったものでした。
本書は2011年3月11日の東日本大震災の活動を通じて蓄積された多職種による臨床の知,さまざまな現場での社会的心理的支援の知の集大成となっており,災害精神支援学の実践の書であります。監修者は被災県の3大学で,当時,全国の支援者と連携しながら地域のメンタルヘルスに教室員とともに取り組まれた精神医学講座担当者であり,編者や分担執筆者の多くの先生方も阪神淡路や3.11大震災の被災者であり支援者であった方々であり,両者の立場を理解し,苦労し尽くしてこられた方々です。したがって,被災者に対応する時の注意点やボランティア団体と連携して活動する際の留意点が要領よくまとめられています。また,東日本大震災で大きく注目された災害時の救援者・支援者のメンタルヘルスについても「惨事ストレスと支援者のケア」(p.39),「職域での支援」(p.128)の項で扱われており,今後に生かされていくものと確信しています。特に災害の緊急時においては子どもや老人,精神疾患患者が災害弱者となりやすいことからこころのケアが必須となり,精神疾患の発症予防,増悪防止の精神医療・保健福祉活動が求められます。したがって,医師,保健師,精神保健福祉士などの多職種による科学的なエビデンスに基づく災害時のこころのケアの実践が必須となり,本書はその指針を明確に与えています。
3.11大震災は原発事故を伴っていたことが被害を一層増大させ,復興遅延を起こしていますが,本書では原発事故との関連が触れられている点も特記しておきたいと存じます。ただ,東京電力,とりわけ福島第一原発で懸命に事故対応された職員へのメンタルヘルス活動の言及がないのは残念ですが,産業医大の先生方の貢献があったと仄聞しており,別の機会におうかがいできればと願っています。また,本書では,文部科学省が純増で新設した災害精神支援学講座からの報告がなかったことも残念ですが,同講座がわが国独自のきめ細かな災害精神支援学を確立していっていただきたいと願っています。
本書の中でも指摘されているように,災害前から潜在していた諸問題が災害後に露呈するので,その地域の特性・問題の所在の特定をそれぞれ事前に検証しながら,行政,民間の医療・福祉関係施設,大学などで対応を協議しておくことが重要となります。本書は被災者個人の喪失感,悲嘆は一つとして同じではなく,メンタルヘルス活動を通じて被災者一人ひとりの被災体験を受け止め,丹念に聞き取り,被災者の声,地域のニーズを把握する中で,その被災地に特化した支援を可能にしていくべきことを教えてくれており,まさしくわが国の災害精神支援学の到達点を示しているということができます。もはや想定外ということのできない,あらゆる大災害を想定した事前の研修で本書が用いられ,その研修が生かされたこころのケア活動が災害後に思わぬ平安を共有して,また走り始めるきっかけとなるように願って,本書をこころから推奨申し上げる次第です。
わが国の災害精神医学のバイブル。東日本大震災からの復興を象徴する“希望の書”
書評者: 塩入 俊樹 (岐阜大大学院教授・精神病理学)
1995年1月17日の阪神・淡路大震災を契機として,災害時の「こころのケア」が本格的に行われたのは,2004年10月23日の新潟県中越地震である。当時,新潟大学に所属していた評者は,災害精神医学という未知の分野に飛び込み,今でも旧山古志村に定期的にお邪魔している。そういう経緯で,本書の書評という大役を命じられたものと思う。
本書を開いてまず驚いたのは,総勢73名という執筆者の多さである。災害精神医学という領域がクローズアップされてきているだけでなく,全ての執筆者が第一線の専門家であり,これほど多くの専門家が東日本大震災に関わっていることに,正直,感動を覚えた。
次に目次を見て,その内容の多さ,濃さに感心した。本書260ページには,9つの章,そしてその中に70以上の項目がある。災害時のメンタルヘルスの必要性から始まり,直後・急性期における支援について,サイコロジカル・ファーストエイド(PFA)や惨事ストレス,メディア対応や災害派遣精神医療チーム(DPAT)など,さまざまな角度から十分に記述されている。さらに,認知行動療法やサイコロジカル・リカバリー・スキル(SPR)など,実際の介入方法から,子どもや高齢者,原発災害など,特に注意すべき支援対象についても,それぞれ独立した章を作って詳細に述べられている。もちろん中・長期の支援についても,阪神・淡路大震災の経験を踏まえて書かれている。つまり本書は,災害時の「こころのケア」の総論から各論まで,最新の内容も含めてよくまとまった良書と言えよう。
特に,最後の第9章は,最大の特徴である。それは「実践編」と称して,東日本大震災で,いったいどんなことが行われていたのか,34の専門機関,専門チームがそれぞれの実際の活動とその問題点を赤裸々に綴っている。石巻市内で急性期のこころのケア活動をさせていただいた5年前のことを,鮮明に想い出した。本書の序において,監修のお一人である松岡洋夫教授(東北大大学院・精神神経学)が「今回の震災の経験をまとめて,それを後世に伝える作業が必要」(p.V)と述べているように,この章が本書の目的の1つであることは間違いない。震災から5年が過ぎた今,われわれ精神医療に携わる全ての者には,第9章を精読し,これをそれぞれの心に「宮古市の大津波記念碑」,さらには「陸前高田市の奇跡の一本松・希望の一本松」として留めておくことが求められている。
2016年4月14日,熊本地震が起きた。この書評を書いている間にも被災地に入り「こころのケア」活動をされている諸先生方に敬意を表したい。本書は,災害立国である日本に住む精神医療従事者には必読の書である。最後に,「わが国の災害精神医学のバイブル」とも言える本書を,執筆・編集・監修された関係者の皆様方に御礼申し上げます。
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