双極性障害の心理教育マニュアル
患者に何を,どう伝えるか
病気を正しく理解してもらうことで症状の悪化や再発を予防できる!
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昨今、その重要性が高まってきている双極性障害患者に対する心理教育のノウハウをまとめた本邦初の実践書。病気の特徴や原因、薬物療法や早期発見のポイントなど、医療関係者が患者に伝えるべき内容や手順を実際の心理教育プログラムの流れに沿って解説。また巻末には付録として患者の睡眠・覚醒リズムや日常生活の活動を記録する表も収載しており、臨床現場でそのまま使える内容となっている。
原著 | Francesc Colom / Eduard Vieta |
---|---|
監訳 | 秋山 剛 / 尾崎 紀夫 |
発行 | 2012年04月判型:B5頁:200 |
ISBN | 978-4-260-01548-6 |
定価 | 3,740円 (本体3,400円+税) |
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- 序文
- 目次
- 書評
序文
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監訳者の序(尾崎紀夫)/推薦の序(Jan Scott)/序(Francesc Colom,Eduard Vieta)
監訳者の序
良好な治療効果が得られ,その後再発の予防を維持するためには,患者さん(とそのご家族)が病気とその対応方法について十分に知り,対応を実践していただく必要があります。そのためには,専門家による「心理教育」は欠かせません。「教育」という言葉から,ときに「一方通行の知識伝授」といったイメージをもたれがちですが,「心理教育」は「一方通行」ではなく,「教える側と,教えられる側の双方が参加して,相互理解が深まるもの」であることが重要です。
本書で紹介されている「双極性障害の心理教育」の本質は,まさに「治療者と患者の双方向性と相互理解」にあります。「双極性障害の心理教育」における互いに理解すべき具体的な事柄を説明するにあたり,「病識とは何か」について触れたいと思います。「病識」は,「自分が病気であることと,治療を受ける必要性」の2点を自覚することだと思われています。一方,図(本サイトでは省略)で示した定義によれば,この2点に加え,「何が症状であるかがわかること」が備わって初めて,「真の病識」が成立します(David AS : Insight and psychosis. Br J Psychiatry 156 : 798-808, 1990)。
「何が症状であるかがわかること」の重要性を考えてみましょう。双極性障害で生じる,うつ病相の「落ち込み」と躁病相の「高揚感」は,誰にでも起こる気分の波と似ています。その結果,患者さんや,ときにご家族も,「…であれば落ち込むのは当たり前」と考えることや,患者さんは「元気なあの頃(躁病相)を目標にしたい」と思いがちです。まして,気分の波の「兆し」や「きっかけ」に思い至ることは難しく,病的な気分の波に振り回される場合や,ときに「高揚気分が抑えつけられる薬は飲みたくない」といった発想にもつながりかねません。
本書の筆者たちは,双極性障害の患者さんとそのご家族に何を知ってもらい,どのように対応してもらえばよいのか,治療者が十分理解しておくべきことについて丁寧に説明しています。この心理教育プログラムの再発予防効果は,(ランダム化比較試験による)効果研究によって実証されている点も重要な点です。
わが国でもこのプログラムが広まることを訳者一同は期待していますが,わが国とスペインの事情が異なる点や,説明をするべきだと考えた点については,訳者による補足説明を加えました。
双極性障害の治療者のみならず,患者さんやご家族にも,本書をお読みいただき,対応方法を身につけていただき,社会への参画を果たす方が1人でも増えることを願っております。
2012年4月
尾崎紀夫
推薦の序
双極性障害には,他のいかなる精神障害にもまして,包括的かつ統合的なアプローチが必要である。「正しい薬物治療だけで,双極性障害の治療を行える」という意見は,もはや受け入れられない。研究トライアルで有効性が確認された多数の薬物治療を用いても,今日の臨床現場では,双極性障害の経過は改善されていない。研究上の効果と現場での有用性に乖離が存在するのは,1つには双極性障害の患者に薬物治療を守らせるのが難しいからであり,また,多様で異質な臨床患者の経過には,さまざまなネガティブな心理社会的要素が大きく影響するからである。
双極性障害における再発の危険性や不良な予後を理解するためのモデルとして,ストレス脆弱性仮説が広く受け入れられつつある。また,障害や治療に対する考えや取り組み,障害がもたらす困難にどのように適応できるか,できないかということが,患者の予後に影響を与える。有害な可能性の高い行動(たとえばドラッグやアルコールの使用)を避け,規則的で安定した社会活動をとるように援助すると,サーカディアンリズム(日常生活のリズム)が安定し,再発のリスクが軽減すると思われる。これらの知見から,予後に悪影響を与える心理社会的ストレッサーに対する介入の必要性は明らかであり,長期にわたるメンタルヘルスの課題に対して,患者が根拠に基づいて行動や対処を選択できるよう支援しなければならない。この分野の研究者のジレンマは,どのタイプの心理的な介入がこれらの要求をすべて満たし,競合的ではなく補完的な治療モデルを提供するかということである。心理療法は,気分安定薬やその他の薬物の受け入れを助け,その効果を損なわないことが重要である。
過去10年の間に,双極性障害に対する4つの主要な心理的介入のモデルが発展した。そのうちの3つ〔認知行動療法(CBT),対人関係社会リズム療法,家族療法〕はうつ病や統合失調症の治療で成功したという,エビデンスに基づいたモデルの応用である。4つ目のモデルはバルセロナのグループにより新たに開発された。バルセロナグループは自分らの方法を開発するうえで,次の3つを原則としている。(1)双極性障害の心理-生物-社会モデルを重視する。これによって,すべての治療介入が-薬理的なものであれ心理的なものであれ-患者に意味を成し,理にかなってみえる。(2)心理社会的な問題の中核を標的とし,エビデンスに基づいた介入を行う(適応,治療アドヒアランス,物質の有害使用の抑制,規則的な社会生活リズムの改善,再発予防の戦略を標的にしている点で,他の方法と共通する)。そして,(3)疾患に関する具体的で有用な情報を患者が理解しやすい形で提供し,効果的な対処技法を教える。
バルセロナグループのやり方のユニークな点は,心理教育という考え方に基づきながら,成人の学習モデル(adult learning model)を用い,仲間同士で,相互支援,相互学習できるようにグループアプローチを用いていることである。行動を変えるために,情報は必要条件であるが十分条件ではないので,これらの要素は重要である。残念ながら,多くの臨床家は心理教育に関して懐疑的なようである。心理教育を行っていると皆が主張するが,患者が実際に行動を修正し,新しい対処や問題解決技術を学ぶ助けとなる,系統的・包括的・多面的な心理教育モデルを採用している人はほとんどいない。このマニュアルで概説されている心理教育プログラムは,注意深く選択された情報からなり,スーパービジョンを受けながら,または自己学習で,患者が自己管理の技術を発展・実践する機会を与える。セッションは,メンタルヘルスの課題に対するアプローチのモデルを提供するように構成されている。メンタルヘルスの専門家が構造や場を保証することにより,グループでの学習の利点や,仲間同士でのサポートをさらに高めることができる。プログラムでは,話題が真剣に取り扱われるが,グループメンバー間の話し合いを促進するためには,ユーモアを用いてよい。学習を楽しめるプロセスとすることも,このプログラムの目的の1つである。
Francesc ColomとEduard Vietaを知っている人は,双極性障害のあらゆる分野に関する研究への彼らの貢献に対して,国際的に大きな尊敬が払われていることを知っているであろう。このマニュアルは,バルセロナで作成された集団プログラムを,いろいろなところで調査,研究,臨床に応用できるように,心理教育のやり方を詳細に記述している。患者に与える情報やセッションの構造が明確に述べられているので,必要に応じて,枠組みを修正することもできる。たとえば,文化の違いや他の治療との組み合わせに従って,セッションの内容を一部修正することが可能である。
双極性障害の患者が必要とするものは多岐にわたる。Catalanグループにより開発されたプログラムは,患者にとって受け入れやすく,理解しやすい。薬物療法がすべての治療の核であるという重要性を軽視することなく,患者がセルフモニタリング,自己管理できるように力づけるものである。双極性障害に対する薬理的アプローチと心理的アプローチを継ぎ目なく統合したアプローチはほとんどなく,両者はしばしば離れてしまっている。しかし,患者のよりよい予後を望むのであれば,まさしくこういったタイプの治療戦略こそが,喫緊に必要とされている。バルセロナグループは臨床の科学,実践に重要な寄与を果たしている。双極性障害の患者や家族の生活の質を改善するように努めている治療スタッフに,自分たちのプログラムを提供したことは,彼らの大きな貢献である。
Jan Scott
心理療法研究の教授,英国・ロンドンの精神医学協会(Institute of Psychiatry, London, UK)
序
ローマ帝国時代,軍事的な勝利の後,興奮,歓喜している群集の前で,皇帝は勝利の行進を行った。太陽は高みから輝き,月桂樹が頭を飾り,兵士は偉大な指導者に敬礼し,平民は崇拝し,生命が彼に微笑みかける。偉大な栄光は,勝利による神格化への最初のステップに過ぎない-しかし,大勢の随行員の中,皇帝の背後にその男は歩いていた-彼の仕事は皇帝に対し,「あなたは神ではないことを忘れてはいけない,人間であることを忘れてはいけない,死すべき運命にあることを忘れてはいけない」と繰り返すことである。
この比喩は,双極性障害の患者が,自分がどこにいるかを知り,どこに行くべきかを決めるための情報を提供する心理教育治療家(psychoeducational therapist)の仕事を,まざまざと描写している。
双極性障害の患者のための心理教育のグループを始めたとき,入手できる情報,効果に関する無作為試験,マニュアルはほとんどなく,我々は,双極性障害に関する自分の知識や常識に頼らなければならなかった。少し経つと,いくつかのレビューやマニュアルが出始め,我々はこの分野の先進的な研究者と接触をもった。米国,英国,オランダ,イタリアのチームが,同じゴールに向かい,同様の技術を用い,同じテーマに取り組んでいた。我々は同じような結論にたどり着いていたが,これは驚くべきことではない。研究者は皆,常識や双極性障害に関する臨床知識をもっていたからである。心理教育による介入が双極性障害の患者に必要なことは明らかであったが,明らかであることや常識であることは,ただちに有効であることの証明にはならない。科学の役割の1つは,明らかなことを正確に証明することであり,心理教育は双極性障害患者の再発を予防するうえで有効であることが実証された-効果の検証について,我々のグループが重要な役割を果たしたことを誇りに思っている。
この本は,自分の障害をよりよく管理し,病いとともに生活し,進歩し,より効果的に薬を飲み,なぜ薬を服用する必要があるのかを理解し,双極性障害の再発を防ぐための技術を,患者に伝えるためのマニュアルである。
この本は心理教育プログラムを実施するうえで必要な技術を述べている。これはエビデンスに基づいた医学という立場から不可欠なだけでなく,この障害に関してより多くを知るという患者の権利を保証し,薬物治療への支援を提供するためである。
我々はこの本を実践的で使いやすいものにしたいと考えた。双極性障害の臨床像に関する概説,今までに試みられた心理学的な介入に関する簡単なレビューから始め,なぜ双極性障害の患者に対して心理教育を行うことが重要なのか,効果を示す機序は何か,介入の期間,頻度,形式などについて述べている。こういった理論的,実践的な導入の後,5つのユニット,21のセッションからなる介入について記述している-セッションごとに章を割き,それぞれの章は,次の5つの部分に分けられている。
・目標:セッションの具体的な目標が述べられている
・セッションの流れ:セッションのステップや行うべきことを詳細に記述している
・セッションのコツ:我々の直接の経験に基づいた,セッションを行ううえで役に立つコツについて述べている
・配布資料:セッションの終わりに患者に配布するための資料である。心理教育プログラムを行う臨床心理士や精神科医は,これらの資料を定期的にアップデートすることが望まれる
・宿題:次回のセッションまでにやってきてほしい宿題を示した。宿題は,次回のセッションの準備である
この構成が,この本を用いて我々のプログラムを適用することを容易にしていればと願う。
さて,皇帝に話しかけていた男に話を戻そう。ローマ時代には,こういったことをすれば,文字どおり,胴体と頭部が分離されることになった-近年の心理学においても,肉体と精神を分離するという過ちが繰り返されている。我々は,将来がより明るいものになることを望んでいる。
Francesc Colom
Eduard Vieta
監訳者の序
良好な治療効果が得られ,その後再発の予防を維持するためには,患者さん(とそのご家族)が病気とその対応方法について十分に知り,対応を実践していただく必要があります。そのためには,専門家による「心理教育」は欠かせません。「教育」という言葉から,ときに「一方通行の知識伝授」といったイメージをもたれがちですが,「心理教育」は「一方通行」ではなく,「教える側と,教えられる側の双方が参加して,相互理解が深まるもの」であることが重要です。
本書で紹介されている「双極性障害の心理教育」の本質は,まさに「治療者と患者の双方向性と相互理解」にあります。「双極性障害の心理教育」における互いに理解すべき具体的な事柄を説明するにあたり,「病識とは何か」について触れたいと思います。「病識」は,「自分が病気であることと,治療を受ける必要性」の2点を自覚することだと思われています。一方,図(本サイトでは省略)で示した定義によれば,この2点に加え,「何が症状であるかがわかること」が備わって初めて,「真の病識」が成立します(David AS : Insight and psychosis. Br J Psychiatry 156 : 798-808, 1990)。
「何が症状であるかがわかること」の重要性を考えてみましょう。双極性障害で生じる,うつ病相の「落ち込み」と躁病相の「高揚感」は,誰にでも起こる気分の波と似ています。その結果,患者さんや,ときにご家族も,「…であれば落ち込むのは当たり前」と考えることや,患者さんは「元気なあの頃(躁病相)を目標にしたい」と思いがちです。まして,気分の波の「兆し」や「きっかけ」に思い至ることは難しく,病的な気分の波に振り回される場合や,ときに「高揚気分が抑えつけられる薬は飲みたくない」といった発想にもつながりかねません。
本書の筆者たちは,双極性障害の患者さんとそのご家族に何を知ってもらい,どのように対応してもらえばよいのか,治療者が十分理解しておくべきことについて丁寧に説明しています。この心理教育プログラムの再発予防効果は,(ランダム化比較試験による)効果研究によって実証されている点も重要な点です。
わが国でもこのプログラムが広まることを訳者一同は期待していますが,わが国とスペインの事情が異なる点や,説明をするべきだと考えた点については,訳者による補足説明を加えました。
双極性障害の治療者のみならず,患者さんやご家族にも,本書をお読みいただき,対応方法を身につけていただき,社会への参画を果たす方が1人でも増えることを願っております。
2012年4月
尾崎紀夫
推薦の序
双極性障害には,他のいかなる精神障害にもまして,包括的かつ統合的なアプローチが必要である。「正しい薬物治療だけで,双極性障害の治療を行える」という意見は,もはや受け入れられない。研究トライアルで有効性が確認された多数の薬物治療を用いても,今日の臨床現場では,双極性障害の経過は改善されていない。研究上の効果と現場での有用性に乖離が存在するのは,1つには双極性障害の患者に薬物治療を守らせるのが難しいからであり,また,多様で異質な臨床患者の経過には,さまざまなネガティブな心理社会的要素が大きく影響するからである。
双極性障害における再発の危険性や不良な予後を理解するためのモデルとして,ストレス脆弱性仮説が広く受け入れられつつある。また,障害や治療に対する考えや取り組み,障害がもたらす困難にどのように適応できるか,できないかということが,患者の予後に影響を与える。有害な可能性の高い行動(たとえばドラッグやアルコールの使用)を避け,規則的で安定した社会活動をとるように援助すると,サーカディアンリズム(日常生活のリズム)が安定し,再発のリスクが軽減すると思われる。これらの知見から,予後に悪影響を与える心理社会的ストレッサーに対する介入の必要性は明らかであり,長期にわたるメンタルヘルスの課題に対して,患者が根拠に基づいて行動や対処を選択できるよう支援しなければならない。この分野の研究者のジレンマは,どのタイプの心理的な介入がこれらの要求をすべて満たし,競合的ではなく補完的な治療モデルを提供するかということである。心理療法は,気分安定薬やその他の薬物の受け入れを助け,その効果を損なわないことが重要である。
過去10年の間に,双極性障害に対する4つの主要な心理的介入のモデルが発展した。そのうちの3つ〔認知行動療法(CBT),対人関係社会リズム療法,家族療法〕はうつ病や統合失調症の治療で成功したという,エビデンスに基づいたモデルの応用である。4つ目のモデルはバルセロナのグループにより新たに開発された。バルセロナグループは自分らの方法を開発するうえで,次の3つを原則としている。(1)双極性障害の心理-生物-社会モデルを重視する。これによって,すべての治療介入が-薬理的なものであれ心理的なものであれ-患者に意味を成し,理にかなってみえる。(2)心理社会的な問題の中核を標的とし,エビデンスに基づいた介入を行う(適応,治療アドヒアランス,物質の有害使用の抑制,規則的な社会生活リズムの改善,再発予防の戦略を標的にしている点で,他の方法と共通する)。そして,(3)疾患に関する具体的で有用な情報を患者が理解しやすい形で提供し,効果的な対処技法を教える。
バルセロナグループのやり方のユニークな点は,心理教育という考え方に基づきながら,成人の学習モデル(adult learning model)を用い,仲間同士で,相互支援,相互学習できるようにグループアプローチを用いていることである。行動を変えるために,情報は必要条件であるが十分条件ではないので,これらの要素は重要である。残念ながら,多くの臨床家は心理教育に関して懐疑的なようである。心理教育を行っていると皆が主張するが,患者が実際に行動を修正し,新しい対処や問題解決技術を学ぶ助けとなる,系統的・包括的・多面的な心理教育モデルを採用している人はほとんどいない。このマニュアルで概説されている心理教育プログラムは,注意深く選択された情報からなり,スーパービジョンを受けながら,または自己学習で,患者が自己管理の技術を発展・実践する機会を与える。セッションは,メンタルヘルスの課題に対するアプローチのモデルを提供するように構成されている。メンタルヘルスの専門家が構造や場を保証することにより,グループでの学習の利点や,仲間同士でのサポートをさらに高めることができる。プログラムでは,話題が真剣に取り扱われるが,グループメンバー間の話し合いを促進するためには,ユーモアを用いてよい。学習を楽しめるプロセスとすることも,このプログラムの目的の1つである。
Francesc ColomとEduard Vietaを知っている人は,双極性障害のあらゆる分野に関する研究への彼らの貢献に対して,国際的に大きな尊敬が払われていることを知っているであろう。このマニュアルは,バルセロナで作成された集団プログラムを,いろいろなところで調査,研究,臨床に応用できるように,心理教育のやり方を詳細に記述している。患者に与える情報やセッションの構造が明確に述べられているので,必要に応じて,枠組みを修正することもできる。たとえば,文化の違いや他の治療との組み合わせに従って,セッションの内容を一部修正することが可能である。
双極性障害の患者が必要とするものは多岐にわたる。Catalanグループにより開発されたプログラムは,患者にとって受け入れやすく,理解しやすい。薬物療法がすべての治療の核であるという重要性を軽視することなく,患者がセルフモニタリング,自己管理できるように力づけるものである。双極性障害に対する薬理的アプローチと心理的アプローチを継ぎ目なく統合したアプローチはほとんどなく,両者はしばしば離れてしまっている。しかし,患者のよりよい予後を望むのであれば,まさしくこういったタイプの治療戦略こそが,喫緊に必要とされている。バルセロナグループは臨床の科学,実践に重要な寄与を果たしている。双極性障害の患者や家族の生活の質を改善するように努めている治療スタッフに,自分たちのプログラムを提供したことは,彼らの大きな貢献である。
Jan Scott
心理療法研究の教授,英国・ロンドンの精神医学協会(Institute of Psychiatry, London, UK)
序
ローマ帝国時代,軍事的な勝利の後,興奮,歓喜している群集の前で,皇帝は勝利の行進を行った。太陽は高みから輝き,月桂樹が頭を飾り,兵士は偉大な指導者に敬礼し,平民は崇拝し,生命が彼に微笑みかける。偉大な栄光は,勝利による神格化への最初のステップに過ぎない-しかし,大勢の随行員の中,皇帝の背後にその男は歩いていた-彼の仕事は皇帝に対し,「あなたは神ではないことを忘れてはいけない,人間であることを忘れてはいけない,死すべき運命にあることを忘れてはいけない」と繰り返すことである。
この比喩は,双極性障害の患者が,自分がどこにいるかを知り,どこに行くべきかを決めるための情報を提供する心理教育治療家(psychoeducational therapist)の仕事を,まざまざと描写している。
双極性障害の患者のための心理教育のグループを始めたとき,入手できる情報,効果に関する無作為試験,マニュアルはほとんどなく,我々は,双極性障害に関する自分の知識や常識に頼らなければならなかった。少し経つと,いくつかのレビューやマニュアルが出始め,我々はこの分野の先進的な研究者と接触をもった。米国,英国,オランダ,イタリアのチームが,同じゴールに向かい,同様の技術を用い,同じテーマに取り組んでいた。我々は同じような結論にたどり着いていたが,これは驚くべきことではない。研究者は皆,常識や双極性障害に関する臨床知識をもっていたからである。心理教育による介入が双極性障害の患者に必要なことは明らかであったが,明らかであることや常識であることは,ただちに有効であることの証明にはならない。科学の役割の1つは,明らかなことを正確に証明することであり,心理教育は双極性障害患者の再発を予防するうえで有効であることが実証された-効果の検証について,我々のグループが重要な役割を果たしたことを誇りに思っている。
この本は,自分の障害をよりよく管理し,病いとともに生活し,進歩し,より効果的に薬を飲み,なぜ薬を服用する必要があるのかを理解し,双極性障害の再発を防ぐための技術を,患者に伝えるためのマニュアルである。
この本は心理教育プログラムを実施するうえで必要な技術を述べている。これはエビデンスに基づいた医学という立場から不可欠なだけでなく,この障害に関してより多くを知るという患者の権利を保証し,薬物治療への支援を提供するためである。
我々はこの本を実践的で使いやすいものにしたいと考えた。双極性障害の臨床像に関する概説,今までに試みられた心理学的な介入に関する簡単なレビューから始め,なぜ双極性障害の患者に対して心理教育を行うことが重要なのか,効果を示す機序は何か,介入の期間,頻度,形式などについて述べている。こういった理論的,実践的な導入の後,5つのユニット,21のセッションからなる介入について記述している-セッションごとに章を割き,それぞれの章は,次の5つの部分に分けられている。
・目標:セッションの具体的な目標が述べられている
・セッションの流れ:セッションのステップや行うべきことを詳細に記述している
・セッションのコツ:我々の直接の経験に基づいた,セッションを行ううえで役に立つコツについて述べている
・配布資料:セッションの終わりに患者に配布するための資料である。心理教育プログラムを行う臨床心理士や精神科医は,これらの資料を定期的にアップデートすることが望まれる
・宿題:次回のセッションまでにやってきてほしい宿題を示した。宿題は,次回のセッションの準備である
この構成が,この本を用いて我々のプログラムを適用することを容易にしていればと願う。
さて,皇帝に話しかけていた男に話を戻そう。ローマ時代には,こういったことをすれば,文字どおり,胴体と頭部が分離されることになった-近年の心理学においても,肉体と精神を分離するという過ちが繰り返されている。我々は,将来がより明るいものになることを望んでいる。
Francesc Colom
Eduard Vieta
目次
開く
Part 1 双極性障害の臨床,診断および治療的側面
はじめに
歴史における双極性障害
診断と分類
双極性障害に対する心理的支援
Part 2 心理教育の概念と方法
心理療法と双極性障害:なぜ心理教育なのか?
心理教育の作用機序
臨床診療と心理教育の統合
心理教育の導入時期
心理教育プログラムの形式的側面
Part 3 心理教育プログラム:セッションの内容
ユニット1 障害への気づき
セッション1 紹介と集団のルール
セッション2 双極性障害とは?
セッション3 原因と誘因
セッション4 症状I:躁と軽躁
セッション5 症状II:うつ病と混合性エピソード
セッション6 経過と予後
ユニット2 薬物アドヒアランス
セッション7 治療I:気分安定薬
セッション8 治療II:抗躁薬
セッション9 治療III:抗うつ薬
セッション10 気分安定薬の血中濃度
セッション11 妊娠と遺伝カウンセリング
セッション12 薬物療法と代替療法
セッション13 治療中断に関連するリスク
ユニット3 精神活性物質乱用の回避
セッション14 精神活性物質:双極性障害におけるリスク
ユニット4 再発の早期発見
セッション15 躁病エピソードと軽躁エピソードの早期発見
セッション16 うつ病エピソードと混合性エピソードの早期発見
セッション17 新しい病相がみつかったら何をすべきか?
ユニット5 規則正しい生活習慣とストレスマネジメント
セッション18 生活習慣を規則正しくする
セッション19 ストレス・コントロール
セッション20 問題解決の戦略
セッション21 終結
おわりに:心理教育は有効か?
付録
文献
監訳者あとがき
索引
はじめに
歴史における双極性障害
診断と分類
双極性障害に対する心理的支援
Part 2 心理教育の概念と方法
心理療法と双極性障害:なぜ心理教育なのか?
心理教育の作用機序
臨床診療と心理教育の統合
心理教育の導入時期
心理教育プログラムの形式的側面
Part 3 心理教育プログラム:セッションの内容
ユニット1 障害への気づき
セッション1 紹介と集団のルール
セッション2 双極性障害とは?
セッション3 原因と誘因
セッション4 症状I:躁と軽躁
セッション5 症状II:うつ病と混合性エピソード
セッション6 経過と予後
ユニット2 薬物アドヒアランス
セッション7 治療I:気分安定薬
セッション8 治療II:抗躁薬
セッション9 治療III:抗うつ薬
セッション10 気分安定薬の血中濃度
セッション11 妊娠と遺伝カウンセリング
セッション12 薬物療法と代替療法
セッション13 治療中断に関連するリスク
ユニット3 精神活性物質乱用の回避
セッション14 精神活性物質:双極性障害におけるリスク
ユニット4 再発の早期発見
セッション15 躁病エピソードと軽躁エピソードの早期発見
セッション16 うつ病エピソードと混合性エピソードの早期発見
セッション17 新しい病相がみつかったら何をすべきか?
ユニット5 規則正しい生活習慣とストレスマネジメント
セッション18 生活習慣を規則正しくする
セッション19 ストレス・コントロール
セッション20 問題解決の戦略
セッション21 終結
おわりに:心理教育は有効か?
付録
文献
監訳者あとがき
索引
書評
開く
めざましく進歩した双極性障害の心理教育
書評者: 神庭 重信 (九大大学院教授・精神病態医学)
サイコエデュケーション(ここでは心理教育とする)が注目されだしたのは,1980年代に入ってからのことであり,それは統合失調症の治療においてであった。家族の表出感情の強度と再発頻度との間に関連が示され,しかも表出感情を軽減することで再発を減らせるという,印象的な結果が報告された。そのころから“内因性疾患”という疾病観は,脆弱性ストレスモデルにとって代わられ,ストレス・マネジメントや服薬アドヒアランスの重視などが,理にかなった再発予防策として位置付けられた。やがてSSTのように心理教育がプログラム化されるとともに,社会復帰に向けて,患者自らが障害を理解し,治療へ参加することを促す流れがさらに盛んになった。
一方,わが国ではうつ病の心理教育としての「小精神療法」が根付いていたが,近年では,社会復帰・復職をめざして工夫を凝らしたリハビリ活動が盛んに展開されている。ちなみに「小精神療法」や「復職リハ」は,統合失調症の「生活臨床」とともに,日本独自の活動である。しかるに双極性障害の心理教育は,個人精神療法の中で主治医の工夫に任されてきており,体系化されたものはなかった。この理由として,統合失調症と違い,双極性障害を集約的に治療する専門施設が少なかったこと,また薬物療法への依存度が高かったことなどが挙げられる。
本書は,このような日本の治療風土にはじめて紹介された,双極性障害に特化した心理教育マニュアルである。国際的にバルセロナ・メソッドとして知られていた待望の治療法が訳出されたことで,幅広い層の読者がこの資料を手にすることができるようになった。バルセロナ・メソッドは,同じく比較対照試験で有効性が示されている,対人関係社会リズム療法(E. Frank),すなわち規則正しい生活習慣と対人関係の改善を目標とする治療と双璧を成すもので,双極性障害の治療にあたる者は,この両者について一定程度の知識を身につけておく必要があろう。
本プログラムの特徴は,患者同士が相互支援,相互学習できるように,グループを舞台として心理教育を行う点にある。目標は,障害についての理解を深め,治療へのアドヒアランスを高め,行動を修正し,再発の初期症状への気付きを高めることだ。著者らは「病気に対して無知であることは,日和見感染に罹ったかのように,精神障害の経過を悪化させる」と言い,「自分の病気を理解していない患者は,自分の人生を理解していないので,将来の計画をたてることができない」とも言う。的を射た言葉ではないか。
一回のセッションは90分で,最初の15分はウォームアップの会話,続く40分は双極性障害の講義,そして最後の30分は質疑応答からなる。このセッションが毎回テーマを変えて,週に1回,合計21回行われる。マニュアルは,セッションごとに,テーマと目標,セッションの進め方のコツ,参加者への配付資料,次回のセッションテーマに関する宿題(事前の自己学習)から構成されている。
取り上げられているテーマは,各病相や経過の特徴,治療薬,ストレス・マネージメント,問題解決技法,遺伝カウンセリング,海外旅行をする際の注意,それぞれの患者で異なる前駆・初期症状への気付き,病相の最中の社会的活動・対人活動の改善,規則正しいライフスタイルの確立,自殺行為の予防,健康増進とQOLの向上などであり,どの章もないがしろにできない問題を含んでいる。
ただし評者としての疑問を述べるならば,ここまで割り切って説明することが果たして適切なのかどうか,と躊躇する記載にも出会う。たとえば,うつ病相では,睡眠時間を短くし,多少の無理をしてでも昼間の活動性を上げ,逆に躁病相では睡眠時間をしっかり確保して,自分の活動を可能な限り抑制することを患者に求めている。また運動は“自然の抗うつ薬”であるとして,うつ病相では多少億劫でも運動することを勧め,(軽)躁状態では逆に控えさせる,などの指導が行なわれる。私たちもつい口にしてしまいがちなことであるが,果たして根拠があるのか,というと定かではない。若干トーンを抑えて伝えるほうが良かろう。加えて「病気の原因が大脳辺縁系の気分調整の障害である」と,科学的に未解明なことがらを割り切って説明することには抵抗感を持たざるを得ないが,これなどは「あくまで仮説として」と前置きして伝えるのが良いと思う。
この半年にわたるフルセッションをマニュアル通りに行える施設は,双極性障害に特化した数少ない専門施設に限られるだろう。治療者(医師に限らない)は,グループ療法に通じていなければならない上,双極性障害を熟知していなければならない。これは相当に高いハードルである。
しかしながらマニュアルは,21項目のどこを取り出しても貴重な情報に満ちている。高度な医学情報を広範に知悉するF. ColomとE. Vietaの手により,基礎研究から臨床のエビデンスにわたる情報が簡明かつ実用的に要約され,しかもそれらが豊かな経験に基づいた珠玉のアドバイスで塗り固められている。本書はいわば「双極性障害のすべて」を載せた教科書ともなっているのである。個人治療の場にあっても,これらの内容を熟知している治療者は,多くの有益な助言を与えることができるに違いない。
あるいはまた,患者のためのテキストとしても利用できる。患者の抱えている問題を扱った章を自習してきてもらい,診察室で疑問に答えていく,というやり方も,本書を生かす方法ではないだろうか。
この貴重な本を訳出するという労を執ったのはわが国を代表する気分障害の専門家たちである。正確で読みやすい和訳に,読み応えのあるコラム「ワンポイント・アドバイス」が書き加えられ,仕立ての良い訳本となっている。彼らの熱意と努力に感謝したい。
役に立ち,読んで面白い,双極性障害の心理教育の教科書
書評者: 加藤 忠史 (理化学研究所脳科学総合研究センター・精神疾患動態研究チーム)
双極性障害は脳の疾患であり,再発予防効果を持つ薬剤が存在する。それだけに,薬物療法に力点が置かれることが多い。しかし,薬剤は,服用しなければ効果がなく,長期に予防薬を服用することは容易ではない。したがって,薬物療法と心理教育が,双極性障害の治療において,車の両輪となる。
本書は,双極性障害の心理教育に特化した初めての日本語の書物である。著者のVieta氏は,新薬の臨床試験の論文を多く発表し,講演会などで引っ張りだこの著名な双極性障害研究者であり,Colom氏と共に,多くの心理教育の論文を執筆している。
本書が述べている方法は,8-12人の患者と2人以上の治療者からなるグループで行われるセッションを,週1回,1回90分間,21回行うものである。半年近くに及ぶ期間は,筆者らも指摘している通りかなり長く,特に薬物療法の部分は少し短縮できそうに感じた。完全にマニュアル通りにしなくても,各施設の事情に合わせて,修正しながら使えばよいと思われる。集団療法の父であるYalom氏が,双極性障害患者を「集団において起こり得る最悪の災害の一つ」などと述べているとは,幸か不幸か知らなかったが,著者らは「我々の経験は,この言葉とは異なる」と言い切る。
読み始めると面白く,あっという間に引き込まれた。著者のずばりと真実を言い切る語り口が小気味よく,また長年の経験に裏打ちされた示唆に富んだアドバイスは,納得するものばかりであった。ほんの一例を挙げれば,「ほとんどの場合,治療者は,セッションの終了後しばらくしてから恋愛に気付く―つまり,恋愛関係はグループ機能を妨げないように思われる」「患者は自分の障害について情報を伝える人と伝えない人を注意深く選ばなければならない。(中略)心理社会的要因の影響については,混乱を避けるために話さないようにアドバイスしている」などは,なるほど,と感じた。
特に,ライフチャートを描く際に,「通常気分の期間を完全な直線で描かないように気を付ける。(中略)ある程度波があることを伝えるためである」という指摘は,目からうろこである。また,「3匹の子ブタ(双極性バージョン)」など,随所にユーモアが満ちあふれている。
また,「精神病症状をことさら強調しないようにする。(中略)精神病症状のない残りの患者が,彼らを重症と決めつけたり,笑ったり,避けたりしないように注意をはらう」「自分自身または創作症例のどちらのライフチャートを作りたいか,患者に質問する―つまり,カモフラージュした方法で自分自身のライフチャートを発表する選択肢を与える」などは,長年の試行錯誤の経験がなければ到底書けない記述である。
再発の初期徴候について,一般論から個別の問題へと落とし込んでいく方法も,よく練られているし,「双極性障害についての10の不愉快な嘘」のリストを示し,1つずつ議論するとか,「2-3人の患者が話し続け,残りの人が黙っているときは,左側の参加者からはじめて時計回りに回るよう,グループの流れを変える」など,非常に実践的な内容ばかりである。
随所にある,訳者からのワンポイント・アドバイスも,一つ一つ味わい深く,有意義である。訳文は非常によく練られており,違和感を覚えるところは一つもなかった。
このような,役に立ち,読んで面白い,双極性障害の心理教育の教科書が出版されたことを心から喜びたい。
書評者: 神庭 重信 (九大大学院教授・精神病態医学)
サイコエデュケーション(ここでは心理教育とする)が注目されだしたのは,1980年代に入ってからのことであり,それは統合失調症の治療においてであった。家族の表出感情の強度と再発頻度との間に関連が示され,しかも表出感情を軽減することで再発を減らせるという,印象的な結果が報告された。そのころから“内因性疾患”という疾病観は,脆弱性ストレスモデルにとって代わられ,ストレス・マネジメントや服薬アドヒアランスの重視などが,理にかなった再発予防策として位置付けられた。やがてSSTのように心理教育がプログラム化されるとともに,社会復帰に向けて,患者自らが障害を理解し,治療へ参加することを促す流れがさらに盛んになった。
一方,わが国ではうつ病の心理教育としての「小精神療法」が根付いていたが,近年では,社会復帰・復職をめざして工夫を凝らしたリハビリ活動が盛んに展開されている。ちなみに「小精神療法」や「復職リハ」は,統合失調症の「生活臨床」とともに,日本独自の活動である。しかるに双極性障害の心理教育は,個人精神療法の中で主治医の工夫に任されてきており,体系化されたものはなかった。この理由として,統合失調症と違い,双極性障害を集約的に治療する専門施設が少なかったこと,また薬物療法への依存度が高かったことなどが挙げられる。
本書は,このような日本の治療風土にはじめて紹介された,双極性障害に特化した心理教育マニュアルである。国際的にバルセロナ・メソッドとして知られていた待望の治療法が訳出されたことで,幅広い層の読者がこの資料を手にすることができるようになった。バルセロナ・メソッドは,同じく比較対照試験で有効性が示されている,対人関係社会リズム療法(E. Frank),すなわち規則正しい生活習慣と対人関係の改善を目標とする治療と双璧を成すもので,双極性障害の治療にあたる者は,この両者について一定程度の知識を身につけておく必要があろう。
本プログラムの特徴は,患者同士が相互支援,相互学習できるように,グループを舞台として心理教育を行う点にある。目標は,障害についての理解を深め,治療へのアドヒアランスを高め,行動を修正し,再発の初期症状への気付きを高めることだ。著者らは「病気に対して無知であることは,日和見感染に罹ったかのように,精神障害の経過を悪化させる」と言い,「自分の病気を理解していない患者は,自分の人生を理解していないので,将来の計画をたてることができない」とも言う。的を射た言葉ではないか。
一回のセッションは90分で,最初の15分はウォームアップの会話,続く40分は双極性障害の講義,そして最後の30分は質疑応答からなる。このセッションが毎回テーマを変えて,週に1回,合計21回行われる。マニュアルは,セッションごとに,テーマと目標,セッションの進め方のコツ,参加者への配付資料,次回のセッションテーマに関する宿題(事前の自己学習)から構成されている。
取り上げられているテーマは,各病相や経過の特徴,治療薬,ストレス・マネージメント,問題解決技法,遺伝カウンセリング,海外旅行をする際の注意,それぞれの患者で異なる前駆・初期症状への気付き,病相の最中の社会的活動・対人活動の改善,規則正しいライフスタイルの確立,自殺行為の予防,健康増進とQOLの向上などであり,どの章もないがしろにできない問題を含んでいる。
ただし評者としての疑問を述べるならば,ここまで割り切って説明することが果たして適切なのかどうか,と躊躇する記載にも出会う。たとえば,うつ病相では,睡眠時間を短くし,多少の無理をしてでも昼間の活動性を上げ,逆に躁病相では睡眠時間をしっかり確保して,自分の活動を可能な限り抑制することを患者に求めている。また運動は“自然の抗うつ薬”であるとして,うつ病相では多少億劫でも運動することを勧め,(軽)躁状態では逆に控えさせる,などの指導が行なわれる。私たちもつい口にしてしまいがちなことであるが,果たして根拠があるのか,というと定かではない。若干トーンを抑えて伝えるほうが良かろう。加えて「病気の原因が大脳辺縁系の気分調整の障害である」と,科学的に未解明なことがらを割り切って説明することには抵抗感を持たざるを得ないが,これなどは「あくまで仮説として」と前置きして伝えるのが良いと思う。
この半年にわたるフルセッションをマニュアル通りに行える施設は,双極性障害に特化した数少ない専門施設に限られるだろう。治療者(医師に限らない)は,グループ療法に通じていなければならない上,双極性障害を熟知していなければならない。これは相当に高いハードルである。
しかしながらマニュアルは,21項目のどこを取り出しても貴重な情報に満ちている。高度な医学情報を広範に知悉するF. ColomとE. Vietaの手により,基礎研究から臨床のエビデンスにわたる情報が簡明かつ実用的に要約され,しかもそれらが豊かな経験に基づいた珠玉のアドバイスで塗り固められている。本書はいわば「双極性障害のすべて」を載せた教科書ともなっているのである。個人治療の場にあっても,これらの内容を熟知している治療者は,多くの有益な助言を与えることができるに違いない。
あるいはまた,患者のためのテキストとしても利用できる。患者の抱えている問題を扱った章を自習してきてもらい,診察室で疑問に答えていく,というやり方も,本書を生かす方法ではないだろうか。
この貴重な本を訳出するという労を執ったのはわが国を代表する気分障害の専門家たちである。正確で読みやすい和訳に,読み応えのあるコラム「ワンポイント・アドバイス」が書き加えられ,仕立ての良い訳本となっている。彼らの熱意と努力に感謝したい。
役に立ち,読んで面白い,双極性障害の心理教育の教科書
書評者: 加藤 忠史 (理化学研究所脳科学総合研究センター・精神疾患動態研究チーム)
双極性障害は脳の疾患であり,再発予防効果を持つ薬剤が存在する。それだけに,薬物療法に力点が置かれることが多い。しかし,薬剤は,服用しなければ効果がなく,長期に予防薬を服用することは容易ではない。したがって,薬物療法と心理教育が,双極性障害の治療において,車の両輪となる。
本書は,双極性障害の心理教育に特化した初めての日本語の書物である。著者のVieta氏は,新薬の臨床試験の論文を多く発表し,講演会などで引っ張りだこの著名な双極性障害研究者であり,Colom氏と共に,多くの心理教育の論文を執筆している。
本書が述べている方法は,8-12人の患者と2人以上の治療者からなるグループで行われるセッションを,週1回,1回90分間,21回行うものである。半年近くに及ぶ期間は,筆者らも指摘している通りかなり長く,特に薬物療法の部分は少し短縮できそうに感じた。完全にマニュアル通りにしなくても,各施設の事情に合わせて,修正しながら使えばよいと思われる。集団療法の父であるYalom氏が,双極性障害患者を「集団において起こり得る最悪の災害の一つ」などと述べているとは,幸か不幸か知らなかったが,著者らは「我々の経験は,この言葉とは異なる」と言い切る。
読み始めると面白く,あっという間に引き込まれた。著者のずばりと真実を言い切る語り口が小気味よく,また長年の経験に裏打ちされた示唆に富んだアドバイスは,納得するものばかりであった。ほんの一例を挙げれば,「ほとんどの場合,治療者は,セッションの終了後しばらくしてから恋愛に気付く―つまり,恋愛関係はグループ機能を妨げないように思われる」「患者は自分の障害について情報を伝える人と伝えない人を注意深く選ばなければならない。(中略)心理社会的要因の影響については,混乱を避けるために話さないようにアドバイスしている」などは,なるほど,と感じた。
特に,ライフチャートを描く際に,「通常気分の期間を完全な直線で描かないように気を付ける。(中略)ある程度波があることを伝えるためである」という指摘は,目からうろこである。また,「3匹の子ブタ(双極性バージョン)」など,随所にユーモアが満ちあふれている。
また,「精神病症状をことさら強調しないようにする。(中略)精神病症状のない残りの患者が,彼らを重症と決めつけたり,笑ったり,避けたりしないように注意をはらう」「自分自身または創作症例のどちらのライフチャートを作りたいか,患者に質問する―つまり,カモフラージュした方法で自分自身のライフチャートを発表する選択肢を与える」などは,長年の試行錯誤の経験がなければ到底書けない記述である。
再発の初期徴候について,一般論から個別の問題へと落とし込んでいく方法も,よく練られているし,「双極性障害についての10の不愉快な嘘」のリストを示し,1つずつ議論するとか,「2-3人の患者が話し続け,残りの人が黙っているときは,左側の参加者からはじめて時計回りに回るよう,グループの流れを変える」など,非常に実践的な内容ばかりである。
随所にある,訳者からのワンポイント・アドバイスも,一つ一つ味わい深く,有意義である。訳文は非常によく練られており,違和感を覚えるところは一つもなかった。
このような,役に立ち,読んで面白い,双極性障害の心理教育の教科書が出版されたことを心から喜びたい。
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