ロンドン大学精神医学研究所に学ぶ
精神科臨床試験の実践

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精神科領域の臨床試験においては、複合的な治療介入、プラセボ使用の是非、インフォームドコンセントの問題など、他の領域とは異なる特有の課題が多い。本書は、精神科臨床試験の計画・運営実施、統計解析、論文執筆にまで至る実務的なポイントを多彩な実例を用いて平易に解説。臨床試験登録やCONSORT声明、利益相反などの話題にも触れ、臨床試験に携わる者はもちろん、その結果を利用するすべての精神医療関係者必読の書。
Simon Wessely / Brian S. Everitt
監訳 樋口 輝彦 / 山田 光彦
中川 敦夫 / 米本 直裕
発行 2011年05月判型:B5頁:224
ISBN 978-4-260-01236-2
定価 5,500円 (本体5,000円+税)

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監訳の序(樋口輝彦・山田光彦)/日本語版への序(Simon Wessely, Brian S. Everitt)

監訳の序
 近年,さまざま々な医学領域において臨床試験の実践が注目されている。精神医学領域もその例外ではない。目の前の精神科臨床を科学的かつ合理的に改善し続けるためには,正しく計画された臨床試験を実践していくしか方法がない。精神科臨床試験の実践に際しては,複合的な治療介入,プラセボ使用の是非,インフォームドコンセントの問題など,他の医学領域とは異なる特有の科学的,倫理的課題も多い。しかし,精神医学領域に特化した臨床試験の日本語による教科書はこれまでになく,他領域のものに頼るしか術がなかった。
 一方,英国では2003年にロンドン大学精神医学研究所のBrian S.Everitt博士およびSimon Wessely博士により,“Clinical Trials in Psychiatry”が出版された。これは,精神科臨床試験を実施する者,あるいはその結果を解釈し,臨床で実践する者に対して,精神科臨床試験の計画,運営実施,統計解析,論文執筆にまで至る実務的なポイントを,多彩な実例を用いて平易に解説している。また,精神科臨床試験特有の科学的,倫理的,医療経済的問題を議論している。2008年には第2版として改訂され,臨床試験登録やCONSORT声明,利益相反など,より実践的な議論が追加された。本書はその第2版の翻訳である。
 われわれは,わが国の精神科領域における臨床試験推進の一助になればと思い,翻訳出版を企画した。本書が,若手精神科医師など臨床試験に初めて携わる者にとって,ロンドン大学精神医学研究所の優れた先人たちの知見を学ぶ機会となり,また,その実践の中でさまざまな疑問に答えてくれるよき道標となることを願ってやまない。

 末筆になりますが,本書の翻訳出版にあたりさまざまなご意見,ご示唆,ご批評をお寄せいただいた全ての皆さまに感謝いたします。

 2011年3月 小平にて
 国立精神・神経医療研究センター
 樋口輝彦
 山田光彦


日本語版への序
 私たちが日々実践している治療が本当にうまくいっているのか,私たちはどうしたら知ることができるでしょうか。もし,それが有効どころか害を与えているとしたら? これは単純な疑問ですが,答えは複雑です。患者に尋ねてみることもできるでしょう。しかし,それは,私たちがいい人なのか,礼儀正しいか,待ち時間が長くなかったか,あるいはそうでなかったのか,また,おそらくは,患者が治療を受けている状況についてのさまざまな事柄について質問しているのに過ぎないのかもしれません。そして,結局は,それが何を意味するのかはさておき,その治療を患者が“好んでいる”か,そうでないかを聞いているだけなのかもしれません。また,治療を行う医師に聞くこともできます。しかし,それは決して良い方法ではありません。つまるところ,何世代にもわたって,医師たちは,血を抜くとか,蛭を使うような治療でも“効果があった”と断言していたのですから。そうした医師たちは皆,その治療効果を公言してくれるありがたい患者に囲まれていたと言えるでしょう。そして,その医師たちにとって幸運にも,その治療の結果亡くなった患者が証言することはなかったのです。
 この本の中で概略を示したとおり,長い時間をかけて,医師たちはこの基本的な問題─自分の治療が効いているのか?─を扱うための一連の技術を段階的に発展させてきました。そして,ついに一致した見解が得られました。それは,ランダム化比較試験を行うことが最善の方法であるという結論です。おそらく,皆がこれに同意する訳ではないでしょう。しかし,もっと良い他の方法を誰も考え出すことができない,というのが真実なのです。われわれの本を読み進めるうちに,読者が,治療Aが疾患Bに対して効果があるかどうかという臨床疑問に答えたいときにはランダム化比較試験がゴールドスタンダードである,と納得してくれるものと期待しています。
 では,なぜこのことが精神医学にとって重要なのでしょうか? 20世紀後半以前において,精神疾患の治療はしばしば苛酷でさえありました。19世紀末期まで,監禁や身体拘束はしばしば“治療”の選択肢だったのです。その後も,身体的な拘束具に替わる薬理学的な方法として,ドクウツギ,ジギタリス,アンチモン,クローラルのようなクスリが,錯乱した患者を鎮めるために使われていました。さらに,インシュリン昏睡療法やロボトミーといった苛酷な身体的治療が1950年代にも依然として行われていました。振り返れば,こうした治療法のほとんどが,おそらくは全てが,効果があるどころか有害であった,と無理なく確信できます。
 1950年代になるまで変化は起きませんでした。1948年に最初の現代的な臨床試験が報告されました。いくつかの全く新しいタイプの治療薬が精神科臨床に取り入られた後,これらの新しく発見された化合物が精神障害をもった患者の治療に有用かどうかの確証を得るための臨床試験が,精神医学の先駆者たちによって開始されるまでに長くはかかりませんでした。
 以来,臨床試験は精神医学においてもその重要性を高めつつあります。そしてそれは,薬物療法のみならず,認知行動療法といった新しい“対話を用いた治療法”をも評価の対象にしています。本書『精神科臨床試験の実践』は,精神疾患という苦難を軽減しようとしている精神科医や他のメンタルヘルスの専門家に対して,臨床試験の効用についての包括的な説明をしています。

 2011年3月
 Simon Wessely, Brian S. Everitt
 Institute of Psychiatry
 King’s College London, UK

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監訳の序
日本語版への序
第2版の序
初版の序

第1章 治療の良し悪し,またはそれが無意味であるとは,どのようにして言えるのか?
 1 治療が無意味,またはそれよりも悪いとき
 2 精神疾患治療小史
 3 まとめ
第2章 ランダム化臨床試験とは
 1 はじめに
 2 臨床試験とは
 3 臨床試験における倫理的な問題
 4 インフォームドコンセント
 5 コンプライアンス
 6 まとめ
第3章 臨床試験のデザインに関する問題
 1 はじめに
 2 臨床試験のデザイン
 3 ランダム化の方法
 4 治療に対するマスク化
 5 臨床試験のサイズ
 6 中間解析
 7 まとめ
第4章 精神科臨床試験における特別な問題
 1 はじめに
 2 実験的試験とプラグマティック試験
 3 複合的介入
 4 精神医学におけるアウトカム指標
 5 まとめ
第5章 精神科臨床試験における統計解析の問題
 1 はじめに
 2 p値と信頼区間
 3 ベースラインデータを使う
 4 継時データ
 5 継時データにおける欠測値と脱落
 6 複数のアウトカム指標
 7 Intension to treat
 8 臨床試験における医療経済的評価
 9 Number needed to treat
 10 まとめ
第6章 精神科臨床試験におけるデータ解析例
 1 はじめに
 2 うつに打ち勝つプログラム“Beating the Blues”
 3 治療後BDIスコアの解析
 4 継時データの図示と要約統計量による方法
 5 うつに打ち勝つプログラム“Beating the Blues”データに対する変量効果モデル
 6 うつに打ち勝つプログラム“Beating the Blues”のデータにおける脱落例の問題
 7 まとめ
第7章 系統的レビューとメタアナリシス
 1 はじめに
 2 研究の選択
 3 出版バイアス
 4 メタアナリシスの統計学
 5 精神科領域におけるメタアナリシスの例
 6 まとめ
第8章 精神医学におけるランダム化比較試験への脅威と挑戦,そして未来
 1 はじめに
 2 精神医学におけるランダム化比較試験は正当化されるか?
 3 ランダム化比較試験は本当に必要か?
 4 利益相反
 5 臨床試験のスキャンダルと苦難
 6 精神科臨床試験の未来
 7 臨床試験の正当性を主張する
 8 まとめ

付録A 臨床試験実施上での問題点-どのように行うのか
 1 はじめに
 2 臨床試験の研究プロトコール
 3 研究経費を正しく算出するには
 4 データの収集と管理
 5 患者への説明文書の作成
 6 インフォームドコンセントの取得
 7 患者登録の継続
 8 追跡を行う
 9 有用なウェブサイト
付録B 臨床試験の結果報告の書き方
 1 はじめに
付録C 臨床試験に役立つソフトウェア
 1 はじめに
 2 データマネジメント
 3 デザイン
 4 解析

文献
索引

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すべての臨床試験担当者に必須の書
書評者: 木下 利彦 (関西医大教授・精神神経科学)
 本書の原書である“Clinical Trials in Psychiatry”は,Brain S. Everitt博士とSimon Wessely博士による共著で,2003年に初版が出版され,2008年に第2版として改訂されたものである。

 最近の臨床試験は記載項目が非常に多く煩雑になっている。世界的に共通したものを作り上げようとする大きな流れに乗っているわけであるが,臨床試験実施者にとっては,大きな負担となっているのも事実である。しかしより効果の高い薬剤を生み出すことは,製薬会社と医療関係者の責務でもあるから,積極的な関与が望まれる。

 臨床試験を担当する医師にとって,これほど詳細に記載された書物が今までにあっただろうか? 紛れもなく臨床試験実施者にとっては必見の書物であろう。「精神科臨床試験」とタイトルに付いているが,必ずしも精神科医のみを対象としているものではない。広くすべての臨床科の臨床試験担当者に必須の書である。

 特に統計解析に関する内容は,本書のなかで白眉である。耳慣れない統計学用語が次々と飛び出してくるが,それぞれについて詳細な説明がなされており,統計に関して今までの親しみにくさが消えてしまうのは驚きである。また,統計処理がなされておれば何でも信じきってしまう筆者のような者にとって,統計のうそと真が理解できることも大変ありがたいことである。また最近流行のメタ・アナリシスに関しての記載には「56年間に実際に実施された約100万件の臨床試験のうち,半数だけしか報告されておらず,報告されたもののうちでも多くがMEDLINEには記載されていない」という事実を踏まえ,出版バイアスを十分に理解した上で,結果を見つめることが肝要である。

 「精神医学におけるアウトカム試験の究極の目標は,あらゆる種類のバイアスが無く,信頼性が保たれ,使いやすく,世界中の研究者に使用してもらえる尺度を作り出すことである。しかし,この究極のゴールはいまだ達成できておらず,またこれがいずれ達成できることについてもわれわれは懐疑的である」という内容は,臨床試験担当者が常に頭に入れておかねばならないことであろう。

 素晴らしい内容の本書が,臨床試験関係者に限らず,ぜひ多くの医療関係者の目に届くことを切に希望するものである。
精神医学における臨床試験で留意すべき点が示された名著
書評者: 古川 壽亮 (京大大学院教授/健康増進・行動学分野)
 本書の真骨頂は,タイトルの通り,精神医学における臨床試験を正面切って取り扱い,その必要不可欠なことを論理的に説明し,具体的な手順と注意点を列記し,そして現行の臨床試験が陥りがちな陥穽に警鐘を鳴らしている点である。

 よい精神医療を行うために臨床試験が必要であることに納得できない方には,ぜひ本書を書棚に置いて折に触れて読んでいただきたい。本書には,世にいう臨床試験への批判は必ずしも故なき非難ではないこと,しかし神ならぬ人間にはよい精神医療を行うためにはよい臨床試験を行うしか手がないこと,そしてそのためには精神科臨床試験で何に留意しなくてはならないかが書かれている。

 経験主義の国イギリスは,ランダム化比較試験randomised controlled trial(RCT)発祥の国である。本書中にもあるが,スコットランド人医師のJames Lindは1754年,当時の海軍の重大問題であった壊血病への対処方法を探るために,ソールズベリー号に乗船した水兵に,医師処方の食事,オレンジとレモン,海水,酢などをそれぞれ2人ずつに投与し,オレンジとレモンを与えられた水兵が最も早く良好な結果が得られたことを報告した。下って,1948年,肺結核に対するストレプトマイシンの,人類最初の無作為割り付けを伴う臨床試験が行われたのもイギリスであった。また,1万人を超える心筋梗塞患者のβブロッカーによる治療をランダム化比較によって検討した人類最初のメガトライアルが行われたのもイギリスが中心であった(ISI-1,1984)。精神科領域における最初のランダム化比較試験も,どうやら,イギリスで行われたようである。統合失調症に対するクロルプロマジン治療のプラセボ対照ランダム化比較試験が,JoelとCharmain Elkes夫妻のチームによってバーミンガムで実施され,1954年に英国医師会雑誌(BMJ)に発表された。

 この豊かな歴史を背景に,つまりこれだけの研究を行える生物統計学者と精神科医が伝統的にいる国のロンドン大学精神医学研究所から,精神科における臨床試験の実践についての入門書が2003年に出版された。第一著者のEverittは生物統計学者,第二著者のWesselyは精神科医である。本書は世界的にも時宜を得,2008年には早くも第2版が出版された。イギリスにおけるロンドン大学精神医学研究所と同じく日本における精神医学研究のナショナルセンターである国立精神・神経医療研究センターの樋口輝彦総長と山田光彦部長および有志が,早速この名著第2版を日本語化されたのが本書である。

 臨床試験全般についての入門書は日本でも何冊か出版されているが,臨床試験を新薬承認のための治験とほぼ同意味に扱っている書籍がほとんどな中で,本書は次の点で画期的である。

臨床試験とは,「自分の治療が有効であるのか?」というすべての医師が当然に自問する疑問に対して,長い時間をかけて発展してきた回答方法の終着点であると位置付けている

薬物だけでなく,認知行動療法などの非薬物療法にも,したがって,臨床試験が必要であり,またそういう臨床試験には格別に留意すべき点があることを説明している

ランダム化の方法,アウトカム指標の選定,欠損値の扱い,利益相反,プラグマチック試験など,正しい臨床試験を遂行するために留意すべき点が具体的に説明されている

 本書を契機に,日本でも,よりよい精神医療を行うための臨床試験,すなわち,正しい臨床試験が,積み重ねられていくことを切望している。

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