整形外科SSI対策
周術期感染管理の実際
整形外科医が把握すべきSSIを網羅
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SSI手術部位感染-この概念の導入により、整形外科領域の手術における周術期感染管理は劇的に転換しつつある。本書は、整形外科医が把握しておくべきSSIのすべてが網羅。雑誌 『臨床整形外科』 で好評を博した連載-手術部位感染の基本-とともに、教訓的な症例、実地に役立つQ&Aも多数収載。超高齢化社会にあって、日々高齢者の手術にあたる多くの整形外科医必読の書。
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- 目次
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序文
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序
SSI(surgical site infection),この言葉を最初に耳にしたとき,その響きは新鮮であった.今や,SSIという言葉は現代の医療が抱える一面を象徴している.
今という時代,我々を取り巻く医療環境は激変している.自分の修業時代と比べると,別次元の世界と断言できる.
最大の変化は,まず,超高齢社会の到来である.この社会の医療は,一昔前はいまだ誰も経験していない未知の領域であった.現代の整形外科医にとって,80,90歳代の手術は日常診療のなかで毎日経験していることである.これを可能にしたのは手術器具や周辺機器,そして麻酔技術の発達によるところが大きい.
医療の発達は,感染症対策でも顕著である.術野の無菌化,様々な抗菌薬の開発とその使用方法の改良は,整形外科での術後感染対策に画期的な進歩をもたらした.その反面,薬剤耐性菌や弱毒菌感染症といった新たな問題も同時に問題になってきた.高齢者の手術が多い整形外科では,これらの感染対策は重要な問題である.
一方,患者側からみると,手術対象者の身体機能は,80歳の人は80歳代の身体機能なのである.「80歳の人は,60歳にみえても,身体は80歳に近い」という警句は真実である.例えば,免疫機能は青・壮年のそれと比べると明らかに低下している.これは,術後感染に対する危険因子の一つである.もちろん,生命機能に欠かせない機能も低下している.今や,整形外科の手術対象者で,全身合併症を有していない症例はいないといっていい.この事実は,いったん,術後感染が発生すれば,致命的になる危険があることを示唆している.
次に,EBM(evidence-based medicine)の登場である.EBMは,我々に意外な結果をもたらした.今まで経験知として伝えられてきた知識や技術が否定されたり,従来は顧みられなかった治療法が見直されている.術後感染の分野でも,EBMは我々に新しい概念をもたらした.その一つがSSIである.この名称の登場は,今から振り返ってみれば,歴史の必然であったといえる.
SSIという概念が日本で一般化されるようになったのは,ここ10年である.整形外科にとって,この概念は刺激的,かつ画期的であった.なぜなら,整形外科の手術は無菌領域にメスを入れることが一般的だからである.この概念の導入により,整形外科領域の手術における周術期感染管理は劇的に転換しつつある.
本書は,こういう時代背景のもとに企画された.本書の企画にあたっては,第一にこの領域の第一人者に編集に加わってもらうこと,そして,臨床現場ですぐ役立てるように実践的な編集にすることの2点を意識した.前者では,この領域の日本における第一人者である楠正人先生に参加をお願いした.本書の企画と編集は先生のご参加なしには不可能であった.この本は,整形外科医が把握しておくべきSSIのすべてを網羅している.学ぶためにも,実践でも使える編集上の工夫がされている.本書は,整形外科医にとってSSI対策の最強の武器であると確信している.
2010年9月
菊地臣一
SSI(surgical site infection),この言葉を最初に耳にしたとき,その響きは新鮮であった.今や,SSIという言葉は現代の医療が抱える一面を象徴している.
今という時代,我々を取り巻く医療環境は激変している.自分の修業時代と比べると,別次元の世界と断言できる.
最大の変化は,まず,超高齢社会の到来である.この社会の医療は,一昔前はいまだ誰も経験していない未知の領域であった.現代の整形外科医にとって,80,90歳代の手術は日常診療のなかで毎日経験していることである.これを可能にしたのは手術器具や周辺機器,そして麻酔技術の発達によるところが大きい.
医療の発達は,感染症対策でも顕著である.術野の無菌化,様々な抗菌薬の開発とその使用方法の改良は,整形外科での術後感染対策に画期的な進歩をもたらした.その反面,薬剤耐性菌や弱毒菌感染症といった新たな問題も同時に問題になってきた.高齢者の手術が多い整形外科では,これらの感染対策は重要な問題である.
一方,患者側からみると,手術対象者の身体機能は,80歳の人は80歳代の身体機能なのである.「80歳の人は,60歳にみえても,身体は80歳に近い」という警句は真実である.例えば,免疫機能は青・壮年のそれと比べると明らかに低下している.これは,術後感染に対する危険因子の一つである.もちろん,生命機能に欠かせない機能も低下している.今や,整形外科の手術対象者で,全身合併症を有していない症例はいないといっていい.この事実は,いったん,術後感染が発生すれば,致命的になる危険があることを示唆している.
次に,EBM(evidence-based medicine)の登場である.EBMは,我々に意外な結果をもたらした.今まで経験知として伝えられてきた知識や技術が否定されたり,従来は顧みられなかった治療法が見直されている.術後感染の分野でも,EBMは我々に新しい概念をもたらした.その一つがSSIである.この名称の登場は,今から振り返ってみれば,歴史の必然であったといえる.
SSIという概念が日本で一般化されるようになったのは,ここ10年である.整形外科にとって,この概念は刺激的,かつ画期的であった.なぜなら,整形外科の手術は無菌領域にメスを入れることが一般的だからである.この概念の導入により,整形外科領域の手術における周術期感染管理は劇的に転換しつつある.
本書は,こういう時代背景のもとに企画された.本書の企画にあたっては,第一にこの領域の第一人者に編集に加わってもらうこと,そして,臨床現場ですぐ役立てるように実践的な編集にすることの2点を意識した.前者では,この領域の日本における第一人者である楠正人先生に参加をお願いした.本書の企画と編集は先生のご参加なしには不可能であった.この本は,整形外科医が把握しておくべきSSIのすべてを網羅している.学ぶためにも,実践でも使える編集上の工夫がされている.本書は,整形外科医にとってSSI対策の最強の武器であると確信している.
2010年9月
菊地臣一
目次
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I 周術期感染対策の概要
1 手術部位感染(SSI)とは
2 術前のSSI対策1
3 術前のSSI対策2
4 手術時の手洗い・手袋・ドレープ・ガウン
5 手術室の管理・空調
6 予防的抗菌薬
7 ドレーン・縫合糸
8 創傷治癒
9 SSIサーベイランス
II 整形外科領域の周術期感染対策の基本
1 整形外科からみたCDCガイドライン
日本整形外科学会 骨・関節術後感染症予防ガイドラインとの関連
2 手術・手技別にみた周術期感染対策の基本
3 特殊な問題をもつ患者の周術期感染対策の基本
4 手術器械について
III 整形外科医が知っておくべき感染発症時の実践的対応
A 脊椎
1 脊椎手術での基本体系とSSI発症時の対応
2 脊椎インストゥルメント併用例のSSIへの対応
3 高齢者に対する注意
4 硬膜外膿瘍発生時の対応
B 肩関節
1 肩関節外科での基本体系とSSI発症時の対応
2 化膿性肩関節炎への対応
3 上腕骨近位端骨折接合術後のSSI発症への対応
C 肘関節
1 肘関節外科での基本体系とSSI発症時の対応
2 化膿性肘関節炎への対応
3 肘関節部骨折接合術後のSSI発症時の対応
D 手の外科
1 手の外科手術での基本体系とSSI発症時の対応
2 手の挫滅創への対応
3 手指化膿性屈筋腱腱鞘炎への対応
E 股関節
1 THA(人工骨頭置換術,再置換術を含む)での基本体系とSSI発症時の対応
2 大腿骨近位部骨折でのSSI発症時の対応
3 大腿骨骨切り術でのSSI発症時の対応
F 膝関節
1 TKAでの基本体系とSSI発症時の対応
2 化膿性膝関節炎への対応
3 人工膝関節感染の治療 短期集中的発生の治療
G 足の外科
1 足の外科手術での基本体系とSSI発症時の対応
2 糖尿病足への対応
3 陥入爪への対応 各手術手技に対する注意点
索引
1 手術部位感染(SSI)とは
2 術前のSSI対策1
3 術前のSSI対策2
4 手術時の手洗い・手袋・ドレープ・ガウン
5 手術室の管理・空調
6 予防的抗菌薬
7 ドレーン・縫合糸
8 創傷治癒
9 SSIサーベイランス
II 整形外科領域の周術期感染対策の基本
1 整形外科からみたCDCガイドライン
日本整形外科学会 骨・関節術後感染症予防ガイドラインとの関連
2 手術・手技別にみた周術期感染対策の基本
3 特殊な問題をもつ患者の周術期感染対策の基本
4 手術器械について
III 整形外科医が知っておくべき感染発症時の実践的対応
A 脊椎
1 脊椎手術での基本体系とSSI発症時の対応
2 脊椎インストゥルメント併用例のSSIへの対応
3 高齢者に対する注意
4 硬膜外膿瘍発生時の対応
B 肩関節
1 肩関節外科での基本体系とSSI発症時の対応
2 化膿性肩関節炎への対応
3 上腕骨近位端骨折接合術後のSSI発症への対応
C 肘関節
1 肘関節外科での基本体系とSSI発症時の対応
2 化膿性肘関節炎への対応
3 肘関節部骨折接合術後のSSI発症時の対応
D 手の外科
1 手の外科手術での基本体系とSSI発症時の対応
2 手の挫滅創への対応
3 手指化膿性屈筋腱腱鞘炎への対応
E 股関節
1 THA(人工骨頭置換術,再置換術を含む)での基本体系とSSI発症時の対応
2 大腿骨近位部骨折でのSSI発症時の対応
3 大腿骨骨切り術でのSSI発症時の対応
F 膝関節
1 TKAでの基本体系とSSI発症時の対応
2 化膿性膝関節炎への対応
3 人工膝関節感染の治療 短期集中的発生の治療
G 足の外科
1 足の外科手術での基本体系とSSI発症時の対応
2 糖尿病足への対応
3 陥入爪への対応 各手術手技に対する注意点
索引
書評
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EBMにも貢献しつつ,臨床の場で役立つ書
書評者: 馬場 久敏 (福井大教授・整形外科学)
整形外科学は身体に外科的侵襲を加える手段でもって躯幹や肢体の傷害や疾病を除去し,損傷をこうむった組織の機能を再び獲得することを主眼とする学問系である。外科的侵襲とはいうまでもなく組織侵害性の動作であり,ために感染や創の遷延治癒といった合併症にも関連してくる。
術後に術野に感染が生じることは患者側・医療施行側の双方にとって極めて不幸な出来事である。術野を含む組織の感染は意図したものではないにせよ,病原菌がヒトに寄生(あるいは共生)して生存しようとする生態は,ヒトの組織・器官の機能不全やヒトの生存そのものをも危機におとしめる故に重大な出来事なのである。古来,多くの努力がなされてきたにもかかわらず感染症は制圧できず,また手術創部の感染(SSI)もまた依然として問題となり続けている。感染症の制御・制圧を目指しかつ院内感染の撲滅を目的にSSIもすべて個別の医療機関では登録しInfection Control Team(ICT)とも称される組織が活動するといった状況にも昨今の医療情勢が変化してきた。
そのような折,本書を読ませて頂く機会を得た。整形外科SSI対策や周術期感染管理の実際が菊地臣一教授・楠 正人教授により編集され,95名の著者により,SSI対策の概要,総論,脊椎から膝・足関節までの感染の各論,が述べられている。テキストの内容はわかりやすくかつ実際に則して論述されているもので,臨床の場では便利かつ有用な著書となっている。
昨今はEBMが医療の理念の第一義的なものとなっている。本書に収録された論述はEBMにも貢献しつつ実際の臨床の場で役にたつであろうと信じられるので,多くの整形外科医にはぜひご一読いただき,医局蔵書としていただきたく思う。
整形外科医が身につけるべきSSIの包括的な知識
書評者: 内藤 正俊 (福岡大病院病院長)
冒頭から卑近な例で申し訳ないが,筆者には2008年10月から院内感染に悩まされ,2009年1月下旬には病院の管理者としてマスコミを通じて世間に謝罪した苦い経験がある。外国旅行中に危篤となって当院救命救急センターへ搬送された患者に感染していた多剤耐性アシネトバクターを,救命救急センターの22名と某外科系病棟4名の合計26名の患者に感染させるという不祥事であった。感染を伝播させたと考えられたのは救命救急センターの呼吸器系機材と某外科病棟での創処置であった。院内感染が鎮静化するまで手洗い・消毒や清潔な創処置についての度重なる職員教育などを行い,救命救急センターと某外科系病棟への新規入院患者の受け入れを中止し,某外科による手術も禁止した。いったん院内感染が起こるとその制御がいかに困難であるかを体験した。また外科系の一員として患者だけでなく施設全体に重大なダメージを与えうる手術部位感染(surgical site infection : SSI)に関する包括的な知識を身につける必要性を痛感した。
待望の整形外科領域での極めつけの専門書,『整形外科SSI対策―周術期感染管理の実際』が発行された。総勢90名を越える専門家による労作であり,わが国の整形外科学の泰斗である菊地臣一福島県立医科大学理事長兼学長とSSIに関する第一人者である楠正人三重大学教授により,臨床現場ですぐに役立つよう実践的に編集されている。I章では周術期感染対策について概説されている。感染を起こさないための術前のSSI対策や実際的な手術時の手洗い・手袋・ドレープ・ガウンの仕方などがわかりやすく解説されている。II章では整形外科領域での横断的な周術期感染対策の基本を,手術・手技別および特殊な問題をもつ患者について記載されている。さらに現在広く行われている貸し出し器械についても述べられている。III章では整形外科医が知っておくべき感染発症時の実践的な対応を部位別の具体的な手術に即応して教示されている。またSSIに関して手術室や病棟でよく議論になる事柄がQ&Aに簡潔にまとめられ,要所では実際に治療に難渋した症例を「症例で学ぶ」として追加されている。診断・治療のポイントや実際にどう対応したかなどが簡素でしかも手に取るように示されている。
わが国の整形外科では,合併症により免疫能が低下した患者や高齢者に対する手術が日常茶飯事となっており,SSIの危険性が常に潜んでいる。本書に述べられているとおり,SSIは外科手術患者に発生する感染症の中で38%を占め,術後感染症の中で最も多い院内感染症である。いったん院内感染が起こり猛威をふるうと,発生源となった外科への新規入院の停止だけでなく手術も禁止される事態が招来する。保存的治療に専念されている先生方以外のすべての整形外科医にとって,必読の書として本書を推薦する。
SSIの障害を最小限にするベストプラクティス
書評者: 山崎 隆志 (武蔵野赤十字病院整形外科部長)
清潔手術である整形外科では一般外科などの準清潔手術に比べ,SSI発生頻度は圧倒的に低く,SSIが発生しても不運な出来事と思われがちである。私自身も過去にMRSAによるアウトブレークを経験するまでそう考えていた。しかし,SSIは努力により減少させることが可能で,SSIは外科医の実力を表す,と今では考えている。東郷平八郎は運がよいので連合艦隊司令長官に任命されたとされているが,その運のよさの陰には東郷の不断の努力があったことはあまり知られていない。SSIが起こるのは運が悪いのではなく,常日頃のSSI対策が不十分であった可能性が高いのである。
本書は整形外科SSIの予防と治療に関して,各種ガイドラインなどの総論から具体的症例まで,幅広く網羅している欲張りな本である。脊椎,膝の項では温度板からの考察,創外固定の項では患者用パンフレットも紹介されており,非常に実際的である。
総論はSSIに精通した一般外科医が執筆している。栄養管理や術後血糖コントロールの重要性,縫合糸,手袋,ガウン,サーベイランスなど普段整形外科医が気にかけていない点まで行き届いた基本的解説が詳しい。
整形外科の各領域ではその領域の専門家,SSIで苦労した医師が執筆している。自分の専門分野を読むのもよいが,専門以外の領域を読むのも興味深い。肩では“三角巾固定による安静は避ける”など反省させられ,足関節では伸筋支帯の弁状パッチ法など好奇心をそそる。
SSI治療においてすべての著者が述べている重要な点は早期発見であるが,これぞという決め手がないことが本書から理解できる。発熱,白血球やCRPの再上昇,創不良などの指標があるが,これらが欠如する場合もあり,多くのSSIに共通するのは疼痛のようである。早期起因菌同定にはグラム染色が勧められている。SSIが多発した場合の対処法も書かれている。多発原因は同定されていないが大いに参考になる。
本書の特長に読みやすさがある。各章のQ&Aは知識の整理に役立つ。また,最新の知見はトピックスとしてまとめてあり,教科書的に確実な知識とともに最新の知識も知ることができるという工夫は読者の旺盛な知識欲を満たす。治療においてはフローチャートが各項にありわかりやすい。
“症例から学ぶ”は各著者の苦労の結晶である。整形外科SSIでは複数回手術や抗菌薬の副作用などと順調にいかないことも多い。このような困難を克服して外科医の実力は向上していくが,“症例から学ぶ”により,SSIに対する各著者の努力の実際を体感できる。
整形外科SSIの発生頻度は低いが,治療には難渋することが多く,患者ばかりでなく医療者にも大きなストレスとなる。整形外科手術の最も重大な合併症の一つであるSSIの障害を最小限にするベストプラクティスが本書から学び得る。
書評者: 馬場 久敏 (福井大教授・整形外科学)
整形外科学は身体に外科的侵襲を加える手段でもって躯幹や肢体の傷害や疾病を除去し,損傷をこうむった組織の機能を再び獲得することを主眼とする学問系である。外科的侵襲とはいうまでもなく組織侵害性の動作であり,ために感染や創の遷延治癒といった合併症にも関連してくる。
術後に術野に感染が生じることは患者側・医療施行側の双方にとって極めて不幸な出来事である。術野を含む組織の感染は意図したものではないにせよ,病原菌がヒトに寄生(あるいは共生)して生存しようとする生態は,ヒトの組織・器官の機能不全やヒトの生存そのものをも危機におとしめる故に重大な出来事なのである。古来,多くの努力がなされてきたにもかかわらず感染症は制圧できず,また手術創部の感染(SSI)もまた依然として問題となり続けている。感染症の制御・制圧を目指しかつ院内感染の撲滅を目的にSSIもすべて個別の医療機関では登録しInfection Control Team(ICT)とも称される組織が活動するといった状況にも昨今の医療情勢が変化してきた。
そのような折,本書を読ませて頂く機会を得た。整形外科SSI対策や周術期感染管理の実際が菊地臣一教授・楠 正人教授により編集され,95名の著者により,SSI対策の概要,総論,脊椎から膝・足関節までの感染の各論,が述べられている。テキストの内容はわかりやすくかつ実際に則して論述されているもので,臨床の場では便利かつ有用な著書となっている。
昨今はEBMが医療の理念の第一義的なものとなっている。本書に収録された論述はEBMにも貢献しつつ実際の臨床の場で役にたつであろうと信じられるので,多くの整形外科医にはぜひご一読いただき,医局蔵書としていただきたく思う。
整形外科医が身につけるべきSSIの包括的な知識
書評者: 内藤 正俊 (福岡大病院病院長)
冒頭から卑近な例で申し訳ないが,筆者には2008年10月から院内感染に悩まされ,2009年1月下旬には病院の管理者としてマスコミを通じて世間に謝罪した苦い経験がある。外国旅行中に危篤となって当院救命救急センターへ搬送された患者に感染していた多剤耐性アシネトバクターを,救命救急センターの22名と某外科系病棟4名の合計26名の患者に感染させるという不祥事であった。感染を伝播させたと考えられたのは救命救急センターの呼吸器系機材と某外科病棟での創処置であった。院内感染が鎮静化するまで手洗い・消毒や清潔な創処置についての度重なる職員教育などを行い,救命救急センターと某外科系病棟への新規入院患者の受け入れを中止し,某外科による手術も禁止した。いったん院内感染が起こるとその制御がいかに困難であるかを体験した。また外科系の一員として患者だけでなく施設全体に重大なダメージを与えうる手術部位感染(surgical site infection : SSI)に関する包括的な知識を身につける必要性を痛感した。
待望の整形外科領域での極めつけの専門書,『整形外科SSI対策―周術期感染管理の実際』が発行された。総勢90名を越える専門家による労作であり,わが国の整形外科学の泰斗である菊地臣一福島県立医科大学理事長兼学長とSSIに関する第一人者である楠正人三重大学教授により,臨床現場ですぐに役立つよう実践的に編集されている。I章では周術期感染対策について概説されている。感染を起こさないための術前のSSI対策や実際的な手術時の手洗い・手袋・ドレープ・ガウンの仕方などがわかりやすく解説されている。II章では整形外科領域での横断的な周術期感染対策の基本を,手術・手技別および特殊な問題をもつ患者について記載されている。さらに現在広く行われている貸し出し器械についても述べられている。III章では整形外科医が知っておくべき感染発症時の実践的な対応を部位別の具体的な手術に即応して教示されている。またSSIに関して手術室や病棟でよく議論になる事柄がQ&Aに簡潔にまとめられ,要所では実際に治療に難渋した症例を「症例で学ぶ」として追加されている。診断・治療のポイントや実際にどう対応したかなどが簡素でしかも手に取るように示されている。
わが国の整形外科では,合併症により免疫能が低下した患者や高齢者に対する手術が日常茶飯事となっており,SSIの危険性が常に潜んでいる。本書に述べられているとおり,SSIは外科手術患者に発生する感染症の中で38%を占め,術後感染症の中で最も多い院内感染症である。いったん院内感染が起こり猛威をふるうと,発生源となった外科への新規入院の停止だけでなく手術も禁止される事態が招来する。保存的治療に専念されている先生方以外のすべての整形外科医にとって,必読の書として本書を推薦する。
SSIの障害を最小限にするベストプラクティス
書評者: 山崎 隆志 (武蔵野赤十字病院整形外科部長)
清潔手術である整形外科では一般外科などの準清潔手術に比べ,SSI発生頻度は圧倒的に低く,SSIが発生しても不運な出来事と思われがちである。私自身も過去にMRSAによるアウトブレークを経験するまでそう考えていた。しかし,SSIは努力により減少させることが可能で,SSIは外科医の実力を表す,と今では考えている。東郷平八郎は運がよいので連合艦隊司令長官に任命されたとされているが,その運のよさの陰には東郷の不断の努力があったことはあまり知られていない。SSIが起こるのは運が悪いのではなく,常日頃のSSI対策が不十分であった可能性が高いのである。
本書は整形外科SSIの予防と治療に関して,各種ガイドラインなどの総論から具体的症例まで,幅広く網羅している欲張りな本である。脊椎,膝の項では温度板からの考察,創外固定の項では患者用パンフレットも紹介されており,非常に実際的である。
総論はSSIに精通した一般外科医が執筆している。栄養管理や術後血糖コントロールの重要性,縫合糸,手袋,ガウン,サーベイランスなど普段整形外科医が気にかけていない点まで行き届いた基本的解説が詳しい。
整形外科の各領域ではその領域の専門家,SSIで苦労した医師が執筆している。自分の専門分野を読むのもよいが,専門以外の領域を読むのも興味深い。肩では“三角巾固定による安静は避ける”など反省させられ,足関節では伸筋支帯の弁状パッチ法など好奇心をそそる。
SSI治療においてすべての著者が述べている重要な点は早期発見であるが,これぞという決め手がないことが本書から理解できる。発熱,白血球やCRPの再上昇,創不良などの指標があるが,これらが欠如する場合もあり,多くのSSIに共通するのは疼痛のようである。早期起因菌同定にはグラム染色が勧められている。SSIが多発した場合の対処法も書かれている。多発原因は同定されていないが大いに参考になる。
本書の特長に読みやすさがある。各章のQ&Aは知識の整理に役立つ。また,最新の知見はトピックスとしてまとめてあり,教科書的に確実な知識とともに最新の知識も知ることができるという工夫は読者の旺盛な知識欲を満たす。治療においてはフローチャートが各項にありわかりやすい。
“症例から学ぶ”は各著者の苦労の結晶である。整形外科SSIでは複数回手術や抗菌薬の副作用などと順調にいかないことも多い。このような困難を克服して外科医の実力は向上していくが,“症例から学ぶ”により,SSIに対する各著者の努力の実際を体感できる。
整形外科SSIの発生頻度は低いが,治療には難渋することが多く,患者ばかりでなく医療者にも大きなストレスとなる。整形外科手術の最も重大な合併症の一つであるSSIの障害を最小限にするベストプラクティスが本書から学び得る。
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