発達と脳
コミュニケーション・スキルの獲得過程
せめぎ合って発達する脳機能
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発達障害児は脳機能に欠落があるのか? あるいは、回り道しながらも頂上を目指して発達という山を登っているのではないか? 発達障害児が共通して障害をもち、ヒトが社会生活を営むうえで重要な役割を果たすコミュニケーション・スキルの獲得過程を通して、脳の発達を見直していく。「脳とソシアル」シリーズ第2弾。
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- 目次
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序文
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発刊に寄せて
河村 今回は,「脳とソシアル」シリーズの第2弾ということで『発達と脳』ですが,『コミュニケーション・スキルの獲得過程』という副題がついています.岩田先生の「脳からみたヒトの発達」という序論から始まっていますが,その内容は神経学というか人類学のような面もあると思います.いかがでしょうか.
岩田 私はもともと人類学的な,特に文化人類学的な視点というのは好きなのです.少し横道にそれるかもしれないけれど,東大の教養学部のときに文化人類学というのを初めて知って,すっかりとりこになってしまい,絶対これをやろうと思って,当時助教授だった寺田和夫先生に相談したのです.そうしたら,寺田先生が「じゃあまず医者になりなさい」と言われたんです.というのは,文化人類学の研究は現地調査が多いが医者というだけで現地の人とパッと溶け込める.それは非常に有利だから,ともかく医者にはなっておきなさいと.それで医学に進んだのです.そういうわけで,私が医学部に入って最初に一生懸命勉強したのは,実は骨学なのです.
河村 最も人気がないところですね.
岩田 一生懸命に骨のスケッチをしました.というのは,将来文化人類学をやるときに絶対大事だと思っていたからです.医学部の1年生に入ったときは,男性と女性の骨がどう違うかとか,それから年齢の見分け方を一生懸命勉強したのです.それが,臨床が始まったらいつの間にかコロッと忘れて,医者のままになってしまったのです.そういう経緯がありますので,私の視点は,人類学的なところに向いてしまう傾向があるのです.
河村 這い這いと直立二足歩行ですとかババンスキー徴候の考え方などは,これは明らかに文化人類学的な視点ですよね.
ところで,先生はなぜ発達に興味をもたれたのですか.
岩田 実は10年くらい前までは発達にあまり興味がなかったのです.もう出来上がったきちんとした人間,きちんとした脳を研究するほうがずっとおもしろいと思っていたのですが,この本の中に出てくるウィリアムズ症候群をきっかけにして,これは少し違う世界があるぞと思ったのです.
あるとき,東京女子医科大学の循環器小児科の先生から,ウィリアムズ症候群で意識障害発作のようなものを起こした方が私のところに紹介されて来たのです.それまでウィリアムズ症候群の患者さんを診察したことがなかったので,初めてみる疾患の患者さんということもあっていろいろ調べたのですが,とんでもないことが見つかったんです.絵が描けないんです.その方は28歳になっていたのですが,その方のお母さんも,「この子は小さい頃からともかく絵が描けないのですよ」と話す.不思議だなと思いまして,それから循環器小児科の先生にお願いして10歳を超えているウィリアムズ症候群の人をみるようになりました.何人か続けて診察していたら,皆絵が描けない.ところが,言葉は非常に達者なんです.歌を歌ったり楽器を演奏することもよくできて,その違いはものすごく特徴的で,それで興味をもったんです.たまたま同じ頃に,東京女子医科大学でウィリアムズ症候群をとことん調べるというプロジェクトが始まり,私のところにも相談があったので,一緒に研究を始めたのです.それから私はずっとその研究データを見たり,ウィリアムズ症候群の論文などを読んでいたのですが,おもしろいことに気がついたのです.
河村 それはどんなことですか.
岩田 私たち医師は成人の脳でどこかが病気で壊れたときに,機能の喪失というか障害といったものをたくさんみているでしょう.だから,何か機能的な欠陥があると,脳が部分的に壊れているのではないかと直感的に思ってしまうのですね.ウィリアムズ症候群も,ずっとそういう観点から研究されてきたらしくて,いわゆる視覚情報経路の背側経路の障害と表現されていた論文がすごく多かったのです.ところが実際にMRIなどを見てみると,そんなところに局所病変はまったくないのです.
それともう1つ,頭頂葉の梗塞といった症候とはどうも少し違うのですね.ウィリアムズ症候群の方は模写することはまったくできないのですが,自発描画させると,その人なりの類型的な絵を描くのです.このdiscrepancyは何だろうかと考えていて,フッと思いついたのが,これは推測ですが,出来上がった普通の人のいろいろな能力の中の何かがスポンと抜けたという形ではなくて,違った形で発達してしまったのではないかということです.このことを,私は富士登山にたとえています.富士山の登り方は一通りではない.頂上に達したときに普通の吉田口から登る人もいれば,別のところから登る人もいると.そうすると,別のほうから登ったときに,途中で道が悪くなって行き止まりになることもある.また,同じ八合目でも別の道から登った八合目と普通に登った八合目とは違う形になっているのではないか.そんなことを考えていたら,たまたまウィリアムズ症候群の機能で正常に保たれていると考えられている言語に関する研究が発表されました.それはやはり健常者と比べると質的に違う.だから,障害がないとはいえないというもので,やはりそうかと思いました.つまり発達について,こどもの脳が育っていく過程では,何かができなくなると回り道して何とかしてやっていこうと働くのではないか.そういった代償みたいなものが働いているとすると,発達障害を単純に成人の人のどこかの機能が欠け落ちたという形の理解の仕方は違うのではないか,もう1回いろいろなものを見直したほうがいいのではないかと思うようになったのです.それで,発達神経心理学ということを言い出したのです.今から十数年前くらいの当時の世界的な潮流がそうなったということもあったのですが,私自身も非常に興味をもつようになったんです.
いろいろな能力が育っていく過程を見ていると,やはり少しずつ変わってくるのですね.何かがパッとできるようになるというのではなくて,同時に何かが失われていくということもあるわけです.ここ十数年の間,そういうダイナミックな発達の変化に興味をもって見ています.
河村 先生はこどもの発達に興味をもっていらっしゃる一方で,アルツハイマー病をはじめとして成人の方もみていらっしゃいますね.
André Thomas(1867-1963)も優れたneurologistですが,小脳だとか自律神経に関する素晴らしい本もたくさんお書きになっていますが,70歳頃から小児神経学に興味をもたれて赤ちゃんの観察をするようになったらしいですね.
岩田 萬年甫先生は,そのころのAndré Thomasに会っているのですよ.赤ちゃんの診察の場に一緒に行って,その様子をご覧になっていたそうです.紙のおむつみたいなものを用意していて,赤ちゃんがおしっこしたりすると,診察台をそれでふいてはまた一生懸命診察していたと,おっしゃっていました.あれはすごいですね.
河村 たぶん,André Thomasと先生は似たような関心をおもちなのですね.
岩田 André Thomasが赤ちゃんになぜ興味をもったのかわかる気がします.物が出来上がってくるときの世界というのは,成人で出来上がった物のどこかが壊れたというのと違うのです.その状態,その状態で完成品なのですよ.そこが違うのです.ものすごくおもしろい世界だと思います.
2009年7月吉日 医学書院にて
編者 岩田 誠・河村 満
河村 今回は,「脳とソシアル」シリーズの第2弾ということで『発達と脳』ですが,『コミュニケーション・スキルの獲得過程』という副題がついています.岩田先生の「脳からみたヒトの発達」という序論から始まっていますが,その内容は神経学というか人類学のような面もあると思います.いかがでしょうか.
岩田 私はもともと人類学的な,特に文化人類学的な視点というのは好きなのです.少し横道にそれるかもしれないけれど,東大の教養学部のときに文化人類学というのを初めて知って,すっかりとりこになってしまい,絶対これをやろうと思って,当時助教授だった寺田和夫先生に相談したのです.そうしたら,寺田先生が「じゃあまず医者になりなさい」と言われたんです.というのは,文化人類学の研究は現地調査が多いが医者というだけで現地の人とパッと溶け込める.それは非常に有利だから,ともかく医者にはなっておきなさいと.それで医学に進んだのです.そういうわけで,私が医学部に入って最初に一生懸命勉強したのは,実は骨学なのです.
河村 最も人気がないところですね.
岩田 一生懸命に骨のスケッチをしました.というのは,将来文化人類学をやるときに絶対大事だと思っていたからです.医学部の1年生に入ったときは,男性と女性の骨がどう違うかとか,それから年齢の見分け方を一生懸命勉強したのです.それが,臨床が始まったらいつの間にかコロッと忘れて,医者のままになってしまったのです.そういう経緯がありますので,私の視点は,人類学的なところに向いてしまう傾向があるのです.
河村 這い這いと直立二足歩行ですとかババンスキー徴候の考え方などは,これは明らかに文化人類学的な視点ですよね.
ところで,先生はなぜ発達に興味をもたれたのですか.
岩田 実は10年くらい前までは発達にあまり興味がなかったのです.もう出来上がったきちんとした人間,きちんとした脳を研究するほうがずっとおもしろいと思っていたのですが,この本の中に出てくるウィリアムズ症候群をきっかけにして,これは少し違う世界があるぞと思ったのです.
あるとき,東京女子医科大学の循環器小児科の先生から,ウィリアムズ症候群で意識障害発作のようなものを起こした方が私のところに紹介されて来たのです.それまでウィリアムズ症候群の患者さんを診察したことがなかったので,初めてみる疾患の患者さんということもあっていろいろ調べたのですが,とんでもないことが見つかったんです.絵が描けないんです.その方は28歳になっていたのですが,その方のお母さんも,「この子は小さい頃からともかく絵が描けないのですよ」と話す.不思議だなと思いまして,それから循環器小児科の先生にお願いして10歳を超えているウィリアムズ症候群の人をみるようになりました.何人か続けて診察していたら,皆絵が描けない.ところが,言葉は非常に達者なんです.歌を歌ったり楽器を演奏することもよくできて,その違いはものすごく特徴的で,それで興味をもったんです.たまたま同じ頃に,東京女子医科大学でウィリアムズ症候群をとことん調べるというプロジェクトが始まり,私のところにも相談があったので,一緒に研究を始めたのです.それから私はずっとその研究データを見たり,ウィリアムズ症候群の論文などを読んでいたのですが,おもしろいことに気がついたのです.
河村 それはどんなことですか.
岩田 私たち医師は成人の脳でどこかが病気で壊れたときに,機能の喪失というか障害といったものをたくさんみているでしょう.だから,何か機能的な欠陥があると,脳が部分的に壊れているのではないかと直感的に思ってしまうのですね.ウィリアムズ症候群も,ずっとそういう観点から研究されてきたらしくて,いわゆる視覚情報経路の背側経路の障害と表現されていた論文がすごく多かったのです.ところが実際にMRIなどを見てみると,そんなところに局所病変はまったくないのです.
それともう1つ,頭頂葉の梗塞といった症候とはどうも少し違うのですね.ウィリアムズ症候群の方は模写することはまったくできないのですが,自発描画させると,その人なりの類型的な絵を描くのです.このdiscrepancyは何だろうかと考えていて,フッと思いついたのが,これは推測ですが,出来上がった普通の人のいろいろな能力の中の何かがスポンと抜けたという形ではなくて,違った形で発達してしまったのではないかということです.このことを,私は富士登山にたとえています.富士山の登り方は一通りではない.頂上に達したときに普通の吉田口から登る人もいれば,別のところから登る人もいると.そうすると,別のほうから登ったときに,途中で道が悪くなって行き止まりになることもある.また,同じ八合目でも別の道から登った八合目と普通に登った八合目とは違う形になっているのではないか.そんなことを考えていたら,たまたまウィリアムズ症候群の機能で正常に保たれていると考えられている言語に関する研究が発表されました.それはやはり健常者と比べると質的に違う.だから,障害がないとはいえないというもので,やはりそうかと思いました.つまり発達について,こどもの脳が育っていく過程では,何かができなくなると回り道して何とかしてやっていこうと働くのではないか.そういった代償みたいなものが働いているとすると,発達障害を単純に成人の人のどこかの機能が欠け落ちたという形の理解の仕方は違うのではないか,もう1回いろいろなものを見直したほうがいいのではないかと思うようになったのです.それで,発達神経心理学ということを言い出したのです.今から十数年前くらいの当時の世界的な潮流がそうなったということもあったのですが,私自身も非常に興味をもつようになったんです.
いろいろな能力が育っていく過程を見ていると,やはり少しずつ変わってくるのですね.何かがパッとできるようになるというのではなくて,同時に何かが失われていくということもあるわけです.ここ十数年の間,そういうダイナミックな発達の変化に興味をもって見ています.
河村 先生はこどもの発達に興味をもっていらっしゃる一方で,アルツハイマー病をはじめとして成人の方もみていらっしゃいますね.
André Thomas(1867-1963)も優れたneurologistですが,小脳だとか自律神経に関する素晴らしい本もたくさんお書きになっていますが,70歳頃から小児神経学に興味をもたれて赤ちゃんの観察をするようになったらしいですね.
岩田 萬年甫先生は,そのころのAndré Thomasに会っているのですよ.赤ちゃんの診察の場に一緒に行って,その様子をご覧になっていたそうです.紙のおむつみたいなものを用意していて,赤ちゃんがおしっこしたりすると,診察台をそれでふいてはまた一生懸命診察していたと,おっしゃっていました.あれはすごいですね.
河村 たぶん,André Thomasと先生は似たような関心をおもちなのですね.
岩田 André Thomasが赤ちゃんになぜ興味をもったのかわかる気がします.物が出来上がってくるときの世界というのは,成人で出来上がった物のどこかが壊れたというのと違うのです.その状態,その状態で完成品なのですよ.そこが違うのです.ものすごくおもしろい世界だと思います.
2009年7月吉日 医学書院にて
編者 岩田 誠・河村 満
目次
開く
序論-脳からみたヒトの発達
A ヒトの分類学上の位置と機能的特異性
B 這い這いと直立二足歩行
C 言語
D 描画
まとめ
I 発達障害と脳
1 自閉症スペクトラムと発達認知神経科学
A 自閉症から自閉症スペクトラムへ
B 認知神経科学的な観点からみた自閉症スペクトラムの特徴
C 自閉症スペクトラム障害(ASD)の発達モデルを構築するために
2 応用行動分析による自閉症治療からの示唆
A 自閉症の予後
B 応用行動分析を使った自閉症治療
C 応用行動分析は自閉症を「治す」のか
D 自閉症治療の展望
3 Neurological autism-筋強直性ジストロフィーにおけるコミュニケーション機能
A 神経疾患による自閉症スペクトラム障害-筋強直性ジストロフィー
B 筋強直性ジストロフィーにおける行動障害
C 筋強直性ジストロフィー1型(DM1)における社会的認知障害のメカニズム
おわりに
II コミュニケーション・スキルの獲得と脳
1 知・情・意の発達と脳
A 神経系の発達-胎生期と生後の脳の発達
B アミン系神経系の異常に起因する発達性神経・精神疾患とその病態
C 発達性神経・精神疾患からみる高次脳機能の発達
D 知・情・意の発達
2 ことばの獲得と脳
A 言語はどのように獲得されるか
B 音韻と語彙意味
C 文章理解
D 文法と文法中枢
E 第二言語習得における機能的変化
おわりに
3 発達性dyslexiaの要素的認知機能および脳機能
A 発達性dyslexia(発達性読み書き障害)とは
B 発達性dyslexiaの背景となる要素的認知機能障害
C 発達性dyslexiaの出現頻度
D 発達性dyslexiaの出現頻度と要素的認知機能障害との関連
E 発達性dyslexiaの脳機能
4 ひとまねの重要性-自閉症スペクトラムにおける模倣障害
A ひとまねしない人々
B ひとまねの脳内機構
C ひとまねの重要性
おわりに
5 妖精のような人々-ウィリアムズ症候群における言語,音楽,人間関係
A 言語
B 音楽能力
C 行動特徴と社会的認知
おわりに
6 刺激的な世界-注意欠陥/多動性障害と前頭葉機能
A 注意欠陥/多動性障害の生物学的背景の重要性
B 注意欠陥/多動性障害とドパミン
C 注意欠陥/多動性障害と前頭連合野機能
D 前頭連合野機能とドパミン
E 注意欠陥/多動性障害の動物モデル
F サルを用いた注意欠陥/多動性障害の動物モデル
おわりに
III コミュニケーションの広がりと進化-個から集団へ
1 母と子のコミュニケーション-チンパンジーの子育て
A 相互行為としての基礎定位システム
B 発達遅滞と「しがみつき-抱き」の進化
C 身体の動きの伝えあい
D あやし遊びから対面コミュニケーションへ
E 物のやりとりと共同注意
おわりに
2 1対1のコミュニケーション
A コミュニケーションとは
B ヒトとサル
C サルからみるコミュニケーションの仕組み
D コミュニケーションと脳機能
3 社会脳の進化と発達
A こころを読む脳
B こころを伝える脳
おわりに
4 行動と脳-イヌの行動を遺伝子から解明する
A 個性の遺伝的基盤
B 犬種の遺伝子を比較する
C イヌの個性と遺伝子の関連
D 他の動物での試み-霊長類,ネコ,ウマ,トリの研究から
おわりに
あとがきにかえて
索引
A ヒトの分類学上の位置と機能的特異性
B 這い這いと直立二足歩行
C 言語
D 描画
まとめ
I 発達障害と脳
1 自閉症スペクトラムと発達認知神経科学
A 自閉症から自閉症スペクトラムへ
B 認知神経科学的な観点からみた自閉症スペクトラムの特徴
C 自閉症スペクトラム障害(ASD)の発達モデルを構築するために
2 応用行動分析による自閉症治療からの示唆
A 自閉症の予後
B 応用行動分析を使った自閉症治療
C 応用行動分析は自閉症を「治す」のか
D 自閉症治療の展望
3 Neurological autism-筋強直性ジストロフィーにおけるコミュニケーション機能
A 神経疾患による自閉症スペクトラム障害-筋強直性ジストロフィー
B 筋強直性ジストロフィーにおける行動障害
C 筋強直性ジストロフィー1型(DM1)における社会的認知障害のメカニズム
おわりに
II コミュニケーション・スキルの獲得と脳
1 知・情・意の発達と脳
A 神経系の発達-胎生期と生後の脳の発達
B アミン系神経系の異常に起因する発達性神経・精神疾患とその病態
C 発達性神経・精神疾患からみる高次脳機能の発達
D 知・情・意の発達
2 ことばの獲得と脳
A 言語はどのように獲得されるか
B 音韻と語彙意味
C 文章理解
D 文法と文法中枢
E 第二言語習得における機能的変化
おわりに
3 発達性dyslexiaの要素的認知機能および脳機能
A 発達性dyslexia(発達性読み書き障害)とは
B 発達性dyslexiaの背景となる要素的認知機能障害
C 発達性dyslexiaの出現頻度
D 発達性dyslexiaの出現頻度と要素的認知機能障害との関連
E 発達性dyslexiaの脳機能
4 ひとまねの重要性-自閉症スペクトラムにおける模倣障害
A ひとまねしない人々
B ひとまねの脳内機構
C ひとまねの重要性
おわりに
5 妖精のような人々-ウィリアムズ症候群における言語,音楽,人間関係
A 言語
B 音楽能力
C 行動特徴と社会的認知
おわりに
6 刺激的な世界-注意欠陥/多動性障害と前頭葉機能
A 注意欠陥/多動性障害の生物学的背景の重要性
B 注意欠陥/多動性障害とドパミン
C 注意欠陥/多動性障害と前頭連合野機能
D 前頭連合野機能とドパミン
E 注意欠陥/多動性障害の動物モデル
F サルを用いた注意欠陥/多動性障害の動物モデル
おわりに
III コミュニケーションの広がりと進化-個から集団へ
1 母と子のコミュニケーション-チンパンジーの子育て
A 相互行為としての基礎定位システム
B 発達遅滞と「しがみつき-抱き」の進化
C 身体の動きの伝えあい
D あやし遊びから対面コミュニケーションへ
E 物のやりとりと共同注意
おわりに
2 1対1のコミュニケーション
A コミュニケーションとは
B ヒトとサル
C サルからみるコミュニケーションの仕組み
D コミュニケーションと脳機能
3 社会脳の進化と発達
A こころを読む脳
B こころを伝える脳
おわりに
4 行動と脳-イヌの行動を遺伝子から解明する
A 個性の遺伝的基盤
B 犬種の遺伝子を比較する
C イヌの個性と遺伝子の関連
D 他の動物での試み-霊長類,ネコ,ウマ,トリの研究から
おわりに
あとがきにかえて
索引
書評
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小児神経科医に示されたゴール
書評者: 小西 行郎 (同志社大赤ちゃん学研究センター教授)
まずはじめに,本書が神経内科の二人の教授によってまとめられたことに驚きと,ある種の焦燥感を覚えた。どうして「発達」を小児科医ではなく内科の先生が? しかし,そうした思いは読み進むうちに消え,この書は,われわれ小児神経科医を激励してくれていると思えるようになった。
発達障害という問題が社会的に大きな関心を呼び,さまざまな分野で多くの人が発言している中で,神経科学的立場から発達のメカニズムを捉え,確かな情報を発信している書は比較的少ないように思われる。しかし本書は,内科医からの視点で編集されているがゆえに,胎児・新生児からの発達過程をたどるわけではないが,発達障害を持つ子どもの脳障害を科学的に説明し,発達障害を持つ子どもへの理解をより深めるのに大変に重要な本であることを認めざるを得ない。
共著の方々は,現在わが国においてそれぞれの分野の第一人者であり,当然ながら各章は豊富な資料と科学的な研究によって裏打ちされたものである。チンパンジーからヒトへ,小児神経学,児童精神学,発達心理学から脳科学まで,発達障害に関係するほとんどの分野を網羅しており,「発達障害はこころの問題」という考えが相変わらず一部に根強く残り,療育の現場に混乱を招いている現在にあって,本書は貴重な1冊といえよう。
われわれ小児神経科医としては,この本にもろ手を挙げて降参するわけにはいかない気がするのも正直なところである。発達障害は基本的には発達過程の障害である。ゆえに,その発生メカニズムについては胎児期からの経時的な説明がなされなければならないと考えるからである。発生メカニズムが解明できなければ根本的な療育方法の構築も,子どもへの理解も進まないと考えている。つまり,この本はある意味ゴールであり,そこまでの過程の解明はわれわれ小児神経科医がなさなければならない。めざすところが本書によってはっきりと示されたことに大いに鼓舞される。
岩田先生の温和な表情の中に小児神経科医への激励の気持ちを感じるのは,これまで先生にお会いするたびに,優しさと厳しさを感じていたからかもしれない。いつかまたお目にかかるときまでに,発達障害の発生メカニズムの一端でも解明しておきたいものである。
発達を脳科学と関係づけて論じた書
書評者: 小林 登 (東京大学名誉教授/チャイルドリサーチネット(CRN)*所長)
本書は,東京女子医科大学名誉教授岩田誠先生と,昭和大学医学部教授河村満先生によって編集され,序論を含めて4章からなり,わが国の発達領域にかかわる脳研究の第一人者である18人の専門家により執筆された272ページからなるものである。
全体として,その構成を見ると,岩田誠先生のアイデアが光っているように見える。評者は折々,先生のお考えを伺う機会があったからそう思うのであろうか。脳からみたヒトの発達について先生が書かれた興味深い序論,さらには冒頭の「発刊に寄せて」,そして巻末の「あとがきにかえて」の河村先生との対談を読むと,それがよく理解される。すなわち,文化人類学的,さらには進化論的な発想で医学・医療問題をとらえようとする立場である。評者も,脳の働きを理解するには,それなしでは成し得ないと考えている。
本書の内容を見ると,Iの「発達障害と脳」は,発達の脳科学的基本ばかりでなく,いわゆる自閉症スペクトラム,さらには成人の神経疾患に見られる特異な自閉症スペクトラムも取り上げて,治療教育も含めて単に臨床的にばかりでなく,認知神経学的にも論じている。
IIの「コミュニケーション・スキルの獲得と脳」では,脳神経系の形態的,機能的な発達と高次の機能の生まれる過程から始まって,言葉の発達を中心に,コミュニケーション・スキルの発達と障害を論じている。障害としては,ディスレクシア,ひとまねの模倣障害としての自閉症スペクトラム,特殊な認知解離を示すウィリアムズ症候群,教育現場で問題になっている注意欠陥・多動性障害を取り上げ,これらの疾患の新しい視点からのとらえ方が理解される。
IIIの「コミュニケーションの広がりと進化―個から集団へ」は,進化論的な立場から人間に最も近いチンパンジーに始まって,サル,そしてイヌを取り上げ,いわゆる「社会脳」の進化と発達を論じ,本書を特徴づけている。特に,チンパンジーの子育てについては,われわれの子育てに示唆する点が多い。
評者は,書評のご依頼を受けて,「脳とソシアル」という発想の本がシリーズとして出版されることを知り,感銘を受けた。その第二弾としてのこの本も,発達を脳科学と関係づけて論じていて,格調高いものになっている。現在の医療の現場で問題となっている発達障害,特にコミュニケーション障害を原点に立って理解するために本書は有用である。医師や看護師ばかりでなく,ぜひ学生にも読んでいただきたいものである。
*チャイルドリサーチネット(CRN):http://www.crn.or.jp
書評者: 小西 行郎 (同志社大赤ちゃん学研究センター教授)
まずはじめに,本書が神経内科の二人の教授によってまとめられたことに驚きと,ある種の焦燥感を覚えた。どうして「発達」を小児科医ではなく内科の先生が? しかし,そうした思いは読み進むうちに消え,この書は,われわれ小児神経科医を激励してくれていると思えるようになった。
発達障害という問題が社会的に大きな関心を呼び,さまざまな分野で多くの人が発言している中で,神経科学的立場から発達のメカニズムを捉え,確かな情報を発信している書は比較的少ないように思われる。しかし本書は,内科医からの視点で編集されているがゆえに,胎児・新生児からの発達過程をたどるわけではないが,発達障害を持つ子どもの脳障害を科学的に説明し,発達障害を持つ子どもへの理解をより深めるのに大変に重要な本であることを認めざるを得ない。
共著の方々は,現在わが国においてそれぞれの分野の第一人者であり,当然ながら各章は豊富な資料と科学的な研究によって裏打ちされたものである。チンパンジーからヒトへ,小児神経学,児童精神学,発達心理学から脳科学まで,発達障害に関係するほとんどの分野を網羅しており,「発達障害はこころの問題」という考えが相変わらず一部に根強く残り,療育の現場に混乱を招いている現在にあって,本書は貴重な1冊といえよう。
われわれ小児神経科医としては,この本にもろ手を挙げて降参するわけにはいかない気がするのも正直なところである。発達障害は基本的には発達過程の障害である。ゆえに,その発生メカニズムについては胎児期からの経時的な説明がなされなければならないと考えるからである。発生メカニズムが解明できなければ根本的な療育方法の構築も,子どもへの理解も進まないと考えている。つまり,この本はある意味ゴールであり,そこまでの過程の解明はわれわれ小児神経科医がなさなければならない。めざすところが本書によってはっきりと示されたことに大いに鼓舞される。
岩田先生の温和な表情の中に小児神経科医への激励の気持ちを感じるのは,これまで先生にお会いするたびに,優しさと厳しさを感じていたからかもしれない。いつかまたお目にかかるときまでに,発達障害の発生メカニズムの一端でも解明しておきたいものである。
発達を脳科学と関係づけて論じた書
書評者: 小林 登 (東京大学名誉教授/チャイルドリサーチネット(CRN)*所長)
本書は,東京女子医科大学名誉教授岩田誠先生と,昭和大学医学部教授河村満先生によって編集され,序論を含めて4章からなり,わが国の発達領域にかかわる脳研究の第一人者である18人の専門家により執筆された272ページからなるものである。
全体として,その構成を見ると,岩田誠先生のアイデアが光っているように見える。評者は折々,先生のお考えを伺う機会があったからそう思うのであろうか。脳からみたヒトの発達について先生が書かれた興味深い序論,さらには冒頭の「発刊に寄せて」,そして巻末の「あとがきにかえて」の河村先生との対談を読むと,それがよく理解される。すなわち,文化人類学的,さらには進化論的な発想で医学・医療問題をとらえようとする立場である。評者も,脳の働きを理解するには,それなしでは成し得ないと考えている。
本書の内容を見ると,Iの「発達障害と脳」は,発達の脳科学的基本ばかりでなく,いわゆる自閉症スペクトラム,さらには成人の神経疾患に見られる特異な自閉症スペクトラムも取り上げて,治療教育も含めて単に臨床的にばかりでなく,認知神経学的にも論じている。
IIの「コミュニケーション・スキルの獲得と脳」では,脳神経系の形態的,機能的な発達と高次の機能の生まれる過程から始まって,言葉の発達を中心に,コミュニケーション・スキルの発達と障害を論じている。障害としては,ディスレクシア,ひとまねの模倣障害としての自閉症スペクトラム,特殊な認知解離を示すウィリアムズ症候群,教育現場で問題になっている注意欠陥・多動性障害を取り上げ,これらの疾患の新しい視点からのとらえ方が理解される。
IIIの「コミュニケーションの広がりと進化―個から集団へ」は,進化論的な立場から人間に最も近いチンパンジーに始まって,サル,そしてイヌを取り上げ,いわゆる「社会脳」の進化と発達を論じ,本書を特徴づけている。特に,チンパンジーの子育てについては,われわれの子育てに示唆する点が多い。
評者は,書評のご依頼を受けて,「脳とソシアル」という発想の本がシリーズとして出版されることを知り,感銘を受けた。その第二弾としてのこの本も,発達を脳科学と関係づけて論じていて,格調高いものになっている。現在の医療の現場で問題となっている発達障害,特にコミュニケーション障害を原点に立って理解するために本書は有用である。医師や看護師ばかりでなく,ぜひ学生にも読んでいただきたいものである。
*チャイルドリサーチネット(CRN):http://www.crn.or.jp