医学生の基本薬

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「国試出題頻度」と「臨床使用頻度」の2つの基準で、医学生にとっての基本薬(=essential medicines)を厳選。さらにこれらを「しっかり」と「あっさり」の2つに分類し、前者の薬では冒頭に国試形式の文体で症例を提示してコンパクトに解説。「薬がわかるようになれば楽しい。楽しいから勉強して、さらに薬がわかるようになる」-そんなきっかけとなる医学生のための薬の本。
編集 渡邉 裕司
発行 2010年08月判型:B6変頁:344
ISBN 978-4-260-00834-1
定価 4,180円 (本体3,800円+税)

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編集の序

 筆者が医学生だった頃,初めてベッドサイドで先輩医師から薬の名前を聞かされてもそれが何の医薬品かさっぱりわからなかった。学生時代には薬を一般名(ジェネリック名)で学習し,臨床の場では商品名が多く使われるからだ。たとえば現在,高脂血症患者にはHMG-CoA還元酵素阻害薬(→p39)が多く処方され,その中でもアトルバスタチンの使用頻度が高い。アトルバスタチンは一般名だが,臨床の場ではリピトールという商品名で呼ばれ,処方オーダーされることが多い。しかし,医学生にとってはじめてリピトールという名前を聞いてもそれが授業で習ったHMG-CoA還元酵素阻害薬の1つであることをすぐに理解するのは難しい。同様のまごつきは研修医になってからの方がさらに大きいだろう。
 学生時代に習う薬が,臨床の場でよく使用されている薬とは限らないこと,同じ薬効群に属する薬が複数あることも,まごつきの原因の1つだ。アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬(→p9)は優れた降圧薬,心不全治療薬であり,臨床的エビデンスも豊富だ。数多いACE阻害薬の中で薬理学の教科書で名前が出され解説されるのは,最初に登場したカプトプリルであることが多いが,臨床ではほとんど使用されなくなっている。1日3回投与が必要なカプトプリルより,1日2回あるいは1回投与で済むエナラプリルやリシノプリルの方がよく処方されるのだ。だからといって,カプトプリルの薬理作用について学ぶことは決してマイナスではない。カプトプリルはACE阻害薬の共通の特徴を示しているからだ。
 医師国家試験にはカプトプリルのように基本的で重要な薬が出題されることが多い。医師国家試験に出題されるような薬は一般的に使用経験が長く,それだけ有効性,安全性などの評価が確立しているとも言える。医師になると,製薬企業から情報提供されるそのときどきの新薬に目を奪われがちだが,まだ評価が一定しない新薬よりも,評価の定まった薬が信頼できることも少なくない。
 本書は,「医師国家試験にこれまで出題された医薬品」と「臨床上で使用頻度の高い医薬品」を選定の条件とし,それらの医薬品には商品名も併記した。医学部学生がベッドサイドに出た時に,あるいは研修医になった時,少しでもまごつかないようにするためである。これまでにない臨床応用性が高い医薬品集を目指したつもりであり,著者らのこのような目的が実現することを願っている。
 最後に,企画,構成,執筆にわたって多大なる尽力をたまわりました医学書院編集部の西村僚一氏に心から感謝を捧げたい。

 2010年6月
 渡邉裕司

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編集の序
凡例

第1章 循環器系治療薬
 1 降圧薬
 2 強心薬
 3 抗不整脈薬
 4 抗狭心症薬
 5 脂質異常症治療薬
 6 利尿薬
第2章 血液・凝固系治療薬
 1 抗血栓薬
 2 止血薬
 3 造血薬
 4 鉄剤
第3章 呼吸器系・アレルギー疾患治療薬
 1 気管支拡張薬
 2 鎮咳薬
 3 去痰薬
 4 抗アレルギー薬
第4章 消化器系治療薬
 1 消化性潰瘍・逆流性食道炎治療薬
 2 健胃薬
 3 制吐薬
 4 炎症性疾患治療薬
 5 止痢薬・整腸薬
 6 下剤
 7 慢性膵炎治療薬
 8 利胆薬
 9 鎮痙薬
 10 その他の消化器用薬
第5章 抗炎症薬・鎮痛薬・免疫抑制薬
 1 抗炎症薬
 2 鎮痛薬
 3 抗リウマチ薬
 4 免疫抑制薬
第6章 内分泌代謝系治療薬
 1 糖尿病治療薬
 2 高尿酸血症治療薬
 3 骨粗鬆症治療薬
 4 甲状腺疾患治療薬
 5 下垂体性ホルモン製剤
 6 性ホルモン製剤
 7 その他
第7章 抗がん薬
 1 抗がん抗生物質
 2 アルキル化薬
 3 タキサン系薬
 4 分子標的薬
 5 ビスホスホネート製剤
 6 アルカロイド系
 7 代謝拮抗薬
第8章 感染症治療薬
 1 抗生物質
 2 化学療法薬
 3 抗結核薬
 4 抗真菌薬
 5 抗ウイルス薬
 6 抗原虫薬
第9章 精神神経治療薬
 1 催眠鎮静薬
 2 抗不安薬
 3 抗うつ薬
 4 抗躁薬
 5 抗精神病薬
 6 抗てんかん薬
 7 抗パーキンソン病薬
 8 抗認知症薬
 9 片頭痛治療薬
第10章 その他の治療薬
 1 麻酔薬
 2 筋弛緩薬
 3 分娩時使用薬
 4 中毒治療薬
 5 脳浮腫治療薬
 6 電解質製剤
 7 ビタミン製剤
 8 生物学的製剤
 9 その他

索引

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臨床現場で必要な感覚も身につくコンパクトな薬の本
書評者: 植田 真一郎 (琉球大大学院教授・臨床薬理学)
 医学生としてベッドサイドで薬のことを勉強するのは大変である。そもそも病態生理が中心の教科書には治療学に関する記載はあまりないのに,診断が確定したあとは,診療録の記載の中心は治療に関することである。医師となればその日から担当の患者さんの処方を理解しなければならない。承認されている薬を羅列している本はあるものの,これを全て記憶することは不可能である。筆者が研修医となった頃は紙の処方箋だったが,処方をしてサインをする時は緊張した。実習では薬のことを調べたが,不思議なことに薬理学で頻出した薬剤はあまり使用されていないし,膨大な記載に劣等生だった私は,国家試験に合格した医師はなんてすごいのだろう,きっと全部覚えているのだろう,自分は駄目だと驚愕した覚えがある。しかし実は薬物療法に関してその本質的なところを理解し,患者さんに生かすためにはそう多くの薬に関する「知識」を要しないと思う。基本的な薬剤に関して,なぜその薬剤なのか,薬理作用と実際の患者さんのアウトカム改善,という2点から考える癖をつけることが必要である。そして内科系の実習の時にはこれを是非身につけてほしい。

 この本は上記のような,医学生のときに将来適切な薬物療法を行うためにまず知るべきこと,考えるべきことを丁寧に教えてくれる。なによりも薬を厳選していること,薬理作用は簡潔にまとめられ,読み易いこと,なぜその薬剤をそのように使うのか,という点が要諦としてわかりやすく記載されている。暗記を強要するものではなく,臨床の現場で必要な感覚を身につけられると思う。従って医学生のみならず初期研修医にとっても有益である。本書を編集された渡邉裕司教授は浜松医科大学で臨床薬理内科を立ち上げられたが,本書は内科医として,そして臨床薬理医としての医学生教育のあり方を示唆するものであると思う。
医学生を実臨床の奥深さへ導くハンドブック
書評者: 山口 徹 (虎の門病院院長)
 医学生の臨床実習も診療参加型になってきているというが,まだまだ見学的要素が少なくない。卒後臨床研修への連続性を考えると,学生のときからもっと実臨床に近い実習が必要であることは間違いない。4年生の共用試験(CBT, OSCE)の合格者にスチューデントドクターの資格を与え,より実質的な臨床実習を行おうとする動きも当然であろう。しかし現状では,研修医になって,主治医になって,初めて学生実習と実臨床との違いを思い知らされることになる。

 特にあたふたするのは,診断の面よりも治療の面であろう。治療行為を自ら行ったことがない点はもちろん,現場で飛び交う治療薬や治療器具の名前にも面食らうはずである。例えば,代表的な利尿剤はループ利尿薬と抗アルドステロン薬で,「フロセミド」と「スピロノラクトン」と教わっていても,現場で飛び交っているのは「ラシックス」や「アルダクトンA」という商品名である。冠動脈狭窄の治療器具として冠動脈ステントの存在を知り,最近では薬剤溶出性ステント(DES)が広く使われていると知っていても,現場で飛び交っているのは商品名である「サイファー(CYPHER)」や「プロマス(PROMUS)」である。学生実習でこの差を詰める取り組みがぜひとも必要であろう。

 本書は,医学生がベッドサイドでまごつかないよう,臨床現場の視点から治療薬について医学生用にまとめられたものである。「臨床上で使用頻度が高い」「医師国家試験にこれまで出題された」という条件で基本薬164が選ばれ,臨床使用頻度,国試出題頻度から重要度が「しっかり」「あっさり」に分類されている。国試も十分意識されており,頭の整理がしやすい。そして「しっかり」薬では,まず症例呈示があり,そしてその治療薬の必要性について病態も含めた考え方がまとめられている。医学生にはわかりやすいアプローチである。その後に具体的な薬について適応,製品名,用法用量,その使用上のポイント(Do & Don’t),薬理作用がまとめられ,最後にエビデンスとなる臨床試験が紹介されている。

 1つの基本薬の項を読み終えると,その治療薬について講義と実臨床との溝がぐっと狭まることは間違いない。時間に追われた研修医よりは,医学生が臨床実習で出会った症例ごとにこの基本薬を1つひとつ読み進んでゆくのがぴったりである。実習には1冊持ち歩きたいものである。

 本書は,治療薬の話を通して,医学生を実臨床の奥深さへと導いてくれる。このような医学生のためのハンドブックの出現が,より実効的な臨床実習への流れを加速することを期待したい。
学習モチベーションを高める工夫に満ちたサブテキスト
書評者: 福井 次矢 (聖路加国際病院院長)
 本書は,医学生が臨床実習や卒業直後の研修開始時に困らないよう,数ある医薬品のうち重要かつ必須の医薬品のエッセンスを分かりやすくまとめたものである。

 構成は,主として臓器系統ごとに10章に分けられていて,カルシウム拮抗薬から皮膚用内服薬(エトレチナート)まで,厳選された164種類の医薬品(=基本薬)につき,適用される病気の概説,薬理作用,注意事項,エビデンスなどが記述されている。

 基本薬の選定は,「臨床上で使用頻度の高い医薬品」かつ「医師国家試験にこれまで出題された医薬品」という2つの基準に則って行われたという。すべての医療者にとって「臨床上で使用頻度の高い医薬品」が重要なことは当然であるが,医学生にとっては,眼前に控えている医師国家試験に出題されたことのある医薬品かどうかも,とりわけ重要な情報である。本書には,各基本薬に国試出題頻度と臨床使用頻度を「★」「★★」「★★★」の3段階でグレードを付けていて,読者の学習モチベーションをいやが上にも高める構成になっている。

 もう一つの大きな特徴は,基本薬に分類したもののうち特に重要な約50品目について,適応疾患の概説に先立って当該疾患の症例が提示されていることである。筆者の先生方にとって,それだけの数の症例を用意することはさぞ大変だったことと推察されるが,より臨床に即した知識を身に付けるためには,このような症例からのアプローチは最善の方法であり,この点も本書の価値を高めている。

 編集にあたられた渡邉裕司先生(浜松医科大学臨床薬理学教授)をはじめとする18名の執筆者の先生方は,皆さん臨床と薬理学に造詣の深い方々であり,多くの基本薬について記載されているエビデンスの項では,質(レベル)の高い最新の研究結果が簡潔に記述されていて,大変有用である。

 最後に,サイズが白衣のポケットに納まるようコンパクトな作りになっていることも,本書の利便性を大いに高めている。臨床実習などで病棟に出向いていても,教員の会話で耳にした薬,あるいはカルテの記載で目にした薬があれば,すぐにその場で本書を開いて当該薬に関する知識を確認できる。

 私が医学生なら,まず丸一日かけてでも本書の全ページ(297ページ)に目を通しておき,その後は白衣のポケットに入れて,臨床実習で受持った患者が使っている薬はその都度本書でチェックし,他の標準的な教科書や文献から得た情報があればそれらも書き込んで,本書を黒く汚れるまで使いこなすであろう。そうすることで,医学部卒業までに重要かつ必須の医薬品に関する知識は強固なものになるはずである。

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