高齢者のための和漢診療学
今だからこそ求められる漢方の知識をまとめた1冊
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高齢者を診ている誰もが出会う「こんなときどうしたら?」。本書はその悩みに応えるべく,全国の現場から「困っている症例」を集めて精選。どの漢方がどう効いたか,和漢診療の実際を現場感覚で紹介。薬効のみならず,患者の満足度,経済効果の点からも,漢方の知識は今この時代だからこそ必要不可欠。高齢者を診るすべての人に贈る1冊。
編集 | 寺澤 捷年 |
---|---|
発行 | 2005年01月判型:A5頁:384 |
ISBN | 978-4-260-12730-1 |
定価 | 4,950円 (本体4,500円+税) |
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- 書評
目次
開く
第1章 漢方治療の基礎知識
気血水の概念と病態
1.気虚
2.血虚
3.気血両虚
4.於血
五臓の概念と病態
1.肝臓
2.心臓
3.脾臓
4.肺臓
5.腎臓
陰陽の概念
1.陰陽の理論
2.虚実の理論
3.六病位の考え方
証の概念
1.証の定義と意味するもの
2.証と西洋医学的病名との関係
第2章 高齢者の漢方的診療法とその問題点
望診
聞診
問診
切診
1.全身の触診
2.腹診
3.脈診
第3章 漢方エキス製剤と服用のポイント
意識の問題
実際の服用
問題点と工夫
1.黄色は注意
2.偽アルドステロン症
3.下痢
4.誤嚥の危険
5.散剤としての注意
6.その他
第4章 高齢者にみられる疾患および病態 どう対処したらよいか?
高齢者の夜間奇声
不穏・興奮
性的逸脱行動
意欲の低下
うつ状態
不眠
睡眠呼吸障害
パーキンソン病
耳鳴り
視力障害(かすみ眼)
浮腫
貧血
麻痺性イレウス
発汗過多
褥瘡
創傷治癒遅延
皮膚剥離
かゆみ
疥癬
誤嚥性肺炎
感冒,インフルエンザ
歯周炎
呼吸不全
重症感染症
緑膿菌感染
MRSA対策
腰痛・膝関節痛
関節リウマチ
肩関節周囲炎・頸腕症候群・肩こり
しびれ(帯状疱疹後神経症)
手足の冷え性
反射性交感神経性ジストロフィー
機能性慢性便秘
食欲不振
感染性腸炎
慢性下痢
経管栄養,胃瘻栄養に伴うトラブル
尿路感染症
排尿障害
慢性腎不全
第5章 漢方における生活指導のポイント
食べる
寝る
出す
動く
清潔
よりよく生きることと事故防止
感染症との闘い
第6章 家族・介護職・看護職などへの指導
第7章 医療経済と漢方
療養型病床群に漢方薬を導入
1.薬剤費の急激な減少
2.抗菌薬で考えると
3.頻用処方
漢方治療導入の二次的な効果
外来治療における漢方薬の医療経済的な効果
1.薬剤費節約の理由
2.頻用処方
西洋医学と東洋医学の融合
付録1 漢方製剤一覧表(販売メーカー一覧表)
付録2 方剤一覧表(保険薬価基準収載方剤)
付録3 方剤一覧表(保険薬価基準未収載方剤)
事項索引
和文索引
欧文索引
方剤索引
気血水の概念と病態
1.気虚
2.血虚
3.気血両虚
4.於血
五臓の概念と病態
1.肝臓
2.心臓
3.脾臓
4.肺臓
5.腎臓
陰陽の概念
1.陰陽の理論
2.虚実の理論
3.六病位の考え方
証の概念
1.証の定義と意味するもの
2.証と西洋医学的病名との関係
第2章 高齢者の漢方的診療法とその問題点
望診
聞診
問診
切診
1.全身の触診
2.腹診
3.脈診
第3章 漢方エキス製剤と服用のポイント
意識の問題
実際の服用
問題点と工夫
1.黄色は注意
2.偽アルドステロン症
3.下痢
4.誤嚥の危険
5.散剤としての注意
6.その他
第4章 高齢者にみられる疾患および病態 どう対処したらよいか?
高齢者の夜間奇声
不穏・興奮
性的逸脱行動
意欲の低下
うつ状態
不眠
睡眠呼吸障害
パーキンソン病
耳鳴り
視力障害(かすみ眼)
浮腫
貧血
麻痺性イレウス
発汗過多
褥瘡
創傷治癒遅延
皮膚剥離
かゆみ
疥癬
誤嚥性肺炎
感冒,インフルエンザ
歯周炎
呼吸不全
重症感染症
緑膿菌感染
MRSA対策
腰痛・膝関節痛
関節リウマチ
肩関節周囲炎・頸腕症候群・肩こり
しびれ(帯状疱疹後神経症)
手足の冷え性
反射性交感神経性ジストロフィー
機能性慢性便秘
食欲不振
感染性腸炎
慢性下痢
経管栄養,胃瘻栄養に伴うトラブル
尿路感染症
排尿障害
慢性腎不全
第5章 漢方における生活指導のポイント
食べる
寝る
出す
動く
清潔
よりよく生きることと事故防止
感染症との闘い
第6章 家族・介護職・看護職などへの指導
第7章 医療経済と漢方
療養型病床群に漢方薬を導入
1.薬剤費の急激な減少
2.抗菌薬で考えると
3.頻用処方
漢方治療導入の二次的な効果
外来治療における漢方薬の医療経済的な効果
1.薬剤費節約の理由
2.頻用処方
西洋医学と東洋医学の融合
付録1 漢方製剤一覧表(販売メーカー一覧表)
付録2 方剤一覧表(保険薬価基準収載方剤)
付録3 方剤一覧表(保険薬価基準未収載方剤)
事項索引
和文索引
欧文索引
方剤索引
書評
開く
西洋医学の健全さを保つためにこそ漢方医学は必須
書評者: 秋葉 哲生 (慶応大客員教授・東洋医学)
この本を手にして,出版物としてのあまりのまとまりのよさに同種の著述を手がけている者として多少のねたましさを覚える,というのが正直な感想である。本書は,21世紀のわが国の医療における東洋医学の占める位置を,明確に,かつ実証的に約350頁のなかに凝縮して示してみせた。
編者の寺澤捷年氏については多く語るを要しないだろう。昭和54年から富山医科薬科大学の和漢診療部・和漢診療学講座を率いて多くの俊秀を育て,今日のわが国の漢方医学隆盛の推進力となった。医学教育のモデルコアカリキュラムに「和漢薬を概説できる」という一項が入り,漢方医学をアカデミズムの舞台に引き上げた功績は何人も否定することはできない。最近では,21世紀COEプログラム「東洋の知に立脚した個の医療の創生」のリーダーとして,より広範な活動が期待されている。
本書の構成は,寺澤氏による冒頭16頁までの概論部分と,それ以降の寺澤氏麾下の全国で活躍している22名の臨床家による分担執筆部分とからなる。分担執筆部分は,高齢者に見られる病的状態を,ときには診断名でときには状態名で柔軟に分類して症例を示しつつ主題を展開している。その結果,他領域とくらべて独自性の強い高齢者疾患の特徴が的確に明らかにされているのは見事である。
ことに西洋医学では用いる薬剤すら見当もつかないような“漢方的病態”に対して,古典の記述を手がかりに方剤を適用し症状を改善させるというプロセスを目の当たりにすると,だれしも漢方治療はわが国の医療に不可欠であるとの思いを深くするにちがいない。いや,西洋医学の健全さを保つためにこそ漢方医学は必須であると表現するのが適切だろう。ここには,洋漢統合というような言葉すら過去へ追いやるほどの,事実のみが持ち得る訴求力がある。
各論の輝かしさに幻惑されるかもしれないが,評者にとって真に本書の存在感をおぼえた部分は冒頭16頁の概論であった。大学教育における漢方医学理論が執筆者寺澤氏の念頭に置かれているのは明らかである。立脚点は明快で,陰陽も五臓六腑も気血水も,できるかぎりこれまで積み上げた氏の教室の基礎研究の成果から説き起こして解説を試みている。文面に多少の迷いはみられるものの,このように伝統医学的術語を理解して成功する地点にはこれまでだれも到達したことはなかった。
概論に関心を寄せる読者もあり,一方,各論部分に強く魅かれる読者もあろう。どちらにしてもけして御損はないことを,仲人口でなく,評者としてお約束したい。しかし,類書の刊行を構想している向きには,大変手ごわい先行者が現れたものである。よほどの内容がない限り,企画書は陽の目をみない公算が大になったということだけは肝に銘じる必要があろう。
これからの医療のあり方についての,手応えの感じられる1つの答え
書評者: 大島 伸一 (国立長寿医療センター総長)
泌尿器科医で腎移植を専門にしてきた私がどういうわけか,今は,国立長寿医療センターに奉職しているが,受けた教育も,やってきたことも,科学,科学の西洋医学である。その方法は,極論すれば異常な臓器や部位を数値と画像を駆使して特定し,臨床科学的に有効と判断された技術を介入させて,よりよい効果を得るというやり方である。近代科学の原理は,例外を認めない普遍性,首尾一貫した筋の通った論理性,主観の介入を許さない客観性で成り立っている。人が人に医療や介護を行う過程に,科学の原理をそのままあてはめることができるか,無理である。現場の医療がいかに不確実なものか,さまざまな要因を挙げるまでもなく,人が人に行う行為に普遍性,論理性,客観性が完全に成立するなんてことがありうる訳がない。こう解っていても,科学の世界では,これを口に出すことはタブーなのである。
私は長寿医療センターに移ってから,高齢者医療とは何か,センターとしてどう取り組めばよいのかを考え続けてきたが,それまでの自分がやってきた医療とはまったく違うために,一体どうすればよいのか悩み抜いていた。そんな時に思い出したのは寺澤先生である。「西洋医学の手法で高齢者を診るのは無理ですヨネー」「当然です」寺澤先生は満足そうに頷く。「本当は高齢者だけでなく,どんな医療にも科学主義の限界はありますヨネー」「もち論です」「漢方や和漢療法で言われる気とか血とか陽とか陰とかは,話や本では理解できたような気になっても,実感としてはピンとこないんですが」「解らなくてあたりまえです。科学じゃないんですから」そして言う。「人を機械論的に考え,細胞から遺伝子まで分解して,その成果をいくら積み上げたって人の総体は解りません。まず,人をまるごととらえ,診る,それが医療じゃないですか,手をとって顔を見て五感をとぎすませてきちんと話を聞く,そこに科学で得られた分析的手法や診断治療技術を組み合わせてゆく,医療とは人間をまるごとみないと成り立たないものなのです」
私には,漢方の知識も経験も何もないので,漢方医療の価値がまるで解らない。そのうえ医療における科学の限界は解っていても,それを言い出すと今まで自分のやってきたことを否定するような恐怖感がある。だから直視するのを避けてきたようである。だが,長寿医療センターに移って,高齢者医療とは何か,その答えを得るには,今までの医療は何だったのか正面から向き合い,はっきりさせなければ前へ進めない。私はこれからの医療は科学主義の限界と呪縛をどう乗り越えるのかという意味での大きなパラダイムの転換に向かうだろうと考えているが,「高齢者のための和漢診療学」には私の悩みに答えるかのように,これからの医療のあり方について示されている。この方法論が本当によいかどうかは,今後更に検証されてゆくことになるだろうが,手応えの感じられる1つの答えであることは間違いがない。
この書物の計り知れぬ価値
書評者: 佐賀 純一 (佐賀医院)
寺澤捷年先生編集の本が出たというので,待ってましたとばかりに飛びついた。と言うのも漢方関係の書物を山と積みながら五里霧中という有り様であった時に寺澤先生から『症例から学ぶ和漢診療学』をお送りいただき,厚い霧が一気に晴れた快感を覚えた経験があるからだ。
そこで今回の書物を一読してみたところ,直ちに次のことを実感した。それはこの書物が和漢医学を志す者の必読書となるであろうことは論を待たないが,むしろこれまで漢方をさほど重要視していなかった西洋医学偏重の先生方にショックを与えるのではないか,従来の治療法の根本的見直しを迫ることになるのではないかということである。
なぜかと言えば,高齢者の抱える多様な訴えに対して適切に対応できる治療法は,西洋医学の領域全体を見渡しても実に寥々たるものであって,医者自身が困り果てているというのが実情だからだ。患者さんがしびれ,意欲の低下,気力の喪失,冷え,手足のほてり,かゆみ,かすみ目などを訴えると「年だから仕方がないですよ」と言いながら実は,西洋医学の無力を告白しているに過ぎないという事実に気付いている医師は少なくない。ところが和漢薬はそのような患者さんの訴えに正面から取り組む術を備えている。この書物にはそれらの事例が具体例をもって系統的に示され,しかもチャート図を用いて最も適切な方剤を検索するシステムが開示されている。
例えば多発性脳梗塞に併発した「睡眠時呼吸障害」の患者さんに対して「西洋医学的アプローチの現状」という一節を設けてその治療法と限界を明快に解説しながら,他方,こうした事例に対してどの和漢薬を用いるべきか,それらはどのように奏効したかということについて使用経験をふまえて詳細に解説し,しかも,それらの方剤を選択するための手順を図式化して提示しているのである。こうした編集方法は全編を貫いており,西洋医学と和漢診療学の相違がひと目で分かるばかりでなく,高齢者独特の多様な病態に対して,和漢薬こそが切り札となり得る力を十分に保有しているという事実を再認識させてくれる。
こうしたわけで,特筆すべき症例は全編にわたっていて枚挙にいとまがないが「性的逸脱行動」に関する症例報告は劇的である。ひと目をはばからぬ自慰行動によって家族や介護職員を困惑させていた高齢の男性が桂枝加竜骨牡蛎湯によって救われたという事例は,人間存在の業の深さ,哀れさ,心理の複雑さを見せつけると共に,和漢薬の秘めている底知れぬ力を暗示しているように思える。
ともかくも,この書物は医学界のみならず高齢化社会にまたとない朗報をもたらすものであり,その意味で,和漢診療学が高齢化社会全体に大きな貢献をなし得る不可欠の存在であるということを,胸がすくばかりに見事に証明してみせた必携の好著である。
書評者: 秋葉 哲生 (慶応大客員教授・東洋医学)
この本を手にして,出版物としてのあまりのまとまりのよさに同種の著述を手がけている者として多少のねたましさを覚える,というのが正直な感想である。本書は,21世紀のわが国の医療における東洋医学の占める位置を,明確に,かつ実証的に約350頁のなかに凝縮して示してみせた。
編者の寺澤捷年氏については多く語るを要しないだろう。昭和54年から富山医科薬科大学の和漢診療部・和漢診療学講座を率いて多くの俊秀を育て,今日のわが国の漢方医学隆盛の推進力となった。医学教育のモデルコアカリキュラムに「和漢薬を概説できる」という一項が入り,漢方医学をアカデミズムの舞台に引き上げた功績は何人も否定することはできない。最近では,21世紀COEプログラム「東洋の知に立脚した個の医療の創生」のリーダーとして,より広範な活動が期待されている。
本書の構成は,寺澤氏による冒頭16頁までの概論部分と,それ以降の寺澤氏麾下の全国で活躍している22名の臨床家による分担執筆部分とからなる。分担執筆部分は,高齢者に見られる病的状態を,ときには診断名でときには状態名で柔軟に分類して症例を示しつつ主題を展開している。その結果,他領域とくらべて独自性の強い高齢者疾患の特徴が的確に明らかにされているのは見事である。
ことに西洋医学では用いる薬剤すら見当もつかないような“漢方的病態”に対して,古典の記述を手がかりに方剤を適用し症状を改善させるというプロセスを目の当たりにすると,だれしも漢方治療はわが国の医療に不可欠であるとの思いを深くするにちがいない。いや,西洋医学の健全さを保つためにこそ漢方医学は必須であると表現するのが適切だろう。ここには,洋漢統合というような言葉すら過去へ追いやるほどの,事実のみが持ち得る訴求力がある。
各論の輝かしさに幻惑されるかもしれないが,評者にとって真に本書の存在感をおぼえた部分は冒頭16頁の概論であった。大学教育における漢方医学理論が執筆者寺澤氏の念頭に置かれているのは明らかである。立脚点は明快で,陰陽も五臓六腑も気血水も,できるかぎりこれまで積み上げた氏の教室の基礎研究の成果から説き起こして解説を試みている。文面に多少の迷いはみられるものの,このように伝統医学的術語を理解して成功する地点にはこれまでだれも到達したことはなかった。
概論に関心を寄せる読者もあり,一方,各論部分に強く魅かれる読者もあろう。どちらにしてもけして御損はないことを,仲人口でなく,評者としてお約束したい。しかし,類書の刊行を構想している向きには,大変手ごわい先行者が現れたものである。よほどの内容がない限り,企画書は陽の目をみない公算が大になったということだけは肝に銘じる必要があろう。
これからの医療のあり方についての,手応えの感じられる1つの答え
書評者: 大島 伸一 (国立長寿医療センター総長)
泌尿器科医で腎移植を専門にしてきた私がどういうわけか,今は,国立長寿医療センターに奉職しているが,受けた教育も,やってきたことも,科学,科学の西洋医学である。その方法は,極論すれば異常な臓器や部位を数値と画像を駆使して特定し,臨床科学的に有効と判断された技術を介入させて,よりよい効果を得るというやり方である。近代科学の原理は,例外を認めない普遍性,首尾一貫した筋の通った論理性,主観の介入を許さない客観性で成り立っている。人が人に医療や介護を行う過程に,科学の原理をそのままあてはめることができるか,無理である。現場の医療がいかに不確実なものか,さまざまな要因を挙げるまでもなく,人が人に行う行為に普遍性,論理性,客観性が完全に成立するなんてことがありうる訳がない。こう解っていても,科学の世界では,これを口に出すことはタブーなのである。
私は長寿医療センターに移ってから,高齢者医療とは何か,センターとしてどう取り組めばよいのかを考え続けてきたが,それまでの自分がやってきた医療とはまったく違うために,一体どうすればよいのか悩み抜いていた。そんな時に思い出したのは寺澤先生である。「西洋医学の手法で高齢者を診るのは無理ですヨネー」「当然です」寺澤先生は満足そうに頷く。「本当は高齢者だけでなく,どんな医療にも科学主義の限界はありますヨネー」「もち論です」「漢方や和漢療法で言われる気とか血とか陽とか陰とかは,話や本では理解できたような気になっても,実感としてはピンとこないんですが」「解らなくてあたりまえです。科学じゃないんですから」そして言う。「人を機械論的に考え,細胞から遺伝子まで分解して,その成果をいくら積み上げたって人の総体は解りません。まず,人をまるごととらえ,診る,それが医療じゃないですか,手をとって顔を見て五感をとぎすませてきちんと話を聞く,そこに科学で得られた分析的手法や診断治療技術を組み合わせてゆく,医療とは人間をまるごとみないと成り立たないものなのです」
私には,漢方の知識も経験も何もないので,漢方医療の価値がまるで解らない。そのうえ医療における科学の限界は解っていても,それを言い出すと今まで自分のやってきたことを否定するような恐怖感がある。だから直視するのを避けてきたようである。だが,長寿医療センターに移って,高齢者医療とは何か,その答えを得るには,今までの医療は何だったのか正面から向き合い,はっきりさせなければ前へ進めない。私はこれからの医療は科学主義の限界と呪縛をどう乗り越えるのかという意味での大きなパラダイムの転換に向かうだろうと考えているが,「高齢者のための和漢診療学」には私の悩みに答えるかのように,これからの医療のあり方について示されている。この方法論が本当によいかどうかは,今後更に検証されてゆくことになるだろうが,手応えの感じられる1つの答えであることは間違いがない。
この書物の計り知れぬ価値
書評者: 佐賀 純一 (佐賀医院)
寺澤捷年先生編集の本が出たというので,待ってましたとばかりに飛びついた。と言うのも漢方関係の書物を山と積みながら五里霧中という有り様であった時に寺澤先生から『症例から学ぶ和漢診療学』をお送りいただき,厚い霧が一気に晴れた快感を覚えた経験があるからだ。
そこで今回の書物を一読してみたところ,直ちに次のことを実感した。それはこの書物が和漢医学を志す者の必読書となるであろうことは論を待たないが,むしろこれまで漢方をさほど重要視していなかった西洋医学偏重の先生方にショックを与えるのではないか,従来の治療法の根本的見直しを迫ることになるのではないかということである。
なぜかと言えば,高齢者の抱える多様な訴えに対して適切に対応できる治療法は,西洋医学の領域全体を見渡しても実に寥々たるものであって,医者自身が困り果てているというのが実情だからだ。患者さんがしびれ,意欲の低下,気力の喪失,冷え,手足のほてり,かゆみ,かすみ目などを訴えると「年だから仕方がないですよ」と言いながら実は,西洋医学の無力を告白しているに過ぎないという事実に気付いている医師は少なくない。ところが和漢薬はそのような患者さんの訴えに正面から取り組む術を備えている。この書物にはそれらの事例が具体例をもって系統的に示され,しかもチャート図を用いて最も適切な方剤を検索するシステムが開示されている。
例えば多発性脳梗塞に併発した「睡眠時呼吸障害」の患者さんに対して「西洋医学的アプローチの現状」という一節を設けてその治療法と限界を明快に解説しながら,他方,こうした事例に対してどの和漢薬を用いるべきか,それらはどのように奏効したかということについて使用経験をふまえて詳細に解説し,しかも,それらの方剤を選択するための手順を図式化して提示しているのである。こうした編集方法は全編を貫いており,西洋医学と和漢診療学の相違がひと目で分かるばかりでなく,高齢者独特の多様な病態に対して,和漢薬こそが切り札となり得る力を十分に保有しているという事実を再認識させてくれる。
こうしたわけで,特筆すべき症例は全編にわたっていて枚挙にいとまがないが「性的逸脱行動」に関する症例報告は劇的である。ひと目をはばからぬ自慰行動によって家族や介護職員を困惑させていた高齢の男性が桂枝加竜骨牡蛎湯によって救われたという事例は,人間存在の業の深さ,哀れさ,心理の複雑さを見せつけると共に,和漢薬の秘めている底知れぬ力を暗示しているように思える。
ともかくも,この書物は医学界のみならず高齢化社会にまたとない朗報をもたらすものであり,その意味で,和漢診療学が高齢化社会全体に大きな貢献をなし得る不可欠の存在であるということを,胸がすくばかりに見事に証明してみせた必携の好著である。
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