失われた空間
脳機能障害による空間障害や無視のメカニズムを探る
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脳機能の障害によって半側の空間が見えなくなる半側空間の無視は、患者、家族にとっても大きな問題である。このような空間障害や無視はどのようなメカニズムにおいて起こるのか。その機序を豊富な症例をもつ著者がわかりやすく解説する「脳の不思議」。左右大脳機能に関する身近な症例から、ヒトの空間認知とその障害全般を知るための格好の書。
*「神経心理学コレクション」は株式会社医学書院の登録商標です。
シリーズ | 神経心理学コレクション |
---|---|
著 | 石合 純夫 |
シリーズ編集 | 山鳥 重 / 彦坂 興秀 / 河村 満 / 田邉 敬貴 |
発行 | 2009年11月判型:A5頁:256 |
ISBN | 978-4-260-00947-8 |
定価 | 3,300円 (本体3,000円+税) |
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序文
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序
「失われた空間」は意識に上らず,「失われた」ことすら意識されない。健常な脳にとって,見渡せる範囲において意識に上らない失われた空間があるだろうか。頭の後ろは見えないといっても,気になれば振り返って見る「意識できる空間」である。空間ではないが,視野には意識されないマリオット盲点がある。水平方向に2つの点を打って,片目で,右目なら左の点を見つめて距離を変えてみると,右の点がフッと消え,はじめてその存在に気づく。消えた部分は知覚されない視野範囲であるが,見え方がそこで途切れるわけではない。空間において意識に上らない範囲が生じたとしても,その境目は意識されず,連続性が保たれた世界を見ていると脳は判断するであろう。
医師になって2年目,筆者はリハビリテーションセンターに赴任した。「半側空間無視」-左片麻痺患者に時々みられる不思議な視覚・空間世界の衝撃は大きかった。なぜヒマワリの花を半分描いて出来たと思うのか,なぜそんなに右に片寄った点が線の真ん中なのか。見えない,見ていない,見ようとしない,気づかない,いったいどうしてなのか…。図形や絵を見せたときの視線の動きを検討した,視野の左半分が見えない左同名半盲患者は,見えない左側に視線を動かして全体を見ようとする。しかし,左半側空間無視患者は左を見ようとしない。これはわかりやすい結果に思えた。次に,水平な線分を二等分するときの視線の動きを調べた。左半側空間無視患者が左端まで見ようとしないのは同様の結果であった。しかし,右よりの点を見つめると,そのままそこに印を付けて「真ん中です」という。左同名半盲を伴うことも多いので,視野の中心から右の範囲で見た部分の左端が真ん中というのがわからなかった。水平な線分の左側を紙で隠して,左視野にあたるその紙の空間が脳の中でどう見えているのかいろいろと考えた。
脳は結構独りよがりで勝手な判断をする。知識や経験が正しい判断を導くこともあれば,一を知って「誤った」十を知ることもある。左半側空間無視があって,注意が向いた右側の一部の情報しか利用できなくても,脳は全体を判断する。意識されない空間に対する喪失感は生じ得ない。一方で,知識や経験が役に立つことも少なくない。時計の文字盤の数字で,「3」は右に「9」は左にある。この知識を使えば,左側に9時を配置できる。外界からの情報の利用という点で「失われた空間」でも,脳のトップダウンの判断では「失われていない空間」である。本書は,このギャップの謎-「半側空間無視の世界」に何とか迫ろうとしてきた筆者の記録である。もちろん,お互いに論文の査読をして,意見を交換してきた世界の研究者の考え方も豊富に紹介した。さらに,失われた空間を取り戻せるのか,外界からの情報と脳の判断との間のギャップを修正できるのか,不器用でも周りの空間とつきあう方法を身につけられるのか-半側空間無視のリハビリテーションのあり方を考えて行きたい。
あたりまえのように我々は周りの空間とつきあっている。この機能は言語と違ってヒト特有のものではないが,脳における処理は複雑で膨大と思われる。わからないことばかりで,校正原稿を読み直してみて,我ながら難しい内容に思えてきた。しかし,最初に臨床ありきで考えてきた筆者としては,わかったような気がする書物よりよいのではないかと思っている。最後に,「神経心理学コレクション」のシリーズの編集方針を緩めて,筆者の原稿をそのまま受け入れていただいた医学書院に深謝したい。
2009年10月
石合純夫
「失われた空間」は意識に上らず,「失われた」ことすら意識されない。健常な脳にとって,見渡せる範囲において意識に上らない失われた空間があるだろうか。頭の後ろは見えないといっても,気になれば振り返って見る「意識できる空間」である。空間ではないが,視野には意識されないマリオット盲点がある。水平方向に2つの点を打って,片目で,右目なら左の点を見つめて距離を変えてみると,右の点がフッと消え,はじめてその存在に気づく。消えた部分は知覚されない視野範囲であるが,見え方がそこで途切れるわけではない。空間において意識に上らない範囲が生じたとしても,その境目は意識されず,連続性が保たれた世界を見ていると脳は判断するであろう。
医師になって2年目,筆者はリハビリテーションセンターに赴任した。「半側空間無視」-左片麻痺患者に時々みられる不思議な視覚・空間世界の衝撃は大きかった。なぜヒマワリの花を半分描いて出来たと思うのか,なぜそんなに右に片寄った点が線の真ん中なのか。見えない,見ていない,見ようとしない,気づかない,いったいどうしてなのか…。図形や絵を見せたときの視線の動きを検討した,視野の左半分が見えない左同名半盲患者は,見えない左側に視線を動かして全体を見ようとする。しかし,左半側空間無視患者は左を見ようとしない。これはわかりやすい結果に思えた。次に,水平な線分を二等分するときの視線の動きを調べた。左半側空間無視患者が左端まで見ようとしないのは同様の結果であった。しかし,右よりの点を見つめると,そのままそこに印を付けて「真ん中です」という。左同名半盲を伴うことも多いので,視野の中心から右の範囲で見た部分の左端が真ん中というのがわからなかった。水平な線分の左側を紙で隠して,左視野にあたるその紙の空間が脳の中でどう見えているのかいろいろと考えた。
脳は結構独りよがりで勝手な判断をする。知識や経験が正しい判断を導くこともあれば,一を知って「誤った」十を知ることもある。左半側空間無視があって,注意が向いた右側の一部の情報しか利用できなくても,脳は全体を判断する。意識されない空間に対する喪失感は生じ得ない。一方で,知識や経験が役に立つことも少なくない。時計の文字盤の数字で,「3」は右に「9」は左にある。この知識を使えば,左側に9時を配置できる。外界からの情報の利用という点で「失われた空間」でも,脳のトップダウンの判断では「失われていない空間」である。本書は,このギャップの謎-「半側空間無視の世界」に何とか迫ろうとしてきた筆者の記録である。もちろん,お互いに論文の査読をして,意見を交換してきた世界の研究者の考え方も豊富に紹介した。さらに,失われた空間を取り戻せるのか,外界からの情報と脳の判断との間のギャップを修正できるのか,不器用でも周りの空間とつきあう方法を身につけられるのか-半側空間無視のリハビリテーションのあり方を考えて行きたい。
あたりまえのように我々は周りの空間とつきあっている。この機能は言語と違ってヒト特有のものではないが,脳における処理は複雑で膨大と思われる。わからないことばかりで,校正原稿を読み直してみて,我ながら難しい内容に思えてきた。しかし,最初に臨床ありきで考えてきた筆者としては,わかったような気がする書物よりよいのではないかと思っている。最後に,「神経心理学コレクション」のシリーズの編集方針を緩めて,筆者の原稿をそのまま受け入れていただいた医学書院に深謝したい。
2009年10月
石合純夫
目次
開く
第1章 半側空間無視の世界
A.空間とつきあう
B.右を向いている患者
C.左側が見えないのか?
D.「半側」とは?
E.「もの」の認知-半分に見えることは決してない
F.見ているつもり
G.珍しくない症状-病巣の多様性
第2章 半分だけ描いてできたと思う不思議
A.半分の花
B.時計の絵
C.立方体-箱の絵
D.絵を描く半側空間無視患者
E.字は書けるが
第3章 真ん中が見つからない-線分二等分の難しさ-
A.左端の確認をしない線分二等分
B.左端確認後の線分二等分
C.真ん中に見える!
第4章 「もの」が見つからない
A.左側の見落とし
第5章 失われた空間を取り戻す
A.外から働きかけ意識的に左を向いてもらう
B.改善とはなにか?
C.半側空間無視の妙薬はないか
D.失われた空間があっても,「生活空間」を取り戻そう
索引
A.空間とつきあう
B.右を向いている患者
C.左側が見えないのか?
D.「半側」とは?
E.「もの」の認知-半分に見えることは決してない
F.見ているつもり
G.珍しくない症状-病巣の多様性
第2章 半分だけ描いてできたと思う不思議
A.半分の花
B.時計の絵
C.立方体-箱の絵
D.絵を描く半側空間無視患者
E.字は書けるが
第3章 真ん中が見つからない-線分二等分の難しさ-
A.左端の確認をしない線分二等分
B.左端確認後の線分二等分
C.真ん中に見える!
第4章 「もの」が見つからない
A.左側の見落とし
第5章 失われた空間を取り戻す
A.外から働きかけ意識的に左を向いてもらう
B.改善とはなにか?
C.半側空間無視の妙薬はないか
D.失われた空間があっても,「生活空間」を取り戻そう
索引
更新情報
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