小説で読む生老病死

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人間の理解と病の本質を知るための「小説読本」。高齢化社会を迎え,ますます複雑多岐にわたる病に直面する多くの医療,看護,介護,福祉従事者,医学生に贈る実践的「医学概論」。人間の生誕から死に至る「生老病死」を描いた名作20篇をテキストに,小説を解説しながら学ぶ「全人的医療」の啓蒙書。井伏鱒二,遠藤周作,山田風太郎から石牟礼道子,川上弘美,村田喜代子までを精選した医療文学論の決定版。
梅谷 薫
発行 2003年02月判型:A5頁:228
ISBN 978-4-260-12703-5
定価 2,090円 (本体1,900円+税)
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梅谷薫『小説を読む喜び』-まえがき
●生
遠藤周作『海と毒薬』
結城昌治『死もまた愉し』
井伏鱒二『黒い雨』
帚木蓬生『空夜』
川上弘美『センセイの鞄』
橋本治『ぼくらのSEX』
●老
深沢七郎『楢山節考』
村田喜代子『蕨野行』
有吉佐和子『恍惚の人』
佐江衆一『黄落』
●病
北條民雄『いのちの初夜』
南木佳士『海へ』
石牟礼道子『苦海浄土―わが水俣病』
江國滋『おい癌め酌みかはさうぜ秋の酒―江國滋闘病日記』
山崎豊子『白い巨塔』
●死
山田風太郎『戦中派不戦日記』
山崎章郎『病院で死ぬということ』
森田功「やぶ医者」シリーズ
日本戦没学生記念会編『新版きけわだつみのこえ―日本戦没学生の手記』
●対談
宮崎和加子×梅谷薫『小説から学ぶ介護へのまなざし』
●資料
芥川賞受賞作品一覧
戦後短篇小説再発見 全十巻 作品一覧

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文学作品を通しての現代医療への問いかけ
書評者: 宮子 あずさ (東京厚生年金病院看護師)
◆病院は小説以上のドラマの世界

 中学・高校までの私は,文庫本の小説を読みあさる文学少女でした。特に三島由紀夫の短編が好きで,とりつかれたように読んでいました。高校の終わりには,森崎和江らの「サークル村」という一種の文学運動を知り,文学というものの骨太さを垣間見た気がしたのです。

 なのに今の私は,日頃小説を読むことはほとんどありません。本自体はとても好きで,硬軟問わない乱読。けれどもこの十年ほど,いわゆる純文学系の本には,食指が動かないのです。

 理由として思いつくのは,病院というドラマの多い世界で暮らしているため,物語に対するニーズが満たされているという事実です。今の私の日常が,文学の薫り高いドラマに満ちているとは思いません。むしろドリフのどたばたに近い。けれども,そこにはみんなが一生懸命になるほど滑稽な,人間の切なさ,哀しさがあふれています。

 一方,そんなどたばたの中でも,ふと文学的な感覚が蘇ることがあります。電話をすれば話もできる患者さんの家族が,さっぱり病院にはやってこず,実体がまるでつかめない時に,「カフカの城みたいな家族だなあ」としみじみ思ったりする。私が小説をたくさん読んでいた時代を思い出すのは,こうした場面ですね。

 読んですぐ忘れてしまった作品でも,自分の引き出しのどこかにはきちんと収まっていて,何かの拍子にするりと出てくる―。文学作品というのは,そういうものなのかも知れません。

◆臨床経験豊かな医師が書いた文学案内

 ちょうどそんな体験が重なった時期だったので,臨床経験豊かな医師が書いた文学案内は,たいへん興味深く読みました。生病老死を題材とした文学作品が,ここではていねいに紹介されています。

 何より伝わってきたのは,著者が本当に文学作品を愛しているということ。自身の臨床での体験や,現代医療への問題意識に引きつけて,文学作品を紹介する手法は,その充実した内容とともに,私たちを小説の世界へと引き込むことでしょう。

 紹介された19人の作家とその作品の中で,私がぜひとも読んでみたいと思ったのは,以下の作品です。
・『センセイの鞄』(川上弘美)
・『おい癌め酌み交はさうぜ秋の酒―江國滋闘病日記』(江國滋)
・『戦中派不戦日記』(山田風太郎)

 病院での日常を少し離れて,別の角度からまたそれを見直すよりどころとして。あるいは,純粋にその文章の美しさを楽しむために。文学は,実にいろいろな楽しみがあるんですね。そんな文学の奥深さを教えてくれる1冊です。

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