タッチ
ダイナミックで複雑な脳の働きを新しい切り口でとらえ直すシリーズ『神経心理学コレクション』第3弾
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人間にとって最も基本的な感覚である体性感覚研究の世界的第一人者である著者のライフワークの結晶。とりわけ本書では手の機能と身体感覚という視点から触覚や認知に関わる問題を取り上げ、大脳の構造的基盤を分かりやすく論ずるとともに、注意や自己意識のほか、その異常や、情動など多様な問題についても言及している。
*「神経心理学コレクション」は株式会社医学書院の登録商標です。
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第1章 タッチの感覚
第2章 タッチの生理学
第3章 タッチの大脳表現
第4章 痛み,痒み,温度感覚,内臓感覚の大脳表現
第5章 手の運動と体性感覚
第6章 さわる,さわられる
第7章 認識の基盤としての体性感覚
第8章 体性感覚系の基礎知識
第2章 タッチの生理学
第3章 タッチの大脳表現
第4章 痛み,痒み,温度感覚,内臓感覚の大脳表現
第5章 手の運動と体性感覚
第6章 さわる,さわられる
第7章 認識の基盤としての体性感覚
第8章 体性感覚系の基礎知識
書評
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体性感覚の世界的モノグラフ
書評者: 酒田 英夫 (聖徳栄養短大教授)
ショパンのワルツを思わせるような軽やかなタイトルの本である。その名のように流れるような読みやすい文章であるが,内容は深く世界にも類を見ない体性感覚の最高のモノグラフである。
◆30年間の体性感覚研究を集約
著者は,サルの手を中心にした30年間の研究のすべてをこの1冊に集約して大脳皮質体性感覚野の情報処理についての一貫した考えを1つの物語として展開している。
第1章で,「タッチとはアクティヴタッチのことである」と述べ,von Freyに代表される点状刺激に反対して,手で自由にさわることによって生じる対象の知覚を重んじたKatzの研究がその糸口を与えたことを述べている。
“Active Touch”という題の国際シンポジウムは,1977年にブルゴーニュワインの中心地であるフランスのボーヌ市で開かれた。著者は,そこで手でさわった物が丸いか四角いかを識別するニューロンが体性感覚野にあることを発表して大きな反響を呼んだ。これが体性感覚野の情報処理が単純な受容野から次第に複雑な対象の知覚に至る階層的な処理であるという著者の考えの出発点であるが,同時にそれは体性感覚系神経生理学の権威で並列分散処理を主張するV. B. Mountcastleのグループとの長い論争の始まりでもあった。
第2章「タッチの生理学」では,そのMountcastleが支持した「関節の位置感覚は関節受容器による」という考えが実は誤りで,筋受容器が関与していることを示すヒトでの実験を紹介している。自らの足を切開して,筋肉が引張られると関節が曲る感覚(位置覚)が起こることを証明したMcCloskeyの実験は,読者に強い印象を与える。このMcCloskeyは,また自らの脚に筋弛緩剤を動脈注射して重さの感覚が脳から筋肉に送られる指令のフィードバック(遠心コピー)に依存することを示した人でもある。
第3章「タッチの大脳表現」では,著者の研究の中心課題である大脳皮質体性感覚野(S I)における情報処理のプロセスについて論じている。皮質と体表の関係は点対点ではなく点対面になっていて,3b野での1本の指の小さい受容野から,1,2野の多指型の受容野へと階層的な処理が進むというのが主な話の筋である。ここで著者が述べている「受容野の形には意味がある」という「機能面」の概念は,HubelとWieselが視覚野で発見した単純細胞や複雑細胞による輪郭の検出とは違って,体性感覚野に独特のものである。その発見のきっかけとなったネコの体性感覚野の実験で,さまざまなポーズで違った面が触れるという図のモデルは,著者が杉並に住んでいるころ飼っていた猫である。
第4章「痛み,痒み,温度感覚,内臓感覚の大脳表現」では,痛みや温度感覚などの大脳表現について述べ,痛覚の中枢はどこにあるかという大問題を論じている。著者自身が最近研究を始めた第2体性感覚野(S II)をはじめ多くの候補があるが,S I,S II,島,前帯状回,頭頂連合野(7b)などがネットワークを構築して,痛み刺激が引き起こす多彩な脳活動にかかわっているという研究の現況がよく示されている。
第5章「手の運動と体性感覚」では,MottとSherringtonのサルの脊髄後根切断による手足の運動障害の実験に始まり,伝導路である後索の切断による運動異常について述べたあと,体性感覚野の損傷によって起こる運動障害の原因を解明するために著者が行なった,ムシモール注入による機能ブロックの研究について詳しく述べている。ビーカーやロートに入れた小さな餌を栂指と示指で摘まみ取らせると,他の指が縁に引っかかって巧く掴めない症状や,閉眼するとりんご片を見つけられない症状から,知覚障害が運動障害をもたらしている,というごく自然な結論が導き出された。さらにヒトの症例でサルの実験で用いたのと同じ容器を使って同じような症状を観察することによって,これまでさまざまな議論を呼んだ肢節運動失行の原因について明確な解釈を下している。
◆アクティヴタッチの論究
第6章「さわる,さわられる」では,この本のテーマであるアクティヴタッチについて論じ,重さの感覚に代表される運動指令の遠心コピーの役割を証明するMcCloskeyの実験や,サルの2野で能動的な関節の動きに先行して発火する遠心コピーのニューロンなどを紹介している。そして,著者自身のデータから,体性感覚野の中でより連合野的な2野に物の形や材質の特徴に反応するニューロンがあることを述べ,四角いものと丸いものを区別する2つの対照的な形識別ニューロンは,サルが自分で能動的に対象を握った時にのみ発火したと述べている。これぞアクティヴタッチを象徴するニューロンである。材質の解析と運動の分析が不可分に結びついていることを示す例として,サルが毛足の長いブラシや著者のひげを触ったときに発火したニューロンがあったというくだりには,思わず笑いがこみ上げてくる。
第7章「認識の基盤としての体性感覚」では,自己意識と身体像の脳内メカニズムについて論じている。「自己意識とは結局,物理的な存在としての自分,つまり自分の身体を意識することです」というのが30年の研究の結果として著者が得た結論のように思える。「身体像は自分を中心にした空間(自己近接空間)の認識と共通で自己認識の基本はやはり体性感覚なのです」と述べている。
長い間はっきりわからなかった身体像の局在が浮かび上がってきたのは,入来篤史氏との共同研究によって発見された,体性感覚と視覚の両方に反応する多感覚ニューロンの特異な反応の観察による。手に触覚受容野を持ち,手の周囲に視覚受容野を持つニューロンの反応が,サルに道具の熊手を持たせ,それで餌を取る動作を繰り返し訓練すると変化して,視覚受容野が熊手の先まで広がるというのである。身体像の概念をうちだしたHeadとHolmsがかつて,女性が自分のかぶる帽子の羽根飾りの先まで身体のイメージに取り込まれていると言った逸話を思い出させる興味深いニューロンである。このようなニューロンは,頭頂間溝の背側で2野と5野の境界付近にあるので,ここに身体像と身体認識の領域があることはほぼ間違いないと思われる。
第8章に付録のような形で,「体性感覚系の基礎知識」が記されているのもユニークなスタイルである。面白いストーリーを読み終えた読者が確実な科学的知識として記憶に貯えるには,充実した文献リストとともにぜひ必要な章である。主に体性感覚系の神経解剖学について簡潔にまとめてあるが,体性感覚野の細胞構築の項で一般によく使われるBrodmannの地図ではなく,Economoの地図を記載しているところに著者の見識が現れている。Brodmannの地図では,52の領野が並列に並べられているが,Economoが5つの基本形に分けた地図は,それぞれのタイプの領野の機能的役割について多くの示唆を与えてくれる。それはしばしば見過ごされているが,著者の大脳皮質における階層的情報処理の考えによく合う所見である。
◆新しいパラダイムを確立した研究
以上のように,著者は30年にわたる体性感覚野の独創的な研究から,3a,3b野から1野,2野,5野と進む階層的情報処理のプロセスの全貌を明らかにし,それによって触覚認識と身体認識が生まれることを検証した。この業績は視覚におけるHubelとWieselの仕事を超えるもので,大脳皮質における感覚情報処理の研究に新しいパラダイムを確立した画期的な研究である。その意味で,この本は神経心理学の分野の人たちだけでなく,脳研究に携わるすべての人に一読をおすすめしたい。
書評者: 酒田 英夫 (聖徳栄養短大教授)
ショパンのワルツを思わせるような軽やかなタイトルの本である。その名のように流れるような読みやすい文章であるが,内容は深く世界にも類を見ない体性感覚の最高のモノグラフである。
◆30年間の体性感覚研究を集約
著者は,サルの手を中心にした30年間の研究のすべてをこの1冊に集約して大脳皮質体性感覚野の情報処理についての一貫した考えを1つの物語として展開している。
第1章で,「タッチとはアクティヴタッチのことである」と述べ,von Freyに代表される点状刺激に反対して,手で自由にさわることによって生じる対象の知覚を重んじたKatzの研究がその糸口を与えたことを述べている。
“Active Touch”という題の国際シンポジウムは,1977年にブルゴーニュワインの中心地であるフランスのボーヌ市で開かれた。著者は,そこで手でさわった物が丸いか四角いかを識別するニューロンが体性感覚野にあることを発表して大きな反響を呼んだ。これが体性感覚野の情報処理が単純な受容野から次第に複雑な対象の知覚に至る階層的な処理であるという著者の考えの出発点であるが,同時にそれは体性感覚系神経生理学の権威で並列分散処理を主張するV. B. Mountcastleのグループとの長い論争の始まりでもあった。
第2章「タッチの生理学」では,そのMountcastleが支持した「関節の位置感覚は関節受容器による」という考えが実は誤りで,筋受容器が関与していることを示すヒトでの実験を紹介している。自らの足を切開して,筋肉が引張られると関節が曲る感覚(位置覚)が起こることを証明したMcCloskeyの実験は,読者に強い印象を与える。このMcCloskeyは,また自らの脚に筋弛緩剤を動脈注射して重さの感覚が脳から筋肉に送られる指令のフィードバック(遠心コピー)に依存することを示した人でもある。
第3章「タッチの大脳表現」では,著者の研究の中心課題である大脳皮質体性感覚野(S I)における情報処理のプロセスについて論じている。皮質と体表の関係は点対点ではなく点対面になっていて,3b野での1本の指の小さい受容野から,1,2野の多指型の受容野へと階層的な処理が進むというのが主な話の筋である。ここで著者が述べている「受容野の形には意味がある」という「機能面」の概念は,HubelとWieselが視覚野で発見した単純細胞や複雑細胞による輪郭の検出とは違って,体性感覚野に独特のものである。その発見のきっかけとなったネコの体性感覚野の実験で,さまざまなポーズで違った面が触れるという図のモデルは,著者が杉並に住んでいるころ飼っていた猫である。
第4章「痛み,痒み,温度感覚,内臓感覚の大脳表現」では,痛みや温度感覚などの大脳表現について述べ,痛覚の中枢はどこにあるかという大問題を論じている。著者自身が最近研究を始めた第2体性感覚野(S II)をはじめ多くの候補があるが,S I,S II,島,前帯状回,頭頂連合野(7b)などがネットワークを構築して,痛み刺激が引き起こす多彩な脳活動にかかわっているという研究の現況がよく示されている。
第5章「手の運動と体性感覚」では,MottとSherringtonのサルの脊髄後根切断による手足の運動障害の実験に始まり,伝導路である後索の切断による運動異常について述べたあと,体性感覚野の損傷によって起こる運動障害の原因を解明するために著者が行なった,ムシモール注入による機能ブロックの研究について詳しく述べている。ビーカーやロートに入れた小さな餌を栂指と示指で摘まみ取らせると,他の指が縁に引っかかって巧く掴めない症状や,閉眼するとりんご片を見つけられない症状から,知覚障害が運動障害をもたらしている,というごく自然な結論が導き出された。さらにヒトの症例でサルの実験で用いたのと同じ容器を使って同じような症状を観察することによって,これまでさまざまな議論を呼んだ肢節運動失行の原因について明確な解釈を下している。
◆アクティヴタッチの論究
第6章「さわる,さわられる」では,この本のテーマであるアクティヴタッチについて論じ,重さの感覚に代表される運動指令の遠心コピーの役割を証明するMcCloskeyの実験や,サルの2野で能動的な関節の動きに先行して発火する遠心コピーのニューロンなどを紹介している。そして,著者自身のデータから,体性感覚野の中でより連合野的な2野に物の形や材質の特徴に反応するニューロンがあることを述べ,四角いものと丸いものを区別する2つの対照的な形識別ニューロンは,サルが自分で能動的に対象を握った時にのみ発火したと述べている。これぞアクティヴタッチを象徴するニューロンである。材質の解析と運動の分析が不可分に結びついていることを示す例として,サルが毛足の長いブラシや著者のひげを触ったときに発火したニューロンがあったというくだりには,思わず笑いがこみ上げてくる。
第7章「認識の基盤としての体性感覚」では,自己意識と身体像の脳内メカニズムについて論じている。「自己意識とは結局,物理的な存在としての自分,つまり自分の身体を意識することです」というのが30年の研究の結果として著者が得た結論のように思える。「身体像は自分を中心にした空間(自己近接空間)の認識と共通で自己認識の基本はやはり体性感覚なのです」と述べている。
長い間はっきりわからなかった身体像の局在が浮かび上がってきたのは,入来篤史氏との共同研究によって発見された,体性感覚と視覚の両方に反応する多感覚ニューロンの特異な反応の観察による。手に触覚受容野を持ち,手の周囲に視覚受容野を持つニューロンの反応が,サルに道具の熊手を持たせ,それで餌を取る動作を繰り返し訓練すると変化して,視覚受容野が熊手の先まで広がるというのである。身体像の概念をうちだしたHeadとHolmsがかつて,女性が自分のかぶる帽子の羽根飾りの先まで身体のイメージに取り込まれていると言った逸話を思い出させる興味深いニューロンである。このようなニューロンは,頭頂間溝の背側で2野と5野の境界付近にあるので,ここに身体像と身体認識の領域があることはほぼ間違いないと思われる。
第8章に付録のような形で,「体性感覚系の基礎知識」が記されているのもユニークなスタイルである。面白いストーリーを読み終えた読者が確実な科学的知識として記憶に貯えるには,充実した文献リストとともにぜひ必要な章である。主に体性感覚系の神経解剖学について簡潔にまとめてあるが,体性感覚野の細胞構築の項で一般によく使われるBrodmannの地図ではなく,Economoの地図を記載しているところに著者の見識が現れている。Brodmannの地図では,52の領野が並列に並べられているが,Economoが5つの基本形に分けた地図は,それぞれのタイプの領野の機能的役割について多くの示唆を与えてくれる。それはしばしば見過ごされているが,著者の大脳皮質における階層的情報処理の考えによく合う所見である。
◆新しいパラダイムを確立した研究
以上のように,著者は30年にわたる体性感覚野の独創的な研究から,3a,3b野から1野,2野,5野と進む階層的情報処理のプロセスの全貌を明らかにし,それによって触覚認識と身体認識が生まれることを検証した。この業績は視覚におけるHubelとWieselの仕事を超えるもので,大脳皮質における感覚情報処理の研究に新しいパラダイムを確立した画期的な研究である。その意味で,この本は神経心理学の分野の人たちだけでなく,脳研究に携わるすべての人に一読をおすすめしたい。