がん告知
患者の尊厳と医師の義務

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患者の人権を守るために、informed consentはどのように行われるべきか、いまだ死病の認識の根強い「がん」の病名、病状告知の方法論を、豊富な臨床経験をもつ第一線外科医が展開する。法律家、精神科、コメディカルスタッフまで含めた様々な論点から、新たな時代の医師-患者関係の構築をめざして、実戦的な指針を提示する。
編集 竜 崇正 / 寺本 龍生
発行 2001年01月判型:A5頁:216
ISBN 978-4-260-12460-7
定価 3,850円 (本体3,500円+税)
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がん告知の方法論を診療経験豊かな臨床医が展開
書評者: 武田 文和 (埼玉医大客員教授・埼玉県健康づくり事業団総合健診監)
◆豊富ながん告知の実践と対応例

 本書は,1968(昭和43)年医学部卒業の臨床医が中心になって書かれたユニークな本である。学園紛争の最中に卒業を迎えた私の周囲にいた彼らの仲間の多くが,当時の学園紛争を冷静に見つめ,新しい未来に期待をかけ力を貯えようとの意気込みで医師としてのスタートを切ったと記憶している。その後,多くの経験を積み,今やがん患者の診療を担う主力臨床医に成長した著者らの手によってまとめられた本書は,たのもしい限りである。
 本書は,患者の人権を守るために行なうがん告知のガイドライン,告知の実際と問題点,分担執筆者それぞれの専門分野からがん患者に病名や病状を伝えるために留意すべき点を具体的に論じ,しばしば遭遇した困難なケースについても考察している。本書を読んだ書評者自身は,「がん患者と真実を語り合うこと」の実現に向けて,埼玉県立がんセンターで全職員とともに進めた15年間の努力の経緯の中の1つひとつを想起し,同感する点が多かった。

◆がんであることを患者に伝える目的

 がんであることを患者に伝える目的は,「伝えること」にあるのではない。本書が述べているように,伝えられて落ち込み,悩む患者の心の動揺を受け止め,患者のペースに合わせて一緒に歩み,そのプロセスの中で患者が自分に適した治療を選択していけるように導くことが目的である。真実を隠すことは患者の人権を尊重していないことであり,そのような関係の中で患者との信頼関係を築くことは難しいのである。そう考えて著者たちは「がん告知」を推進し,さまざまな問題に遭遇することになった。がん告知を実践する時には避けて通れないこれらの問題と,その解決への模索が自らの経験から述べられており,読者が持っているであろう,がん告知後に起こる出来事への不安を軽減し,その対応への力を与えてくれるに違いない。患者に真実を伝えていない医師には特にお読みいただきたい1冊である。
 本書が示す「がん告知原則論」は,(1)責任逃れのためではなく,患者の人権尊重を目的とする,(2)患者の状況を踏まえて段階を踏んで進めるが,なるべく早い時期に話し始める,(3)できれば家族同席と看護婦の同席も得て患者に直接,顔を合わせて話し,患者の本音に留意する,(4)プライバシーが守れる場所で,(5)その後のケアの良否が成否の鍵,(6)病名と予後とは分けて考える,などである。
 法律家の立場から過去の判例が紹介され,精神科医の立場から患者の心理的変調の経過と対応のあり方が示され,病期別の考察,小児患者における考察,家族の問題,チームワークの重要性も述べられている。自験事例が豊富に示され,各主治医の反省点も率直である。
 この話題についての考え方は日進月歩であり,さらに発展させる余地が大きいわが国の現状から,近い将来,さらなる進歩に根ざして続編を執筆してほしいと願っている。その時,暗い印象を世間に与える「がん告知」のタイトルは使わないほうがよいと思う。がんの場合のみ「告知」と呼ぶのは,やがて時代遅れになると考えるからである。
患者に「がん」と病名を告げる時に
書評者: 日野原 重明 (聖路加看護学園理事長)
 医学書院から「患者の尊厳と医師の義務」と副題のついた『がん告知』という単行本が今般発刊された。
 これは昭和43(1968)年の同じ年に各地方の医学部を卒業した方々を中心に,32名の医師(1名は弁護士を兼ねる)が,編者の竜崇正院長(千葉県立佐原病院)と寺本龍生教授(東邦大第1外科)の下に,それぞれの経験した「がん告知」の症例と病名告知上の自己反省と教訓例を持ち寄られ,編纂されたものである。

◆病名告知は守るべき患者の人権

 この年代はちょうど,インターン廃止にからまる学生騒動のあった混乱の時代に卒業した方々で,めいめい自力での卒後研修を体験した人たちである。内科,外科をはじめ各科の専門医学を身につけ,卒後33年の臨床と教育と研究を経て,現在病院の管理職や教授職についている方々である。看護婦長として女性1人の参与もある。これらの臨床家たちが日頃から話し合っている「がん告知」に関する見解やいろいろな症例から体験的に得た教訓を基礎にして,病名告知は「守るべき患者の人権である」という立場に立って,異なる患者の性格や環境に応じて,どのような告知を勧めるべきかがまとめられている。
 これだけの混合部隊の臨床家の意見を大きくまとめて理解するのに,私はまず目次をみて,そのあと32頁にわたる「がん告知の実践――困難例にどのように対処するか」と題された座談会を一読した。これによって,本書を貫く諸問題の実体がよく理解されたように思う。私は本書の読者に私がとった読み方をお勧めしたい。

◆がん告知をどう行なうか

 この書にはまず第1章に「がん告知のガイドライン」が,人権を中心に9人の医師によりまとめられている。第2章には先に述べた症例集,そしてこの章の終わりにはさまざまの患者や家族の状況を設定しての各筆者へのアンケート(がん告知こんなとき,私はこう告知している)の答えが記述されている。座談会に次ぐ第4章の「さまざまなアプローチ」には都立駒込病院外科所属の5人の筆者が,同病院での2年間の胃癌患者への告知102例のアンケートの集計を11頁にわたって発表されているが,これには非常に参考になる文献が添えられ,研究者には嬉しい付録である。さらに,「がん告知と医師や看護婦の対応の仕方」が述べられ,「がんの告知をした場合としなかった場合の評価」が「病床傍対坐参与観察法」を用いて記載され,患者や家族の精神・心理についての感性による評価法が示されている。
 そして最後には,本書の編者の竜崇正医師が「がん告知についての患者の権利と医師の義務」というタイトルで,本書での結論を示すものとしてインフォームド・コンセントの定義,ヘルシンキ宣告での医師として生物学的研究に携わる医師のための勧告,医療行為と医学的研究の関係,患者の説明に際しての医師の心得,日本全体での告知のパーセンテージやがんセンターでの告知のパーセンテージ,そして患者の知らないところで医師と家族でその人の運命を決めることは人権侵害であることが強調されている。
 また,付録として「ヘルシンキ宣言」が付されており,索引も丁寧につけ加えられている。
 最後に私の感想として,多くの本の編者は,筆者の人選をし,項目を分類する役にとどまる医学出版物が多いが,本書は各執筆者の内容をよくまとめ,分類して,種々の意見を紹介しながら,インフォームド・コンセントに関する基本的理解のためのデータ分析に最善の努力をされている。その意味で,多くの臨床医,看護婦,医学や看護の教育者,研究者がこれを参考として「がん告知」を行なうとともに,この方面の教育と研究の資料とされることを強くお勧めしたい。

がん患者と向き合う医療従事者に
書評者: 末舛 惠一 (済生会中央病院長)
◆がんをどこまで告げるか

 がんの臨床,がん末期の臨床に長く携わってきた私でも,この本を読み始めると,引き入れられて全部読んでしまうような所があります。たくさんの大切なことが書いてあります。
 私よりはるかに若い昭和43年卒の“四三会”の医師たちが,パッションとエネルギーを注入して本書を書いているからだと思うのです。読み始めて最後まで,それこそ一気呵成に読了しました。
 人が重い病を得て,医療者,家族に囲まれて,そこで苦しみ,悩み,考える魂がリアルに描かれます。
 あの世に行ってから“皆さんありがとう”と思っているか,“でもやはり…”と思っているか,です。
 読みながら,書評を書くのを忘れてしまうほど,心を打たれ,自分として苦吟する所もありました。
 がんの診断をして,そこでどこまで本当のことを告げるか。がんの種類によって経過の違うことがあるし,早期がんはその通りに告げることが多いようですが,でも患者さん当人の心の反応は,人さまざまです。私の知人の哲学の先生が,それでも頭の中が真っ白になって,早期という説明も頭に入ってこなかったという経験を語ってくれました(幸い後で誤診と知れ,笑いながら話してくれたのですが)。
 心が落ち着くよう時間を取り,ゆっくり落ち着いて医師の話を聞けるような場所で…,何回も会って段々に…という心配りとともに病名や病状は説明されなければならないのです。ちなみにこの友人は,数か月の後に“誤診”。当人は半ば怒りながら笑顔を見せましたが。

◆告知後に人を支える努力と経験

 “がん”という言葉が,このような知識人でもこれだけ仰天させるのですから,私たち医師もこのような仕事についている以上は,並の勉強(修行といったほうがよいかもしれませんが)ではだめだと思います。告げた後の心と身体のケアを通してその人を支える努力と経験が絶対に必要です。この本は,この点についても貴重な示唆に富んでいます。
 1998(平成10)年に,末期医療に関する意識調査が,健康政策研究事業として行なわれています(主任研究者 橋本修二氏)。一般人2,300人,病院,診療所,緩和ケアの医師2,300人,これらの施設に訪問看護ステーションを加えたナース3,100人のアンケート調査です。
 一般人では,病名告知を望む人が女性70%,男性77%。本人に告知するという医師はわずか40%,家族に告知する人は35%,本人の状況をよくみて告げるという答えが50%で,緩和ケア施設(ホスピスのこと)でも高率とは言えないのが現実です。
 私の勤めていた国立がんセンターでは,ほとんどの患者さんに告知していましたが,どうもこれは“がん”センターに来た患者さんだからできたとも考えられます。患者さんはそのつもりで来院しているからです。今いる済生会中央病院では,もっと告知率は低いのです。
 しかし,WHOの疼痛治療法は,医師もナースも熟知し,実行しています。先のアンケートでは,この疼痛治療の中味も知っているのは,一般には50-60%程度にすぎませんでした。

◆臨床家に参考になるがん告知の法的な考え方

 もう1つ,この本には法律家によるがん告知の法的な考え方と裁判事例が記載されています。これもわれわれ臨床医の頭では想像しにくいような発想であり,参考になります。
 患者の尊厳を守るためには病名や病状は告知すべきであるという理念の実現に向けて,読者も,著者たちとともにそれぞれの現場で苦闘しつつ学んでください。

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