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保健医療福祉 くせものキーワード事典

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医療と福祉、病院と在宅、医師と看護師……職種やフィールドが違うとなぜか話が通じない。同じ言葉を使っているのに、いや同じ言葉だからこそ通じない? 本書では「ADL」「キーパーソン」「医療行為」「障害の受容」など、“うなずかれるけど通じない”微妙なキーワードを徹底解説。職種による使われ方の“違い”に焦点を当てた初の事典!
保健医療福祉キーワード研究会
発行 2008年07月判型:A5頁:256
ISBN 978-4-260-00616-3
定価 2,200円 (本体2,000円+税)

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くせものキーワードとは何か 藤井博之

 介護や医療の現場で、よく使われるキーワードなのだけれど、使う人によって意味がちがうことばがあります。そこにはことばの由来や、使う人の立場が反映されます。この場合の「立場」というのはいわゆる専門性だけでなく、利用者か専門職か、あるいは学界や行政などによる利害のちがいなども意味します。
 本書では、さまざまな経緯で微妙な意味のずれをもつにいたった結果、どの意味が正しいとは一概にいえないことばたちを「くせものキーワード」と呼びます。そして、ときには多義・多重なことばの成り立ちに分け入り、あるいはことばが現場でどのように互いにずれた意味をまとって使われているかをすくい上げながら、解説していきます。

医療・介護の現場に「くせものキーワード」が登場する
 もともと医療と介護で使われることばの間には、ちがいがあります。
 医療の場に目を向けてみましょう。急病や重症で病気の診断や治療に重点がある状態では、医師の役割が大きいぶんだけ医学用語が幅をきかせており、看護師をはじめ医師以外の職種も医学用語を理解する必要があります。
 しかし患者が回復し、生活の場に近づくにつれて事情は変わっていきます。生活のなかでつきあわねばならない慢性疾患の診療・ケアや、障害と生活の折り合いにかかわるリハビリテーション、さらに生活の場での療養を支援する在宅医療などの現場を考えてみましょう。そこでは、医療から介護へと援助の重点が移ります。それにつれてさまざまな職種が援助に参加して、さまざまなことばが飛び交うようになります。
 こうした過程のどの段階でも、状況の評価や判断について職種を越えて共有するときに“要(かなめ)”となることばがあります。これをキーワードと呼びましょう。救急治療や手術などのいわゆる急性期から、慢性期、リハビリテーション、在宅ケアや介護へとサービスの場面が変化するにつれて,キーワードが、医学用語からより多様な由来をもつものへ変化していくわけです。

生活のなかのことばは生きている
 話を医療・介護から生活のなかに移しましょう。暮らしのなかで、もともとことばは生きています。同じことばでも、時代や地域、場面によって意味するところがちがってくる性質があるといわれます。つまり日常生活で使われながら、ことばは柔軟に変化していきます。
 これはいわば当然のことです。生活のあり方を考えてみましょう。子どものころの生活、接していた人、風景、周囲にあった物事や事件を、いまの生活と比べれば、誰でもそのちがいがわかります。それらを表すことばやその使い方もまた変化するはずです。

定義の必要なことばたち=専門用語
 なかには簡単に変化しては困ることばがあります。たとえば法律用語です。法律が制定されたときと意味がちがっては都合が悪いので、それぞれのことばは厳密に定義されます。似たような理由で変化しにくいように定められていることばに、さまざまな専門用語があります。医学用語もそのひとつです。
 医学用語としての「喘息(ぜんそく)」という病名が示している症状は、どの時代でも喘息で悩む患者、それを診療する医者にとって共通のものでなければなりません。同じ患者のひとつの症状を、ある医者は喘息と診断しても、ほかの医者が同じに診断しないようでは、医学そのものの信用にとって不都合です。もっとも、そういうことは別の理由、たとえば誤診によって起こる場合もあります。ちなみに「喘息」には「下気道の狭窄により呼吸が困難になり、喘鳴を伴う状態」という定義があります。
 ただし医学の世界では、ある病気を引き起こすメカニズムの理解の仕方が変化することはあります。喘息でいえば、二〇年ほど前には「気管支壁の平滑筋が異常に収縮する」などと説明されていましたが、一〇年ほど前から「気管支粘膜の好酸球性炎症によって気道が狭窄した状態」といわれるようになりました。疾患の理解の仕方が変化したわけです。それでも喘息で苦しむ患者の症状についての定義は変化していません。そして、説明で使った「気管支」「平滑筋」「好酸球」「炎症」などの用語もまた、医学は厳密に定義しています。
 専門用語には、いくつかの利点があります。くわしく説明すると複雑になる状態を正確にひとことで表現することができ、意味を効率的に伝えることができます。学問や専門職の世界では、こうした効率的な伝達に大きな意義がある場面も多いのです。一般に、ある専門分野が確立されていくなかで、独自の用語体系が整備されていくという傾向があります。

キーワードはなぜくせものになるか?
 しかし、職種を越えて使われるキーワードは、専門的な定義を尊重して使われるとはかぎりません。たとえば医療の現場では、看護師、医療事務、検査技師、薬剤師、理学療法士、作業療法士、医療ソーシャルワーカー、臨床心理士などさまざまな専門性、立場の人が働いています。特定の分野の専門用語に対する理解の程度は,職種ごとに当然異なります。各専門職がそれぞれの専門用語をもち込むのみならず、世間で一般に使われていることばも入ってきます。
 専門用語はその定義をよく理解している者には便利でも、それ以外の人にとってはわかりにくい傾向があります。医師同士ですら正確に伝わらない医学用語も少なくありません。細かに専門分化が進んだぶん、専門医以外では理解できないことばがたくさん出現しているのです。
 そのような性質をもつ専門用語がキーワードになると、その専門領域以外の援助スタッフもそれを使わざるをえなくなります。意味があいまいなまま使われているうちに、微妙に異なる意味で使われるようになったりもします。結果として、いくつかの意味を併存させたことばが現れてきます。本書ではこれを「多義性」と表現します。
 医療や介護の世界でことばが多義性をもつにいたるメカニズムは、いくつか考えられます。たとえば、本来厳密な定義があったことばだったのに、誤解された用い方がよく使われるようになって(流通概念)、本来の意味と併存するにいたったもの。あるいは、外国語からの「翻訳」によって、いくつかの用い方が生まれたもの。この場合は、原語を生んだ国や地域の文化と日本のそれとのちがいからくる場合、翻訳して日本で使いはじめた人がそれぞれちがう意味を込めた場合などがあるようです。あるいは、学問的なルーツの異なる用語が、それぞれの職域から対人援助の現場にもち込まれたものもあります。
 さらにこうした事情で説明しきれない、日本語あるいはおよそ言語というものが、もともと多義的な意味をもてることによる面もあるように思われます。

カンファレンスと説明で使われることばについて
 専門の異なる人たちが集まって話す「カンファレンス」や、専門家が専門をもたない人と話をする「説明」の場面は、キーワードのくせものぶりが最も鋭く問題になる場面といえます。
 「カンファレンス」は、ここでは特定の患者・利用者について、かかわっているスタッフが集まって、状況と援助の方向性について共有するために話し合う会議を指します。分野によって「事例・症例検討会」「サービス担当者会議」など、さまざまな名で呼ばれています。
 援助のどの段階でもたれる会議かによって、会議で使われることばのなかでの専門用語の扱いは異なります。先に述べたように、救急や手術では医師の診断と治療方針が中心となり、医学用語による正確で迅速な情報伝達が効果を上げます。しかしリハビリテーションや在宅ケアの場面では、必ずしもそういえません。つまり専門用語を使うことがリハビリテーションやケアの全体にとって、必ずしも効果的・効率的でない場合もでてくるのです。
 また,「説明」といえば、医療の場面でいつでも問題になるのが、医師による説明の足りなさです。忙しくて十分説明できないなどの事情もあるでしょうが、医師の説明能力が不足していることも大きな理由と思われます。専門的な内容を正確にわかりやすいことばで説明する能力、いわば専門用語を「ふつうのことば」に翻訳する力が必要なのですが、専門職として力をつけようとする過程でこの点は見落とされがちです。

臨床現場のコミュニケーションは改善されているか?
 たび重なる医療事故に加え、最近では介護現場での事故も問題になりつつあります。その原因のひとつに、現場における情報伝達の不足があげられます。
 正確な情報伝達が必要なことは論を待たないのですが、これまで考えてきたように、専門用語の使用が問題の解決に貢献するかどうか、よく考える必要があります。
 事故の発生状況としては、手術室や救急室など生命の危険と隣合わせの場面で起こることも多いですが、そうでない場面でも増えているようです。たとえば、介護が必要な状態で病院を退院しなければならない人に、どのように援助するかが問題となっています。退院後のケアプランをどうするか考えるとき、急性期病棟から回復期リハビリテーション病棟や療養病棟へ、さらには在宅ケア部門への情報伝達が必要です。その場合、職種間だけでなく同じ職種内でも情報がうまく伝わらないことがあります。患者を送りだそうとする側、それを受けとる側で、立場やときには利害のちがいがあることが関係しているのかもしれません。
 また先にあげたように、救急医療などで最先端の技術を駆使して診断治療を提供する場面では、専門用語を駆使した効率的な情報伝達が図られますが、治療を受けている患者の気持ちや家族の様子、その背景にある暮らしのうえでの事情については、当事者から専門家へ、あるいは専門家同士のあいだで、うまく伝わらない場合があります。
 注目したいのは、伝達されるべき情報は、専門用語で表現される内容だけではないということです。本書であげる「くせものキーワード」が、専門用語ではないものも少なくない事情の一端は、こんなところにあるはずです。

方法論としての「くせものキーワード」
 「くせものキーワード」についての本書の記述は、いずれも専門の異なる者同士の討論を経て書かれています。「保健医療福祉キーワード研究会」という集まりが、おもな討論の場です。
 討論の参加者は、各種の専門家や市民で、その点では臨床現場のカンファレンスと似ています。毎回、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論が行われました。このような執筆過程を通じて、多職種が参加するカンファレンスや「事例検討」のもつ豊かな可能性があらためて感じられました。
 何が「くせものキーワード」かについて、一職種からあることばについて問題が提出されると、必ずといってよいほど全体の問題になりました。専門領域ごとの定義を明確にすること、ことばの使われてきた歴史を調べ、考察することも意義深いことがわかりました。
 それ以上に、互いの使うことばに意味のずれがあること、いわば多義性を許容して議論することがいかに有益であるか、痛感させられました。ややおおげさに、異職種間で連携を構築するときの方法として、多文化主義が有効だという意見もありました。
 討論のなかで、「くせものキーワード」は、職種の壁を越えて用いられる共通言語としての性格をもつ一方で、生活につながる生きたことばとしての多義性ももつということが、明らかになっていきました。このようないわば「複眼的認識」は、各項を執筆するときの、再定義の方法=記載方法に反映していきます。

「キーワード」の記載方法
 本書での各キーワードの記載方法は次の諸点からなります。
その1……「事例」の意義と限界
 そのキーワードがなぜ話題になっているかを大まかに紹介したリード文のあとに、「ことばの風景」で、そのことばが登場する日常的な場面を描きました。研究会でそのことばを取り上げたときに出されたたくさんの事例をもとに、創作されたストーリーです。
 このことによって、現場で使われることばとしての臨場感を表現し、その後の解説文を読むときに理解しやすくなる利点があると考えました。
 ただ、ことばのなかには取り上げる事例をひとつにしぼりにくいものもありました。また、執筆者によって事例の傾向が偏る可能性もあります。こうした問題点はおそらく、異職種間での討論をこれまで以上に重ね、事例ごとにことばを共有しようとするなかで、減らしていけるのではないかと思います。
その2……基本概念を定める
 討論や研究の過程で、いくつかのことばについてはそのルーツがほぼ特定できました。
 しかし専門用語の場合、現時点で学問としての正確な定義と、歴史的に用いられてきた内容とは、必ずしも一致しません。そうした事情をすべて正確に調査し記載することは、とても意義のあることと思われますが、本書がその点で十分な仕事になっているとはいえません。
 また、本書の「くせものキーワード」のなかには、そうした専門用語由来でないものもたくさん含まれています。それらを含めて、基本概念を正確にする作業は、今後の課題にしたいと思います。
その3……多義性をすくいとる
 記載方法のなかでいちばんの特徴は、ひとつのキーワードにいくつかの見方を示し(それがカッコで囲まれた小見出しに相当します)、執筆者の信じる特定の定義のみを「正しい」ものとしなかったことです。これは、先に述べた多文化主義的な認識の仕方を反映した記載方法です。
 一人ひとりの執筆者は、自分の専門分野や活動上の立場のみから述べることをいったん離れ、討論のなかで出された多様な意見をもとに、「もうひとつ別の視点」で記載しました。現実で用いられている「キーワード」の多義性が、これによって少しでも立体的に読み手に伝わることを希望しています。

本書のねらいと、これからの「くせものキーワード」研究
 この本をつくるにあたって、「保健医療福祉キーワード研究会」で確認してきたのは、次のような点です。
◆現場の役に立つこと
 これまで述べてきたように「くせものキーワード」は、医療や介護など対人援助の現場で生まれ、広がっていきます。
 その由来や意味を記載することは、そうした現場で役に立つものでなければならないと考えます。
 本書を手にとられた方が、「なるほど、あのことばにはこんなルーツがあったんだ」「あの人はこのことばを、こういう意味で使っているんだ」と思い、カンファレンスや患者・利用者との会話がしやすくなれば、そのねらいは達成されたといえます。
◆専門職教育の課題を提起すること
 本書の執筆には大学の教員や研究者も参加しています。そうした立場からは、いま注目されつつある"Inter Profesional Education"(対人援助のための多職種が参加し、互いに学びあう教育)を進めるうえで、「くせものキーワード」について考えていくことの重要性が指摘されています。
◆援助論研究に、探索子を入れること
 医療、看護、リハビリテーション、介護、社会福祉、心理、教育、保育、国際支援など、対人援助には多くの分野があります。各分野では実践も学問研究もさかんに行われています。
 その一方で、これら境界を越えて実践し、考察する動きもでてきています。
 対人援助という広い社会的活動分野の全体を見渡していくうえで、「くせものキーワード」に注目することは、ひとつの有効な方法ではないかと思われます。

 いうまでもなく、本書で取り上げた「くせものキーワード」は、ほんの少しです。まだまだ多くのことばを、異職種間の討論を経て、多義的な方法で記載=再定義していく必要があると考えます。
 読者の皆さんの忌憚のないご意見を頂戴できればと願っています。

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くせものキーワードとは何か

01 寝たきり老人
 寝かせきり老人/寝たきり起こし/寝たきり度/「処遇」概念/寝ていたい老人
02 社会的入院
 特別養護老人ホーム/福祉の医療化/老人病院/療養病床・療養病棟
 老人保健施設/介護施設/長期療養施設/社会的転院
03 インフォームドコンセント
 知る権利/説明義務/パターナリズム
04 障害受容
 リハビリテーション/リハビリテーション心理学/病識の欠如/脊髄損傷
05 ターミナルケア
 ムンテラ/疼痛緩和・疼痛管理/死の受容/告知
06 認知症
 せん妄/意識障害/治療可能な認知症/徘徊
07 カンファレンス
 サービス担当者会議/チームワーク
08 医療行為
 看護行為/身体介護/吸たん/体位ドレナージ
09 尿失禁
 神経因性膀胱/腹圧性尿失禁/ほかの疾患による尿失禁/機能性尿失禁
10 往診と訪問診療
 定期往診・臨時往診/寝たきり老人在宅総合診療料
 在宅時医学総合管理料/居宅療養指導管理料/在宅療養支援診療所
11 主治医
 一般医・総合医/総合診療/家庭医/プライマリケア医/かかりつけ医
12 呼び寄せ老人と遠距離介護
 集合住宅/ムラから消える老人
13 訪問リハビリテーション
 在宅リハビリテーション/地域リハビリテーション
 理学療法/作業療法/言語(聴覚)療法
14 通所サービスと送迎
 通所介護/通所リハビリテーション/社会参加/介護休養
 外出支援/移動支援/福祉タクシー/介護タクシー
15 問題行動
 異常行動/行動障害/介護への抵抗
16 福祉用具・福祉機器
 介護用品/補装具/日常生活用具/補助器具
 テクニカルエイド/テクノエイド協会/福祉用具プランナー
17 ADL
 バーセルインデックス/FIM
 「できるADL」と「しているADL」/モーニングケア・イブニングケア
18 カルテ開示
 カルテ/プライバシーの権利/レセプト開示
19 感染症
 感染症新法/伝染病/疥癬/MRSA/結核
20 キーパーソン
 保護者/成年後見制度/地域福祉権利擁護事業
21 服薬指導
 訪問服薬指導/居宅療養管理指導/配達/処方薬/一般薬
 医薬分業/薬漬け医療/自己決定/服薬コンプライアンス
22 家族介護
 介護地獄/介護の社会化
23 生活習慣病
 成人病/脳卒中/健康増進法/健康日本21/過労死
24 虐待
 DV/児童虐待/高齢者虐待
25 健康診断
 健康診査/健康診査の指針/集団検診/人間ドック/健康診断書
26 老人ホーム
 小規模・多機能/地域密着型/第三カテゴリー
27 見守り・一部介助・全介助
 要介護度/介護認定審査/生活機能
28 ソーシャルワーカー
 介護支援専門員/医療ソーシャルワーカー
 精神医療ソーシャルワーカー/社会福祉士/精神保健福祉士

文献
あとがき

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インタープロフェッションの教育・実践に格好のテキスト (雑誌『看護教育』より)
書評者: 吉川 ひろみ (県立広島大学保健福祉学部教授)
 「社会的入院」「ADL」「問題行動」など,わかっているようでわからないことば,専門領域によって意味が違ってしまうことば,使われる文脈によってニュアンスが変わることばがある。

 本書で取り上げられている28のキーワードは,理解を深めるほど,簡単に説明することができない奥が深いことばである。「ことばの風景」と題したコラムで,キーワードが使われる現実の場面が描き出されている。こうした現実の文脈の中で使われていることばに触れることにより,読者は単なることばの理解に留まらず,状況を適切に理解し,ケアのあり方を考えることができる。執筆者の立場が明確に示されている場合もあり,よりよいケア実践を目指すうえで重要となる議論の糸口もみえる。きちんと定義されていることばには適切な出典が示され,類似語についてもわかりやすい説明が記されている。本書を通して保健医療福祉系の学生は,現場での実践を知ることができ,患者や利用者,他職種と会話する際に役立つ情報を得ることができる。在宅ケアの現場で働く専門職は,マスコミや他の専門領域で常用されてきたことばの背景を知り,他の専門職との連携が容易になるだろう。信頼し合える関係を築くうえで,共通のことばを使うことは重要である。何気ない専門用語が越え難い溝を作ることはよくある。

 「障害受容」は勧めるべきもの,「生活習慣病」は改めさせるべきものといった漠然としたニュアンスを,それぞれのことばはもっている。しかし本書を読むと,これらのことばの隠れた攻撃性や,医療提供者側の身勝手な言い分に気がつく。病気が治っても障害が残ることを知り落胆している人に障害受容を促し,脳卒中や心筋梗塞になるのではないかと不安をもつ人に生活習慣を変えることを迫るのは,問題の原因は自分にあるのだから,もっと努力しろと言っているのと同じである。障害があっても活動でき,参加できる社会,みずからが望む生活習慣を選べる社会をつくる努力も必要なのである。

 「ADL(日常生活活動)」を動作ができるかできないかだけの問題としてみるのではなく,当事者の生活状況で行われる日常の活動は何なのか,ADLがそのような状態なのはなぜなのかについて,入院や入所中,在宅ケアでの様子をチームのメンバーが話し合うことの必要性がよく理解できる。「虐待」の章では,障害をもつ前から妻に暴力をふるう夫が介護者である妻を殴る,障害をもつ娘に介護されている母がほったらかしにされている,介護のために同居している家族が高齢者のお金を使ってしまう,など多様な事例が示されている。

 本書は事典として読むだけでなく,異なる専門職が集う勉強会での教材としても活用できると思う。

(『看護教育』2009年2月号掲載)
言葉の多義性を知ることで異なる価値観に気づく
書評者: 近藤 克則 (日本福祉大大学院教授・リハビリテーション医学)
 本書でいう「くせものキーワード」とは,医療や介護の現場でよく使われるが,使う人によって意味が違うことがあり,どれが正しいとは一概に言えない言葉である。

 例えば,「一般医」はgeneral practitioner(またはphysician)の訳だが,1990年代以降は「総合医」と訳されることが増えている。つまり両者は同じ意味であり,「技術に着目した名称」である。一方,「主治医」は,患者を治療する医師の中で主な者である。主治医は入院中も必要で専門医がなることもあるのに対し,「かかりつけ医」は主に通院を想定しており,日本医師会が多用している言葉である。そしてこれらは技術内容でなく「患者と医師との関係性」に着目している,という。

 これは単なる言葉の遊びやウンチクではない。総合医を含め医師は,自分のもつ技術や専門性に存在価値を見いだし,患者のもつ(客観的な)疾患に着目しがちである。他方,患者は医師の技術や専門でなく,疾患の的確な診断治療だけでもなく,主観的な苦しみをも受け止めてくれることまで期待している。健康にまつわる,いや時には健康と直接関係のないように見える不安すら和らげてくれる「信頼できる関係性」を求めているのだ。このズレを自覚しなければ,医師は患者の期待に応えることはできない。言い換えれば,例え医師の間では知られた医師であっても,患者にとって「かけがえのない名医」にはなれないのだ。

 こうした「くせものキーワード」の由来や多義性を知ることは,医師と患者,あるいは医師と看護師,理学療法士,作業療法士,ソーシャルワーカーなど専門職間,そして医療と介護・福祉などの領域間における立場の違いによって,異なる価値があると気づくことである。言葉の多義性,そして異なる価値に気づくことは,コミュニケーションの質を高め,相手の価値を認め,医師患者関係やケアチームにおける関係性をよくするであろう。

 本書で取り上げられている言葉(と関連する言葉)の例を挙げれば,寝たきり老人(寝かせきり老人,寝ていたい老人),社会的入院(社会的転院),障害受容(自己受容,社会受容),ターミナルケア(緩和ケア,ホスピス),往診と訪問診療(定期往診,臨時往診),呼び寄せ老人と遠距離介護,ADL(できるADL,しているADL),生活習慣病(成人病),老人ホーム(小規模・多機能,第3カテゴリー),ソーシャルワーカー(介護支援専門員,社会福祉士)など,多岐にわたる28の言葉である。いずれについても,それがなぜ話題になっているかを紹介し,その言葉が登場する場面を描き,基本概念の説明,いくつかの見方を示して多義性をすくい取っている。

 医療・福祉の連携が必要な領域で仕事をしている人,患者や家族,他職種に言葉がうまく伝わらず悩んだ経験のある人にお薦めの本である。そんな経験はないと思っている医療職も手にとってほしい。医療職,特に医師・看護師の発言に威圧感を感じ質問すら控えている患者・家族・福祉職は少なくないからである。
「他職種協働」の要請に応える第一歩に (雑誌『看護管理』より)
書評者: 川嶋 みどり (日本赤十字看護大学看護学部長)
 以前行なった看護と介護の用語についての研究で,行為自体は同じでも呼び方が異なったり,在宅と施設では違った用法があることを知った。このように,当の本人は何の疑いもなく用いているのに,あらためて問われると曖昧なまま用いている言葉が何と多いことだろうか。本書のタイトルの「くせもの」も然りだろう。辞書では,変人,怪しい,正体不明,油断はできないなどとある。本書の著者らは,「どの意味が正しいとは一概に言えない言葉」を“くせものキーワード”と定義した。

◆言葉の使われ方の実態を踏まえて

 多職種で構成するケアチームのそれぞれが,独立した専門職を自負している場合,自己の職務の範囲で頻用している用語をそう簡単に変えることはできないだろう。だが,ケアの方向性を決める際に,同じ用語をめぐってそれぞれが異なった解釈をしたり,同じ事象を異なった用語で表現していたのでは,チーム内での意思の疎通が図れるはずはない。また,利用者への説明に際して,専門領域によって用いる言葉が異なっていては,受け手の混乱を招くばかりである。

 こうした,現場での言葉の使われ方の実態を踏まえて,共通の問題意識をもった著者らが,雑誌の連載と研究会を継続しながら,10年近くの年月を経て出版されたのが本書である。

 著者らの共通認識は,「他職種協働」という新しい時代の要請に応える第一歩に,用語の整理と共通理解を位置づけたことである。こうして,「寝たきり老人」「社会的入院」など,これまで保健医療福祉に関係する人々が,日常的に用いている28用語が取り上げられた。実践家を含む100名もの職種や研究者が集まって,激しい討論の末に生まれたという。このような本書の由来そのものが,1つの用語に多義性をもたらして「くせもの性」を強めたということになろう。

◆「くせもの」の意味とは

 事典というよりも,各章ごとに独立していて,読み物としても面白く読むことができる。読者は,その言葉の生まれた社会的背景や,その言葉に象徴される状態や人についての多角的な知識を得られる。そのうえ,各章ごとに「言葉の風景」としての具体的な事例があるので,初心者にも理解しやすい。また,それぞれに,関連用語の説明が簡潔に述べられているので,辞書的な用い方もできる。

 実は,読み進めるうちに「くせもの」の意味が少し理解できた気がした。つまり,言葉は生き物で正体を現さず,その時その言葉を用いる人の思いが見え隠れし,それは,言葉を受け取る側の心象を反映した解釈となり得るということである。

 それにしても,つくる人の数だけあるといわれる定義の本質を踏まえて,あえて定義をつくらなかったところに特徴があるキーワード事典である。それ故に,取り上げられた熟語の解釈の多様性が,かえって言葉の難しさを招いている面もある。専門用語を平易な日常語としていくためには,今後いっそうの検討を要すると思われる。そのような論議を深めるうえでも,職場ごとの討論や話題提供に,また,保健医療福祉の研究や教育に必携の著としてお勧めする。

(『看護管理』2008年11月号掲載)

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