大腸内視鏡治療

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大腸内視鏡治療の中でも近年は内視鏡的粘膜切除術(endoscopic mucosal resection:EMR)が盛んに行われるようになってきた。また、側方発育腫瘍(laterally spreading tumor:LST)の症例数の増加に伴い、内視鏡的分割粘膜切除術(endoscopic piecemeal mucosal resection:EPMR)も数多く実施されるようになった。本書はそれらの手技と、その前提となる診断を解説する。
工藤 進英
発行 2000年11月判型:B5頁:180
ISBN 978-4-260-11962-7
定価 16,500円 (本体15,000円+税)
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大腸内視鏡治療の新しいパラダイム
書評者: 丸山 雅一 (早期胃癌検診協会理事長)
 世に俊才,俊英と言われる人は少なからずいる。しかし,1つのことにかかり,飽くことなく真理の探求に情熱を燃やし続けることは,単に才能に秀でているだけの人間には決して成就できない業である。そして,工藤の一連の仕事を見続けてきた筆者は,今,ある種の興奮と戦慄を覚えながら,自分の心を震撼させているものはいったい何なのかを探りたい,と念じながら,この小文を書き始めている。

◆「発育形態分類」と「pit pattern分類」

 工藤が,この本の中で読者をその気にならせたいと思いつめていることが2つある。1つは,大腸腫瘍の「発育形態分類」であり,もう1つは,「pit pattern分類」である。
 前者について言えば,工藤は少数派であり,論争がなされるたびに,肉眼分類の基本的な思想とは何かという1点において,その考え方は理解されるものの,認知されるにはいたっていない。これは,雑誌「胃と腸」35巻12号(2000年)の座談会「早期大腸癌の肉眼分類-統一をめざして」の内容を見ても明らかである。
 後者は,前者のような純粋に思想的な問題ではなく,新しい分類法の提唱であるから,これを手段として活用する若い世代の内視鏡医はこぞって,その有用なることを強調するであろう。また,何よりも,患者が受ける恩恵という点においても,工藤の主張には妥当性がある。
 筆者は,前者を語る工藤の姿勢の中に,その本質を視る。この人は,確信に満ち,葛藤から自由な人格をその主張の前面に押し出して堂々としている。この姿勢は,三部作の最後というこの著書において簡潔だが鮮明に浮き出ている。そして,自分の思想を込めた内容が多く含まれている。
 筆者を震撼させているものを具体的に言うならば,それは,工藤が,「普通の研究者」に「創造的な闘い」を挑んでいるのだという確信である。筆者は,「普通の研究者」という言葉を先に書いたが,それは,「パラダイムを創造する科学者」(トーマス・クーン)として工藤を位置づけたいがためである。そして,われわれ,「普通の研究者」は,不世出とも言うべきこの創造的な研究者と同時代に生きていることの興奮を大事にすると同時に,批判的な立場を忘れてはならない。

◆大腸癌のパラダイムを変える

 大腸に陥凹型腫瘍が存在することを証明したことのみを取りあげても,工藤の業績は世界に冠たるものである。そこで,次なることは,これを武器にして,日本が工藤を前面に押し出し,西欧的な大腸癌のパラダイムをどのように変えていくか,ということである。武藤徹一郎氏が「推薦の序」で強調するように,今後は,欧米と渡り合うための戦略・戦術を考える時である。
 この本には,工藤の思想が多く含まれている,と書いたが,思想を多く語ることは,それだけ誤謬を犯す危険につながることも歴史に見る通りである。創造的な仕事の中で,ある種の考え方が確信に変わる時には,そこにいたる過程の中に,どれだけの証拠が存在したかを検証しなければならない。その意味において,例えば,「早期大腸癌の発育進展様式」は控えめに「早期大腸癌の発育進展様式の仮説」とすべきであろう。生物学における客観的事実とは,合理的で単純明快なものでなければならないものではなく,そこには,多くの紆余曲折が存在するものではないか。工藤の内なるものの中に,そのように考える余裕が生まれた時に,その思想は揺るぎないものになるはずである。それまでは,試行錯誤を繰り返しつつ思い滾る思想を熟成させ,戦略と戦術を練りあげてほしいものである。
 それまで,筆者は,工藤の思想に共鳴しながらも,あえて,批判的な立場を随所でとり続けるであろう。「パラダイムを創造する科学者」としての工藤を愛するがゆえである。

治療の裏づけとなる正確な診断を盛り込む
書評者: 安富 正幸 (近畿大教授・外科学)
◆大腸内視鏡は重要な治療手段

 工藤進英氏による『大腸内視鏡治療』が上梓された。今日では大腸内視鏡は単なる検査手段ではなく,重要な治療手段である。本書は『早期大腸癌』,『大腸内視鏡挿入法』(いずれも医学書院刊)とともに工藤氏の三部作である。その中でも本書は治療に主眼を置いているが,治療の裏づけとなる正確な診断が十分に盛り込まれている。工藤氏は1993年『早期大腸癌』を出版し,当時は“幻の癌”であった平坦・陥凹型の癌が存在すること,さらに摘出標本の実体顕微鏡的観察から,腫瘍の組織型や癌深達度とpit patternが深く関係することを証明された。この研究は拡大電子内視鏡の開発に進み,今日の拡大電子内視鏡診断による病変の質的・量的な診断が可能になったのである。
 わが国においては癌をはじめとする大腸疾病の増加が大きな社会問題となっており,近い将来に大腸癌が癌死亡の第1位になるだろうと予想されている。大腸癌に対する検診の重要性,特に内視鏡検査による精密検査の必要性が叫ばれている。内視鏡技術の向上と内視鏡医の増員こそは,現在の日本にとって最大の急務であるといっても過言ではない。
 工藤氏が今から8年前に大腸の平坦・陥凹型の癌の存在を強調された意義は大きい。この平坦・陥凹型の早期癌は早期胃癌に馴染んできた日本の医師には違和感なく受け入れられたが,欧米の内視鏡医や病理学者にとっては青天の霹靂とも言うべき新事実であった。今でもその傾向がある。さらに工藤氏はこれらの病変の長期間にわたる観察と詳細な病理学的な診断から,今回の『大腸内視鏡治療』を執筆された。
 最初に述べたように,内視鏡は単なる検査手段ではなく早期の診断・治療,それも最も低侵襲性の期待できる治療手段である。内視鏡治療は最も望まれている治療であるし,一般診療医の必須の知識と技能でもある。本書では「安全な治療の基礎となる内視鏡挿入法」に始まり,一人法による軸保持短縮法の有用性と手技を中心に平易に説明されている。長年にわたる経験から実に安全で簡便な挿入法が示してある。
 次の「大腸腫瘍に対する最近の考え方」では,今までの工藤氏の理論が美しいカラー図をふんだんに使って示されている。これまた理解しやすい。「早期大腸癌の内視鏡診断」では,大腸病変の隆起型や平坦・陥凹型の大腸病変の存在診断から質的診断,さらには量的診断,つまり深達度診断の理論と実際が平易に説明されている。この質的・量的診断は治療の根幹をなす所見である。さらに,多数の症例の長期にわたる観察データは病変の将来予測を示しており,治療指針として不可欠のものである。

◆豊富な症例と長期にわたる観察から記述

 「内視鏡的粘膜切除術(EMR)」は本書の核心部分であって,内視鏡治療の適応では単に内視鏡診断に基づいた治療だけではなく,肉眼形態と大きさから見た適応,深達度診断から見た適応,EMRの手技と続く。基本的な手技や器具からコツに至るまでわかりやすく書かれている。大腸内視鏡治療で最も嫌われるものに合併症がある。「内視鏡治療の合併症」の章では,いかにして合併症がなく安全に,しかも完全に病変を切除することができるかが7万例の経験の中から述べられている。
 多数のカラー写真と膨大な症例を使って技術と理論の根拠が明快で平易に説明されている本書は,大腸内視鏡に関係する医師や看護婦が一度は読む価値のある必携の書であると言うことができる。

国内外で早期大腸癌の認識を一変,著者20年錬磨の結実
書評者: 渡辺 英伸 (新潟大教授・病理学)
 『大腸内視鏡治療 Endoscopic Treatment of Neoplasms in Colon and Rectum-New Diagnosis and New Treatment』の書評原稿執筆依頼を受けて少し時間がたつ。本書著者工藤進英氏と出版元の担当者の顔を見るたびに執筆の遅延を心で詫びながら,困難さを感じてきた。それは,一病理医である筆者が「治療」という臨床医学第一線の仕事の集約点である本書を評価するという,一種の違和を感じていたからである。「病理医の立場から独自の書評を執筆せよ」と言うことであろうが,そして著者工藤氏と筆者の関係から担当者が私を指名したのであろうが,逡巡せざるを得なかったのである。しかしいったん引き受けた仕事である以上,お断りするわけにはいかない。

◆測り知れない腫瘍病理学への貢献

 氏は,大腸sm癌と大腸 II cの報告を「胃と腸」誌で精力的に行なった後,1993年に『早期大腸癌-平坦・陷凹型へのアプローチ』(医学書院)と,その英文版『Early Colorectal Cancer-Detection of Depressed Type of Colorectal Carcinoma』(Igaku-Shoin)を世に問うて以来,わが国だけではなく世界においても早期大腸癌をめぐる認識を大きく一変させた代表的人物である。1980年代中葉の“幻の癌”II cの相次ぐ発見と臨床上の定着は,われわれ消化器病理医の間にある種の混乱と激しい論争を巻き起こすことになった。評者は,長らくWHOの消化管腫瘍組織分類の委員長・委員を務めてきたが,細胞異型・構造異型度や浸潤の定義と判定法などをめぐり,欧米の病理医たちとの差を常に感じ続けてきており,国際的なレベルでも論陣をはってきた。とりわけ,大腸については粘膜下層に浸潤して初めて癌と認定するという,それこそ腫瘍学の本質,科学の本質からはほど遠い欧米の病理学者との論争に明け暮れてきた感がある。近年ようやく欧米の病理医も消化管腫瘍の組織学的分類の王道に立ち戻って(と念じたい),日本の主張も一部取り入れるかたちで,国際的合意形成がVienna ClassificationやIRACでの会議などを経て進みつつある(まだまだ道のりは遠い)。そのような一病理医として見た場合,本書の著者工藤氏の豊富な早期大腸癌の症例提示は,腫瘍病理学に対する貢献という意味でも測り知れないものである。まさに俊才,俊英と言うべきであろうか。

◆早期大腸腫瘍のpit pattern診断と拡大内視鏡検査

 本書では,発育進展をベースにした大腸腫瘍の肉眼形態分類の提唱(かつて丸山は,「肉眼形態分類試案」とすべきと記述したことがあるが,これはさておき),今や早期大腸腫瘍の診断に不可欠となったpit pattern診断の際の分類法が提示され,1990年代に発展させた氏の新しい境地とも言うべき結果が本書に示されている。評者自身には,一部異論はあるもののLSTの整理もなされている。そして,これらの新しい診断体系を踏まえた粘膜切除術を中心とする内視鏡治療の基本と具体的手技が,示されている。手技自体は,工藤らの先駆的な臨床開発も含めて,すでに以前から施行されている。したがって特に目新しいものではないにしても,巨大病変に対するpiecemeal polypectomyの手法は,臨床医にとって大いに参考になるものだろう。
 若干ここで注文を述べておくことも無駄ではあるまい。それは,工藤らの努力で普及した拡大内視鏡検査によるpit pattern診断である。その分類は,臨床家の間で現在進行形的に議論がなされている。大いなる議論を歓迎したい。他方,本書では「生検不用論」(記載の限りでは合理的ではあるが)から,ややもすれば拡大内視鏡万能論にいきかねない印象を与える表現も一部見られる。一病理医として望むことは,その議論の中で,「臨床所見と肉眼・組織病理所見との対比の中でものを視る」,「総合的診断」という観点をもっと重視してほしいことである。しかしこれらとても,全体として著者が主張する「New Diagnosis and New Treatment」への意気込みと本書の内容の高い価値をいささかも損なってはいない。本書は,刺激に富む良書である。
 このように,『大腸内視鏡治療』とタイトルは付されているものの,1993年に上梓した『早期大腸癌-平坦・陷凹型へのアプローチ』と1997年に出版した『大腸内視鏡挿入法』をより発展させるかたちで構成されていることに大きな特徴がある。まさにこの20年間にわたる発展の総括的文書とも言うべきものであろうか。臨床・病理を問わず大腸に関わるすべての方々にとって必携の一書である。たびたびあげる最初の名著の序文で,「形態学に眼を開かせて戴きさらに病理に関して御指導」という賛辞を評者は賜った。若き日の新潟大学時代の工藤氏を思い起こしつつ筆を擱く。

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