心不全の診かた・考えかた

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国立循環器病センターの心不全に関わる医師が総力を挙げて執筆。心不全はさまざまな要因により発症するために全体像をイメージしずらいが、本書では熟練した循環器医師の思考パターンに沿って、実際に心不全の患者と相対したときに、どのように考えて診断し、治療を進めていくかについて多角的に解説。難渋することが多い心不全患者の診かた、考えかたがよくわかる1冊。
編集 北風 政史
発行 2007年03月判型:B5頁:288
ISBN 978-4-260-00408-4
定価 7,150円 (本体6,500円+税)

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緒言

執筆者/北風政史



 私が医師になり循環器病学を目指したのは1981年のことである.そのころは生理学が大はやりで,私も研究生活は心臓の収縮性や弛緩特性から入っていった.心不全を十分理解するためにこのような心臓力学の研究をしたのであるが,それは心筋・心室不全の生理学であり心不全の研究ではなかったことが今になってわかる.というのは,心不全の研究・治療にレニン-アンジオテンシン系・交感神経系・サイトカイン系なしでは語れないが,心臓力学にこのような因子は入ってこないからである.さらに,心臓関連遺伝子・蛋白の質的・量的変化が心不全の病態に重要であることが明らかになってきているが,この概念も当時の生理学から演繹できない.つまり生理学は,心不全の現象を考えるうえでたいへん役に立っているが,心不全の根源的な病態・治療を考えるうえでは限界があるといわざるをえない.新しいパラダイムシフトが必要となる.

 一方,心不全の臨床もいろいろな検査・薬剤が登場して大きく変わってきた.私の学生時代の教科書では,心不全の分類や成因,病態,症状,検査,治療,予後と記述されていた.これらの教科書はあくまでも教科書で,そこには,心不全の臨場感がなく,心不全の臨床は実際の患者さんから学んできたように思う.特に国立循環器病センターでの心不全の臨床は“目からうろこ”であった.ところが,最近の医学生が用いている教科書をみてみると,新しい検査・薬剤の記述はあるが,旧態依然で基本的な骨格は変わっていない.心不全の研究は生理学から分子生物学を導入して大きく変わったのに,これでは心不全の臨床を目指す医学生や若い医師は気の毒である.この従来の方法論では,心不全診断・治療の具体的なイメージはわかないのではないかと考えた.それよりも一人の医師が心不全の患者さんと相対したとき,熟練した医師がどのように考えて診断し,治療を進めていくか,その思考パターンに沿って心不全の教科書を作成すれば,より実学に即して,心不全の病態を考えることができるのではないかと考えた.

 本書は,その観点から,私どもの施設で実際の臨床に当たっている心不全グループ関連の医師で作成することにした.熟練した医師の頭の中で何が行われているのか.まず,患者さんを診察し,その原因を考える.そして,その原因を証明するために諸検査を行う,そして,治療を考える,それとともに,その治療法が,今までのエビデンスにどの程度基づいているかを考え,さらに場合によっては,特殊な治療法も頭の片隅におき,大規模研究のことも頭の中にしっかり入れておく.これらの反復を行いながら,私どもは心不全の治療を行っているのである.

 本書は,その各医師の中にある心不全の見方・考え方を本書でうまく浮き彫りにできたのではないかと考える.本書により,心不全の理解がより深くなり,循環器病を目指す医学生・若い先生方のよりどころになれば幸いである.できれば,本書を読まれたかたがたが,私どもの国立循環器病センターで一緒に心不全の臨床・研究をしていただければ,さらに望外の幸いである.



 2007年2月

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1. ベッドサイドからみた心不全
2. 原因,病態からみた心不全
3. 検査学からみた心不全
4. 生理学からみた心不全
5. 不整脈からみた心不全
6. 薬物治療学からみた心不全
7. 非薬物治療からみた心不全
8. 再生医療からみた心不全
9. 心臓外科からみた心不全
10. 心臓移植からみた心不全
11. 神経体液性因子からみた心不全
12. 分子生物学からみた心不全
13. 遺伝子からみた心不全
14. 生活習慣病からみた心不全
15. 大規模研究の進めかた
16. 心不全をどうとらえるか-その過去・現在・そして将来
索引

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誰でも知っているが誰もわからない“心不全”
書評者: 小室 一成 (千葉大大学院教授・循環病態医科学)
 心不全にはいくつもの問題がある。まず第一に患者数の多いことである。疾患統計の確かな米国において,心不全患者数は,1950年より増加し続けており,最近では毎年50万人が新たに心不全と診断され,現在500万人の患者がいる。推計では,この増加傾向は2040年まで続くといわれている。人口比と心筋梗塞発症頻度から推定すると,わが国には,100―200万人くらいの心不全患者がいると考えられる。生活習慣が欧米化し,急速に高齢化社会を迎えているわが国において,当然ながら,心不全患者数は増加している。心不全のもう一つの問題は,その不良な予後である。心不全全体の5年生存率が50%,重症心不全では3年生存率は30%以下である。この数字は,重症疾患の代表である癌と比較しても決して劣らない。さらにもう一つ問題点を挙げるとすると,高額な医療費である。心不全は,予後が不良とはいえ,軽症から重症まで,種々の治療法があり,入退院を繰り返すことが多い。その結果,多くの国において,1疾患にかかる医療費としては,トップである。このように心不全は癌と並ぶ重大な疾患であり,その発症機序を解明することがきわめて重要である。

 心不全という言葉はほとんどの人が知っており,また心不全が心臓の機能低下により発症するということも多くの人が理解していよう。しかし心臓の機能が低下する機序となると,わかっているようでいて,実は誰も知らないのである。ほんの数十年前まで,心不全とは体に水の溜まる病気であるという認識で,ただ利尿薬が使われていた。心臓の機能を解析する技術の進歩により,心臓の機能低下が心不全の原因であるとわかり,強心薬が使われるようになった。しかし強心薬の効果は一時的であり,長期的には,かえって予後が悪くなることが臨床的に判明した。さらに臨床的な経験から,逆に神経体液性因子を抑制して,心臓を保護することが重要であるというパラダイムシフトが起こった。このように,心不全研究の歴史は,生理学的な解析法の進歩が果たした役割は大きいものの,その治療に結びつく,発症機序に関する研究は,臨床に追いついていない。

 前述とは矛盾するようだが,心不全の特徴でもう一つ忘れてはならないのは,治療法が大変進歩していることである。生命予後を改善するような治療が存在する疾患は数少ないが,心不全治療薬の中には,生命予後を改善するものがいくつも存在する。このことは,治療法により,心不全患者はよくも悪くもなるということであり,医師の責任は重大である。とはいえ,古来重要な疾患として,長年にわたって行われてきた研究の成果は膨大であり,それをすぐに臨床に応用することは容易ではない。幸いここに,絶好の書が出版された。わが国を代表する循環器専門病院であり研究所である,国立循環器病センターのスタッフにより,心不全診療の最前線がコンパクトにまとめられている。多くの医師が,この本により,心不全に関する膨大な臨床や研究成果を自家薬籠中のものとして,日常の診療に役立てることを期待したい。
プロの視点をなぞり,心不全を理解する
書評者: 永井 良三 (東大大学院教授・循環器内科)
 心不全は人類にとって重要な疾患である。いかなる疾患であれ,最終的な死因に心不全が必ず関与する。心不全は病名ではなく全身性の症候群である。単一の検査によって診断することは不可能であり,症状,身体所見,さまざまな検査所見を総合して診断する必要がある。また概念も収縮障害,拡張障害,右心不全,左心不全など多様な視点から定義される。さらに心不全をきたす基礎疾患が多彩である。それだけに臨床医にとって心不全症例を的確に診断し対処することは必ずしも容易でない。

 心不全の病態生理は分子,細胞,器官,個体レベルで研究されており,その研究は長い歴史を持っている。その成果は疾患概念の進歩とともに,新たな診断・治療法に還元されている。かつての心不全の標準治療も現在では禁忌とされたり,逆に禁忌とされた治療が標準治療となっていたりする。これも病態研究の進歩によるものであるが,初学者には心不全に対する敷居の高さを生んでいる。

 このような状況を考えると,今回の北風政史先生の編著による『心不全の診かた・考えかた』はユニークな解説書であり,時宜を得たものである。概念や病態生理論は基本的事項にとどめ,現場における実践的視点から心不全を理解してもらおうという意図が感じられる。全体は16章からなり,ほとんどの章は現場の視点およびアプローチに従って,どのように考え行動すべきかが記述されている。また現場の対応だけでなく,実験室における研究や大規模臨床研究の進め方まで紹介されており,内容は多岐にわたる。さらに現時点での知識だけでなく,心不全に対する考え方の過去,現在,未来についても紹介されていることは,これからの研究テーマの探索に有用である。

 心不全は分子から個体レベルで理解する必要があり,さらに疫学までを見渡せる広範な知識が求められる。しかしながら心不全に関する情報は膨大であり概念の変化も早い。心不全に関する学術体系をすべてマスターしてから実地に臨むことはほとんど不可能である。むしろプロの視点をなぞることによって心不全を理解するほうが現実的である。本書は静止座標系ではなく,運動する座標系から心不全を見ている。展開する光景は従来のテキストとは異なるもので,このようなトレーニングを積むことによって次第に心不全の概念を構築し,次の課題を認識することができる。現場で心不全患者の診療に取り組んでおられる臨床医にぜひ推薦したい。

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