臨床外科看護総論　第12版

はしがき

本書のなりたち
　看護学生向けの教科書はかつて「内科」と「外科」の区分で構成されていたが，器官系統別の構成による教科書シリーズ「系統看護学講座」が，1968年に医学書院からはじめて刊行された。これに伴って内科系，外科系を問わず各器官系統に属する疾患患者の看護は，それぞれの巻におさめられた。しかし，この構成では，各器官系統の疾患・看護のうち外科一般の事項や学習項目が欠落することになった。たとえば，麻酔法，手術（外科治療）手技などのほか，疼痛管理（鎮痛），あるいは手術体位などである。そこでこの面を補うべく，外科治療・看護を横断的に「総論」としてまとめた1巻が，1970年に「別巻」としてこのシリーズに加えられた。これが本書のなりたちである。

本書のねらい
　外科治療（手術）を受ける患者は，共通の特徴をもっている。最終的には患者自身の意思で選択されるものであるとはいえ，手術は生体への侵襲を伴う治療法である。また治療後も，手術前に期待した結果が得られない場合や，手術によって身体の変容がもたらされる場合もある。手術後の経過によっては，入院期間がのびて社会復帰が遅れたり，予後が左右されたりする事例も少なくない。患者の不安や恐怖は，疾患や治療内容によってははかり知れないほど大きい。また，患者を支える家族も患者と同様に不安をもち，さまざまな心配をする。
　このような外科患者を前にして，看護師の果たす役割はきわめて大きい。同一の疾患・術式であっても，患者は個別である。看護師は，1人ひとりの「心と体と社会関係」のつながりを視点にもった全人的な患者理解に努め，患者の意思を尊重し，納得のいく意思決定を支援することが重要である。また看護師は，手術を安全に行い，患者の手術後の回復過程を促すために，手術前・中・後の全過程（周術期）において患者の心身の状態を的確に把握・調整し，チーム医療が効果的に行われるようコーディネーターの役割も担わなければならない。
　近年，技術・装置の開発・進歩によって手術手技も高度化し，適応範囲が拡大している。このような状況下では，従来の手術に加え，内視鏡下手術，血管内手術，ロボットを活用した手術，脳死あるいは生体移植手術など，多様な手術を受ける患者の看護に対応できるような教育・訓練が必要となる。
　また高齢化の進展などによる医療費の増大，医療経済の圧迫の影響もあり，入院期間の短縮化，在宅療養への移行も進んでいる。それに伴って，外来看護の重要度が増すとともに，病院と地域の看護職との密な連携の必要性が高まっている。
　本書では，このように変貌をとげつつある「外科看護」を，周術期の全過程を通して，またそれぞれの時期ごとに，要点を押さえながら懇切に解説している。外科看護には，周術期全体にわたる理解ならびに展望，さらには患者・家族の心身の状態の変化に関する広範な知識と洞察力，臨床実践力が不可欠である。本書を通して，外科看護の臨床で必要とされる事項・内容を十分に習得してほしい。

今改訂のねらい
　本書は「別巻」とはいえ，本シリーズの主要な巻と同様，4～6年間隔で定期的に改訂を重ね，時代の要請にこたえながら今日にいたっている。
　今回の改訂では，東京慈恵会医科大学消化器外科の矢永勝彦前教授から，後任の東京慈恵会医科大学肝胆膵外科教授である池上徹が新たに編者を引き継いだ。超高齢社会を迎え，外科治療における低侵襲手術と集学的治療の発展およびその安全な実践という大きな課題に向き合うことが必要な現代のわが国において，タイムリーな話題を可能な限り簡潔ていねいにわかりやすく解説する教科書を届けることが我々の責務であると考えている。そのためにも，今改訂では執筆者の若返りをはかり，臨床で活躍する専門医や専門看護師・認定看護師にそれぞれの領域や分野で専門性の高い情報や知見を盛り込んで解説していただいた。今後も継続して現役世代への若返りをはかり続け，フレッシュな情報を届けられる体制を維持する考えである。
　今回の改訂における最大の変更点は，高齢化や地域包括ケアシステムの構築が加速している今日において求められている，地域・在宅医療への移行支援について新たに一章設けたことである。前版までは在宅療養者の支援は「手術後患者の看護」の最終項目であったが，今回章として独立したことに伴い，この章を「集中治療を受ける患者の看護」の後ろに移動した。結果的に，実際の患者フローに近い構成にできたのは幸いである。
　また，高齢化の進展とともに認知症高齢患者が手術を受けるケースが増えている状況を考慮し，「手術を受ける高齢者の看護」の章に，新たに「認知症高齢者の支援」についての項目を設けた。認知症に限らず，手術が適応される疾患以外の疾患をかかえた患者も多くなっており，これを踏まえて「併存症のある患者の看護」についても大きな加筆を行った。そのほか，新型コロナウイルス感染症の流行を受け，未知の感染症の流行下でも継続して看護を行うための記述の見直しなども行った。こうした加筆や見直しにおいては，各分野の専門看護師・認定看護師などが中心となり，より根拠を明確にしたわかりやすい記述にすることを心掛けた。
　患者の安全・安楽を保証し，よりよい人生の創出に寄与できる看護を実践するためには，高い専門性と倫理観をもち，患者・家族のもつ力を信じ，発揮させるかかわりが重要である。本書から，このような看護の基本姿勢をくみ取って学んでいただければ幸いである。

　2022年10月
　編者ら

序章　今日の外科看護の特徴と課題 （髙橋則子）
　A　外科看護の対象と目的
　B　外科看護の役割と課題
　C　外科看護の流れ
　D　外科患者のアセスメント
第1章　外科医療の基礎 （池上徹・西川勝則・石田祐一・二宮友子・岡本友好）
　A　外科治療の特徴と変遷
　B　手術侵襲と生体の反応
　C　炎症
　D　感染症
　E　創傷治癒
第2章　外科治療を要する疾患・症状 （衛藤謙・武田聡）
　A　外科治療の適応
　B　腫瘍
　C　外傷・熱傷とショック
第3章　外科治療を支える分野 （瀧浪將典・矢野文章・西川勝則・田﨑哲典・藤本麗子）
　A　麻酔法
　B　呼吸管理（酸素療法と機械的人工換気）
　C　体液管理
　D　栄養管理
　E　輸血療法
　F　緩和医療
第4章　外科治療の実際 （岡本友好・衛藤謙・池上徹）
　A　外科的基本手技
　B　低侵襲手術
　C　臓器移植
第5章　救急看護の基礎 （武田聡・挾間しのぶ）
　A　救急処置法の実際
　B　救急看護の実際
第6章　周術期看護の概論 （奈良京子・菅野みゆき）
　A　手術を受ける患者の状況
　B　チーム医療と看護師の役割
　C　インフォームドコンセント
　D　周術期における安全管理
　E　院内（病院）感染予防
第7章　手術前患者の看護 （丸山弘美・小嶌順子・関久美子）
　A　外来診療の変化に対応した外来看護師の役割
　B　外来における手術前の患者の看護
　C　併存症のある患者への対応，他科との連携
　D　手術前の具体的援助
　E　日帰り手術を受ける患者の看護
第8章　手術中患者の看護 （小林友恵・山元直樹）
　A　手術中の看護の要点
　B　手術室における看護の展開
　C　手術室の環境管理
第9章　手術後患者の看護 （笹木織絵・二宮友子・矢野文章）
　A　手術後の回復を促進するための看護
　B　術後合併症の発生機序
　C　おこりやすい術後合併症の予防と発症時の対応
　D　形態変化や機能障害に対する適応への援助
第10章　集中治療を受ける患者の看護 （山口庸子・大友千夏子）
　A　集中治療の概念と看護の役割
　B　集中治療室（ICU）
　C　集中治療における看護の実際
第11章　手術患者の地域・在宅療養への移行に向けた看護 （田村宏美）
　A　地域・在宅療養者の理解
　B　地域・在宅療養に向けた看護
　C　在宅療養を可能にする医療管理
第12章　手術を受ける高齢者の看護 （池上徹・渡部雅代・朝倉真奈美）
　A　高齢者の外科治療
　B　高齢者の周術期の看護
　C　手術前の看護
　D　手術後の看護
　E　退院に向けての援助
　F　手術を受ける認知症高齢者の看護
第13章　手術を受ける小児の看護 （蘆塚修一・小島真由美）
　A　小児の外科治療
　B　小児の周術期の看護
　C　手術前の看護
　D　手術後の看護
　E　家族に対する援助・指導

索引