二関節筋の協調制御理論
重力が育てた運動制御のメカニズム
人間存在の原点にして運動制御理論の革新的存在「二関節筋」を洞察した著者渾身の作
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人間存在の原点でもある二の腕の力こぶ「二関節筋」。本書は進化史から紐解く二関節筋のルーツの話を端緒に、最新の知見や理論体系を紹介する。①これまでの関節トルクベースの考え方に代わり、二関節筋装備の協調制御システムによる力学体系に基づいた考え方をすべきという点の証明とその理解、②従来の解剖書の屍体解剖所見からの理解ではなく、生体こそが持つ運動機能へ視点を転換することの必要性などを中心に提示する。
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序文
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緒言
『二関節筋 運動制御とリハビリテーション』(医学書院,2008)を世に問うて早くも13年になる.この間「二関節筋」を論説する根拠が劇的に変化し,単なる改訂では対応できなくなった.それはシーラカンス(Latimeria chalumnae)の胸鰭に二関節筋が拮抗する対として存在し,かつ両端の関節にそれぞれ拮抗単関節筋対を伴って発見されたことである.この筋配列システムであれば重力負荷に対して安定立位姿勢を確保できて陸上進出を可能としたことが制御論的計算および実験結果から検証され,さらにモデルにより可視化されて確認できた.4億年前デボン紀のシーラカンスが現生と全く同じ胸鰭筋配列を持っていたかどうかの確証を得ることは難しいが,デボン紀中頃の化石資料に,陸上進出を成功させた四足動物の足跡化石が見つかっており,その足跡化石にはスリップした痕跡がまったく見られない.このような足跡化石を残し得る動物の四肢リンク機構には拮抗二関節筋対が両端に拮抗単関節筋対を伴った筋配列システムが不可欠であり,そのような動物はシーラカンスの仲間の肉鰭類を措いて他には考えにくい.かくして上陸後も1G重力圏下にあって筋肉が受けた負荷情報が上位中枢の神経結合様式を変化し,両生類,爬虫類,哺乳類,霊長類へと進化を支えて今日がある.一方シーラカンス自身はそのままコントロールとして水中深く身を潜め,自身と同じ鰭筋配列を持った仲間の肉鰭類が地上に踊り出し1G重力圏の影響を受けているのを眺めている.現生の豪華絢爛たる陸上動物王国は4億年にわたる対照実験(control experiment)劇場であり,今なお進行中である.この筋配列なくしてわれわれをはじめ陸上四足動物の存在はあり得なかったのは確かである.デボン紀に上陸を成功させた筋配列は,現世のシーラカンスが示すように水中鰭運動に対応するだけのもので,数ミリ幅の平行筋束ながら二関節筋を含む3対6筋の筋配列で事足りたであろう.進化の進展とともに多様な生活行動様式に対応して複雑化していくが,現世のわれわれの四肢の筋配列でさえも実効的な筋配列はシーラカンスのものとまったく変わらない.
そもそも現代科学は人間存在を前提として創められている.二関節筋の存在はGalen(AD)によって2000年も前に発見されているが,屍体解剖所見がそのまま現代解剖書の記載になっている現状がある.人間も陸上四足動物と同じ進化の所産である.進化史を背景に人間存在を深く考察するとき,学問体系の再構築を求められる領域は,哲学をはじめ生物・医科学および関連する領域広範にわたる.現行の生体力学,生体ロボット工学のリンク機構には関節ごとにモーターを配置するだけで,二関節筋概念は取り入れられていない.これは生体運動制御の基礎,運動生理学領域のみならず生体工学領域の基礎に関わるので日本生理学会をはじめ精密工学会,電気学会などで幾度となくシンポジウムを企画するなど情報発信に努めたが,なかなか理解を広めるに至っていない.ヒトも動物と同じで二関節筋のことを知らなくても日常生活に差し障りはない.リハビリテーションの現場やスポーツ指導現場で施術者やコーチがどのような運動処方を与えようと,患者や選手は自身が本来持っている二関節筋を含む3対6筋の実効筋配列で四肢を動かしてしまう.両者の間に認識の齟齬に基づく支障があっても知らぬが仏で済んでしまう.しかし依然として高度な電気生理学的実験領域で二関節筋からの活動電位情報の解釈を誤った方向に導いている例が多い現状を知ると見過ごすわけにはいかない.いろいろ調査しているなかで,小学校の理科の「骨と筋肉」の段階から誤った説明がなされていることに気づいた.それは二関節筋が隣あった2つの関節に跨がって付いている図を示しながら両方の関節を同時に一緒に動かすという認識に欠けていることであった.二関節筋は一般社会人にとっては誰もが備えている二の腕の力こぶである.義務教育レベル,すなわち一般教養社会常識レベルから高度電気生理学実験研究レベルに至るまで,一貫して「力こぶは肩と肘両方を一緒に動かす」という至極当たり前の認識が欠けていたのである.この認識の欠落は洋の東西を問わず同じであり,本書は生体の運動制御理論を革新的に変える道筋を示すことになる.また,二関節筋存在意義の進化史的背景,それが関わる広範な領域,特に基礎神経生理領域への関わりなど深刻な問題に直面することになった.国内外のMotor Control領域やBiomechanics領域などの動向はおおよその見当はつくが,近年の関係領域,Neural Science やGenomicsなどの海外情報蒐集にはミヤケツトム氏(東京慈恵会医科大学客員教授)の協力に負うところ多大であった.また“ヒトが立てている”ことの説明がまったくなされていない,と指摘してくれて,二関節筋議論の根本を那辺に置くべきか明らかにしてくれたのは石井慎一郎君(国際医療福祉大学大学院教授),北條立人氏(医学書院)との会食中の会話のなかであり貴重なヒントになった.改めて深甚なる謝意を表す.
さらに「二関節筋主役運動制御演義」は4億年前の上陸劇演出にその端緒があり,以降それに基づいて現世陸上四足動物みな斉しくさり気なく演じている.人間存在前提で創められた「運動制御演義」との乖離を埋め戻し再構築の道筋をつける作業にあたって,古くから近年に至る多くの共同研究者との業績の再考察,また国内外での研究会やシンポジウムなどを通じて親しくなった多くの友人たちとの議論に負うところ少なくない.列挙すれば膨大となり,改めて研究私史を考えるべきかと思うほどで,この場での失礼をお許しいただきたい.筆者生来の遅筆に加え,従来の関節駆動力学体系を深く刷り込まれた思考回路を隣接二関節同時駆動力学体系に切り替えるのに筆者自身試行錯誤の連続であった.予想以上に歳月を要したが辛抱強く見守っていただいた医学書院関係諸子に心からの謝意を表したい.
本書は生体運動制御機構の本来の姿を解析する道筋の扉を開いたにすぎない.現世生物の運動制御機構は,なお進化の途上にある.もちろん人間も例外ではない.本書を基点の1つとしてさまざまなアプローチを試み,人間未来像の予測にまで踏み込む時代を期待している.
2021年8月
熊本水賴
目次
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緒言
序章 二関節筋誕生前夜
1 水中生物に始まる運動制御原理生成の進化史概要
1 神経および横紋筋の誕生と神経‒筋緊密連関
2 収縮機構の拮抗的配置と収縮の波動的伝搬
3 横紋筋組織および神経組織の発達
2 ナメクジウオS字状波動遊泳運動の意義
1 ナメクジウオについて
2 遊泳運動の動作解析
3 予想される機能的筋配列
4 仮想神経・筋支配回路網
5 工学モデルによる検証実験
3 後生動物に始まる運動制御システム進化史要約
4 二関節筋誕生前夜
第1章 二関節筋“上陸劇”を演出,協調制御システムへの成長
1 二関節筋のルーツはシーラカンスの胸鰭
2 拮抗二関節筋対と両端に拮抗単関節筋対を備えたシステムが陸上進出を可能にした
1 拮抗筋対制御システムの確立
2 シーラカンスの胸鰭筋配列で陸上進出を可能とする条件
3 コンタクトタースククリアと安定姿勢維持
4 抗重力負荷に耐え体重支持は可能か
5 鰭表層拮抗外転内転筋対の帰趨
3 上陸成功後,陸上環境負荷が上位神経・筋回路網の再構築を可能にした
1 上陸成功後重力環境から受ける負荷
2 Kumaモデル負荷対応現象とヒト上肢筋群出力活動
3 3対の拮抗筋を構成する6筋個々の出力方向
4 全方位環境負荷対応による協調制御システム構築
5 4脚による歩き出し
4 人類2足歩行の誕生
5 運動制御に関わる基礎理論の見直し
6 総括
第2章 生体運動の基本エンジン:協調制御システム
1 進化の所産としての人体四肢筋骨格リンク機構の成り立ち
1 拮抗二関節筋取得が陸上四足動物四肢筋配列の起源
2 ヒトの四肢筋配列に4億年の進化の足跡をみる
3 上肢,下肢拮抗二関節筋対をなす筋群の起始・停止部の位置関係
4 要素筋配列から実効筋配列概念へ
5 屍体解剖所見から生体運動機能へ
6 実効筋の符号化
7 実効筋を構成する実在筋の内容変化
2 人体四肢筋・骨格リンク機構の制御機能特性ならびに出力特性
1 進化の所産として描かれる人体解剖図
2 安定立位姿勢の制御
3 拮抗筋群による出力制御,出力方向制御
3 生体運動制御理論体系の再構築
1 協調制御システムによる再構築
2 屍体解剖所見を生体運動機能の視点から書き改める
3 運動制御理論の見直し
第3章 協調制御システムの計測・評価プログラム
1 協調制御システムの出力特性
1 協調制御システムを構成する実効筋概念の再確認
2 協調制御システムがリンク機構系先端に発揮する出力の分布は6角形を示す
3 出力分布6角形の特徴
2 協調制御システムを構成する実効筋力の計測・評価
1 4点計測法
2 実効筋力計測器
3 計測結果
4 融通無碍
5 簡易実効筋力計測器
6 徒手4点計測法(徒手実効筋力検査法)
第4章 協調制御理論に基づく動作解析と運動処方
1 協調制御理論に基づく動作解析の目的
2 動作解析方法論
1 映像記録解析法
2 筋電図動作解析法
3 運動処方方法論
4 進化史を通じ継承されてきた生体運動の原点としての乳幼児歩行
1 胎動,原始歩行
2 乳幼児歩行
5 成人歩行
1 成人歩行への成熟
2 立位姿勢の確保
3 立位姿勢の調整
4 成人歩行
5 FEMSプログラムによる成人歩行解析例
6 フラット歩行の実効筋表示動作解析
7 椅子からの立ち上がり
8 走行
9 跳躍動作
6 上肢運動解析
1 運動制御の起源
2 ハンドスプリング回転運動
3 ベンチプレス
4 競技車椅子
5 ベントオーバーローイング
7 水上運動
1 熟練者遊泳中の下肢筋活動パターン
2 カヌー・ボート漕法
8 スポーツ障害解析
1 走運動
2 跳躍動作
3 蹴球動作
4 スポーツ障害まとめ
9 総括
第5章 協調制御理論の展開(Future direction)
1 運動制御進化史総括
1 人間存在の原点を考える
2 二関節筋,重力負荷効果を立証する
3 CPG(Central Pattern Generator)理論の再考察
4 生体情報
5 数百に及ぶ骨格筋の準備
2 考察二関節筋研究史
1 解剖学(目視)
2 義務教育・一般教養社会常識レベルの問題点
3 基礎神経生理学領域(電気生理学)
4 神経生理学領域
5 臨床領域
6 臨床整形外科領域
7 理学療法学領域およびバイオメカニクス(生体力学)領域
8 医‒工連携領域
3 将来展望
1 生体型ロボット領域(操作領域)
2 リハビリテーション工学領域
3 4脚(Quadruped)移動ロボットMoeki ver.
付録 Kumaモデルの製作法
キーワード解説
あとがき
索引
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