言語聴覚士のための基礎知識
音声学・言語学

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言語聴覚士を目指す学生が、音声と言語、言語発達、その障害とリハビリテーションに関して一貫して学ぶことができる初めてのテキスト。各章は、まず日本語に限らず人間の世界で一般に成り立つ特性、続いて日本語で特に際立っている特性、最後に基礎概念がコミュニケーション障害の臨床にどう役立つか、臨床を目指す場合に何を知っておくべきかで構成されている。入門書として最適の1冊。
シリーズ 言語聴覚士のための基礎知識
編集 今泉 敏
発行 2009年03月判型:B5頁:304
ISBN 978-4-260-00632-3
定価 4,180円 (本体3,800円+税)
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はじめに

 意識して学習しようなどと思う前に「気づいたら日本語を話していた」という感覚を持つ人は多いだろう.ことばに障害を持つことなく成長できた人にとって音声も言語も十分すぎるほど使い慣れた対象であり,1人ひとり経験してきた言語発達の経過は知っているはずの過去でもある.誰もが専門家のはずなのに,例えば「ば」と「ぱ」はどう発音し分けているか,「象は鼻が長い」の主語はどれか,英語の /ra/ と /la/ を日本人の赤ちゃんは区別できるのに大人はできないのはなぜか,などと聞かれると答えに窮してしまう.使いこなせているから知っているはずという思い込みは,ことばについては禁物である.
 コミュニケーションに障害を持つ人々の支援を志し言語聴覚療法学を修得しようとする人々にとって,音声や言語,その発達,そしてそれらの障害に関する深い理解が何よりも重要な基盤であることは言うまでもない.今までこれらの分野を一貫して学ぶことができる教科書がなかったのが不思議なくらいである.この教科書は,音声と言語,言語発達,それらの障害とリハビリテーションに関して,臨床と研究の第一線で活躍する執筆者に初歩からわかりやすく解説していただいたものである.
 各章とも,まず日本語に限らず人間の世界で一般に成り立つ基礎概念の解説からはじめている.例えば,音声学の章では日本語音声に限らず人間の音声が共通に備えている基本的な特性を示し,それに続いて日本語で特に際立っている特性を解説するように構成した.章の締めくくりには,基礎概念がコミュニケーション障害の臨床にどのように役立っているのか,臨床を目指す場合に何をなぜ知っておかなければならないか,初歩からわかりやすく解説するようにした.音声学や言語学,言語発達学などを学ぶ意味がわからなくなったときは,まず各章の最後をはじめに読んでみるのも有意義である.
 現代の教科書は1つの学説に沿って必要最小限の基礎知識をマニュアル的に示すものが多い.そのほうが学びやすいという利点があるものの,唯一無二の真理として確立され熟成した学問という錯覚を生み出し,実用力や応用力,探究心を損ないかねない面もある.実社会に出てしばしば教科書の記述に合致しない現実に遭遇するとはたと困ってしまうことになる.この教科書では,音声学や言語学,発達学という長い歴史を持つ学問でも実は未解決の課題,しばしば対立する異なる見解をいくつも抱えていることを隠さずに示すことにした.例ば,日本語の「ちゃ」や「きゃ」と表現される音声も,考え方や必要となる表記の細かさに応じて[t∫a]や[tca],[kja]や[kja]などと違った表現方法が採用される.それぞれがどんな視点で選択されているのか,表現の違いに驚くことなく,考えながら学ぶことができるように構成した.言語学や発達学では,生得的基盤を重視する学説や社会的コミュニケーションと学習を重視する学説などさまざまな考え方があって,学説に応じて使用する基本概念も研究方法も違ってくるし臨床への取り組み方も違ってくる.このような多様性に対応できる柔軟な学習力と探究心を身につけてほしいと願っている.

 2009年2月
 今泉 敏

(おことわり:上記の音声表記の一部は本サイト用に置き換えています)

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第I章 音声・言語・発達,その障害-学びの手引き
第II章 音声学
 A.発生発語器官と構音
 B.音声記号
 C.音声連続
 D.超分節的要素
 E.音声の音響的特徴
 F.日本語音声学
 G.音声学と臨床
第III章 言語学
 A.言語学の基礎
 B.音韻論
 C.語彙・文法・意味
 D.言語学と関連分野
 E.言語学的に見た日本語
 F.言語理論と言語聴覚療法
第IV章 言語発達学
 A.言語発達を説明する理論
 B.前言語期の発達
 C.1~2歳の言語発達
 D.幼児期の言語発達
 E.学童期の言語発達
 F.基礎理論と臨床
第V章 音声言語と脳

索引

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基礎知識をupdate
書評者: 宇野 彰 (筑波大大学院准教授・感性認知脳科学)
 本書は,題名にもあるように言語聴覚士が専門的な仕事を進める上で必要な音声学・言語学に関する基礎的な知識を提供することを目的としている。本書の編者である広島県立保健福祉大学の今泉敏教授は保健福祉学部コミュニケーション障害学科にて言語聴覚士を養成する立場にあるだけでなく,音声言語医学に関する日本での代表的な研究機関であった東京大学医学部附属音声言語医学研究施設にて長年にわたって研究を進め,さらに日本音声学会や認知神経心理学研究会の重鎮でもあることから,まさにこの企画が実現したものと思われる。

 本書の構成としては,第I章では,「学びの手引き」として編者が本書の内容を丁寧に解説している。第II章の音声学,第III章の言語学の領域については,各著者が独自の研究を基に総合的に担当領域を解説している。また,音声学的障害や言語学的障害と想定された音声・構音・流暢性の障害および失語症が,対応する形で記されている。この部分の解説は,分量としては少ない印象だが,それは本書が音声学,言語学を中心とする構成となっているためと思われる。第IV章では,言語発達学について本書では取り入れられ,多くの紙幅が割かれている。言語発達学を音声学,言語学と並列させる試みは斬新であると思われる。第V章では,音声言語と脳について解説されている。一般に,この種の教科書の多くは,古典から始まるが,本書の中ではGeschwindの言語モデルが,伝統的モデルとして位置づけられているように思われる。それほど,近年の研究に基づき,脳機能画像や計算論的アプローチ,言語発達と可塑性など新しい考え方を紹介している。

 本書の中で個人的に最も気に入ったところは,コラム,NOTEというオムニバス的な一口知識編が合計58項目もあることであった。本書を手にして目次の次に思わず開いてしまったほど興味を引かれた。なんとなく理解しているようで,実は良く理解していない用語の定義や用途に関しての解説は特にお薦めできる。例えば,「漢字は表意文字か?」の内容は,言語聴覚士でも知らないことが多いため私も大学の授業で教えている内容である。まだ,漢字が表意文字だと思っている諸兄にはぜひ一読をお勧めしたい。

 ただし,残念に思う点が2点あった。第一点は「言語理論と言語聴覚療法」や「基礎理論と臨床」という小項目において,双方ともに言語理論もしくは基礎理論との関連が読み取れなかったことは期待していただけに残念であった。もしかしたら,目次の誤植である可能性もあると思われた。もう一点は,表記法の一貫性についてである。ページによりディスレキシアもしくは読字障害dyslexiaと表記している内容は,発達性dyslexia(発達性読み書き障害)を示していると思われたが,後天性のdyslexiaが解説されていなかったので,成人の後天性失読の専門家にとっては奇異な感じがするかもしれないという点である。この点は複数の著者がいる場合,調整が難しい点であろう。第二刷もしくは改訂版に期待したい。

 しかし,本書の価値は上述の小さな2点を凌駕し余りある。音声学や言語学を学び直す諸兄にとってはお薦めの書であることは間違いないと思われる。

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