下畑享良 神経症候学note
<興味を持った「脳神経内科」論文>のエッセンス

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ブログ<興味を持った「脳神経内科」論文>で知られる著者が、自らの探究のために読み解いてきた重要文献を精選。知的刺激に満ちた一冊としてまとめました。各項目がコンパクトにまとまっているから、忙しい人でも隙間時間で無理なく読み進められます。1項目5分で読めて、一生使える知識が満載。現代のニーズに応える、新しい神経症候学書の誕生です。

下畑 享良
発行 2026年04月判型:A5頁:352
ISBN 978-4-260-06546-7
定価 7,700円 (本体7,000円+税)

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    2026.04.30

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著者のことば

 神経症候学は時代とともに進化を遂げており,その変遷を理解し,最新の知見を若い医師に伝えることが本書の執筆の動機である.神経症候学には,古くから変わることなく受け継がれてきた不変の知識がある一方,極めて有用でありながらも時の流れとともに忘れ去られたものも存在する.さらに,近年の神経遺伝学や神経免疫学の発展,機能性神経障害における陽性徴候の体系化といった進歩により,新たに生まれた神経症候学の概念もある.本書は,これらを包括的に整理し,現代の脳神経内科医にとって不可欠な神経症候学を再構築することを目的としている.
 2022年,マドリードで開催されたMDSコングレスにおいて,Kailash Bhatia教授(Queen Square, London)はStanley Fahn Presidential Lecture Awardを受賞し,「Is the Clinical Phenomenologist Obsolete?(神経症候学を大切にする臨床家は時代遅れか?)」という講演を行った.この講演は,全ゲノム医療や新規抗神経抗体の発見が進む現代においても,臨床症候学の重要性が決して失われるものではなく,むしろその意義が高まっていることを強調するものであった.Bhatia教授は,以下の3点を論じた.第一に,治療可能な遺伝子変異や抗神経抗体を有する症例を見出すためには,臨床家の鋭敏な観察力が不可欠であること.第二に,同じ表現型であっても,異なる遺伝子変異や抗神経抗体が原因となり得るため,正確な症候の評価が求められること.第三に,遺伝子変異や抗神経抗体が同定されたとしても,それが臨床的に意味を持つかどうかを判断する力が不可欠であること.すなわち,現代においてこそ神経症候学を研鑽することが求められ,われわれはその知識を常に更新し続けなければならない.
 著者自身の学習法としては,種々の医学誌に掲載された症例報告やneuroimageなどのページから得た動画や画像を蓄積する方法を実践してきた.こうして収集した資料は,およそ600枚のスライドとなり,教室内での勉強会を通じて活用されてきた.2024年度には計20回のレクチャーを実施し,これらの講義内容を一冊の書籍としてまとめる機会を医学書院からいただいた.本書では,著作権の都合上,それらの動画の収録は叶わなかったものの(一部はURLを紹介した),内容の理解を助けるために視覚的にわかりやすいイラストを新たに作成した.また,神経症候学においては,人名を冠した症候や徴候が多く,覚えにくいと感じる医学生や若手医師が少なくない.しかし,その名称の由来となった神経学者の業績や背景に触れることで,理解が深まるばかりか,神経学の歴史に対する新たな視点や感銘を得ることができる.本書では,そうした神経学者の紹介にも力を注ぎ,単なる知識の伝達にとどまらず,学問としての神経症候学の奥深さを感じていただけるよう工夫した.
 本書が,神経症候学を学ぶ多くの医師にとって,貴重な指針となり,日々の診療における洞察を深める一助となることを願ってやまない.

 2026年3月
 下畑 享良

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第1章 顔
  1.眉間の縦しわ徴候
  2.Chvostek徴候とTrousseau徴候
  3.アライグマの眼徴候
  4.enhanced ptosis
  5.Hutchinson徴候
  6.再発性多発軟骨炎
  7.斧様顔貌
  8.「鯉の口」
  9.強制泣き・笑いと感情失禁の鑑別
  10.ハーレクイン症候群
  11.parakinesia brachialis oscitans(PBO)
  12.whistle-smile reflex
  13.開眼失行
  14.大脳性眼瞼下垂
  15.痙攣性咳嗽
  16.味覚性発汗
  17.numb chin syndrome

第2章 眼球・眼球運動
  1.びっくり眼/Dalrymple-Stellwag徴候
  2.可動性前房蓄膿
  3.腱膜性眼瞼下垂
  4.おたまじゃくし瞳孔
  5.Landolfi徴候
  6.pupillary hippus(PH)
  7.roving eye movementもしくは ping-pong gaze
  8.シーソー眼振
  9.上向き眼振,下向き眼振
  10.Bruns眼振
  11.矩形波眼球運動
  12.眼球粗動とオプソクローヌス
  13.“round the houses” sign
  14.視運動性眼振
  15.pendular vertical oscillation
  16.ocular bobbing
  17.上斜筋ミオキミア
  18.Parinaud症候群(中脳背側症候群)
  19.bedside head impulse test(bedside HIT)
  20.斜偏視
  21.眼球運動失行
  22.カメレオンの眼徴候
  23.降雪視症候群
  24.眼球結膜の毛細血管拡張
  25.Adie瞳孔
  26.ocular neuromyotonia

第3章 舌・口腔・咽喉頭
  1.triple furrowed tongueと片側舌辺縁萎縮
  2.後頭顆症候群
  3.sucking candy sign
  4.Parkinson病患者における黒色の着色舌
  5.アミロイドーシスにおけるまったく異なる舌の所見
  6.トロンボーン舌
  7.口蓋振戦/かつての口蓋ミオクローヌス
  8.ラビット症候群
  9.Müller徴候
  10.神経疾患に伴う声帯の狭窄
  11.音声粗動
  12.へら試験

第4章 手足
  1.強制把握(反射),緊張性足底反射,強制模索
  2.pistol-hand sign
  3.water immersion wrinkling test
  4.線条体性手,線条体性足趾
  5.ポパイ徴候
  6.man in the barrel症候群と flail arm syndrome
  7.Froment徴候
  8.Fromentの手技
  9.涙のしずく徴候
  10.groove sign
  11.ミエロパチーハンド
  12.凹み手徴候
  13.手の空中浮遊
  14.Lazarus徴候
  15.flexion contracture
  16.趾の変形──金鎚・木槌・鉤
  17.Abadie徴候
  18.cold hands(feet)signと purple hands
  19.crossed leg sign
  20.仮性肥大と Hoffmann症候群
  21.有痛性強直性痙攣
  22.Lasègue徴候/straight leg raise(SLR)テスト

第5章 皮膚
  1.皮膚の過伸展性
  2.Leser-Trélat徴候
  3.機械工の手
  4.爪上皮出血点
  5.Osler結節
  6.腕や手に生じる日焼けに似た暗赤色の発疹
  7.頭部脳回転状皮膚
  8.livedo racemosa

第6章 反射
  1.腹壁反射
  2.腹壁・腹筋反射解離
  3.Shimizu反射
  4.クローヌス誘発のコツ
  5.交叉性クローヌス
  6.Jendrassikによる腱反射増強法
  7.逆転反射
  8.Woltman徴候
  9.hung-up reflex
  10.Babinski徴候の変法──Babinski徴候を評価しにくいときの診察手技
  11.Marie-Foix(屈筋退避)反射
  12.運動後の腱反射の促進
  13.頭後屈反射

第7章 歩行障害
  1.Parkinson病の歩行と bicycle sign
  2.早打ちガンマン歩行,早打ちガンマン徴候
  3.特発性正常圧水頭症の歩行と磁石歩行
  4.marche à petits pas
  5.有痛性歩行
  6.Trendelenburg歩行
  7.face mask sign
  8.竹馬徴候(歩行可能-停立不能)

第8章 運動失調
  1.finger chase maneuver
  2.Holmes-Stewart反跳現象
  3.足振り試験
  4.発作性運動失調症

第9章 不随意運動1──振戦,ミオクローヌス
  1.振戦の評価法
  2.再現性振戦
  3.wing-beating tremor
  4.運動時振戦と企図振戦
  5.Holmes振戦
  6.起立性振戦
  7.neuropathic tremor
  8.遺伝性脊髄小脳変性症に伴う振戦
  9.ミオクローヌスの分類と特徴
  10.陰性ミオクローヌスもしくはアステリクシス(固定姿勢保持困難)
  11.ポリミニミオクローヌス
  12.皮質振戦

第10章 不随意運動2──ジストニア+その他
  1.首下がり症候群と air pillow sign
  2.運動オーバーフローと鏡ジストニア
  3.階段におけるタスク特異的ジストニア
  4.dystonic tremorと jerky repetitive dystonia
  5.口顎ジストニア
  6.非職業性タスク特異的咀嚼性ジストニア
  7.後弓反張
  8.“Jack-knife” dystonia
  9.geste antagonisteと感覚トリック
  10.biphasic dyskinesiaと biphasic-like dyskinesia
  11.発作性ジスキネジア
  12.顎のふるえ
  13.常同運動症
  14.limb shaking

第11章 自己免疫疾患に伴う不随意運動
  1.facio-brachial dystonic seizure(FBDS)
  2.facio-brachio-crural dystonic seizure(FBCDS)
  3.head titubation
  4.スティッフパーソン症候群に伴う筋硬直
  5.ニューロミオトニア
  6.ミオリズミア
  7.ベリーダンサー症候群
  8.カタトニア
  9.筋のrippling
  10.視神経脊髄炎スペクトラム障害における有痛性強直性痙攣

第12章 機能性神経障害
  1.機能性振戦
  2.“stretched slinky” sign
  3.もぐらたたき徴候
  4.機能性ジストニア
  5.固定足底屈曲徴候
  6.psychogenic toe sign
  7.機能性ミオクローヌス
  8.機能性チックもしくは機能性チック様行動
  9.機能性パーキンソニズムと “huffing and puffing” sign
  10.shoulder-touch test
  11.機能性歩行障害
  12.回転椅子徴候
  13.機能性運動失調
  14.機能性筋力低下
  15.Hoover徴候とSonoo外転試験
  16.機能性感覚障害
  17.機能性顔面障害
  18.other Babinski sign(もしくはBabinski 2 sign)
  19.偽眼瞼下垂
  20.機能性発作

第13章 睡眠時の症候学
  1.ノンレム睡眠関連睡眠時随伴症群
  2.レム睡眠行動障害
  3.周期性四肢運動障害
  4.ドパミンアゴニストに伴う睡眠発作
  5.agrypnia excitata
  6.カタプレキシーと偽カタプレキシー

第14章 幻視や視覚の異常
  1.不思議の国のアリス症候群
  2.中脳幻覚症
  3.Charles Bonnet症候群
  4.要素性視覚発作
  5.閃輝暗点,城郭視

第15章 その他の徴候
  1.Beevor徴候と逆Beevor徴候
  2.ピサ症候群
  3.coat-hanger pain
  4.Uhthoff徴候
  5.Eastchester clapping sign
  6.発語失行,失構音
  7.音韻性錯誤
  8.語音弁別障害
  9.鼻咽腔閉鎖不全の発音と発声-嚥下解離
  10.肢節運動失行(拙劣症)とシャベル現象
  11.house sign

索引

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症候学者を自負する私にも新しい発見が
書評者:福武 敏夫(亀田メディカルセンター脳神経センター脳神経内科顧問)

 書評を書くのに,私事から始めるやり方もあるように思われますが,私はここで初めてそうします。先日,東京都美術館の開館100周年記念の「アンドリュー・ワイエス展」に出かけてきました。エドワード・ホッパーと並ぶアメリカの国民的画家であり,少しは知っていましたが,実際の精密な絵とその習作を観て,ふっと,これらは神経学における良い症例報告の書き方と同じだと感じました。この展覧会は東京の後,2026年7月から愛知県豊田市,同年10月から12月初めまで大阪へ巡回する予定です。神経内科医必見と思います。

 私は神経学的診断とは,「知識」をもって「観察」し,「推理力」を動員して行うものだと思い,長くそのように科内や学会で後輩に伝えてきましたが,最近になってそれら以上に「情熱」が重要だと考えるようになっていました。ワイエスの絵から感じるのは精密な絵の「技法」もさることながら,そこに込められているのは何かを伝えたいという強い「情熱」だと感じました。「観察」を基に,鉛筆で描く「デッサン」からやや粗いタッチの「習作」,そして「完成させた絵」,これは神経診断を通して得た経験を「症例報告」にまとめあげていく作業と何ら変わりありません。

 さて,その診断学を極めるにはその最初に「知識」をどれほどため込んでいるかが重要です。「知識」は書物からだけでなく,自分と他人(科内,諸学会,論文)の「経験」から出来上がります。これは1日にしてならずです。そのために本書は必ず手助けになります。なぜかというと,著者下畑享良先生は,行動の人であり,情報の人であり,誰もがご存じのように何よりも発信の人だからです。行動の人を語るには,昨年のシャルコー生誕200年に際し,パリに出かけ,三浦謹之助先生について発表してきたことだけで十分そのスケールがわかります(その内容は同年の日本神経学会学術大会の歴史セッションでも講演されました)。日々の「観察」時に疑問に思ったこと,症例と論文から学んだこと(「情報」)のエッセンスを教室内で共有し,今回「情熱」をもって,1冊の「小さなノート」にして「発信」してくれました。

 小さいと言えど,「ノート」には188項目もの「知識」と役立つミニコラム16本が詰め込まれています。その中には私も折に触れて重要性を指摘している「enhanced ptosis」や「numb chin syndrome」ももちろん含まれていますし,恩師平山惠造先生から繰り返し教わった「凹み手徴候」や「marche à petits pas」,「竹馬徴候」なども紹介されています。

 最後も私事で締めくくることにしますと,最近の新しいテーマである「機能性障害」20項目を除いた168項目のうち,「鯉の口」や「Landolfi徴候」,「カメレオンの眼徴候」,「へら試験」,「face mask sign」など,実に39項目(23%)が症候学者を「自負」する私もよく知らないものだったので,「今日」ではなく,「明日」に役立つと考えて読み込んでいるところです。ただし「知識」はひけらかすものではなくて(これが脳神経内科が嫌われる理由の一つ),実地に生かせるようしたいものです。


「知の結晶」としての神経症候を学ぶ
書評者:杉田 陽一郎(東京ベイ・浦安市川医療センター神経内科部長)

 近年,画像検査や遺伝子検査をはじめとした検査技術の進歩は著しい。その一方で,ベッドサイドでの病歴聴取や神経診察が時にないがしろにされてしまう状況をしばしば目にする。しかし,検査主体の診療では,自己抗体の偽陽性や画像の無症候性病変に翻弄されてしまう危険性がある。神経診療の中核は“病歴”と“神経診察”であることはいかなる時代になっても変わらないだろう。その中でも神経症候は,丁寧な観察と深い洞察に基づいた臨床医の「知の結晶」である。本書は,こうした神経症候の歴史的背景,病態生理,そして臨床的な意義を,下畑享良先生が長年にわたり培われた膨大なご見識を元に余すところなく伝えてくれる書籍である。

 神経症候学というと古典的と思われるかもしれないが,決してそうではない。例えば本書で紹介されている,マスク装着により下方の視覚情報が制限され,深部感覚失調による歩行障害が悪化する“face mask sign”は,2020年に報告された神経所見である。このように,神経症候は決して過去の遺物ではなく,日々の臨床における観察に基づき,新しい気付きが生まれ続けている分野であることも改めて学ぶことができる。

 本書で網羅されている多彩な症候のうち,観察眼の重要性を再認識させられた魅力的な所見をいくつか紹介したい。まず“water immersion wrinkling test”は,長時間指を水に付けて指の皮膚がふやけるかどうかを診ることで,small fiber neuropathyによる自律神経障害を調べる神経所見として紹介されている。Small fiber neuropathyはどうしても除外診断の要素が大きく,陽性所見に乏しい印象が個人的にあったが,こうした所見は簡便かつ病態生理に根差しており非常に興味深く,明日からすぐに確認してみたいと思っている。また,半側空間無視の患者が両足を頻回に交差させる現象をとらえた“crossed leg sign”も印象深い。こうした所見は,常日頃からベッドサイドで患者を詳細に観察していないと決して気付けないものである。そして,こうした気付きは,日常臨床に新たな彩りを与え,ベッドサイド診療のモチベーションと向学心を掻き立ててくれる。

 内容が素晴らしいことはもちろんのこと,本書は各神経症候の見開き2ページにまとめられており,視覚的なイラストも豊富であるため,とても読みやすい。多忙な診療の合間にぱっとページを開き,いつでもエッセンスを学習できるように配慮されている。神経症候学は「格式高く,とっつきづらい」イメージがあるかもしれないが,そうした抵抗感を少しでも軽減し分かりやすく伝える工夫が随所に凝らされている。このような洗練された内容と構成は,博覧強記でありながら,学会やブログなどで常日頃から私たちにclinical pearlをわかりやすく教えてくださる下畑先生でしかなしえない業(わざ)と感じる。

 改めて本書は,若手脳神経内科医にはもちろんのこと,神経症候学を学びなおしたい専門医,さらには総合診療,プライマリケア,救急,研修医など,神経症候を学びたい全ての医師にとって,日々の学習と臨床の振り返りに極めて有用な唯一無二の書籍である。

 最後に,今回このような素晴らしいご著書の書評を執筆する機会を頂戴したことは,私にとって望外の光栄である。


日常診療を「宝の山」に変えるヒント
書評者:伊東 完(筑波大病院病院総合内科)

 人間は,言葉によって分節化された現象しか認識できない。例えば,エクレアという言葉を知らない子どもにそれを見せても,チョコパンにしか見えないだろう。ところが,「これはエクレアという,フランスの伝統あるお菓子だ」と教えられた瞬間,初めてその輪郭を正しく認識できるようになる。臨床も同じだ。名前を知らない所見は,目の前に存在していても見ることができない。

 不思議に思ったことはないだろうか。同じ地域,同じ専門で,似たような症例を日々診療しているにもかかわらず,次々と症例報告を発表する医師がいる一方で,そうした機会にさっぱり恵まれない医師もいる。この差の背景には,観察力の違いがある。もっとも,この観察力は,必ずしも先天的な才能だけではない。論文を読み,知識を蓄え,日々の診療の中で「これは何だろう」と立ち止まる習慣によっても,後天的に磨かれていく。

 Mondor病に特徴的な体表の索状物を写真論文で見た経験があれば,実際に遭遇したときに「あれだ」と稲妻のように診断がひらめくかもしれない。あるいは,回診中にウロバッグの異様な変色に気付き,その違和感を放置せず調べれば,紫色尿バッグ症候群にたどり着けるかもしれない。現象に出合う前にも後にも,面倒がらずに学び続けること――結局のところ,その積み重ねが「見える臨床医」と「見逃す臨床医」を分けている。日々の研鑽を怠れば,目の前の「宝の山」に気付くことなく,ただ通り過ぎてしまうことになるのだ。

 下畑享良先生の『神経症候学note』は,そうした地道な研鑽の集積によって生まれた一冊である。評者は下畑先生と直接の面識はないが,研修医教育のため年に一度岐阜大を訪れる度,その圧倒的なアウトプット量について耳にする。実際,SNSやブログの更新頻度は常人離れしている。さらに驚くべきは,その膨大なアウトプットがどれも高い質を保っていることである。インプットのすさまじさは,推して知るべし。もはや研鑽そのものを趣味として楽しんでおられるのではないか。

 『神経症候学note』では,脳神経内科領域にとどまらず,脳神経内科医が遭遇し得る多彩な現象が紹介されている。しかも,一つひとつの項目は数ページに簡潔にまとめられている。複雑な運動現象も,短い文章と模式図だけで,まるで動画のように伝わってくる。読んでいて「下畑先生のおはこ,あるいは教育回診のエッセンスを凝縮した作品なのだろう」と感じた。本書は恐らくは下畑流症候学の片鱗にすぎないが,抑制された構成だからこそ各記述に無駄がなく,洗練されている。歴史的挿話や細部の記述の端々から,現象に対する著者の深い愛情が伝わってくるのである。

 本書が並ぶのは,医学書店の脳神経内科コーナーだろう。ジェネラリストが手に取る機会は,それほど多くないはずである。しかし,専門でない評者にとっても,本書は極めて刺激的で,何より面白かった。瞳孔所見で大動脈弁閉鎖不全症を見つけられるなんて,聞いたこともない。こうして代わり映えのしない日常診療の合間に本書を読んでいると,自分も診療の中で「宝の山」を見落としているのではないかと,少し恐ろしくもなってくる。自身の観察力を測るバロメーターとして,これからも折に触れて読み返すつもりだ。

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本書の記述の正確性につきましては最善の努力を払っておりますが、この度弊社の責任におきまして、下記のような誤りがございました。お詫び申し上げますとともに訂正させていただきます。

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    2026.04.30