医療・ケア従事者のための
哲学・倫理学・死生学

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臨床では、常に「どうしたらよいか」を判断する場面に出合います。状況を適切に把握し、的確に実行に移す力が医療・ケア従事者に求められているのです。

自らの実践を振り返り、ケアする姿勢と専門的知識や個別状況を把握し整理するために。哲学と倫理学、そして死生学の新しい扉が開きます。

清水 哲郎
発行 2022年03月判型:B5頁:284
ISBN 978-4-260-04946-7
定価 2,860円 (本体2,600円+税)

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    2022.10.07

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はしがき

 臨床現場で働く方たち(医療・ケア従事者)は,医師であれ看護師であれ,医療・ケアを進めて行く際に,「どうしたらよいか」を次々と判断しながら動いておられます。適切に判断でき,その判断を的確に実行に移せることが,一人前の医療・ケア従事者であるための条件です。
 もちろん,「適切な判断」「的確な実行」といっても程度はさまざまです。最低限このくらいはできなければ,専門職として認められないといった程度から,経験を積み,研鑽を重ねて優れた判断力と実行力を備えた熟達した程度まで考えられます。
 本書は,これから臨床の専門職者となりたい方には,自分がそのためにどういう力を培わなければならないかについて,基本的なことを整理して学ぶことを支援するものです(そのような大学等の課程で教科書・参考書として使えます)。また,すでに臨床で働いている方には,自らの実践の振り返り,自らのケアする姿勢と専門的知識や個別状況を把握するあり方の整理,およびそれらのブラッシュアップを支援できればと思って企画したものです。
 そこで本書は,臨床における「どうするか」の判断に注目し,その構造を理解し,自らのケアに向かう姿勢について省み,また,判断において使っている専門的知識,個別状況の把握を省みて,そうした知の実質を過不足なく評価できるようになることを目指しています。
 こうした知的に省みる営みは,単に知的な部分のブラッシュアップにとどまりません。医療にせよ介護にせよ,ケアする営みに必要な意志の働き,つまりケアする姿勢のブラッシュアップをもたらすとも考えています(本書のある部分は,このことを示すことに使われています)。
 本書の構成は,次のようになっています。
 まず,序「人間の行動と言語」では,医療・ケア活動に必要な力はケアする姿勢と状況を把握する知的力から成ることを確認した上で,知的に省みる際に私たちが共有し,使っている言語自体を振り返ります。
 第1部「事実と論理」では,個別状況の把握である個別の知から始め,適切に考えるための論理と,臨床における知の重要な要素である科学的知識のあり方がテーマとなります。
 第2部「市民の倫理/ケア従事者の倫理」では,人間社会にあるメンバーたち相互の結び付き方を倫理という面から理解した上で,医療・ケア活動に携わる際の倫理を社会における人間関係,中でもケアという持続的関係の要となることとして考えます。
 第3部「臨床の倫理」では,医療・ケア活動の倫理をさらに立ち入って考察し,人間にとっての最善について,治療等のケアを選択する意思決定プロセスについて,そして医療・ケア従事者が患者本人や家族とのコミュニケーションを通して共同で医療・ケアを進めていくあり方を考えます。
 最後に第4部「人間の生と死」では,人間にとって古来重要な関心事であった生と死について,語ることばに注目して理解を深め,死に臨む人の希望や死の理解を踏まえた上で,エンドオブライフ・ケアすなわち人生の最終段階におけるケアについて考えます。
 まとめてみると,未だ道半ばの感は拭えませんが,ここで皆様にお見せして,吟味していただかないと,人生が終わる前にかたちにする機を逃してしまうと思い直し,上梓することにした次第です。
 臨床に携わる皆様にとって,また,本書が扱うテーマに関心をお持ちの皆様にとって,一つでもお役に立つところがありましたら,幸いです。

 2022年3月
 著者

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序 人間の行動と言語
 第1章 医療・ケア活動のために必要な力
  1 人間の選択・行動の構造
   1)〈状況に向かう姿勢〉+〈状況把握〉⇒ 選択・行動
   2)臨床における行動の分析への適用
   3)医療・ケア活動の構造分析への適用
  2 状況把握 医療・ケアに必要な力①
  3 状況に向かう姿勢 医療・ケアに必要な力②
 第2章 言語と世界
  1 ことばの〈意味〉をどう理解するか
   1)言語ゲーム
   2)語の意味はその用法
  2 分類:類 ‒ 種関係
  3 言語の「語ることで働きかける」機能
   1)事実を記述する発話と行為を遂行する発話
   2)遂行的発話の2つの区別(オースティン)
   3)事実の記述のような形だが,遂行的なもの

第1部 事実と論理
 第3章 事実
  1 現在の直接明らかな事実
   1)言葉の使い方・会話の成立に注目するアプローチ
   2)現象として見る(それ以上の判断はしない)
   3)直接明らかな他者の思い
  2 現在の直接明らかではない事実の主張
   1)遠方にある/ものの陰にある事物についての言明
   2)小さ過ぎる事物についての言明
  3 時間的に離れた時点における事実の主張
   1)過去の事実についての言明
   2)未来の事実? についての言明
  4 可能性・必然性・偶然性
 第4章 論理
  1 〈言明〉の論理構造
   1)ある個体を指して何かを述べる言明
   2)普通名同士の関係を述べる言明
   3)言明の主語・述語,量と質
   4)1つの言明に基づく換質・換位による推理
  2 複数の〈言明〉の間の論理的関係
   1)1つまたは2つの言明から作られる言明の真偽
   2)p→qの逆・裏・対偶
   3)p→qと必要条件・十分条件
   4)2つの言明の組み合わせから第3の言明を結論する
  3 行動をもたらす論理
   1)実践的三段論法
   2)両刀論法(ジレンマ:dilemma)
   3)ジレンマと実践的三段論法
 第5章 科学的知識
  1 世界についての知識と科学的知識
   1)知識
   2)科学的知識
  2 科学的事実を見出す方法
   1)現象と帰納法
   2)観察された事実(現象)に基づいて,観察できない機序を推測する
   3)科学的探求において前提されていることのうち,もっとも基本的なものは確認されず,ただ信じられているのみかどうか

第2部 市民の倫理/医療・ケア従事者の倫理
 第6章 人間の行動と知・情・意
  1 情と選択・行動
   1)快・不快と情の働き
   2)情が人を選択・行動へ向けること
  2 理による情の陶冶⇒意志の成立へ
   1)感情の陶冶のプロセス
   2)ケアする姿勢の発現と成長
   3)意志の成立
 第7章 社会的要請としての倫理
  1 倫理とは何か
   1)倫理を定義する
   2)倫理とその周辺
  2 倫理原則だけでは〈倫理的に適切な行動〉は決まらない
  3 倫理的に適切な選択・行動の成り立ち
 第8章 倫理の成り立ちと広がり
  1 倫理の構造と起源:〈皆一緒〉と〈人それぞれ〉
  2 個人間の対応における姿勢は,人間関係の遠近に相対的
  3 倫理は社会のあり方にも反映する〈社会倫理〉
  4 医療・ケアに従事する者への社会的要請
   1)日本における国による医療・ケア事業
   2)医療におけるさまざまな社会的要請(倫理)のあり方
 第9章 医療・ケア従事者の倫理
  1 3倫理原則論:〈皆一緒〉と〈人それぞれ〉のブレンド
  2 倫理原則をめぐるさまざまな立場
   1)ビーチャム & チルドレスの4原則論
   2)フライ & ジョンストン:4+2原則とケアリングの並存
   3)倫理原則の性格:行為志向か姿勢志向か
  3 倫理原則各論
   1)人間尊重と自律尊重
   2)与益原則
   3)社会的適切さ原則
  4 倫理的に適切な医療・ケアの選択・行動の構造
   1)倫理的姿勢と医療・ケアの選択・行動
   2)倫理原則と倫理的姿勢
 第10章 ケアと徳の倫理
  1 ケアする姿勢──医療者(看護職者)の倫理の起源
   1)ケアとは
   2)ケアの倫理の起源
  2 〈ケア〉ということ
  3 〈徳〉の倫理
   1)〈徳〉とは
   2)徳の倫理
  4 優れた医療・ケア従事者の卓越性の核心にあるケアする姿勢
   1)優れた医療・ケア従事者
   2)ケア・スピリット

第3部 臨床の倫理
 第11章 最善を目指すということ
  1 〈いのち〉の2つの層──生物学的生命と物語られるいのち
  2 クオリティ・オブ・ライフ=QOL
   1)QOLとは何か
   2)医療の目標と身体環境
  3 益と害のアセスメント/相応性原則
 第12章 意思決定プロセス
  1 インフォームド・コンセントと説明 ‒ 同意モデル
  2 情報共有 ‒ 合意モデル
   1)決定の分担論から共同決定論へ
   2)情報共有 ‒ 合意モデルが伴うもの
  3 合意を目指す検討:意思決定支援のプロセス
   1)医学的妥当性の判断
   2)本人の人生と価値観⇒個別の意向
   3)本人の人生・価値観による最善と医学的妥当性の間
 第13章 臨床の倫理的事例検討
  1 ジレンマの把握をベースにした検討
   1)倫理的ジレンマに対する対処の基本(ジレンマ構成法)
   2)ジレンマのさまざまなタイプ
   3)ジレンマが解消しない場合
  2 臨床倫理検討シートを使った検討
   1)事例提示シート
   2)益と害のアセスメントシート
   3)カンファレンスにおける検討とカンファレンス用ワークシート
   4)モデル事例の検討

第4部 人間の生と死
 第14章 死生の文法と文化
  1 〈死〉の理解
   1)日本語における死の語り方
   2)身体の死と人の死の二重の把握
  2 死とはどういうことか:死者の世界の成立
   1)〈別世界移住〉の思想
   2)死の説明の諸系譜とその並存
 第15章 死に向かって生きる人間
  1 死に向かう心
   1)死に直面する者の〈希望〉
   2)死を受容するということ
  2 人生の終りに向かう意思決定・心積りとその支援
   1)厚生労働省ガイドライン2018改訂版が示す意思決定プロセス
   2)さまざまな意思決定支援
   3)ACPの成果物
 第16章 エンドオブライフ・ケア
  1 〈エンドオブライフ・ケア〉とは
   1)ターミナル・ケアからエンドオブライフ・ケアへ
   2)生と死の並存とEOLCが目指すこと
  2 死に至るまでできる限り良く生きるために
   1)人生のために生命を支える
   2)人生にとって最善の選択肢が縮命を伴う時
  3 死に至るまで尊厳を保つために
   1)尊厳と尊厳ある死
   2)スピリチュアル・ケア:尊厳を保つことを目指して

column
 「ある/ない」と「いる/いない」
 具象名詞・形容詞 ‒ 抽象名詞
 未来の事実についての言明は,真か偽か,現在すでに決まっているでしょうか
 倫理が成立するために必要な力がホモ・サピエンスにはある
 感染拡大防止のための「自粛」の倫理
 正義の倫理/ケアの倫理
 〈向き合う〉ケア ‒ 〈同じ方向に向かう〉ケアのために
 泣血哀慟歌
 死生学とは
 愛という名の支配

あとがき
索引

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臨床の「どうするか」にこだわり,考える道筋を示す
書評者:石垣 靖子(北海道医療大名誉教授)

 1986年4月,医療現場と哲学・倫理学者(ことばの専門家)とのコラボレーションの扉が開かれた。当時私が看護部長を務めていた東札幌病院で開催されていた「倫理セミナー」に,清水哲郎先生に講師として参画いたたいだことがそのきっかけとなった。実は先生は患者の家族として病院を訪れていたのだが,ほどなく哲学の専門家として医療現場の扉をノックしてくださったのだ。

 それから30数年,哲学者は医療の現場に深くかかわり,そこで繰り広げられる一つひとつの事象に対して,医療・ケアスタッフに誠実に付き合い,臨床に携わる者のことばのあいまいさにも根気よく寄り添い,共に歩みながら新しい臨床の倫理を築き上げてきた。

 人と人とのかかわりの中で成り立つ臨床は,ことばのやりとりで進められる。時には同じことばを使っても異なる方向になってしまうもどかしさに悩むこともしばしばあった。そんなとき,ことばの専門家は,「“あなたたちがしようとしていることはこういうことですね”,“あなたたちが問題としていることを分析し,整理するとこういうことになりますが,これでいいですか”」1)と対話を繰り返しながら実現したい姿を映し出してくれる。

 本書では,このような臨床でのやり取りを続けながら,日本各地の医療・ケアスタッフが取り組んできた臨床倫理セミナーで積み重ねてきた成果が丁寧に解きほぐされている。

 本書は4部16章から成っており,著者が「はしがき」で「臨床における『どうするか』の判断に注目し,その構造を理解し,自らのケアに向かう姿勢について省み,また,判断において使っている専門的知識,個別状況の把握を省みて,そうした知の実質を過不足なく評価できるようになることを目指しています」と述べているが,これは著者の一貫した姿勢であり,最初から変わることはなかった。

 「はしがき」は続けて,本書の内容を最初から順に概説しているが,それは読者をして哲学と倫理の旅に誘ってくれる。医療・ケアに携わる者が,意識せずに行っている日常の医療・ケア実践について,立ち止まり,その意味を振り返り,省みることによって,さらなる知を得ることができることを示唆している。

 著者はかつて,「医療者が患者に向かう際の視点に立って現場を把握し,“医療とは何か”,“医療の専門家は患者にどのように向かうべきか”といったことを根本的に考えることは,医療実践の専門家にとっては当然のことながら,医療について考えようとする者すべてにとっても少なくとも一旦はすべきことであろう」2)と,医療現場における考えること(哲学)の重要性を述べている。本書は全ての臨床に携わる者にとって,それぞれの日常をあらためて俯瞰し,省みながらも,そこに新たな光を見いだしていく道筋を示してくれるはずだ。

 この30数年間,著者は常に医療者と医療現場に敬意を払いつつ,患者・家族の最善をめざして医療チームの「どうするか」について建設的な話し合いができるようにさまざまな形で具体的な支援を続けてきた。

 著者がこれまでに成してきた数々の取り組みの価値はことばに代えがたいものがある。心からの感謝と敬意を表すとともに,医療・ケアに携わる全ての人に一読を薦めたい。

●引用文献
1)清水哲郎.医療現場に臨む哲学.勁草書房;1997.p4.
2)清水哲郎.医療現場に臨む哲学.勁草書房;1997.piii(はしがき).

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本書の記述の正確性につきましては最善の努力を払っておりますが、この度弊社の責任におきまして、下記のような誤りがございました。お詫び申し上げますとともに訂正させていただきます。

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    2022.10.07