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作業で紡ぐ上肢機能アプローチ
作業療法における行動変容を導く機能練習の考えかた

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「作業に焦点を当てた上肢機能アプローチ」を行う必要性が謳われている昨今、本書は数多ある脳卒中後の上肢機能アプローチの手法を幅広く紹介するとともに、各々のアプローチに対するevidence based practice(EBP)についてまとめている。また、これらのアプローチの実際という観点から、EBPに根ざした多様な事例報告を収載。エビデンスに基づいた「対象者中心の作業療法」を実現するための1冊。

編集 竹林 崇
編集協力 上江洲 聖 / 齋藤 佑樹 / 澤田 辰徳 / 友利 幸之介
発行 2021年09月判型:B5頁:216
ISBN 978-4-260-04640-4
定価 4,400円 (本体4,000円+税)

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  • 序文
  • 目次
  • 書評

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 脳卒中後の上肢機能アプローチに関わる作業療法士には,2つ大きな信念対立が存在していると私は常々考えていた.それは「機能と作業,どちらに焦点を当てアプローチを行うべきか」,そして「効果のエビデンスが十分,あるいは不十分なアプローチのどちらを用いるべきか」という対立である.

 これまで「機能に焦点を当てた練習」と「作業に焦点を当てた練習」は対極的な扱いをされており,各々に正義を感じる療法士同士の間で,強固な信念対立が生じていた.ある時代では,作業を大切にする療法士が「機能障害に対するアプローチは,作業療法士の仕事ではない」と発信し,一方,機能を大切にする療法士は「即時効果が作れない者は療法士ではない」と発信する,といったように,一部の療法士から両極端な主張がなされていた.

 しかし,2018年に作業療法の定義が,「作業療法は,人々の健康と幸福を促進するために,医療,保健,福祉,教育,職業などの領域で行われる,作業に焦点を当てた治療,指導,援助である.作業とは,対象となる人々にとって目的や価値を持つ生活行為を指す」と改定されてからは,作業療法領域において作業に焦点を当てる機運が高まってきた.

 この時世の影響を受けて,臨床現場の多くの作業療法士の間で,対象者の「手が動くようになってほしい」「仕事や生活で,手が使えれば便利なのに」といったリアルな主張に呼応すべく,機能および作業の双方にバランスのよいアプローチである「作業に焦点を当てた上肢機能アプローチ」を提供する必要性が謳われ始めている.

 加えて,冒頭で述べた2つの信念対立は長年,水面下で燻っており,互いを認めず,なかには一方を全否定するような研究者や臨床家も存在した.近年は,それぞれのアプローチを先導する立場の医師や療法士が歩み寄り,対立は沈静化しているが,臨床現場の一部ではいまだに対立が残っているようでもある.

 本書では,この2つの信念対立を緩和し,対象者の作業を成就させるために,作業療法で用いられている様々なアプローチやアウトカム,そして,それらを用いた作業に焦点を当てた上肢機能アプローチの事例報告について,それぞれのアプローチの先駆者に執筆していただいた.各アプローチについて,機能,作業といった垣根を越えて,各々の効果に対するエビデンスを過剰になることなく真摯に捉えたうえで,臨床での活かしかたに総力を注いだ実際がまとめられている.これらが読者である未来を支える作業療法士の皆様の世界観を変え,さらなるイノベーションを起こすことにつながれば幸いである.

 2021年7月
 竹林 崇

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略語一覧

1.作業療法におけるエビデンスと上肢機能に対するEBP
 作業療法における麻痺手に対する機能的なアプローチ
 作業におけるエビデンスとは
 上肢機能アプローチにおけるエビデンス
 evidence-based practice(EBP)
 対象者中心のコミュニケーション
 意思決定場面での齟齬とその対応
 上肢機能アプローチにおける目標設定――ADOC-H
 脳卒中後の麻痺手の予後予測

2.作業を用いた上肢機能アプローチ
 課題指向型アプローチの理論
 課題指向型アプローチのメカニズム
 課題指向型アプローチのエビデンス
 ShapingとTask practice
 課題指向型アプローチにおける課題設定と難易度調整
 課題指向型アプローチにおけるインタラクション
 練習環境や課題運営による影響
 麻痺手に対する行動心理学的戦略(Transfer package)
 Transfer packageにおける行動契約
 Transfer packageにおいて麻痺手のセルフモニタリングを向上させるには
 Transfer packageにおける問題解決技法の指導
 複合的アプローチの現在

3.上肢機能に対するアウトカム
 Brunnstrom Recovery Stages(BRS)
 Fugl-Meyer Assessmentの上肢運動項目
 短縮版Fugl-Meyer Assessmentの上肢運動項目
 簡易上肢機能検査(STEF)
 Action Research Arm Test(ARAT)
 Wolf Motor Function Test(WMFT)
 Box and Block Test(BBT)
 TEMPA
 Motor Activity Log(MAL)
 Stroke Impact Scale(SIS)
 運動とプロセス技能の評価(AMPS)
 カナダ作業遂行測定(COPM)
 活動量計
 目標達成スケーリング(GAS)

4.代表的な上肢機能アプローチ
 ボバースコンセプト
 活動分析アプローチ
 Proprioceptive Neuromuscular Facilitation(PNF)
 認知神経リハビリテーション
 促通反復療法
 Graded Repetitive Arm Supplementary Program(GRASP)
 電気刺激療法
 ボツリヌス療法
 スプリント療法
 Hybrid Assistive Neuromuscular Dynamic Stimulation therapy(HANDS療法)
 ロボット療法
 ミラーセラピー
 メンタルプラクティス
 経頭蓋直流電気刺激(tDCS)/反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)

5.EBPに焦点を当てた事例報告のまとめかた
 ボバースコンセプト ボバースコンセプトに則った上肢機能アプローチ
 活動分析アプローチ 知覚-探索活動を通して更衣動作への汎化を認めた1例
 proprioceptive neuromuscular facilitaition(PNF) 脳卒中患者の洗濯動作獲得に向けたアプローチ
 認知神経リハビリテーション 運動イメージに着目した介入により麻痺手の身体意識と日常生活での使用に改善がみられた片麻痺症例
 促通反復療法 重度上肢麻痺の回復過程に応じた促通反復療法により使用頻度が向上した事例
 CI療法 ①急性期CI療法 急性期からの修正CI療法により復職と家庭菜園の再開を実現した事例
 CI療法 ②回復期CI療法 麻痺手の機能と大切な作業をつなぐ回復期作業療法の実践
 CI療法 ③生活期CI療法 生活期(訪問リハビリテーションにおける)home based Constraint-induced movement therapy
 CI療法 ④病棟実施型のCI療法 急性期脳梗塞に対しCI療法に取り組み上肢機能・ADLともに改善した1例
 CI療法 ⑤家族実施型のCI療法 家族実施型のCI療法によりADL・上肢機能に改善を認めた1例
 CI療法 ⑥CI療法連携表による施設間のシームレスなアプローチ CI療法連携表の運用で急性期病院と同じコンセプトで実践した事例
 Graded Repetitive Arm Supplementary Program(GRASP) 復職および生きがいである社交ダンスを再開した脳卒中片麻痺者の事例
 電気刺激療法 電気刺激療法を併用した上肢機能アプローチ
 ボツリヌス療法 ボツリヌス毒素投与後にCI療法を実施した生活期脳卒中事例
 スプリント療法 脳卒中後回復期にカペナースプリント改良型を使用して麻痺手の実生活における使用を促した1例
 Hybrid Assistive Neuromuscular Dynamic Stimulation therapy(HANDS療法) 回復期リハビリテーション病棟にてHANDS療法を実施した1症例
 ロボット療法 重度の上肢麻痺に対してHand of Hopeを含む複合的アプローチを実施し,生活での麻痺手の使用が可能となった1例
 ミラーセラピー ミラーセラピーを中心とした介入によって生活場面における麻痺手の使用を目指した回復期脳卒中症例
 経頭蓋直流電気刺激(tDCS)/反復経頭蓋磁気刺激(rTMS) rTMSと作業療法の併用療法後に長期的に上肢麻痺・生活での使用頻度に変化がみられた1例
 複合的アプローチ① 回復期での早期からの複合的アプローチにより麻痺手の機能と使用行動の改善が得られた症例
 複合的アプローチ② 多角的な上肢機能アプローチに加え,手指装具装着下で麻痺手の生活使用を促した実践
 複合的アプローチ③ 予後不良と予測された脳卒中後重度上肢運動麻痺に対し,エビデンスを基盤とした複合的アプローチを行った1事例

あとがき
索引

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作業療法の「質と量」が見える化された良書
書評者:中村 春基(一般社団法人日本作業療法士協会会長)

 竹林崇氏らによる『作業で紡ぐ上肢機能アプローチ―作業療法における行動変容を導く機能練習の考えかた』が上梓された。竹林氏や本書編集協力の澤田辰徳氏とは,某紙の対談において作業療法(OT)の「質と量」について議論したが,本書はまさにそれに応える内容であり,臨床家,教育者,学生に多くの示唆を与えてくれると確信している。また,OTの歴史的課題について,「機能に焦点をあてた練習」と「作業に焦点を当てた練習」の二つの信念対立の構造から,利用者中心のEBPに基づく複合的なアプローチを紹介している。

 以下に各章の内容を紹介するが,あらためて,学ぶことの楽しさやその必要性を強く再認識させてくれる良書である。

 「1.作業療法におけるエビデンスと上肢機能に対するEBP」では,基本的なevidence-based practice(EBP)について解説し,また上肢機能アプローチを網羅的に整理している。加えて,対象者中心のコミュニケーション,shared decision making model(SDM),予後予測などについて論述している。「エビデンスの圧政」についての記述はまさしくその通りと思う。

 「2.作業を用いた上肢機能アプローチ」では,Constraint-induced movement therapy(CI療法)について論述している。本書の根幹となるパートで,課題指向型アプローチの理論,メカニズムとEBP,ShapingとTask practice,課題設定と難易度調整,インタラクション,練習環境や課題運営による影響,行動心理学的戦略(Transfer package)および行動契約,モニタリング,複合的アプローチの現在といったことがまとめられている。

 「3.上肢機能に対するアウトカム」では,ゴールドスタンダードと呼ばれるアウトカムが紹介されている。それぞれの臨床において,項目を見直す際の参考となる。

 「4.代表的な上肢機能アプローチ」では,ボバースコンセプト,活動分析アプローチ,認知神経リハビリテーション,促通反復療法などわが国で行われている一般的なアプローチを解説している。竹林氏が述べるように,臨床ではさまざまなアプローチが行われているが,それらを理解し,患者のニーズに合わせた複合的アプローチを行うことが今後の主流となると思われる。

 「5.EBPに焦点を当てた事例報告のまとめかた」では,4章で紹介したおのおののアプローチについて事例が紹介されている。1章から4章までの振り返り,知識の確認と整理という位置づけで,読み込むことでさらに理解が深まる章である。

 本書は一貫して「臨床的視点」「世界の標準」の二軸で編さんされ,それがEBPという切り口でまとめられていることにより,まるで物語を読むように読者を魅了するはずである。また,冒頭にも述べたが,OTの「質と量」が見える化されており,多くの臨床家の悩みに対し光明を見出してくれることと思う。さらには,本文の記述に加え各項目の末尾に紹介されている文献も世界のゴールドスタンダードであり,それらを糸口に研さんを積むとよいのではないだろうか。

 最後に,本書が多くの臨床家,教育者,学生の傍らに置かれ活用されることを願っている。