第2655号 2005年10月24日


古(いにしえ)の身体技法をヒントに新しい介護技術を提案する

古武術介護入門
kobujutsukaigo-nyumon

【第5回】
重心移動の原理

岡田 慎一郎(介護福祉士・介護支援専門員)


前回よりつづく

 前回は「手のひら返し」によって,遊びなく効率的に力を伝える仕組み(構造)を身体につくり,それを上体起こしに活用しました。うまくいった方もおられれば,今ひとつ効果を実感できなかった方もおられるでしょう。上体起こしには,今回ご紹介する重心移動を活用することも有効です。前回うまくいかなかった方も,重心移動を併用することで,コツをつかむことができるかもしれません。

捨て身技に学ぶ重心移動

 重心移動と一口に言っても,いろいろな方法があります。まずはその効果を実感するために,「捨て身技を応用した上体起こし」を体感してみましょう。

 最初にお断りしておきますが,この技術は,実際の現場で使用するものではなく,身体の使い方を感じ,学ぶためのものです。「患者さんをまたぐなんてとんでもない!」と考えずに,身体を使った遊びとして,気軽に取り組んでいただければと思います(図1)。

図1 捨て身技を応用した上体起こし
(1)相手の首の後に手の甲から腕を入れ,手首から先を戻し,手の平で肩を抱く。もう片方の手も同じ要領で相手の肩を抱く(写真上,詳細は前回参照)。
(2)相手をまたぎ,腰の辺りに足を置く。
(3)頭を相手の肩につくくらいに近づけて(写真中),自分と相手との距離が変わらないようにしながら,自分が倒れると,相手の上体が起きてくる(写真下)。

 一見すると,何も難しいことはありませんし,自分が倒れたことによりチカラが生まれ,相手が起き上がる仕組みも単純明快だと思います。これは,武術で言うところの「捨て身技」の応用です。馴染みがあるところですと,柔道の「巴投げ」が捨て身技にあたります。また,力の使い方としては,滑車を使って物を持ち上げる時に,自分の体重をかけるのと同じです(図2)。

図2 捨て身技とは?
柔道の巴投げや,滑車で体重をかけて物を持ち上げる時,腕の筋力はほとんど使いません。これらはすべて自分の体重を有効活用しているのです。(岡田)

筋力を信じていると出せない 「チカラ」がある

 この技術,写真をみると誰でもできそうですが,案外,初めてやる方はうまくいかないことが多いのです。

 講習会に来られた方では,後ろに倒れようとした時に腕の力で相手を引きつけようとして失敗するケースがとても多く見られます。「相手を起こそう」という意識が強いと,どうしても腕に力が入り,重心のスムーズな移動にブレーキをかけてしまうのです。

 腕は相手の身体をフックして,固定するだけ。後は自分が後ろに倒れることができれば,自分の体重がそのまま相手を起こす力につながります。筋力以外の「チカラ」をもっと信頼してあげましょう。

安定すると出ないチカラ, 不安定だと出るチカラ

 腕に力が入ると,重心移動がうまくいかなくなるのはなぜでしょう?

 腕に力を入れる時,私たちは身体を安定させようとします。足腰を固定させて,そこを支点にして踏ん張ろうとするのが「筋力のチカラ」の常識です。

 ところが,捨て身技の応用である「重心移動のチカラ」は安定した状態では発揮できません。あえて,安定した状態を捨て,積極的に不安定な状態になることによって初めて,自分の体重を利用した大きなチカラを産み出すことができるのです。

 よく考えてみるとこれは不思議な話ではありません。例えば,転倒によって骨折などの大きな怪我をしてしまうことがありますが,これは「転ぶ=急激な重心移動」によって産まれた大きなエネルギーによるものといえます。不意に転ぶのは不利益にしかなりませんが,計画的に,上手に「転ぶ=不安定になる」ことによって,大きなチカラを産み出し,利用することができるということです。

 車を運転している時,下り坂ではアクセルを踏まずにクラッチを切り,ハンドル操作だけで進むことができます。身体でも,「不安定を使いこなす」ことで大きなチカラを出すことができるのです。実際,講習会ではごく普通の主婦の方が自分の倍近くもある男性をラクラク起こす光景も珍しいものではありません。

現場で使える「上体起こし」 (床上バージョン)

 さて,第3回の「揺らしとシンクロ」,第4回の「構造のチカラ」,そして今回ご紹介した「重心移動の原理」という3つの原理を,ここで上体起こしにフル活用してみましょう。現場でも活用可能な床上での上体起こしの技術です。

(1)相手の肩の下に膝を入れ,「手のひら返し」を使って両手で相手の肩を抱く(第4回参照)。
(2)額を相手の肩につくくらいまで近づけ,前後に揺らしをかけて相手とシンクロ(同調)する(第3回参照)。
(3)相手が自分のほうに来た時に後方に倒れこむ。相手が浮き上がってきたら,さらに横へ重心移動を変化させ(図3),上体を起きあがらせる。

図3 重心移動の方向を変化させる
捨て身技を応用した上体起こしとの大きな違いは,重心移動のコントロールです。患者さんの自然な起き上がりに沿うように,こちらの重心移動をコントロールできればベストです。(岡田)

 この方法は「揺らし」によって,相手の身体を(重心移動によってコントロールしやすい)不安定な状態に導き,(3)の重心移動へとつなげています。また,重心移動の力が効率よく伝わるよう,「手のひら返し」で身体から遊びをとっています。

 捨て身技の応用とは違い,相手をまたぐことはせず,倒れる方向を途中から変化させることによって,相手の起きあがり動作をコントロールしています。

 この技術を講習会で紹介した時,参加していた看護師の方から,この方法は患者さんに負担をかけるのではないか,という指摘がありました。

 上体起こし介護の原則の1つに,「人間の自然な起きあがり動作に合わせる」というものがあります。人間は仰臥位から起きあがる時にまっすぐ身体を起こすのではなく,左右どちらかにいったん上半身を倒し,頭が半円を描くように起き上がるのであり,介助する場合もその動作を再現させる形で行うべきである,というものです。上記のご指摘は,この方法では「患者さんの自然な上体起こし動作」を再現することができないのではないか,というものでした。

 しかし「古武術介護」は,こうした従来の介護の原則と相容れないものではない,と私は考えています。第2回でご説明したように,パソコンで例えるなら古武術介護は「OS」です。「重心移動を利用した上体起こし」でも,倒れる方向を上手にコントロールすることによって,「人間の自然な起きあがり動作」を再現させることが可能ですし,それができれば,患者さんにとってより負荷の少ない優れた介護技術になると思います。

 いずれにしても,古武術介護には「これが正解」といった固定的な方法はありません。皆さんが現在行っている技術や原則に照らして,使えそうかなと思う原理を取り入れ,自分にあった介護技術を作るきっかけにしてもらえたらと思います。

 なお,紙面の都合上,現場でもっとも重要なベッド上での上体起こしを紹介できませんでしたが,これらの原理はもちろんベッド上でも応用可能です。具体的な方法については,この先の連載中に紹介できればと思います。

 次回は,「バランスの活用」を使って,現場での困難を解決するヒントを提案していきたいと思います。

イラスト:海谷 和秀

次回につづく


参考図書・映像資料
 DVD『甲野善紀 武術との共振』
 武術家・甲野善紀氏が研究する身体操法の格闘技,スポーツ,介護への応用を解説。介護への応用の章に岡田氏が出演。60分,5,980円(税5%込)。 ◆問合せ・販売
 URL:http://www.ningenkougaku.jp
 (書店でもお求めいただけます)

岡田慎一郎氏講習会情報
 朝日カルチャーセンター「古武術に学ぶ介護術」

湘南教室(tel:0466-24-2255)
 11月5日(土)13:00-15:00
 11月12日(土)15:30-17:30
 各1回 会員2,620円/一般3,150円
新宿教室(tel:03-3344-1945)
 12月24日(土)15:30-17:30
 各1回 会員2,940円/一般3,460円
神戸教室(tel:078-321-5222)
 11月19日(土)(1)13:00-15:00,(2)15:30-17:30
 各1回 会員3,150円/一般3,780円

NPOそらとびねこ「古武術バージョン介護技術セミナー」
 12月25日(日)13:30-16:30
 各1回 3,000円(定員30名)
 会場 永福和泉地域区民センター(杉並区)
 申込・問合せ NPOそらとびねこ
 Fax. 03-5374-5227


岡田慎一郎氏プロフィール
介護福祉士,介護支援専門員。古武術の身体操法を応用した介護術を研究。岡田慎一郎氏への質問・講演依頼等は岡田慎一郎氏公式サイト(http://shinichiro-okada.com/)まで。
 

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古の身体技法をヒントに新しい身体介助法を提案する
岡田慎一郎

・判型B5 頁128 定価 3,150円(本体3,000円+税5%)
[ISBN4-260-00295-3]


目次

(「sample」をクリックすると動画の一部がご覧になれます)


推薦の序(甲野善紀)
第1章 古武術介護の考え方
第2章 古武術介護の6つの原理13
第3章 現場で使える古武術介護
sample:ベッド上での上体起こし~端座位まで
第4章 Q&A 古武術介護でできること,できないこと
第5章 現在は常に通過点
 


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【関連情報】
●岡田慎一郎氏の最新刊 『DVD+BOOK 古武術介護実践編』 (動画配信中!)
●岡田慎一郎氏が最新技術を紹介する「こんな方法もあるかもしれない――介護発,武術経由の身体論」は,『看護学雑誌』で2008年1月号(Vol.72 No.1)より2010年3月号(Vol.74 No.3)まで連載。電子ジャーナル「MedicalFinder」からも検索・閲覧・購入できます。
●岡田慎一郎氏の公式サイトは こちら です。