より明確に公共化されていく岡田慎一郎さんの身体技法 (雑誌『看護学雑誌』より)
書評者:河本 英夫(東洋大学文学部哲学科教授)
◆何度も見ることで身体が変わる
本書は、介護の身体技法に新たな局面を開き続けている岡田慎一郎さんの実演DVD付き最新版である。『古武術介護入門』(医学書院、2006年)に続く、姉妹編に相当する。岡田さんの身体技法については、前著をはじめとした書籍・雑誌等を通じて、写真や絵ですでに紹介されているが、静止画だとどうしても動きの感じがつかめない。また岡田さんの技法そのものは、名人芸に近いすばらしいものだが、はじめてこの技法に接する人たちにとっては、相当距離があり、すぐに真似のできるようなものではないということが問題だった。写真を見て、解説を読み、外形だけを真似ようとすると、我流でやっていたとき以上に介護が下手になり、混乱が増幅することもある。
本書では、こうした問題を踏まえて、多くの工夫がなされている。付属のDVDでは繰り返し、岡田さんの技法を見ることができる。また、岡田さんの身体動作だけではなく、より初級者に近い介護士の実践訓練場面も、合わせて収録されている。二人の身体動作の違いを見ることで、自分なりに工夫しなければいけない箇所が見えてくる。何度も見ることができるのが動画のよいところである。
自分の技能が向上してくると、それまで見えていなかった岡田さんの身体技法のポイントが見えるようになってくる。見るたびに少しずつそれまでと違ったものが見えてくるようになれば、実は技法への理解は深まっている。これを繰り返すことで少しずつ、真似のできる段階に近づいていくことができる。つまりこのDVDは一度見て、解釈や理解をしてそれでお終いになるようには作られていない。それを考えると、本書の値段はかなり安い。
◆自己発見をともなう身体技法
岡田さんの開発した介護身体技法は、ある意味、革命的な展開である。だが、なにか神業のような超人的技術が実行されるわけでもなく、ひとたび身につければすべての難題があっという間に解決する秘術のようなものでもない。精確には、そうした“秘法”とは正反対の位置にあるのが岡田さんの身体技法である。
誰であれ、つねに一段階上の介護を目指して工夫し続けることができるような身体技法であり、気が付いたときには、被介護者の身体を感じ取り、自分自身の身体を発見できるような、自己発見をともなう身体技法でもある。
被介護者の身体条件は千差万別であり、介護技術というのは一つコツをつかめばそれでこと足りる、というものではない。それぞれの状況に合わせて、個別に工夫し続けなければならない。その工夫のための基本的な手掛かりをあたえてくれるのが本書なのである。脳性まひや片まひ、ALSの人たちへの実践的応用例も収録されており、多様な臨床例への対応も配慮されている。
◆知的好奇心を喚起する介護技術
本書では、最初に五つの基本の型が収録されている。すべての基本は、相手の身体を動かす際に自分の身体の重心移動を使い、無理に腕の力を使わないことである。自分の重心移動を介護の現場で活用するためには、さまざまな身体技法がある。
たとえば横たわっている人の上体を起こす身体動作が紹介されている。この際に手の甲を上にして(掌を下にして)被介護者の下に腕を入れる。この腕の状態が型に相当する。この状態で、自分の身体を被介護者の足の方へ倒れかかるようにすると、おのずと被介護者の上体が起き上がる。この腕のつくりは、実は相撲の基本的な動作(かいなを返す)の一つでもある。本書のなかで型として提示されているものは、介護のテクニックだけではなく、身体の作りの本質を含んでいるので、類似した経験を見出すことができれば、他の運動、あるいは仕事の動作のなかに、人間身体の本質を発見することもできる。こうしたある種の知的好奇心を喚起してくれるのも、本書の楽しみの一つである。
第一章を私なりに読み解くと、身体活用の大まかな要点として、五つの事柄が取り上げられている。
第一に、肩甲骨に自由度を回復させることである。腕を上げるとき、肩や二の腕の動きを感じ取ることはできる。このとき肩甲骨周辺の筋肉も活用しているはずだが、それを感じ取ることは普通の人はまずできない。岡田さんは実はこれができるのである。肩甲骨周辺が動けば、自分の身体を2倍にも、3倍にも広く使うことができる。
第二に、身体を丸く屈めるように使うことである。これは重さや圧力を分散させて、身体全体で受け止めるための技法である。
第三に、被介護者と身体を密着させて自分の身体を活用することである。これは少し難しい。被介護者と自分の身体を密着させて一つの系とし、自分の身体の重心移動を行うことで、一つの系の重心をずらし、被介護者がおのずと動くようにする技法である。
第四に、足を踏ん張らないことである。足首、膝、股関節に自由度が残るようにして、自分の下半身を多変数マトリクスにするための技法である。
第五に、自分自身の身体を倒れ込むようにして、身体全体の重心移動を活用することである。
こうしてみると、前著に比べて岡田さんの技法が、少しずつだが明確に言語化され、公共化されてきていることがわかる。
(『看護学雑誌』2009年12月号掲載)