第2639号 2005年6月27日


古(いにしえ)の身体技法をヒントに新しい介護技術を提案する

古武術介護入門
kobujutsukaigo-nyumon

【第1回】
古武術が拓く介護の可能性

岡田 慎一郎(介護福祉士・介護支援専門員)


 皆さんはじめまして。私は10年ほどの現場経験を持つ介護士です。武術家の甲野善紀先生(後述)との出会いから,身体に負担のかからない介護方法の研究に取り組んでいます。「古武術介護」というと「それはいったい何だ・」という方も多いと思いますが,あまり構えずに,本連載でご紹介する方法を一緒に発展させていければと思っています。よろしくお願い致します。

「基本」はすべて正しい!?

 「介護は身体を壊す」「介護は身体の痛みに耐えながらすること」

 これらのフレーズに共感する方は多いと思います。ある調査では,介護者の7割以上が身体に痛みを感じているとありました。では,介護は具体的に,どのように大変なのでしょうか? 例をあげてみましょう。図1は「基本」の立ち上がり介護です。

図1 「基本」の立ち上がり介護
(1)要介護者の両手を介護者の首に回してもらい,介護者は腰のあたりをしっかり持つ(左)。
(2)要介護者を前かがみに誘導しつつ,立ち上がりのタイミングをとる。
(3)要介護者の動きに合わせ,上方向に引き上げてゆく(右)。

 表現はさておき,写真を見ていただければ,一般に多く行われている方法だと思います。しかし,現場ではこの「基本」がすべて通用するわけではありません。体重差があったり,1日にたくさんの方を介護しなければならない場合,この方法だけでは腰にかなりの負担がたまってきます。そのことは同じく「現場」を持つ,読者の皆さんにはご理解いただけると思います。

「発想の転換」が身体を救う

 では,どうすればよいのか? 私自身の経験をご紹介しましょう。実は私は,紆余曲折あって介護の専門学校を3か月程度で中退し,何も知らないまま現場に入りました。就職したのも新設の重症身体障害者の施設で,ほとんど「基本」を知らないまま,介護に取り組まなければならなかったのです。しかし不思議なことに,しばらくするとしっかりと基本を学んだはずの同期が次々に身体を壊しはじめる中,私だけが無傷,という状況になりました。

 私は,はじめこそ教わったとおりにしていたのですが,上述の「基本」が身体の小さい私(57kg)にとってきつかったので,たまたま習っていたグローブ空手(グローブをつけて行う空手。キックボクシングのようなもの)のクリンチの技術を応用するようになりました。「クリンチ」とは打ち合いの中,相手に組み付き,態勢を入れ替える技術です(図2)。私はとても弱く,打たれるとすぐに組み付いて休んでいたので,身体が困ると反射的に介護の場面でもその技術が出てしまったのです(苦笑)。

 しかし,やってみるとこれはとても楽な方法でした(図3)。また,介護されている方もあまり負担を感じないとおっしゃってくれました。これは面白いと,それから私は,格闘技のエッセンスを積極的に介護へ活かすようになったのです。

図3 「クリンチ」を応用した立ち上がり介護
 要介護者の脇に身体を入れ,左手は膝の下に,右手は腰にそれぞれ添え(左),抱え上げる(右)。筋肉・腰への負担はほとんど生じない。「この方法には,本連載の中で紹介するさまざまな要素が組み合わされています。見た目だけで真似をしようとするとうまくいかないかもしれません」(岡田)

 このように書くと,「基本」が間違っているかのような印象を与えるかもしれませんが,「基本」に罪はありません。何も方法を知らない初心者にとって「基本」は重要なきっかけになります。しかし,施設の勤務状況や要介護者の状況など,さまざまな現場の状況を無視して「基本」をやり通そうとすると身体を壊してしまいます。私は,そうしたさまざまな状況に対応するためには,基本を踏まえた上での「発想の転換」が必要だと考えています。「クリンチ」の応用はその一例に過ぎないと思うのです。

武術家・甲野善紀先生 との出会い

 そんなある日,たまたまつけたテレビで武術家の甲野善紀先生が,古武術の原理を活かした介護技術を紹介していました。直感的に,「これは凄い!」と感じ,すぐに講習会へ行きました。そして技を受け,その直感は確信へと変わりました。

 何が凄かったのか。それは,甲野先生が筋力以外のさまざまな「チカラ」を使っていたことです。しかも,それは精神論でなく,現実に見て,触れ,体感できるものでした。その時まで取り組んでいた,「格闘技式介護術」のはるか上を行くものを発見した(この時は,何1つできませんでしたが)ことに身震いがしました。それ以後,甲野先生の技から学び,研究させていただくようになったのです。

「古武術」とは?

 「古武術」とは,西洋の文明が入ってくる以前に日本にあった武術で,現代人とは違った身体の使い方をしていたと言われています。それを研究,実践し,武術のみならず,スポーツ,音楽,舞踏,介護などさまざまな分野へ発信しているのが甲野先生です。

 甲野先生によれば,現代人の動きは,西洋的な原理の中で行われていると言っても過言ではないようです。

 例えば,歩き方にしても,現在は手を元気よく振るのが良い歩き方とされています。ところが,昔は着物を着ていたので手を振ると着崩れしてしまいます。そのため,自然に手をあまり振らず,体幹もねじらない動きになります。これが,最近よく聞く「ナンバ歩き」です。この動きの合理性や効果は,陸上競技をはじめとする,スポーツの分野で実証されつつあります。

 力の出し方にしても現代とは異なる方法を用いていたと考えられています。通常なら,人を立ち上がらせる時,両足に力を入れて踏ん張る動きをしますが,古武術の場合,踏ん張るどころか,両足裏を垂直に浮かすような動きをします。そのことにより身体全体の力の伝わりがよくなるのです。また,腕や足といった,個々の筋力を単独で使うのではなく,身体全身の筋力をうまく協調させて使うことも特徴です。

 甲野先生は次のように表現しています。「鎧は持てば重いけど,担げばまだ軽くなる,着ればさらに軽くなり,走ることもできる」。先ほどの「クリンチ」を応用した方法も,知らず知らずのうちに,こうした理屈を応用したものだった,ということもできるでしょう。ともかく,甲野先生を通して知った古武術の世界は,私にとって「発想の転換」のヒントに溢れていました。

「自分らしい介護」へ

 以上,甲野先生と古武術について簡単に紹介しましたが,私の場合,古武術および甲野先生の技をそのまま介護に使用している訳ではありません。甲野先生から学んだ原理や,仲間とともに研究した方法を組み合わせて,私なりに身体に負担のかからない技術を工夫しています。ですから,武術の達人しかできない方法でもなければ,武術家になることをめざす連載でもありませんので,ご安心ください(笑)。

 読者の皆さんも,私の連載からヒントになると思えるものがあれば,そのまま使うよりも,自分自身にあったものになるように,応用していただければと願っています。自分の身体に優しい技術は,相手の身体にも優しく働きかけます。

 古(いにしえ)の人々の身体運用を活かした「古武術介護」はまだまだ始まったばかりです。皆さんと共に連載を通して学び,発展していけることを楽しみにしています。

次回につづく

 

本連載の内容をまとめ,新たにDVD映像(60分)を加えたDVDブック刊行!

古武術介護入門[DVD付]
古の身体技法をヒントに新しい身体介助法を提案する
岡田慎一郎

・判型B5 頁128 定価 3,150円(本体3,000円+税5%)
[ISBN4-260-00295-3]


目次

(「sample」をクリックすると動画の一部がご覧になれます)


推薦の序(甲野善紀)
第1章 古武術介護の考え方
第2章 古武術介護の6つの原理13
第3章 現場で使える古武術介護
sample:ベッド上での上体起こし~端座位まで
第4章 Q&A 古武術介護でできること,できないこと
第5章 現在は常に通過点
 


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【関連情報】
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●岡田慎一郎氏が最新技術を紹介する「こんな方法もあるかもしれない――介護発,武術経由の身体論」は,『看護学雑誌』で2008年1月号(Vol.72 No.1)より2010年3月号(Vol.74 No.3)まで連載。電子ジャーナル「MedicalFinder」からも検索・閲覧・購入できます。
●岡田慎一郎氏の公式サイトは こちら です。