第2589号 2004年6月21日


MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


研修医が救急室で遭遇するほぼすべての問題に対応できるために

問題解決型救急初期診療
田中和豊 著

《書 評》藤井千穂(大阪府立千里救命救急センター所長)

 本書は著者自身が序に書かれているように,主に研修医が一次から三次救急患者の初期治療を自分1人で行う際に,救急室で遭遇するほぼすべての問題を解決できるように構成され,「理論・経験・エビデンス」の統合をはかるように配慮された書である。

本書の持つ特徴

 われわれの尊敬する日野原重明先生,矢崎義雄先生は,本書の卓越した特徴を「推薦の言葉」の中で次のように述べられている。

 「EBM(Evidence-based Medicine)的な考え方を頭においての実践のアプローチの仕方が具体的に書かれている」,「問診からはじまり診察そして診断,治療までのプロセスを一体化した流れとしてとらえられている」,「診断・治療のための鉄則や患者のマネージメントが図式と簡単な文章とで示されている」と。

 本書が上梓されてからちょうど半年となる。この間,当センターのレジデント諸君に本書を使ってもらったが,次のような点が大変好評であった。

 まず第1部のイントロダクション編に著者の姿勢が明記されている点が共感を呼ぶ。付録とともに読み物としても面白い。第2部の症状編ではstep,point,鉄則の項でおさえるべき点を強く認識できる。第3部の外傷編はわが国のprimary careの教育で不足している点を補ってくれている。第4部の救命・救急編では特に二次救命処置(ACLS)が正確に記述されている。

臨床研修での使い方

 さて,本年度から新しい研修制度がはじまり,受け入れ施設は研修プログラムを作って指導にあたられることであろう。本書を次のように使ってもらえればと願う。

(1)研修医はその日に診た症例をレポートとして整理する際に,本書をひもといて,自分の思考過程は正しかったか,鉄則を守ったか,反省すべき点はなかったかなどをチェックしてほしい。

(2)また実際に研修医を指導する教官も本書を携帯して,少なくともここに書かれている事柄を研修医が認識しているか否かを知る道標としてほしい。

 このように本書が使われれば,研修医の初期診療の実力は向上し,著者の願いが実現することになるであろう。いずれにしてもポケット判としては今までにない格調高い力作であると確信を持って推挙できる書物である。

B6変・頁512 定価5,040円(税5%込)医学書院


人体解剖の優れた羅針盤

グラント解剖学図譜 第4版
Anne M. R. Agur 著
山下 廣,他 訳

《書 評》野村 嶬(京大教授・理学療法学)

多くの人々に愛されるわけ

 本書は,トロント大のA. M. R. Agurの手による『Grant's Atlas of Anatomy』第9版の日本語版『グラント解剖学図譜』第4版である。翻訳者の4名の方々はいずれも医学生の解剖学教育に長年携わっておられる解剖学者である。

 『Grant's Atlas of Anatomy』の初版は,トロント大学のJ. C. B. Grant教授により北米で最初の解剖学図譜として1943年に発刊され,以来8版まで版を重ね,半世紀以上の長きにわたり世界の医学・医療関係者に利用されてきている。私は第8版の日本語版である『グラント解剖学図譜』第3版を理学・作業療法学科学生の解剖学実習のアトラスとして16年間使用させていただいた。この図譜が人体解剖の羅針盤として多くの人々に愛読されている理由は何であろうか? 第1は,なんと言ってもハーフトーンの解剖図の正確さと明解さであろう。第2は,各解剖図に,図中の構造体の特徴や,剖出の際に注意すべき事項に関して,簡明で含蓄のある説明文が付けられていることであろう。これは初学者にとって大変有用な指針となるだけでなく,医学・医療関係者に人体構造の正確な情報を提供することにもなるであろう。この点は,ほとんどの解剖図に説明文のない『ネッター解剖学図譜』とは大きく異なる,『グラント解剖学図譜』の優れた特徴である。

解剖学教育の変更に対応した改訂

 本書は,『Grant's Atlas of Anatomy』8版とその日本語版『グラント解剖学図譜』第3版までの構成と優れた伝統を継承しながら,最新の研究成果をも反映させ,かつ医学,歯学および理学・作業療法学などの分野での解剖学教育の変更に対応させるように改訂がなされている。

 具体的な主要な改訂点は以下の3点である。すなわち,(1)旧版のすべてのハーフトーンの解剖図に色塗りがされたこと,(2)新たに多くのハーフトーンの解剖図が追加され,また線画の大部分は描き直され,その一部は追加されたこと,(3)多くのX線像(117枚),体表解剖写真に加えて,60枚のMRI,7枚のCT像,7枚の超音波像などによる断面画像が新たに加えられたこと,である。

 (1)の点は,解剖図をより理解しやすくさせたいとの著者のねらいは間違いなく成功していると思う反面,リアリティーや迫力を若干損なう結果になっているような印象を受ける。しかし,この印象は私がハーフトーンの解剖図に色塗りがされていない『グラント解剖学図譜』第3版を長年愛読してきた故かもしれない。(2)の点では,体幹におけるリンパの流れや四肢の動きを示すかなりの解剖図が追加されて,臨床・機能解剖学的視点も強化されている。(3)の点は,医師・歯科医師や医療従事者は,X線像だけでなくMRI,CT像,超音波像などの断面画像を正確に読む能力がますます要求される状況になっていることに応えたものであり,本書により読者は断面標本と対応させながらMRIなどの断面画像を学ぶことが出来る。

 グレードアップと若干の増ページがなされているにもかかわらず本書の価格が旧版に比べて30%も安く設定され,入手しやすくなっていることは,ソフトカバーとなり持ち運びやすくなっていることと共に利用者にはありがたい。

 本書が医学生,歯科医学生,理学・作業療法学学生をはじめとするコメディカル学生などの人体解剖学実習の羅針盤として最も優れた解剖学図譜の1つであることは間違いない。とりわけ人体解剖学実習の初学者には,上記の理由からも本書の利用をお薦めしたい。

A4変・頁684 定価12,600円(税5%込)医学書院


精神科を専門としない医師が患者の悩みを救うために

内科医が知っておきたい
向精神薬の選び方・使い方
中河原通夫 著

《書 評》高橋祥友(防衛医大教授・行動科学研究部門)

うつ状態の患者の6割が内科を最初に受診

 数年前にローマで小さな学会が開催されたが,そのテーマは「プライマリ・ケアにおける精神科治療」であった。欧米ではプライマリ・ケア医が診療している患者の約20%は精神科関連の問題を抱えていると知り,私は驚いた。その背景には,欧米であっても,精神科受診に対して一般の人には抵抗があることや,最近になってSSRI(選択的セロトニン再取込阻害薬)などといった比較的副作用が少なくて使いやすい抗うつ薬が開発されてきたことが関係している。

 わが国でも,たとえば,うつ状態になった患者が最初に受診する先は約6割が内科であって,精神科に受診する患者は1割に満たないという報告さえある。うつ病はけっして稀な病気ではないのだが,最悪の場合は自殺まで起こり得る。そこで,最近,日本医師会も「自殺予防マニュアル-一般医療機関におけるうつ状態・うつ病の早期発見とその対応」という冊子を編集したほどである。

 このような現状を考えると,『内科医が知っておきたい向精神薬の選び方・使い方』はまさに医療関係者に必須の好著である。本書は次の4章からなる。第1章「内科医がよく出会う精神疾患とその治療法」,第2章「身体疾患に伴って現れる精神症状とその治療法」,第3章「薬剤によって起こる精神症状とその治療法」,第4章「向精神薬の効果と副作用」。

 わが国では精神疾患や精神科受診に対する抵抗感が強いために,気楽に精神科に受診できない雰囲気がある。そこで,日頃から身体的な健康管理をしてもらっている医師から,精神疾患の治療をも同時に受けることができるならば,患者はより一層安心できるはずである。

専門外の読者にもわかりやすく

 本書の第1章で取り上げられているさまざまな精神疾患の中で,少なくとも,うつ病,パニック障害,不眠症に関する正しい知識を身につけるだけでも,精神科を専門としない医師が多くの患者の悩みを救うことができるだろう。

 著者は臨床精神薬理学の第一人者であるが,本書は精神科を専門としない人にとっても,ポイントを押さえて,実にわかりやすく書かれてある。精神科医の書いた文章は長々しく難解な内容が多いと一般に思われているが,著者の文章は簡潔で明解である。なお,「内科医が知っておきたい」と題にあるが,むしろ広く医療従事者一般に推薦したい本である。また,研修医制度が本年度から改正されたが,研修医の時代に本書を読んでおくことは必須である。ぜひ,一読をお奨めする。

A5・頁180 定価2,940円(税5%込)医学書院


自治体病院関係者必携の書

病院経営ことはじめ
久道 茂 著

《書 評》小山田 惠(全国自治体病院協議会会長)

 今般,私が最も敬愛する宮城県病院事業管理者久道茂先生がご執筆なさった『病院経営ことはじめ』は病院経営,特に自治体病院を経営する管理者や病院長にとって実に貴重な内容に富み,しかも時節柄,誠に時宜を得た良著である。

 今自治体病院の多くは経営が難しく,各地で病院存続の可否がさかんに論じられている。もともと自治体病院は民間ではできない,民間がやらない医療を多くやっているから当然経営は成り立たない。たとえ不採算であっても,その地域に必要な医療をするために,国や自治体は自治体病院に対して一定のルールに従って金を出しているが,それでも赤字になる。不採算医療をやっているのだからやればやるほど赤字になるのは当然だ。国からの繰り入れが足りない。それも事実であり立派な理屈である。しかし同じ規模,同じ環境にあっても約半数の病院は黒字経営をやっているとなると,やはり赤字病院の管理者や病院長は経営の手腕が問われることになる。

自治体病院長に熱いエール

 赤字病院の院長の中には著者が指摘しているように,経営より患者を診るほうが好きだとか,俺は経営に向かないんだ,などと言って病院管理や経営にあまり関心を示さない院長が意外と多い。大学や行政の人事で経営能力が全然なくとも院長に納まっていることが多いからで,定年まで勤めれば累積赤字がどんなに多くても退職金をもらって名誉院長になっているのも事実である。しかし,今はもうそんな時代ではなくなった。いくら公立だからと言っても経営が破綻すれば自治体の財政も耐えられなくなって民間委託とか民間委譲,最後は廃止になる。病院がなくなれば職員は路頭に迷うし,病院を創った住民にとって大迷惑である。その運命を担った管理者,病院長の責任は実に重い。そうならないためのガイドブックが本書である。

 著者は,もともと経営学者でもなければ病院経営の権威でもない。長い間東北大学で公衆衛生学の教授を務め,本邦における臨床疫学の第一人者で,数年前詳細なデータの分析評価をもとに各種がん検診のあり方について国の指針をつくった学者である。その著者が2年前自治体病院の管理者になって,自治体病院の実態を知り経営改善に取り組んだ。著者本来の学究的視点で問題の本質を捉え,経営改善策を立て実行し,それが見事に着実な成果をあげている。

 このような実体験に基づいて書かれているから身近な感じで読みとれるし,自分自身のものとして容易に受け入れることができる。なかなかわかりにくい官庁会計と企業会計の違いや病院事業の経営分析の見方,一般会計負担金算出のルールなどについても至極わかりやすく明確に解説されている。そして,さらに根拠に基づく病院経営の必要性とあり方についても諄々と説き,最後に“がんばれ自治体病院”といって地域住民本位,患者中心の医療に情熱を燃やしている病院長連に熱いエールを送って奮起を促している。まさに自治体病院関係者必見の書である。

A5・頁212 定価3,150円(税5%込)医学書院


神経科学研究の歩みを記した歴史的大著

神経科学-形態学的基礎
間脳[1]視床下部
佐野 豊 著

《書 評》河田光博(京府医大教授・解剖学)

 本書は渾身の書である。視床下部研究の歴史からはじまり,最新の研究成果までが網羅された肉厚の大著である。神経解剖学者50年の歩みの集大成として,佐野豊先生の生きざまの書でもある。解説の美しい日本文が小気味よく読む者の脳を刺激し,整理された知識がドイツ古典派の音楽のように私たちの脳細胞の間にしみこんでくる。

神経科学研究を俯瞰

 『神経科学 形態学的基礎 間脳[1]視床下部』は,同シリーズ「I.ニューロンとグリア」,「II.脊髄と脳幹」に続く第3巻にあたる。いずれも佐野豊先生の単著であり,前2冊はともに,1000ページを超える大作であり,第3巻は視床下部に限定しているが561ページにおよぶ。本書は視床下部の発生も含めた神経核の詳細な解剖学からはじまり,下垂体後葉ホルモンの古典的神経分泌,視床下部前葉調節ホルモン,ペプチドニューロン,ヒスタミン,アミノ酸伝達物質,交叉上核と概日リズム,レプチンをはじめとする食欲調節,さらにステロイドと脳の性差,下垂体と続き,最後に室周囲器官と髄液接触ニューロンまで詳述されている。

 本書の特記すべき点は,神経核の定義や神経回路,ホルモンやアミン類の化学組成や分布,さらに機能にまで踏み込んだ,まさに旧来の学問分野を横断的に俯瞰したところにある。網羅的であるが,これらが驚くほど整理されており,痒いところに手が届く感を与える。本書での分類や用語法は,どのような経緯で神経核の名称や区分がなされたのか,歴史的な業績に遡りながら今日的意義に基づいて結論が導かれているため,最も信頼がおけるものである。

 次に,文献の充実が素晴らしく,総ページ数の3分の1以上にあたる200ページが引用文献に費やされていることである。多くの書にありがちな文献の孫引きではなく,著者自らが原著論文を集め,読み下し検証したものであるため,統一されたフォーマットで見事に整理されている。2003年に至るまでの重要な文献検索は,本書をひも解くことで完結されると断言できよう。それが著者の本書にかける大きな意気込みでもある。

日本語で書かれた世界に比肩できる名著

 本書の底に流れる思想は,MollendorffのHandbuch der mikroskopischen Anatomie des Menschenというバイブル的なドイツ語で書かれた形態学の全集に通じるものがあるが,それを超える豊富な内容に満ちている。本書で扱われる脳の領域は著者が永年研究対象としてきたこともあり,発見に携わった人たちとの個人的な交流からでしか知り得ない秘話などが,「余滴」として随所に紹介されている。室周囲器官など脚光をあびてこなかった分野も十二分に記載されているなど,佐野豊先生以外にはこの種の本の著作はあり得ないと言っても過言ではない。日本の著書の多くは欧米から出版される書物に対して見劣りが否めなかったが,本書は日本語で書かれた世界に比肩できる名著である。

 本書の刊行は,神経内分泌学はいうにおよばず,内分泌学,比較内分泌学,生殖科学など,医学,生物学,農学,水産学の生命科学の第一線の研究者にとって福音となるべきものであり,体系化された知識と研究思想の流れが1冊の本に凝集されている。最後に,本書の出版に深い理解を示された医学書院の見識にも敬意を表したい。

B5・頁576 定価18,900円(税5%込)医学書院


プライマリ・ケアの質向上のために

10分間診断マニュアル
症状と徴候-時間に追われる日々の診療のために
The 10-Minute Diagnosis Manual: Symptoms and Signs in the Time-Limited Encounter
Robert B. Taylor 著
小泉俊三 監訳

《書 評》葛西龍樹(カレス アライアンス・北海道家庭医療学センター所長)

診療現場における問題に適切に対応

 米国オレゴン健康科学大学医学部家庭医療学科教授ロバート・テイラー先生が編集した『The 10-Minute Diagnosis Manual: Symptoms and Signs in the Time-Limited Encounter』(Lippincott Williams & Wilkins, 2000)を佐賀大学医学部附属病院総合診療部教授の小泉俊三先生のチームが翻訳され,『10分間診断マニュアル:症状と徴候-時間に追われる日々の診療のために』としてメディカル・サイエンス・インターナショナルから出版された。見た目はコンパクトであるが,かなりのボリュームのある翻訳を完成させたことに敬意を表したい。

 この本の特徴は,プライマリ・ケアの現場でよくみられる(あるいはプライマリ・ケア医がまず直面する)症状,異常な身体所見,検査所見などから出発して,それらの臨床問題を10分間という現実的な診療時間でアプローチする際,参考になる内容が記載されていることである。

 こうした家庭医のアプローチについてテイラー先生が書いている第1章「10分間診断の基本原理」は非常に優れた内容で,プライマリ・ケアの現場での診療行動の基本原理として日本の読者にも大いに参考になるものと考える。

多数の問題がコンパクトに

 この第1章で示された基本原理が,臨床問題を扱った各項目で具体的にどのように展開されているかであるが,残念ながら,項目ごとにばらつきが多い。例えば「食思不振」(2.1),「めまい」(2.2)などの項目では,プライマリ・ケアで遭遇する頻度や診療のコツも含めて,コンパクトながら読者が自分の診療を具体的に改善できるヒントが多く紹介されている。一方,例えば「発熱」(2.6),「夜間頻尿」(10.4)などの項目では,旧来の内科診断学書的な記載にとどまっている。

 しかし,プライマリ・ケアの現場で遭遇する多数の臨床問題をこのようにコンパクトにまとめて扱ったこの本の価値は高く,日本のプライマリ・ケアの質の向上に役立つように広く利用されることを期待したい。

A5変・頁460 定価5,040円(税5%込)MEDSi