医学界新聞

 

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影 第12回

ウォール・ストリート・メディシン(3)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2522号よりつづく

FBIによる強制捜査

 テネット社が保有するレディング医療センター(カリフォルニア州)がFBIによる強制捜査を受けたのは,昨年10月30日のことだった。必要もない心臓カテーテル検査や心臓外科手術が同センターで行なわれているというのがその容疑だった。
 捜査が始まるきっかけとなったのは,1人の患者がFBIに苦情を申し出たことだった。患者は,ジョン・コラピ,55歳の牧師だった。コラピは,特に症状があるわけではなかったが,父親が心臓病なので念のためと,昨年5月にレディング医療センター循環器科部長チェイ・ヒュン・ムーン医師の診察を受けた。負荷心電図の後,ムーン医師から「すぐに心臓カテーテル検査を受けなければならない」と言われ,カテーテル検査を受けたところ,今度は,「すぐに冠動脈バイパス手術を受けなければいけない」と言われたのだった。
 しかし,レディング医療センターは心臓手術のスケジュールが詰まっていたため,すぐに手術を受けることはむずかしかった。「緊急に手術をしないと命にかかわる」と言われているのに悠長に待つわけにはいかないと,コラピは友人を頼ってラス・ベガスの病院で手術を受けることにした。しかし,ラス・ベガスでコラピを診た医師は,「何も異常はないし,手術の必要もない」と告げ,怒ったコラビが自分の体験をFBIに話したのだった。

疑惑の心検査・心手術

 FBIが捜査対象としたのは,ムーン医師と心臓外科部長フィデル・レアリバスケス医師の2人だった。ムーン医師が施行する心臓カテーテル検査は1日に10件を越えることもあり,地域の他の循環器科医師に比べて,4-5倍の施行件数に達したという。ムーン医師が手術が必要と判定した患者をレアリバスケス医師が手術したのだが,レディング地区での冠動脈バイバス手術の施行数はカリフォルニアの他地区と比べ突出していた。カリフォルニアを24の医療マーケットに分け,それぞれの地域でのメディケア被保険者1000人当たりの冠動脈バイパス手術の施行率を比較したデータ(註1)によると,レディング以外の23地区での施行率は4.1から7.5の間にほぼ正規分布していたのに,レディング地区だけが10.8と突出した施行率を示した。そして,同地区における冠動脈バイバス手術のほとんどが,テネット社のレディング医療センターで行なわれていたのである。
 FBIは病院自体は捜査の対象ではないとしたが,容疑対象となった医師2人が本当に不必要な検査・手術をしていたと確認された場合(註2),テネット社がその責任を免れることはできないだろうと言われている。今回の捜査のきっかけとなったコラピ牧師自身が,昨年6月に「必要もない手術を勧められた」と同医療センターの経営責任者に苦情を申し入れていたし,少なくとも97年の段階で,地域の循環器科医師たちが心カテ・心手術の施行数の多さについて同センターに懸念を伝えていたことが明らかになっているからである。

ウォール・ストリートはすぐさま反応

 前々回(2521号)でも書いたように,テネット社は収益性の高い診療科に投資を集中することを経営戦略の1つとしてきたが,循環器科は,整形外科,神経科と並んで,特に力を入れていた領域だった。そして,レディング医療センターは,循環器科の売り上げがよいと,テネット社でも優等生扱いをされていた病院だった。テネットCEOのジェフリー・バーバコウが,株主向けの2002年度年次報告書で,「心臓検査・手術が急増しているレディング医療センターに対し,2000年に,5500万ドルの巨費を投じてベッドを増床した」と誇らしげに述べ,収益性の高い科に投資を集中している実例として同センターを挙げたほどだったのである。
 レディング医療センターがFBIの強制捜査を受けたというニュースに,ウォール・ストリートはすぐさま反応した。アウトライアー水増し請求疑惑〔前回(2522号)参照〕で暴落を始めていたテネット株はさらに下げ続けた(図参照)。




(註1)数字は「The Dartmouth Atlas of Health Care 1999」から。
(註2)特定の手術について施行数の多い医療施設に手厚く診療報酬を支払う制度が日本で始まったと聞く。しかし,「数」に対して報償を与える診療報酬支払い制度は,不必要な手術をする医療施設に対し「泥棒に追い銭」となる危険がある。「数が多ければ質がよいはずだ」という前提に基づいて始めたことであろうが,「質」に対して報償を与えたいのであれば,「数」ではなく,「質」を直接計測するのが本筋であろう。