質的研究 Step by Step 第2版
すぐれた論文作成をめざして

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なぜエスノグラフィー? どうして文化人類学? 研究者の「位置取り」? 口頭資料の種類とその整理は? データの中の「核」って? 質的研究批判にどう答える? 論文指導者と院生の「対話」は? ——医療人類学のパイオニアが、後進のために研究の各Stepを精選! 指導者と書き手がともに頂上[論文完成]の眺めにたどり着くためのガイドブック、時代のニーズに即した新装改訂版。
波平 恵美子
発行 2016年12月判型:B5頁:152
ISBN 978-4-260-02832-5
定価 2,860円 (本体2,600円+税)

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はじめに

 本書は2005年に著した『質的研究 Step by Step』の第2版である。初版からの10年間に,質的研究は広くその重要性が認められるようになり,多くの分野で優れた研究が発表され,また,工夫を凝らしたテキストも刊行された。この動向を受けて,本書は初版のテキストとしての基本を受け継ぎながら内容と構成を変えて,全面的に書き下ろしたものである。
 本書の特徴は以下のとおりである。

質的研究とはどのような知的営為であるかを示す第1章で,質的研究と現象学的思考との関係を述べた後,さらに,各章でも繰り返し事例や表現を変えながら説明している。それは,質的研究の一部だけが「解釈学的現象学」を標榜しているが,質的研究そのものが現象学的思考と底流で結びついていると考えるからである。

質的研究に向けられる疑問や批判がなぜ生じるかを明らかにしたうえで,それへの対応策を記した。その際,質的研究に長年にわたり方法と概念そして理論を提供してきた文化人類学を参照している。

大学院レベルの研究者が出会うことの多い,質的研究を遂行するうえでのさまざまな問題や困難を各段階(STEP)ごとに示しその対応策を示した。その際,「なぜそうしなければならないか」について説明している。

研究の取り掛かりから論文審査までの各段階で越えなければならない作業の詳細について,各章ごとに事例を挙げて具体的に示しただけではなく,さまざまな側面から複数回,重層的に記した。その方法の1つが,第5章における指導教員と大学院生との間に交わされた4回の面接での会話である。指導を受ける学生の研究上の成熟度を見極めながら,指導内容のレベルを上げていく方法を示している。質的研究の指導を始めたばかりの教員の方々が参考にしてくだされば,著者として,望外の喜びである。

多様な研究方法を含む質的研究の中で,集中的に示したのはエスノグラフィーである。それは,エスノグラフィーが参与観察,インタビュー,文書調査など,多様な方法を含むからである。

ナラティブ研究を含む口頭資料の調査と分析についてはその概要を示し,どのような研究テーマにどのような調査が適しているか,具体例とともに記している。なお,健康科学の分野での質的研究においてわが国で主流であるグラウンデッド・セオリー(GT)について述べていないのは,すでに数多くの優れたテキストが刊行されているからである。

巻末に,テーマ別に詳細な「文献解題─質的研究者のためのブックガイド」を付している。それは,本文で述べるとテキストとしての道筋が見えにくくなるので省かざるを得なかった重要な解説を,項目を分けた形で述べるためである。

 質的研究の重要性への認識の高まりの背後には,2011年に起きた東日本大地震と大津波,それに伴って引き起こされた福島原発の事故があると筆者は考えている。この災害は,日本に住むすべての人々に,自分が生きている世界,生かされている世界(生活世界)についてあらためて考えさせる,痛みを伴う経験を与えている。津波によって多くの命が消失していく瞬間,生きてきた世界が崩壊してゆく瞬間を,繰り返し流された映像で,あたかもリアルタイムであるかのように見ることになった人は,日常の生活を続けながらも,それ以前と同じ眼で世界を見ることはできない。被害を受けた人々,現在もその被害の影響を直接受けている人々と自分との関係を意識のどこかで測りながら生活せざるを得ないからである。

 質的研究は,研究分野は何であれ,質的研究を始める前と後では研究対象はもちろん自分の生活世界を見る目に変化が生じていることに気づくことになる。研究を進める中でそれは大きな楽しみともなる。本書がその入り口となることを筆者として願う。

 2016年10月
 波平恵美子

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はじめに

第1章 質的研究をはじめるにあたって
 STEP 1 質的研究の概要を知ろう
  1 展望-質的研究の多様性と超えるべき問題
  2 質的研究と「哲学」との関係をおさえる
  3 現象学的立場と質的研究
  4 一般的世界と研究的世界との乖離-質的研究のおかれる立場
  5 評価における問題点-妥当性・一般可能性・信頼性
  6 思想としての質的研究
  7 問題意識の十分な検討の必要性
  8 文化人類学と質的研究との関係
  LECTURE 「エスノグラフィー的体験」とエスノグラフィーの作成
 STEP 2 質的研究の方法と研究手順
  1 質的研究の方法の多様性
  2 研究方法の組み合わせ-トライアンギュレーション
  3 研究方法の選択とその習得
  4 研究手順
 STEP 3 今後の質的研究と量的研究との関係
  1 互いの研究成果を参照しあう
  2 研究グループどうしで協働する

第2章 質的研究とエスノグラフィー
 STEP 1 エスノグラフィーの概要を知ろう
  1 エスノグラフィーの誕生と発展の歴史
  2 文化人類学におけるエスノグラフィー
  3 エスノグラフィーと「文化人類学」
  4 未知のことを広く伝える方法としてのエスノグラフィー
  5 フィールドワークの始まりとその重要性
  6 マイクロエスノグラフィーおよび他分野でのエスノグラフィー
  7 文化人類学における「エスノグラフィー」と現代的なエスノグラフィー
  8 現代的なエスノグラフィーの目的と質的研究との関係
  LECTURE ビジネスの世界におけるエスノグラフィー
 STEP 2 ヘルス・エスノグラフィーとその方法
  1 ヘルス・エスノグラフィー
  2 エスノグラフィーの研究目的とその方法との関係
  3 エスノグラフィーとかつての「参与観察」
  4 観察と観察者(研究者)の立場
  5 研究者の「位置取り」(positioning)
  6 実際の研究と位置取りとの関係
  7 研究者も研究協力者も避けられない「位置取り」
 STEP 3 観察結果の記録と整理
  1 観察の方法と記録
  2 データの整理
  3 データ整理におけるITの活用とその効果
  4 インタビューとそのデータ整理
  5 文書調査
 STEP 4 テーマ設定・分析・議論
  1 研究テーマ
  2 研究設問
  3 分析と議論
  LECTURE 究極のエスノグラフィー:自分自身をエスノグラフィーの対象とする

第3章 質的研究における口頭資料の収集と分析
 STEP 1 口頭資料の種類
  1 口頭資料の種類とその資料整理
  2 半構造化インタビュー資料とその整理
  3 ナラティブ分析
 STEP 2 口頭資料の研究上での位置づけと評価
  1 研究上の位置づけと資料整理
  2 口頭資料の内容評価
  3 口頭資料を分析するうえでの問題点と対策

第4章 糖尿病患者の質的研究 異なる研究テーマと方法による2つの事例
 STEP 1 本章で糖尿病を研究事例とする理由
 STEP 2 看護学と医療人類学,それぞれの研究事例
 STEP 3 研究事例(1) 鈴木さんの研究準備(看護学)
  LECTURE フィールドワークは愚直に,データ分析は緻密に,理論展開は鮮やかに
 STEP 4 研究事例(2) 田中さんの研究準備(医療人類学)
  1 問題意識の明確化と暫定的な研究テーマの設定
  2 研究手順
  3 研究の実施上の留意点
  LECTURE 文脈(コンテキスト)の発見と検証は方程式を立てその解を求めるようなもの
 STEP 5 半構造化インタビューの実施と分析
  1 インタビュー調査の目的とインタビュー項目との関係
  2 インタビュー調査の留意点
  3 インタビュー(1)糖尿病患者へのインタビュー
  4 インタビュー(1)から得たデータの整理
  5 インタビュー(2)医療スタッフへの質問項目とその目的
  6 インタビュー(2)から得たデータの整理
 STEP 6 それぞれが直面した問題点と対応
  1 鈴木さん(看護学)の場合
  2 田中さん(医療人類学)の場合

第5章 地域住民の保健行動の質的研究 エスノグラフィーを方法とした事例
 STEP 1 研究の目的と研究設計
  1 研究の出発点となる研究者の問題意識-松本さん(保健師)の場合
  2 問題意識の検討から研究テーマへ-指導教員との会話(1)
  3 研究テーマ設定の予備的検討-具体的に明らかにしたいこと
  4 研究計画と準備行動と「プレ仮説」
  5 具体的な研究方法の検討と得られる結果の予測-「プレ仮説」の検討
  6 研究計画の再検討-指導教員との会話(2)
 STEP 2 研究計画の実施
  1 半構造化インタビューへの協力者の選定および協力依頼
  2 半構造化インタビューの質問項目の検討:指導教員との会話(3)
  3 インタビューとその結果の資料整理
  4 インタビュー資料の分析
  5 より詳しいデータの収集
  6 研究計画の変更:指導教員との会話(4)
  7 全体資料の整理と分析
  LECTURE 文脈と概念との関係,概念の再構築,さらに新しい概念へ
 STEP 3 データ分析の手順
  1 「現場100回ならぬデータ100回」:データを何度も読む
  2 データの中に「核」を見いだす
  3 ジグソーパズルをイメージする
  4 文献研究の重要性をあらためて認識すること

第6章 質的研究の問題点とその対策
 STEP 1 質的研究への批判的評価の検討
  1 質的研究の評価において呈される疑問や方法論上の「問題」の背景
  2 質的研究へ向けられる批判的評価とそれへの対応
  LECTURE 質的研究の論文が「エッセイ」とみなされないために
  3 質的研究におけるデータとしての「事例研究」からの検討
 STEP 2 質的研究の評価基準項目の検討と対応策
  1 メンバーチェッキング
  2 データの信用性の確保
  3 研究協力者(研究参加者)の選択基準の適切さ
  4 データの真正性
  5 サンプルの代表性と研究協力者の数ないしは事例の数の適正さ
 STEP 3 質的研究を進めるための対応と対策
  1 自分がもっている「問い」を徹底して検討する
  2 研究テーマとなる「問い」の内容の精査
  3 「問い」に対する解答をどのように示すか,その道筋の確認
 STEP 4 データ収集とその整理および分析
  1 データの整理
  2 分析の方法と分析内容の説得性

文献解題-質的研究者のためのブックガイド
  質的研究に関する文献解題
  質的研究と現象学とのかかわりに関する文献解題
  エスノグラフィーに関する文献解題
  口頭資料に関する文献解題

索引

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研究を具体的な生の現場に取り戻そう――質的研究がイメージできる好著
書評者: 小田 博志 (北大大学院教授・人類学)
 評者がまだ質的研究の「し」の字もわからない頃,特に困っていたのは「質的研究のイメージがわかない」ことであった。「質的研究」と言われても,漠然としていて取り付く島もない。そんなとき,たまたまのご縁で,アメリカの大学でグラウンデッド・セオリーのアプローチにより学位論文を書かれた研究者とお会いした。その方の経験談は示唆的であったし,さらに博士論文研究のために作成された「メモ」の実例をお見せいただいたことは印象に残った。まさに質的研究が「イメージできるようになった」のである。それは凡百の抽象的な概説に勝るものであった。この経験を言葉にすれば「事例の力」ということになろうか。
 
 本書はまず概説書として優れているが,それに加えて質的研究がイメージできるようになる事例が豊富に掲載されている。それらを参照するためにも本書をひもとく価値がある。これが「事例の力」を備えたテキストになり得たのは,著者の波平恵美子先生が,長年にわたる文化人類学者としてのフィールドワークの経験から事例の重要性を知り,それを伝える技に熟達しているからであろう。さらにこれまで多数の卒論・修論・博論の指導を積み重ねてきた経験もこの書に注ぎ込まれている。

 第4章の研究事例は,特に保健医療分野で質的研究を行おうとする初学者に有益である。また第5章には教員と学生との研究指導のやり取りが収録されていて,質的研究をいかに指導するのかを学ぶこともできるユニークな章である。

 評者が本書を読んで個人的に感銘を受けた箇所は,特にp.107~110にかけての項「研究協力者(研究参加者)の選択基準の適切さ/データの真正性」である。これこそ著者の独壇場と言える。この白眉の部分をぜひご覧いただきたい。ここから事例を深く読むとはどういうことかわかるはずである。また文脈理解の意味を学ぶこともできるだろう。何より「予想しない発見」という質的研究の魅力が,説得力を持って伝わってくる。

 事例は「単なる事例」ではない。私たちはつねに個別の「事例」として生きている。かけがえのない具体的な人生を,周りの人々や,自然環境との関わりの中で生きている。それは決して性別や年齢や職業などの抽象的な「変数」に還元できない。けれども「科学」の名の下に,具体的な生を「変数」にまで切り詰めて,計測の対象とする「研究」がこれまで幅をきかせてきた。質的研究とはこの傾向に対し,研究を具体的な生の現場に取り戻そうとする「運動」なのだと評者は考えている。ちょうど現象学が哲学において「生活世界」へ立ち戻ることを提唱する運動であったように。この点で本書が現象学を質的研究の基礎となる立場として位置づけていることは卓見である。

 用語解説やブックガイドなども懇切丁寧。第2版として内容は全面的に刷新されている。質的研究の初学者がまず手に取るべき1冊として推薦したい。
質的研究論文作成の優れた指南書 (雑誌『看護研究』より)
書評者: 坂下 玲子 (兵庫県立大学看護学部教授)
 質的研究の重要性はわかっていても,その多様性と奥深さゆえに,どのように研究を進めていけばよいのか,どうしたら研究として成立し,論文として採択されるのか,悩んでいる方も多いと思う。本書は,エスノグラフィー(文化人類学)の手法により「ハレ・ケ・ケガレ」の概念を構築し,わが国の医療人類学の確立・普及に努めてきた波平恵美子氏による質的研究の手引き書の第2版である。本書の対象が,質的研究に取り組みたいと考えている大学院学生や指導を始めたばかりの教員であることには変わりはないが,初版から10年が経ち,その間,質的研究が多くの研究者によって取り組まれると同時に,その課題が明らかになってきたことを受け,内容も構成も深まり,多様な例を盛り込みながら,質的研究の研究手順が丁寧に紐解かれている。

 第1章は,質的研究の歴史的,哲学的背景が,現象学的思考の流れとともに紹介され,読者は質的研究の意義と可能性に目を開かされるであろう。

 第2章は,著者が長年実践を重ねたエスノグラフィーの解説であり,約25ページという決して多くはない紙面に,エスノグラフィーにおける研究者の「位置取り」から,参加観察などのデータ収集方法,データの整理,分析に至るまでそのエキスが濃縮されている。フィールドノートの書き方が実例とともに示され,またデータ整理の具体例が載せられていて,質的研究をこれから進める人には大変参考になるであろう。第3章は,質的研究で最も使われるインタビュー等による口頭資料の収集と分析について解説されている。

 第4章と第5章は,研究例を示しながら,研究テーマの設定,文献検討,研究の実施と分析,研究を進める上での問題点について解説されている。第4章では,看護学と文化人類学という違う領域の博士論文の生成過程を比較することにより,質的研究の具体的なステップと多様性が描かれる。第5章は大学院生と指導教員との対話を通して,研究が編み上げられていく過程が示されると同時に,問題点と解決の糸口が示される。

 第6章は,質的研究法への疑問や問題点が論じられ,その対策が示される。質的研究論文が“エッセイ”と受け取られないようにするための手段が,さまざまな視点から描かれている。

 第4~6章には,通常のテキストにはない本書の特徴が示されている。長年,学生指導にあたって学生とともに,混沌とした現象から1粒の宝石を探求されてきた著者の愛情と熱意を感じる。

 本書は,質的研究の入門実践書として書かれていると思うが,平易で読みやすい文章とは裏腹に,随所にちりばめられた適切な引用文献によって,読者はこの本を幹としながら,豊かに茂ったさまざまな文献の枝葉も楽しむことができる。最後には「文献解題」として,質的研究についての良書が,著者の解説付きでリストアップされているので,質的研究をさらに深めたい人にとってはよい先導となる。看護学,文化人類学の領域に限らず,幅広い研究者に読んでほしい本である。

(『看護研究』2017年2月号 Vol.50 No.1 掲載)

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