図説 医学の歴史
膨大な原典資料の解読による画期的な医学史
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膨大な原典資料を精読し、比較検討する「証拠に基づく医学史」。特定の時代・領域を掘り下げる各論的医学史ではなく、幅広い視野で現代の高度医療が生み出された理由を解明する「比較医学史」。現代医学のルーツやパラダイムシフトのみを探求する遡及的医学史ではなく、知見の積み重ねにより発展する過程を描く「進化論的医学史」。解剖学者であり医史学研究の泰斗である著者がこれらの視点を縦横に駆使して描き出す渾身の書。
著 | 坂井 建雄 |
---|---|
発行 | 2019年05月判型:B5頁:656 |
ISBN | 978-4-260-03436-4 |
定価 | 6,380円 (本体5,800円+税) |
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- 序文
- 目次
- 書評
序文
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まえがき
本書『図説 医学の歴史』では,医学という学問が古代文明とともに誕生し,どのように発展して現在の高度な医療を生み出すまでになったか,その進化の道筋を描いている。これまで特定の時代や領域の医学について膨大な研究が積み重ねられ,少なからぬ数の医学史書が著されており,本書ではそれらの研究・著作を参考にしている。しかしこれまでの医学史書がしばしば既存の研究や著作の記述や評価を援用していたのに対し,本書ではそれぞれの時代の原典資料に遡りそれらを調査して,まったく新たに医学の歴史を描き直すことを試みた。
これまでの医史学研究ではまず医学系の人たちを中心にして,歴史上の医学のさまざまな事実が明らかにされ,その意義が説明されてきた。そこでは,現在の医学のルーツやパラダイムの変換が探し求められ,その対象となった個人や業績がしばしば大きく称えられる。そして対象となる時期より前の医学は,水準の低いものであると含意されることになる。そういった医学史上の大発見やパラダイム変換の歴史を積み重ねても,得られるものは少ない。真の意味での医学の発展の歴史を客観的に評価するためには,原典資料を調査してそれぞれの時代の医学・医療の実情を明らかにし,さらにそれらを,比較検証することが不可欠である。
1980年頃からは医学系ではない人たちが医史学の研究に多く取り組むようになり,医療と社会の関わりという新しい視点を医史学に取り入れてきた。英語の“medicine”は幅広い意味を有しており,日本語では「医学」,「医療」,「医薬」と訳し分けられる。医学は医師になる人たちが学ぶ学問であり,医療はその実践としての診断・治療であり,医薬は治療に用いられる薬品である。非医学系の人たちによる研究はすばらしい成果を上げているが,その対象とするものはおもに医療の歴史であり,医学そのものの歴史に踏み込むことは難しい。医史学は医の歴史であり,医学史と医療史の両方を含むものと言ってよいだろう。
私は歴史上の原典資料に基づいた医史学研究をこれまで積み重ね,さらに本書を執筆することを通して,医学の歴史において重要ないくつかの問題を発見し解決できたと考えている。第1に18世紀以前のヨーロッパの医学,とくに医学教育の内容を明らかにしたことである。19世紀になって西洋医学が大きく変容し現代の医学へと発展したことは知られているが,それ以前の医学・医療については水準が低かったとして軽視されがちで,医学教育の内容を掘り下げる研究が乏しかった。これについては本書の第1部で詳しく述べられる。第2に19世紀の医学において,何が変革の原動力になったのかを明らかにしたことである。病理解剖による臓器の病変の検証,顕微鏡による組織学と実験的な生理学による器官のミクロの構造と機能の解明,診察技術の開発による身体機能と病的変化の客観的評価,麻酔法と消毒法による外科手術の適用範囲の拡大,病原菌の発見による伝染病の克服が挙げられる。これについては本書の第2部で詳しく述べられる。第3に20世紀以後の医学の発展のさまざまな側面として,基礎医学により臓器の機能が細胞・分子のレベルまで解明されたこと,医学におけるさまざまな分野,すなわち薬学と薬理学,病理学と免疫学,脳と心の医学,発生と生殖の医学,臨床医学の諸分野が18世紀以前からの医学の伝統の上に発展したこと,診断・治療技術の発展が医療水準の向上をもたらしたことである。これについては第3部で詳しく述べられる。
本書の全体を通して提起され解決された,最後のそして最重要の問題がある。西洋医学だけがなぜ19世紀になって大きく変容し現代の高水準の医学をもたらすことができたのか,西洋医学が世界の他の伝統医学と違っている点は何なのか,という問題である。古代文明から生じたすべての医学は西洋医学であれ他の伝統医学であれ,病気を癒やす方法を経験的に編み出して治療していた。治療としては健康に役立つ食品や植物薬が用いられ,これに加えて中国伝統医学では鍼灸,西洋医学では瀉血も用いられた。このような経験的医療ではある程度の治療効果がすぐに得られるが,知見が検証・蓄積されることがなく,医療の着実な進歩・発展は期待しがたい。それと並行して人体と病気について推論的考察が行われ客観的な証拠によらずにさまざまな理論が生み出され,医学・医療に権威と信頼を与えていた。これに対して西洋医学では,古くから動物と人体の解剖が行われ身体の構造が言語により詳細に記述され,ルネサンス期以後には画像により明確に描写されてきた。このような人体についての科学的探求は,治療にすぐに役立つことはないが,知見が検証・蓄積されて着実に進歩・発展していくことができる。人体の構造の解明から,病気の原因・病態の解明に至るまで長い年月を要したが,西洋医学はこの科学的探求の力によって19世紀から発展を始め,20世紀になってその進歩を加速させ,現代の高度な医療をもたらしたのである。この西洋医学の特徴と医史学研究の意義については,第4部で述べられる。
2019年4月
八王子にて 坂井建雄
本書『図説 医学の歴史』では,医学という学問が古代文明とともに誕生し,どのように発展して現在の高度な医療を生み出すまでになったか,その進化の道筋を描いている。これまで特定の時代や領域の医学について膨大な研究が積み重ねられ,少なからぬ数の医学史書が著されており,本書ではそれらの研究・著作を参考にしている。しかしこれまでの医学史書がしばしば既存の研究や著作の記述や評価を援用していたのに対し,本書ではそれぞれの時代の原典資料に遡りそれらを調査して,まったく新たに医学の歴史を描き直すことを試みた。
これまでの医史学研究ではまず医学系の人たちを中心にして,歴史上の医学のさまざまな事実が明らかにされ,その意義が説明されてきた。そこでは,現在の医学のルーツやパラダイムの変換が探し求められ,その対象となった個人や業績がしばしば大きく称えられる。そして対象となる時期より前の医学は,水準の低いものであると含意されることになる。そういった医学史上の大発見やパラダイム変換の歴史を積み重ねても,得られるものは少ない。真の意味での医学の発展の歴史を客観的に評価するためには,原典資料を調査してそれぞれの時代の医学・医療の実情を明らかにし,さらにそれらを,比較検証することが不可欠である。
1980年頃からは医学系ではない人たちが医史学の研究に多く取り組むようになり,医療と社会の関わりという新しい視点を医史学に取り入れてきた。英語の“medicine”は幅広い意味を有しており,日本語では「医学」,「医療」,「医薬」と訳し分けられる。医学は医師になる人たちが学ぶ学問であり,医療はその実践としての診断・治療であり,医薬は治療に用いられる薬品である。非医学系の人たちによる研究はすばらしい成果を上げているが,その対象とするものはおもに医療の歴史であり,医学そのものの歴史に踏み込むことは難しい。医史学は医の歴史であり,医学史と医療史の両方を含むものと言ってよいだろう。
私は歴史上の原典資料に基づいた医史学研究をこれまで積み重ね,さらに本書を執筆することを通して,医学の歴史において重要ないくつかの問題を発見し解決できたと考えている。第1に18世紀以前のヨーロッパの医学,とくに医学教育の内容を明らかにしたことである。19世紀になって西洋医学が大きく変容し現代の医学へと発展したことは知られているが,それ以前の医学・医療については水準が低かったとして軽視されがちで,医学教育の内容を掘り下げる研究が乏しかった。これについては本書の第1部で詳しく述べられる。第2に19世紀の医学において,何が変革の原動力になったのかを明らかにしたことである。病理解剖による臓器の病変の検証,顕微鏡による組織学と実験的な生理学による器官のミクロの構造と機能の解明,診察技術の開発による身体機能と病的変化の客観的評価,麻酔法と消毒法による外科手術の適用範囲の拡大,病原菌の発見による伝染病の克服が挙げられる。これについては本書の第2部で詳しく述べられる。第3に20世紀以後の医学の発展のさまざまな側面として,基礎医学により臓器の機能が細胞・分子のレベルまで解明されたこと,医学におけるさまざまな分野,すなわち薬学と薬理学,病理学と免疫学,脳と心の医学,発生と生殖の医学,臨床医学の諸分野が18世紀以前からの医学の伝統の上に発展したこと,診断・治療技術の発展が医療水準の向上をもたらしたことである。これについては第3部で詳しく述べられる。
本書の全体を通して提起され解決された,最後のそして最重要の問題がある。西洋医学だけがなぜ19世紀になって大きく変容し現代の高水準の医学をもたらすことができたのか,西洋医学が世界の他の伝統医学と違っている点は何なのか,という問題である。古代文明から生じたすべての医学は西洋医学であれ他の伝統医学であれ,病気を癒やす方法を経験的に編み出して治療していた。治療としては健康に役立つ食品や植物薬が用いられ,これに加えて中国伝統医学では鍼灸,西洋医学では瀉血も用いられた。このような経験的医療ではある程度の治療効果がすぐに得られるが,知見が検証・蓄積されることがなく,医療の着実な進歩・発展は期待しがたい。それと並行して人体と病気について推論的考察が行われ客観的な証拠によらずにさまざまな理論が生み出され,医学・医療に権威と信頼を与えていた。これに対して西洋医学では,古くから動物と人体の解剖が行われ身体の構造が言語により詳細に記述され,ルネサンス期以後には画像により明確に描写されてきた。このような人体についての科学的探求は,治療にすぐに役立つことはないが,知見が検証・蓄積されて着実に進歩・発展していくことができる。人体の構造の解明から,病気の原因・病態の解明に至るまで長い年月を要したが,西洋医学はこの科学的探求の力によって19世紀から発展を始め,20世紀になってその進歩を加速させ,現代の高度な医療をもたらしたのである。この西洋医学の特徴と医史学研究の意義については,第4部で述べられる。
2019年4月
八王子にて 坂井建雄
目次
開く
まえがき
第1部 古代から近世初期までの医学
Part 1. Medicine from ancient to the early modern.
第1章 古代における医療の始まり──さまざまな文明と医療
Beginning of medicine in the ancient ─ medicine in the ancient civilizations.
第2章 古代ギリシャの医学──西洋医学のルーツ
Medicine in the ancient Greek ─ origin of the Western medicine.
第3章 古代ローマの医学──ガレノスによる古代医学の集大成
Medicine in the Roman era ─ culmination of the ancient medicine.
第4章 ビザンチンとアラビアの医学──古代医学の継承と展開
Medicine in the Byzantine and Arabian ─ inheritance and compilation of
the ancient medicine.
第5章 中世ヨーロッパの医学──10~15世紀,医学教育の始まり
Medicine in the medieval Europe ─ beginning of medical education in
the 10 to 15th centuries.
第6章 16世紀の医学──印刷技術による情報革命
Medicine in the 16th century ─ information revolution by printing techniques.
第7章 17世紀の医学──古代からの人体観の克服
Medicine in the 17th century ─ conquest of the ancient recognition of
human body.
第8章 18世紀の医学──知識と理論の拡散
Medicine in the 18th century ─ diversifying knowledge and theories.
第9章 近世までの中国と日本の医学──漢方医学の発展と西洋医学の受容
Medicine in the pre-modern China and Japan ─ development of
the Sino-Japanese medicine and acceptance of the Western medicine.
第2部 19世紀における近代医学への変革
Part 2. Evolution to the modern medicine in the 19th century.
第10章 病理解剖と疾患概念の変化──臨床医学の成立
Pathological anatomy and changing concept of diseases ─ birth of
clinical medicine.
第11章 実験的生理学と細胞説の衝撃──基礎医学の成立
Experimental physiology and impact of cell theory ─ birth of basic medicine.
第12章 診断技術の開発──臨床検査の始まり
Development of diagnostic techniques ─ beginning of clinical investigation.
第13章 麻酔法と消毒法──外科手術の近代化
Anesthesia and sterilization ─ modernizing surgical operations.
第14章 伝染病克服への道のり──衛生学と細菌学の始まり
Long journey to overcome infectious diseases ─ beginning of hygiene and
bacteriology.
第15章 明治期の日本の医学──西洋医学の移植
Medicine in Japanese Meiji era ─ transplantation of the Western medicine.
第3部 20世紀からの近代医学の発展
Part 3. Development of the modern medicine in the 20th century and after.
第16章 生命維持機能とその調節──臓器の生物学
Visceral function and its regulation ─ biology of the vital organs.
第17章 人体を作るミクロの素材──細胞と遺伝子の生物学
Microscale components of the human body ─ biology of the cells and genes.
第18章 植物薬から現代の新薬まで──医薬の歴史
From herbals to the modern drug development ─ history of pharmacy.
第19章 病気の原因と生体防御──病理学と免疫学の歴史
Pathogenesis of diseases and defense mechanism ─ history of pathology and
immunology.
第20章 脳と心の医学──神経科学,精神医学,神経学の歴史
Medical science of brain and mentality ─ history of neuroscience, psychiatry
and clinical neurology.
第21章 発生と生殖の医学──発生学,産婦人科学,生殖医療
Medical science of embryonal development and reproduction ─ embryology,
gynecology, obstetrics and reproductive medicine.
第22章 臨床医学のさまざまな領域──小児科学,皮膚科学,眼科学,
整形外科学,腫瘍医学
Various fields of clinical medicine ─ pediatrics, dermatology, ophthalmology,
orthopedics and oncological medicine.
第23章 20世紀以降の医療技術──現代医療発展の原動力
Medical technology in the 20th century and after ─ progressive development
of the modern medicine.
第24章 20世紀以降の日本の医学──戦前,戦後,高度成長と情報化・グローバル化
Medicine in Japan in the 20th century and after ─ Before and after the war,
Japanese economic miracle, information society and globalization.
第4部 医史学について
Part 4. On the history of medicine.
第25章 医史学の歴史──医学史のさまざまなあり方
Historiography of medicine ─ various types of history of medicine.
第26章 現代における医史学の課題──18世紀以前から現在への西洋医学の発展
Mission of the history of medicine in the modern era ─ Development of the
Western medicine from the 18th century and before to the present era.
あとがき
文献
図版出典
索引
第1部 古代から近世初期までの医学
Part 1. Medicine from ancient to the early modern.
第1章 古代における医療の始まり──さまざまな文明と医療
Beginning of medicine in the ancient ─ medicine in the ancient civilizations.
第2章 古代ギリシャの医学──西洋医学のルーツ
Medicine in the ancient Greek ─ origin of the Western medicine.
第3章 古代ローマの医学──ガレノスによる古代医学の集大成
Medicine in the Roman era ─ culmination of the ancient medicine.
第4章 ビザンチンとアラビアの医学──古代医学の継承と展開
Medicine in the Byzantine and Arabian ─ inheritance and compilation of
the ancient medicine.
第5章 中世ヨーロッパの医学──10~15世紀,医学教育の始まり
Medicine in the medieval Europe ─ beginning of medical education in
the 10 to 15th centuries.
第6章 16世紀の医学──印刷技術による情報革命
Medicine in the 16th century ─ information revolution by printing techniques.
第7章 17世紀の医学──古代からの人体観の克服
Medicine in the 17th century ─ conquest of the ancient recognition of
human body.
第8章 18世紀の医学──知識と理論の拡散
Medicine in the 18th century ─ diversifying knowledge and theories.
第9章 近世までの中国と日本の医学──漢方医学の発展と西洋医学の受容
Medicine in the pre-modern China and Japan ─ development of
the Sino-Japanese medicine and acceptance of the Western medicine.
第2部 19世紀における近代医学への変革
Part 2. Evolution to the modern medicine in the 19th century.
第10章 病理解剖と疾患概念の変化──臨床医学の成立
Pathological anatomy and changing concept of diseases ─ birth of
clinical medicine.
第11章 実験的生理学と細胞説の衝撃──基礎医学の成立
Experimental physiology and impact of cell theory ─ birth of basic medicine.
第12章 診断技術の開発──臨床検査の始まり
Development of diagnostic techniques ─ beginning of clinical investigation.
第13章 麻酔法と消毒法──外科手術の近代化
Anesthesia and sterilization ─ modernizing surgical operations.
第14章 伝染病克服への道のり──衛生学と細菌学の始まり
Long journey to overcome infectious diseases ─ beginning of hygiene and
bacteriology.
第15章 明治期の日本の医学──西洋医学の移植
Medicine in Japanese Meiji era ─ transplantation of the Western medicine.
第3部 20世紀からの近代医学の発展
Part 3. Development of the modern medicine in the 20th century and after.
第16章 生命維持機能とその調節──臓器の生物学
Visceral function and its regulation ─ biology of the vital organs.
第17章 人体を作るミクロの素材──細胞と遺伝子の生物学
Microscale components of the human body ─ biology of the cells and genes.
第18章 植物薬から現代の新薬まで──医薬の歴史
From herbals to the modern drug development ─ history of pharmacy.
第19章 病気の原因と生体防御──病理学と免疫学の歴史
Pathogenesis of diseases and defense mechanism ─ history of pathology and
immunology.
第20章 脳と心の医学──神経科学,精神医学,神経学の歴史
Medical science of brain and mentality ─ history of neuroscience, psychiatry
and clinical neurology.
第21章 発生と生殖の医学──発生学,産婦人科学,生殖医療
Medical science of embryonal development and reproduction ─ embryology,
gynecology, obstetrics and reproductive medicine.
第22章 臨床医学のさまざまな領域──小児科学,皮膚科学,眼科学,
整形外科学,腫瘍医学
Various fields of clinical medicine ─ pediatrics, dermatology, ophthalmology,
orthopedics and oncological medicine.
第23章 20世紀以降の医療技術──現代医療発展の原動力
Medical technology in the 20th century and after ─ progressive development
of the modern medicine.
第24章 20世紀以降の日本の医学──戦前,戦後,高度成長と情報化・グローバル化
Medicine in Japan in the 20th century and after ─ Before and after the war,
Japanese economic miracle, information society and globalization.
第4部 医史学について
Part 4. On the history of medicine.
第25章 医史学の歴史──医学史のさまざまなあり方
Historiography of medicine ─ various types of history of medicine.
第26章 現代における医史学の課題──18世紀以前から現在への西洋医学の発展
Mission of the history of medicine in the modern era ─ Development of the
Western medicine from the 18th century and before to the present era.
あとがき
文献
図版出典
索引
書評
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「医学の歴史」教科書の決定版
書評者: 泉 孝英 (京大名誉教授)
650点を超す図版を収載した656ページに及ぶ大冊である。「膨大な原典資料の解読による画期的な医学史」との表紙帯が付けられている。私からみれば,わが国の明治の近代医学の導入(1868年)以来,150年の年月を経て,わが国の人々が手に入れることができた「医学の歴史」教科書の決定版である。医師・歯科医師・薬剤師・看護師・放射線技師・検査技師などの医療関係者だけでなく,一般の方々にも広く読んでいただきたい。豊富な図版は,専門知識の有無を問わず本書を読める内容としている。
教科書としてお読みいただく以上,「飛ばし読みは禁」である。まずは,573ページの「あとがき」からお読みいただきたい。坂井建雄先生の解剖学者・医史学者としての歩みの中から,本書誕生の歴史をたどることができる。坂井先生のこれまでの多数の学会発表,論文,書籍などから,幅広く資料収集に努めていられることは推察していたが,「ここまで!」との絶句が,本書を拝見しての私の第一印象である。
第1部「古代から近世初期までの医学」,第2部「19世紀における近代医学への変革」,第3部「20世紀からの近代医学の発展」,に記述されていることは,単なる事物・事象の記載だけではない,坂井先生の医学・医療に対する視点・観点,「哲学」ともいうべきものの基盤の上に,事物・事象の記載が行われている。
私自身は,医史学の勉強を始めたのは定年退官以後,坂井先生のはるか後輩である。私なりの視点から,明治時代のドイツ医学の導入,第1次世界大戦後に始まる米国医学の進出,そして,第2次大戦後,国民皆保険制度の成立による日本独特の医学の形成過程をたどり,論を呈してきたが,本書第24章「20世紀以降の日本の医学」における坂井先生の記述との対比から,私の視点・観点の再検討を試みたいと考えている。また,第26章「現代における医史学の課題」において記述されているが,「医療の社会化を前提とした医学研究の在り方」は,今後大きく問われるべき課題である。
終わりに,本書は,川喜田愛郎先生の『近代医学の史的基盤』(岩波書店,1977)に次いで,私が大きな感銘を受けた書物であることを記しておきたい。
過去の延長線上にある現代を理解し,未来を見通す
書評者: 北村 聖 (地域医療研究所シニアアドバイザー)
同級生の坂井建雄教授が2年余りの歳月をかけて『図説 医学の歴史』(医学書院)という渾身の一冊を上梓した。坂井氏の本業は解剖学である。学生時代から解剖学教室に入りびたりの生粋の解剖学者である。卒業後,それぞれの道に専念し接点があまりなかったが,再度会合したのが医学史の分野であった。聞くところによると,ヴェサリウスの解剖学から歴史に興味を持ったそうであるが,私が読んだ「魯迅と藤野厳九郎博士の時代の解剖学講義」の研究は秀逸であった。2012年に坂井博士の編集による『日本医学教育史』(東北大学出版会)が出版されて以来,より親しくさせていただいている。坂井博士は恩師養老孟司先生と同様,博学であると同時に,好奇心に満ちている。自分の知りたいことを調べて書籍化していると感じる。
さて,本書は表題が示している通り写真や図版が多い。特に古典の図版の引用が多いが,驚くなかれ,その多くは坂井博士自身が所有されている書籍からの引用である。2次文献ではなく,原則原典に当たるという姿勢は全編を貫く理念であり,それが読む者を圧倒する。まさしく「膨大な原典資料の解読による画期的な医学史(本書の帯)」である。また,史跡の写真も坂井博士自らが撮影したものが多く,医学史の現場にも足を運んだことがよくわかる。また,書中に「医学史上の人と場所」というコラムが挿入されており,オアシスのような味わいを出している。内容もさることながら,人選が面白く,医学史上の大家から市中の名医(荻野久作など)までが取り上げられている。
本書は4部26章からなっており,第1部は「古代から近世初期までの医学」,第2部は「19世紀における近代医学への変革」,第3部は「20世紀からの近代医学の発展」,そして,第4部は「医史学について」である。特に2部以降の近代,現代医学史は,原典を丁寧に読み込み,社会科学・歴史学というより自然科学の手法でその時代の医学を明らかにしていく姿勢が鮮明である。特に第15章「明治期の日本の医学」の記述は巻を圧するものである。また,第4部は日本医史学会の理事長である著者にしか書けないものであり,第25章「医史学の歴史」,第26章「現代における医史学の課題」共に,必読に値する。
歴史を学ぶことは,過去を振り返るだけの行為ではなく,過去の延長線上にある現代を理解し,そして未来を見通すことである。その意味において,本書が令和元年5月に上梓されたことは意義深い。医学史といえば長く小川鼎三博士の『医学の歴史』(中公新書,1964)であったが,半世紀ぶりに新しい定本ができたことを実感している。
さまざまな史実を一覧した図表が古代から現代までをつなぐ
書評者: 鈴木 晃仁 (慶大経済学部教授・医学史)
坂井建雄先生は多くの医学史研究者が敬愛する存在である。長いこと順大の解剖学の教授であり,解剖学者としての仕事だけではなく,解剖学の歴史を軸とした優れた業績を次々と発表されてきた。チャールズ・オマリーのヴェサリウス研究を『ブリュッセルのアンドレアス・ヴェサリウス1514-1564』(エルゼビア・ジャパン,2001)として翻訳したお仕事や,初期近代の解剖の歴史を検討した『人体観の歴史』(岩波書店,2008)などは,非常に重要な日本語の著作である。その坂井先生が『図説 医学の歴史』を出版した。さまざまな意味で,圧倒的な力と有用性を持つ仕事である。
坂井先生が打ち立てたのは「図説の」医学の歴史である。英語のタイトルが“The History of Medicine with Numerous Illustrations”であることが象徴している。歴史上のベーシックな事実,それを示す画像,そしてそれらの堅固な事実を整理して並べた一覧表の集大成である。このような画像や図表は全体で650点以上も集められ,一つひとつ丁寧に検討され,非常に見やすい形で表示されている。画像はカラーであり,医学の歴史が持つヒトや動物の活動が感じられる。とりわけ強力なものが,一覧表となった図表の利用である。著名な医師の著作の一覧表,それらの章立ての一覧表,生理学の概念の一覧表,ヨーロッパの薬草園の300年以上にわたる設立年次の一覧表,日本の医学校の設立年次の一覧表など,さまざまな史実が一覧の図表となっている。このような画像と図表の集積は,古代から現代までをつないでいくような効果を持つ。大きな図説プロジェクトに基づく書物は,英語のトータルな医学史の書物でも見たことがない。まさに圧倒的な力と有用性である。
一つの限界は,1980年以降に発達した新しい医学史とは大きな距離を置いていることである。新しい医学史は,人文学・社会科学(Humanities and Social Sciences)という医学以外の学問領域を基盤として,複数の視点で医学や医療を検討している。坂井先生はそれを「医療と社会の関わりという新しい視点」とまとめている。これを「社会」という概念でまとめてしまったことに一つの限界があるのかもしれない。「患者」「疾病」が医療や世界とどのように関連するのかという視点は,本書の主題にはなっていない。
しかし,このことは,理想論と比べたときのごくマイナーな点である。坂井先生のご著作は世界でも指折りの名著である。日本の医学史,医師,医療関係者はもちろん,どの領域の研究者にとっても必携の一冊である。
書評者: 泉 孝英 (京大名誉教授)
650点を超す図版を収載した656ページに及ぶ大冊である。「膨大な原典資料の解読による画期的な医学史」との表紙帯が付けられている。私からみれば,わが国の明治の近代医学の導入(1868年)以来,150年の年月を経て,わが国の人々が手に入れることができた「医学の歴史」教科書の決定版である。医師・歯科医師・薬剤師・看護師・放射線技師・検査技師などの医療関係者だけでなく,一般の方々にも広く読んでいただきたい。豊富な図版は,専門知識の有無を問わず本書を読める内容としている。
教科書としてお読みいただく以上,「飛ばし読みは禁」である。まずは,573ページの「あとがき」からお読みいただきたい。坂井建雄先生の解剖学者・医史学者としての歩みの中から,本書誕生の歴史をたどることができる。坂井先生のこれまでの多数の学会発表,論文,書籍などから,幅広く資料収集に努めていられることは推察していたが,「ここまで!」との絶句が,本書を拝見しての私の第一印象である。
第1部「古代から近世初期までの医学」,第2部「19世紀における近代医学への変革」,第3部「20世紀からの近代医学の発展」,に記述されていることは,単なる事物・事象の記載だけではない,坂井先生の医学・医療に対する視点・観点,「哲学」ともいうべきものの基盤の上に,事物・事象の記載が行われている。
私自身は,医史学の勉強を始めたのは定年退官以後,坂井先生のはるか後輩である。私なりの視点から,明治時代のドイツ医学の導入,第1次世界大戦後に始まる米国医学の進出,そして,第2次大戦後,国民皆保険制度の成立による日本独特の医学の形成過程をたどり,論を呈してきたが,本書第24章「20世紀以降の日本の医学」における坂井先生の記述との対比から,私の視点・観点の再検討を試みたいと考えている。また,第26章「現代における医史学の課題」において記述されているが,「医療の社会化を前提とした医学研究の在り方」は,今後大きく問われるべき課題である。
終わりに,本書は,川喜田愛郎先生の『近代医学の史的基盤』(岩波書店,1977)に次いで,私が大きな感銘を受けた書物であることを記しておきたい。
過去の延長線上にある現代を理解し,未来を見通す
書評者: 北村 聖 (地域医療研究所シニアアドバイザー)
同級生の坂井建雄教授が2年余りの歳月をかけて『図説 医学の歴史』(医学書院)という渾身の一冊を上梓した。坂井氏の本業は解剖学である。学生時代から解剖学教室に入りびたりの生粋の解剖学者である。卒業後,それぞれの道に専念し接点があまりなかったが,再度会合したのが医学史の分野であった。聞くところによると,ヴェサリウスの解剖学から歴史に興味を持ったそうであるが,私が読んだ「魯迅と藤野厳九郎博士の時代の解剖学講義」の研究は秀逸であった。2012年に坂井博士の編集による『日本医学教育史』(東北大学出版会)が出版されて以来,より親しくさせていただいている。坂井博士は恩師養老孟司先生と同様,博学であると同時に,好奇心に満ちている。自分の知りたいことを調べて書籍化していると感じる。
さて,本書は表題が示している通り写真や図版が多い。特に古典の図版の引用が多いが,驚くなかれ,その多くは坂井博士自身が所有されている書籍からの引用である。2次文献ではなく,原則原典に当たるという姿勢は全編を貫く理念であり,それが読む者を圧倒する。まさしく「膨大な原典資料の解読による画期的な医学史(本書の帯)」である。また,史跡の写真も坂井博士自らが撮影したものが多く,医学史の現場にも足を運んだことがよくわかる。また,書中に「医学史上の人と場所」というコラムが挿入されており,オアシスのような味わいを出している。内容もさることながら,人選が面白く,医学史上の大家から市中の名医(荻野久作など)までが取り上げられている。
本書は4部26章からなっており,第1部は「古代から近世初期までの医学」,第2部は「19世紀における近代医学への変革」,第3部は「20世紀からの近代医学の発展」,そして,第4部は「医史学について」である。特に2部以降の近代,現代医学史は,原典を丁寧に読み込み,社会科学・歴史学というより自然科学の手法でその時代の医学を明らかにしていく姿勢が鮮明である。特に第15章「明治期の日本の医学」の記述は巻を圧するものである。また,第4部は日本医史学会の理事長である著者にしか書けないものであり,第25章「医史学の歴史」,第26章「現代における医史学の課題」共に,必読に値する。
歴史を学ぶことは,過去を振り返るだけの行為ではなく,過去の延長線上にある現代を理解し,そして未来を見通すことである。その意味において,本書が令和元年5月に上梓されたことは意義深い。医学史といえば長く小川鼎三博士の『医学の歴史』(中公新書,1964)であったが,半世紀ぶりに新しい定本ができたことを実感している。
さまざまな史実を一覧した図表が古代から現代までをつなぐ
書評者: 鈴木 晃仁 (慶大経済学部教授・医学史)
坂井建雄先生は多くの医学史研究者が敬愛する存在である。長いこと順大の解剖学の教授であり,解剖学者としての仕事だけではなく,解剖学の歴史を軸とした優れた業績を次々と発表されてきた。チャールズ・オマリーのヴェサリウス研究を『ブリュッセルのアンドレアス・ヴェサリウス1514-1564』(エルゼビア・ジャパン,2001)として翻訳したお仕事や,初期近代の解剖の歴史を検討した『人体観の歴史』(岩波書店,2008)などは,非常に重要な日本語の著作である。その坂井先生が『図説 医学の歴史』を出版した。さまざまな意味で,圧倒的な力と有用性を持つ仕事である。
坂井先生が打ち立てたのは「図説の」医学の歴史である。英語のタイトルが“The History of Medicine with Numerous Illustrations”であることが象徴している。歴史上のベーシックな事実,それを示す画像,そしてそれらの堅固な事実を整理して並べた一覧表の集大成である。このような画像や図表は全体で650点以上も集められ,一つひとつ丁寧に検討され,非常に見やすい形で表示されている。画像はカラーであり,医学の歴史が持つヒトや動物の活動が感じられる。とりわけ強力なものが,一覧表となった図表の利用である。著名な医師の著作の一覧表,それらの章立ての一覧表,生理学の概念の一覧表,ヨーロッパの薬草園の300年以上にわたる設立年次の一覧表,日本の医学校の設立年次の一覧表など,さまざまな史実が一覧の図表となっている。このような画像と図表の集積は,古代から現代までをつないでいくような効果を持つ。大きな図説プロジェクトに基づく書物は,英語のトータルな医学史の書物でも見たことがない。まさに圧倒的な力と有用性である。
一つの限界は,1980年以降に発達した新しい医学史とは大きな距離を置いていることである。新しい医学史は,人文学・社会科学(Humanities and Social Sciences)という医学以外の学問領域を基盤として,複数の視点で医学や医療を検討している。坂井先生はそれを「医療と社会の関わりという新しい視点」とまとめている。これを「社会」という概念でまとめてしまったことに一つの限界があるのかもしれない。「患者」「疾病」が医療や世界とどのように関連するのかという視点は,本書の主題にはなっていない。
しかし,このことは,理想論と比べたときのごくマイナーな点である。坂井先生のご著作は世界でも指折りの名著である。日本の医学史,医師,医療関係者はもちろん,どの領域の研究者にとっても必携の一冊である。
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