はじめに
総合診療医の佐藤健太と申します。医学教育の専門家でも,ましてやカルテ記載法の大家でもない,市中病院の一臨床医ですが,自分なりに「よいカルテ」を追求し,試行錯誤してきました。カルテに関してはちょっとこだわりのある指導医です。
医師ならばカルテをきちんと書くことの重要性は認識しているはずですが,「どうしたら上達するのか?」と聞かれると答えられないのではないでしょうか。毎日なんとなく書いては頭を悩ませているのかもしれません。私もかつてはそうでした。
私が「カルテの書き方」に向きあい始めたのは医学部4年生のときで,もう10年以上も前になります。OSCE(Objective Structured Clinical Examination:客観的臨床能力試験)対策の一環として,カルテの書き方を勉強しようとしたのですが,書店では適当な書籍が見つからず,学内で配布されたOSCEのテキストで該当箇所だけを読んで済ませました。5年生になり臨床実習に出てみると,「達筆すぎて解読不能」「SOAPにのっとっていない」「病名も方針も書いていない」カルテばかりで良いお手本が見当たりません。また,学生にカルテ記載の権限がない科も多く,たまに書く機会に恵まれても書き方を教えてもらうことはありませんでした。
そんなとき,大学の枠を超えて医学生が参加するメーリングリスト(college-med)を先輩に紹介されました。そこは,提示された症例に対して医学生が鑑別診断や検査・治療プランを提示し,全国の教育熱心な臨床医からフィードバックがもらえるという夢のような環境でした。そして,特に目を引く学生の投稿を読んでいると,知識量や発想がすごいというだけではなく,記載様式がわかりやすく思考過程が読み取りやすいことに気付いたのです。この経験から「きちんとカルテを書くことによって論理的思考力が身につき,診断能力を高められる。思考過程が相手に伝わりやすいため,適切な指導を受けることもできる」という期待感と,「大学内で学べないことはWebで学べばよい」というヒントを得ました。Web検索で「内科学研鑽会」のサイトを見つけ,そこで紹介されていた「総合プロブレム方式」を毎晩少しずつ勉強してカルテの書き方を身につけました。
その後実際に医師として働き始め,原則論だけでは対応できない状況もたくさん経験しました。初期研修開始初日に担当した急性腎盂腎炎の患者では,総合プロブレム方式にのっとって入院記録を書いたところ,「プロブレム15個,A4サイズの紙カルテで7頁」の長編となってしまいました。指導医からは「長すぎる」というコメントだけで中身についての言及はなく,看護師からも苦笑いしかありませんでした(今思うと当然です)。その後,同期や指導医のカルテを読んだり他職種からフィードバックをもらったりしながら改善を重ね,家庭医療学や医学教育学のエッセンスも取り入れつつ,後期研修が修了するころにようやく現在のカルテ記載法にたどり着きました。
そのうち,指導医としてカルテ記載法を研修医に教える機会が増えました。教えても理解できない研修医や,基本的な考え方は理解できても実際に書くことはできない研修医にたくさん出会いました。それでも根気強く,カルテ記載が上手な研修医とそうでない研修医の性格や学習スタイルの特徴,書き方の違いなどを観察していく中で,「教え方」についても一定の方法論を見いだせるようになりました。現在は,基本的なポイントをレクチャーし,その後定期的にカルテをチェックしていくことによって,ほとんどの研修医がわかりやすいカルテを書けるようになるだけでなく,情報収集や診断推論の能力まで伸びるように感じています。
こうやって私が10年かけて見いだしたカルテ記載法とその指導法をベースに,本書を執筆しました。
「週刊医学界新聞」の
連載記事(2012年から全13回)を元に大幅な加筆修正を行っています。
全体は,「基本の型」と「応用の型」の2部構成になっています。「基本の型」では,あらゆるセッティングに応用可能な,カルテ記載法のエッセンスを解説します。次の「応用の型」では,外来/救急などセッティング別のカルテ記載方法について学び,明日から実践可能な「型」を解説します。さらに「おまけの型」では,病棟患者管理シートなどカルテ以外の「型」を収録しています。カルテにまつわる小ネタはColumnで触れているので,学生や研修医を指導する際に使えるトリビアも得られるでしょう。
なお,病歴聴取法や身体診察法もカルテの書き方と密接に関わってきますが,全てをカバーすると膨大な頁数になってしまうため,「カルテを書く」ことに直結する内容に絞りました。一方で,私の専門領域である総合診療医学や家庭医療学などは幅広く複雑な問題を扱うための枠組みを提供してくれるため,折に触れてその考え方を提示しています。
皆さんの周りにカルテの書き方を教えてくれる指導医がいなくても,ある程度までは独学で到達できるように様々な工夫を凝らしています。できれば順を追って,読み進めていただければ幸いです。
2015年3月吉日
佐藤健太