肩 第4版
その機能と臨床

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“肩”についての40年余にわたる著者の臨床経験と研究をまとめた独創的な臨床書の改訂第4版。先人の業績を縦横に博引しながら、自らの見解をウィットに富んだ語り口と実証的な数値で明解に示す。前版以降の約10年間にわたる膨大な論文、資料を整理・選別して新たに取り入れた。また、前版より著しく進歩を遂げたバイオメカニクス、スポーツ障害、理学療法に関する部分は特に大幅に刷新。まさに著者畢生の名著といえる。
信原 克哉
発行 2012年10月判型:A4頁:544
ISBN 978-4-260-01676-6
定価 19,800円 (本体18,000円+税)

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第4版 序(信原克哉)/推薦の辞(津山直一/広畑和志)

第4版 序
 昨年の梅雨入りの頃であろうか,医学書院の北條氏から連絡をうけた。いまだに本書の購読者があるので増刷あるいは改訂の意向はないだろうかとの相談である。話を聞かされて,10年以上も経っている拙書を求めてくれる人々への感謝と,もはや古くなった資料をいまだに提示していることへの自責で,しばし沈思した。だが私は第3版の序で,“自分の手になる第4版は望むべくもない”と記している。もう一度,粉骨砕身してみようかと考えたが,いくども引退興行を繰りかえす歌手のように,不様な声を聴かせたくもない。
 一方,第3版の仕事を終えた私はいつもの習性で肩の資料の蒐集と整理を続けていた。経験する珍しい症例,画像で得られた新しい知見,数千を超える貴重な術中写真,継続的に行なわれてきた追跡調査の結果など,10年間の膨大なお宝が手元に山積している。思えば8年前にWorld Scientific Publisher が出版してくれた英訳本,THE SHOULDER─Its Function and Clinical Aspectsが2004年度の英国医学会のHighly Commended Orthopaedicsを受賞して以来,仕事が終わったと勘違いしていたようである。背中を押し推薦の辞を書いてくださった津山先生,広畑先生らの墓石を尋ねてみたが,もはや応えてくれない。いずれにしても人生の緞帳は下りる。しばしの黙考のあと踏み出すことを決断した。
 この11年間の大きな変化は発表された論文の多さであった。その中で心打たれて採用した貴重な文献の数は757増えて2,296編になった。また,毎年平均500例ほど行ってきた肩の手術は11年間で4,413件にも達していた。腱板の修復例は1970年開院以来の4,653件を超えたが,これらは患者さんを紹介してくれた大勢の友人たちのおかげである。
 第1版から述べてきたZero Positionと第2肩関節の概念,slipping phenomenonなどはもはや常識となった。長い間,関心を惹かなかった腱板疎部損傷 Rotator Interval Lesion,投球中に起きる前後不安定性障害 Antero-Posterior Instability in Throwing,疲労で発現し易い広背筋症候群 Latissimus Dorsi Syndrome などの病態も広く周知されてきている。当院で始まった手術手技,不安定肩に対するNH法,動揺肩に対する関節形成術glenoid osteotomyは,長期追跡調査から豊穣な果実を収穫しつつある。
 労苦をともにした医療スタッフ,医師,看護師,理学療法士,放射線技師の諸氏,とくに麻酔科の清成宜人副院長,リハビリテーション部長の立花孝君,それに本書のレイアウト作業に携わってくれた秘書の宮原香枝君,画像作成に協力してくれた研究所の田中洋,野村星一両君,出版にご尽力いただいた医学書院に心から感謝する。

 本書を妻と娘に捧げる。この生きざまに感無量 おもい緞帳垂れ下り。

 平成24年9月
 信原克哉


推薦の辞
 人間が他の動物と決定的に異なる点は,後肢のみで起立歩行しうる二足動物であり,前肢を体移動とは別の目的の,物を作りそれを使用するという高い知的な動作に使用するという点にあり,他の動物のもたない手という極めて巧緻な器官を,空間の任意な所に位置せしめる肩・肘を含む肩甲上肢帯が,他の動物の前肢と全く違う人間のみのもつ器官として備わっている点である。この意味から,肩は上肢の機能を発揮させるための正に要になっている。
 整形外科の発達に伴い,その包含する多くの問題をより専門的に,より深く研究するグループに分かれ,それぞれの分野で詳細な研究が行われるようになってきた。わが国にも,肩関節とその周辺機構に的をしぼって研究を進めている学徒があるが,本書の著者信原克哉氏は肩関節の問題に取り組んで,すでに20年に及ぶ研究を進めてこられた学究である。私が氏の肩関節に関する種々の研究を,学会や文献誌上で目にするようになってからすでに久しいが,今回氏がライフワークともいうべき,肩関節の研究をまとめられ,多年のお仕事の集大成を世に問われることは,真に歓迎するところである。
 本書をひもとかれれば直ちにわかることであるが,非常にわかりやすい表現を用いながら,しかも学問的に高度の内容を盛られ,肩の分野の先人の主な業績も広く盛り込まれている。最も本書の面目躍如としているところは先人の業績の博引傍証に終わらず,肩の諸問題を考えるとき何が最も大事な点であるかということを,解剖学・運動学・病理学・診断学・治療学すべてにわたり,氏自身の考え方をはっきりと示されている点であり,要領のよい,時にはユーモラスな表現を用いた氏みずからの手になるシェーマ,ならびにこのような単行書としては異例と思われるほど多数のカラー写真が盛られているので,図表を追ってゆくだけで,内容の多くがわかりやすく理解できるほどである。
 信原氏は,昭和45年に兵庫県龍野の地に開業されて以来,多忙な日常の間に肩の研究に対する情熱をもち続け,研究を進めておられる異色の整形外科医であるが,真の学究は野にあっても,決して大学や施設においてなされる研究に遜色することのない仕事をされることを,本書は物語っている。
 筆者は氏の病院を訪れ見学させていただいたことがあったが,その初療よりリハビリテーションに至るまでの設備と診療内容の高度なこと,ことに非常に多くの多種多様な肩関節の患者が遠隔の地からも信原病院に治療を求めて集まっているのを見て,また一例一例の記録が極めて大事に扱われ保存整理されているのを見て,肩関節に関する限りどの大学の肩関節専門診に優るとも劣らぬ内容であるのに感銘を深くした次第であった。病院内に感じられるヒューマンな雰囲気と芸術家肌の院長の弾かれるエレクトーンの調べは,なおいっそう訪問を楽しいものにしたのであるが,氏は常に若々しい情熱をもって,研究にも診療にも純真な個性を発揮しておられる。
 氏が肩関節の研究に打ち込まれるようになった動機をたずねたところ,1955年版のBATEMANの著書「肩」に魅せられて以来とのことであった。学者が情熱をかけたライフワークをまとめた著作が他の学者を鼓舞し,進路を定める機縁になることのある好い例であるが,この信原氏が多年の研究をまとめられた本書も,必ず読む人に肩に関する多くの知識を教えるのみでなく,感動,鼓舞させるものがあると信ずる。

 1979年8月31日
 東京大学名誉教授 津山直一


推薦の辞
 まず,日本で最初の肩の専門書が同僚の信原先生によって発刊されたことを心から祝福したい。
 この本の各項の至るところに彼の持ち前の優れた才覚と叡智があふれ,その背景になったバイタリテイーが滲んでいる。彼には才智とは別に,臨床家にとって重要なモチベーションを大切にし,素直にこれを生かしてゆく一面がある。そのため,このような立派なライフワークが続けられたものと思う。
 彼の「肩」との出会いは,私の記憶によると昭和34年入局後日も浅く人跡未踏と噂された,十津川村の電源開発ダム工事の診療所出張時代であろう。勧めもあって携行した神中整形外科学とBATEMANの肩の2冊の本を読了した若い彼が,熊野杉の山間で肩に魅せられて「肩」に憑かれたといってよかろう。
 爾来,私は酒を汲み交わす毎に肩談義を聞かされてきたが,何時の間にか次第にその機会も少なくなった。お互いに職場がはなれたことにもよるが,私自身が“後脚”に興味を持ち,彼が“前脚”に造詣が深くなったせいかも知れない。
 昭和38年8月より2年間米国へ留学したが,飛行場についた日から助手として手洗いをしたほどの人物であり,一例でも多くの専門医の手術例を貪欲にみてきている。
 昭和40年帰国し,大学に在籍して米国での貴重な経験を生かし,骨移植の研究(Kobe Bone)と本格的に「肩」の勉強に精出したのである。事情があって高知の病院に転院し,ここで彼は忙しい診療のさなかに,“リハビリテーション”について勉強し,この本に書かれている彼独特の肩の患者の治療体系を確立したものと思う。
 昭和45年3月より故郷に帰り,現在の整形外科病院を開設した。院長でありながら自ら陣頭にたち,また私達の教室の若い人の卒後教育に当たってもらっている。神戸大での実地医家の立場から医学概論や肩についての名講義は学生間で好評であり,これからの日本の医学教育者としても欠かせない人である。
 このような彼が,整形外科医になって20年の貴重な経験を生かして書いたのがこの本である。あるときは逆境に耐えながら,また,忙殺されるような病院経営の中にあってこのような名著が出版されたが,読者の多くはその超人的な努力にただ敬意を表すのみであろう。
 昨年は15年ぶりで日本肩関節研究会の若い人達とともにアメリカに渡り,切り込み隊長としてMAYO ClinicやCAMPBELL Clinicを訪れて堂々と互角に討論をまじえてきた。再びこの秋は肩関節研究会会長としての手腕とその活躍が大いに期待されている。
 この卓抜な“コク”のある肩の本はいままでの20年の間,才智に恵まれ優れた整形外科医として積んできた彼の業績の集大成といえる。
 WATSON-JONESに勝るとも劣らぬ,彼の天性ともいうべき比喩と文章表現の上手さが至るところにみられるのも圧巻である。忙しい臨床家に“肩凝り”を感じさせずに,清涼感をもって理解されるので,患者のために役立つ本になるものと信じている。
 この肩の本が世に出てこの方面の研究者や臨床家の糧になれば,友人の一人として最大の喜びでもある。

 昭和54年8月25日
 神戸大学教授 広畑和志

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第1章 肩とは
第2章 肩の医史
第3章 肩のつくり
 A.肩の骨 bones of the shoulder
 B.肩の関節 joints of the shoulder
 C.肩の注油(肩の滑液包) the bursas of shoulder region
 D.肩の筋群 muscles of the shoulder
 E.肩の空隙 spaces of the shoulder
 F.肩の神経と脈管 nerves and blood vessels of the shoulder
第4章 肩の仕組み
 肩の複合機構 the shoulder complex
第5章 肩のバイオメカニクス
 A.肩の用語と肢位 terminology in the shoulder and arm positioning
 B.運動の種類と相 types and phases of motion
 C.肩のブレーキ brake of the shoulder
 D.CODMANの逆説 the paradoxes by CODMAN
 E.代表的な肩の動作 representative motions of the shoulder
 F.腱板の動き function of the rotator cuff
 G.腱板モデルによる腱板の研究 study on rotator cuff composed shoulder model
 H.肩甲骨面Nの設定 setting scapular plane N
 I.挙上・下降時の総合筋力 general muscle force at elevation and depression
 J.肩甲上腕リズム scapulohumeral rhythm
 K.臼蓋骨頭リズム glenohumeral rhythm
 L.臼蓋の形状 shape of the glenoid
 M.上腕骨骨頭の形状 shape of the humeral head
 N.骨頭と臼蓋の動態観察 observation of motion of the humeral head and glenoid
 O.骨頭と臼蓋間の,接触面の変化とその作用点の推移 changes in the contact area
   between the humeral head and the glenoid, and tracing of action points
 P.骨頭と臼蓋の動態 author’s observation on motion of the humeral head and glenoid
 Q.肩甲骨の動態 motion of the scapula
 R.上腕骨と肩甲骨の回旋 rotation of the humerus and glenoid
 S.臼蓋骨頭リズムのball rollとglidingの分析 analysis of ball roll and gliding motion in
   glenohumeral rhythm
 T.挙上動作における骨頭中心と骨頭瞬間回旋中心の位置変化 changes in position of the
   center of the humeral head and the instant rotation center of the humeral head in
   elevation
 U.肩関節内圧の変化 changes in intraarticular pressure
 V.肩峰下圧の変化 changes in subacromial pressure
 W.最近のバイオメカニクスの進歩 recent advancement in biomechanics
第6章 肩の診察
 A.肩のみかた method of examination of the shoulder
 B.肩の画像 radiography of the shoulder
 C.肩の評価 functional evaluation of the shoulder
 D.肩の運動-記録と分析 motion of the shoulder-recording methods and analysis
 E.肩の関節鏡検査 arthroscopy of the shoulder
 F.肩の電気的検査法 examination of the shoulder using electrical methods
第7章 肩の疾患
 A.肩関節周囲炎 periarthritis of the shoulder
 B.石灰沈着性腱板炎 calcifying tendinitis, calcified tendinitis
 C.上腕二頭筋長頭腱の疾患 diseases of the long head of biceps tendon
 D.インピンジメント症候群 impingement syndrome
 E.肩関節拘縮 stiff and contracted shoulder
 F.腱板損傷 injury of the rotator cuff
 G.腱板疎部損傷 rotator interval lesion(RIL)
 H.動揺性肩関節 loose shoulder
 I.肩結合織炎 fibrositis of the shoulder
 J.その他の疾患 miscellaneous diseases
第8章 肩の骨傷
 A.肩関節脱臼 dislocation of the shoulder
 B.肩鎖関節脱臼 dislocation of the acromioclavicular joint
 C.上腕骨骨折 fracture of the humerus
 D.胸鎖関節脱臼 dislocation of the sternoclavicular joint
 E.鎖骨骨折 fracuture of the clavicle
 F.肩甲骨骨折 fracture of the scapula
第9章 肩とスポーツ
 A.投球動作の解析と投球障害 analysis of throwing motion and injuries
 B.投球障害による肩の疾患 shoulder disorders caused by throwing
 C.投球障害の治療 treatment of throwing injury
 D.投球障害の予防 prevention of throwing injury
第10章 肩の治療
 A.局所注射のしかた methods of injection and block
 B.外固定のしかた methods of immobilization
 C.関節への侵入方法 surgical approach to the shoulder joint
 D.手術時の肢位 surgical position
 E.手術術式 surgical techniques
 F.肩の人工関節 replacement arthroplasty of the shoulder
 G.鏡視下手術 arthroscopic surgery
第11章 肩の理学療法
 A.基本的手技 basic techniques
 B.運動療法 therapeutic exercise
 C.物理療法 physiotherapy

文献
事項索引
人名索引

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肩の理学療法にかかわるすべての理学療法士のために
書評者: 工藤 慎太郎 (国際医学技術専門学校・理学療法学)
 2001年4月に第3版が出版されてから11年が過ぎ,医学書院から信原克哉先生の『肩 その機能と臨床』の第4版が出版された。1979年に初版が出版されて以降,30年余りが過ぎても,なお改訂版が求められていること,さらに第3版では英文版が出版され,英国医学会の優秀図書賞を受賞されていることから,その内容の奥深さは語るに及ばない。まさに「珠玉の名著 四たび!」である。

 第4版では,前版以降の10年余りの肩の外科にかかわる数多くの研究,特に投球障害や理学療法に関する研究を引用しながら,臨床・研究に新たな視点を与えてくれる。そこで,投球障害のリハビリテーションに従事する理学療法士の視点から僭越ながら論評させていただく。

 投球障害に対するリハビリテーションでは,選手の投球時の疼痛や不安定感などの症状の発現機序を明確にして,その症状の消失とパフォーマンスの改善をめざして,理学療法がプログラムされる。しかし,大きな可動性を持った球関節とその複合体を制御する多くの靭帯や筋の織りなす複雑な病態,さらには投球という約1.5秒の短い時間に行われる高速の全身運動を運動学・運動力学的に理解することは困難を極める。動作から機能障害や病態の仮説を立てることは,理学療法士のアイデンティティーである。そのため,投球障害に対するリハビリテーションにおいて,投球動作を分析し,病態との関係をとらえるのは,運動療法の第1歩である。しかし,観察による動作分析の習熟は,臨床において最初にぶつかる大きな壁となることが多く,投球動作においても同様である。この壁を乗り越えるには,投球動作の運動学・運動力学的な理解はもちろんだが,そういった分析を細かな病態のかかわりの中でとらえていくことが必要になる。

 本書には,バイオメカニクスの視点から投球障害を分析することの重要性を訴えながら,外科医として肩の治療を行ってきた著者ならではの投球動作の分析の歴史的背景から最新の知見,投球障害のさまざまな病態との関係が述べられている。

 読者には自身がこれまで担当した選手を思い返しながら「第9章 肩とスポーツ」を読んでいただきたい。そして,読み終えた後,今,難渋している選手のことを思い出してほしい。きっと何らかのブレイクスルーが得られることと思う。そして,このような内容は他の章にも随所に散りばめられている。

 評者自身も臨床2年目で,初めて信原先生の講演を聴いたときに,肩の治療を深く考えるきっかけになった。第4版は全ページ,フルカラーとなり,ページをめくるたびに現れる美しいイラストと,その重厚感は,当時の講演を思い返すのに十分すぎる迫力である。目の前で信原先生が,自分の考察に「それはショート(短絡的)だ」と言われている気がする。明日からの臨床に向き合うのが楽しみになった。

 肩の理学療法にかかわるすべての理学療法士が,本書の内容を理解して患者と向き合ったとき,その空間が笑顔であふれていることが想像できる,そんな一冊である。
著者のライフワークが凝集された味わい深い名著
書評者: 吉川 秀樹 (阪大大学院教授・整形外科学/阪大大学病院・院長)
 整形外科医として,また人生の先輩として私淑する信原克哉先生の『肩――その機能と臨床』の初版が出版されたのは,1979年である。小生が医師になって整形外科を始めた年であり,特別に感慨深い。その後,肩関節外科を含め整形外科学は急速な発展を遂げ,本書も改訂を重ねた。2001年改訂の第3版は,“THE SHOULDER-Its Function and Clinical Aspects”として英文翻訳され,2004年,英国医学会のHighly Commended Orthopaedicsを受賞している。このたび,待望の改訂第4版が出版された。第3版以後の約10年間にわたる膨大な研究成果や文献が新たに取り入れられている。

 本書の第一の特徴は,膨大な内容であるにもかかわらず信原先生の単独執筆であるという点である。先生独特の奥深い洞察,機知に富む解説が随所に散りばめられ,医師として,人間としての豊富な経験,風格からにじみ出る文章は実に味わい深い。この第4版は,大きなサイズ(A4判)に改められ,大変読みやすくなっている。現代的にビジュアル感覚を重視し,ふんだんにカラー写真,漫画,イラストレーションが駆使されている。なかでも,江戸時代の肩脱臼整復図,ゼロポジションの解説に引用されている布袋像や絵画の美女,長頭腱と骨頭の動きを解説したロープウェイ写真などは,特に印象的である。また,カラー写真14枚による腱板修復術の手術所見などは,動画を見ているが如く臨場感があり美しい。

 本書のもう一つの特徴は,67ページにわたる第9章の「肩とスポーツ」の充実である。信原病院敷地内に設立されている運動解析スタジオと三次元運動解析システムの研究成果が,多くの画像,イラストとともに掲載されている。本章のみで,「投球動作と投球障害」の教科書として出版しても世界最高レベルであると言っても過言ではない。さらに本書の末尾には,古文献から最新の論文まで,和文,英文合わせて実に2296件の肩に関する文献が網羅されている。この貴重な資料を駆使すれば,長い歴史の中で,肩に取り組んだ世界の研究者たちの足跡をたどり,その業績を渉猟することができるのもありがたい。

 本書は,40年以上に及ぶ信原先生のライフワークを凝集したものであり,肩の歴史,解剖,バイオメカニクスから,診察,診断,外科治療,リハビリテーションまで,一連の大河ドラマのようにつづられた珠玉の名著である。肩関節外科医はもちろんのこと,一般整形外科医,理学療法士,看護師のほか,肩の診療,研究,教育にかかわるすべての医療従事者に推薦する。
読むほどに味わい深い肩関節外科の“独創的”臨床書
書評者: 井樋 栄二 (東北大大学院教授・整形外科学)
 1987年,評者がちょうど肩関節外科医としての勉強を始めたころであるが,本書の第2版が出版された。それを手に取って大きな衝撃を受けた。普通の教科書とは全く異なり,全体に一つの流れがある。思わず先を読みたくなる,まるで小説でも読んでいるかのような錯覚にとらわれる内容に驚かされた。それは信原克哉という一人の人間による一貫した哲学で書かれた書物だからである。難解な部分もあるが,何度も読むうちに隠された意味が見えてくる味わい深い書物である。

 名著と言われて久しい本書の11年ぶりの改訂版が上梓された。本書第3版の英訳版が,英国医学会が優れた医学書に対して贈る権威ある賞「優秀図書賞」を2004年に整形外科部門で受賞していることも,本書が国際的水準からみても秀逸な書籍であることを如実に物語っている。

 このたび,信原先生ご自身から書評のご依頼をいただき恐縮している。と同時にこのような名著の書評を依頼されたことを大変光栄に思う。今回の改訂にあたっては,前版発刊以降の約10年分の膨大な関連文献の中から重要なものを加え,文献総数は約2,300にも及んでいる。このように膨大な科学的根拠に基づく解説書であるにもかかわらず,信原先生特有の軽快でユーモラスな語り口のおかげで肩が凝ることもなく読み進むことができる,極めて“独創的”な臨床書といえる。特にここ10年間,著しく進歩を遂げたバイオメカニクス,スポーツ障害,理学療法に関する部分は大幅に刷新されている。また,カラーの図版(写真含む)を多用することで見やすい内容になっており,さらにA4判へと本のサイズを上げ,また上製から並製にすることで,本の開きやすさや読みやすさといった点にも細かな配慮がみられる。肩関節外科を志す者はもちろんのこと,整形外科医であれば一度は手に取るべき書物である。

 日本は,肩関節外科の領域では古い歴史もあり,ある面では世界をリードしてきた。しかし本書に収録されている腱板疎部損傷や動揺性肩関節など日本発の疾患概念が,国際的に必ずしも正しく認知されているとはいえないのが現状である。関節鏡という手術器具も日本発でありながら,米国,ヨーロッパにおいて急速に発展し,今では日本が追いかける立場にさえなってしまった。それは日本の肩関節外科医の多くが内向き志向であること(国内学会での発表,国内誌への投稿で満足している),世界に向けての情報発信があまりにも少なかったことがその原因と考えられる。

 本書とその英訳本がブレイクスルーとなって,日本の,そして世界の肩関節外科医が共通の理解と認識の上で議論を深め,どこでも誰にでも世界標準の診療を提供できる日が来ることを望む次第である。

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