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定本 M-GTA

実践の理論化をめざす質的研究方法論

著:木下 康仁

  • 判型 A5
  • 頁 400
  • 発行 2020年10月
  • 定価 3,520円 (本体3,200円+税10%)
  • ISBN978-4-260-04284-0
M-GTA(修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ)の決定版!
質的研究方法論の1つとして広く知られるM-GTA(修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ)の決定版。M-GTAの基本的な考え方と研究方法のプロセスを具体的かつ詳細に解説し、理論面と実践面から強力にサポート。看護系大学院生や看護研究者などを中心にM-GTAのさらなる浸透を図るとともに、質的研究の未来を見据えながら、理論と実践と研究の循環の実現に向けた研究成果の産出をめざす。
序 文
はじめに

 この本は,質的研究法のひとつであるM-GTA(修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ:Modified Grounded Theory Approach)について体系的に論じたものである。質的研究に期待されている深い解釈と厚い記述,課題とされてきた分析方法の明確化...
はじめに

 この本は,質的研究法のひとつであるM-GTA(修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ:Modified Grounded Theory Approach)について体系的に論じたものである。質的研究に期待されている深い解釈と厚い記述,課題とされてきた分析方法の明確化と分析プロセスの明示化,そして,意味の解釈を分析とするときの厳密さの確保と分析結果の実践的活用……M-GTAはこれらに応えようとする研究法として開発されてきた。
 本書は全体で4部構成になっており,Part 1でM-GTAの基本特性と方法論的基盤をオリジナル版GTAとの関係で論じ,Part 2でインタビューデータにおける概念生成から結果図とストーリーラインの作成までの分析方法と分析プロセスを詳しく説明しており,その内容の学習方法として,Part 3でグループワークの仕方を具体的に提案している。最後のPart 4では視点を質的研究全体に広げ,質的データの分析におけるコーディングとは何か,質的研究論文の査読のあり方,そして,質的研究を数量的研究との対比におくのではなく,共通土俵に上げて新たな科学哲学である批判的実在論との関係から,M-GTAの可能性を検討している。具体的な作業内容の説明から研究のあり方など大きな問題まで多岐にわたる内容を取り上げているので,部分と全体,全体と部分の関係を意識して読むと理解しやすいであろう。
 多くの読者にとっての関心はM-GTAの分析方法を詳述したPart 2だと思われるが,それだけではM-GTAを理解し実際に用いるのはむずかしいと考えている。分析を行なう自分自身の立ち位置を確認できないまま作業を始めてしまい,自分の解釈に関する適切さの判断があいまいで相対的になってしまうからである。特にPart 1は本書全体のゲートウェイになっているのだが,内容的に取っつきにくさを感じるのであれば,Part 2から先に読んでから戻るのでもよいだろう。また,Part 3から読んでグループ学習を立ち上げられれば,Part 2の検討をしやすくなり,理論的な内容が中心となるPart 1とPart 4についても,ディスカッションを通して理解を深めていきやすい。
 したがって,本書は一度読んで終わるのではなく,手元において読み直したり,手順と考え方を繰り返し確認しながら利用できるよう目次構成を詳しくしている。主たる読者としては,初めて本格的な研究に取り組む人たちを想定している。大学院の前期課程(修士)の人たちや博士論文に取り組む後期課程の人たち,実務専門職の人たち,そしてそうした人たちを指導する立場にある研究・教育職の人たちを念頭においている。

 この種の書籍は入門書であることが強調されがちであるが,本書は入門書であると同時に質的研究に関する専門書としても成り立つように工夫している。バランスをとるのがむずかしい試みであったが,この点に関しては数量的,質的を問わず研究法の専門家からの批判的検討を期待している。本書では考え方と方法,具体的な技法をできるだけ分けて説明することで,なぜある技法を用いるのか,その理由を自分で説明できることを重視している。技法と手順だけで質的研究ができるわけではなく,正誤判断ではなく意味の解釈を継続的に蓄積する作業では,自分の判断を必ず説明していかなくてはならない。そうしないと伝わらない。人に説明するには,自分がその内容に一定の確からしさ,本書でいう「リアリティ感」がもてないと不安定な作業となるからで,本書では,この「説明する」ということを強調している。逆にいうと,ここをおさえれば質的研究は知的躍動感を与えてくれるものになる。技法は考え方を具体的な形にしたもので考え方そのものではないから,実践によって身につくのであり,その意味では技能といってもよいかもしれない。そして,よりよい技法の可能性は常にオープンである。技法や方法から入って考え方を確認したり,考え方から入って方法に独自の工夫があったりしてもよい。
 このような構成にしたのは,学習者とは変わっていく存在だからである。新たに学ぶ人たちが増えていくのを期待するのはいうまでもないが,当然のことながら学習者はいつまでも初学者のままではないし,そうであってはならない。今,自分は学習プロセスのどこに位置しているのだろうかと,「学ぶ/習う→使う→教える」という継続的なプロセスに自分をおくことで,学習目的も変わっていくであろう。同じものをみているようで,みえ方は変わっていくからである。学ぶプロセスに「教える」まで含めているのは,教える専門家になることをめざすという意味ではなく,グループ学習がそうであるように,役割によって自分の理解を他の人に説明することで自分の理解を確かなものにし,新たな気づきにつながるからである。質的研究,M-GTAの学びは終わりのないプロセスであるが,常に自分の位置を確認することにより,学習者としての自分を振り返りやすくなり,研究者としての成長と課題に気づいていくことができる。ここに,この研究方法の奥の深さと知の探求の楽しさがある。学位論文が書ければそれで終わるというわけではない。
 M-GTAは現在非常に多くの領域で用いられており,特に当初から対人援助領域,看護・保健領域,ソーシャルワークや介護などの社会福祉領域での活用が際立っていた。そして現在は,リハビリテーション,臨床心理,学校教育,言語教育(英語・日本語),経営マネジメントなどの領域や,死生学,老年学,情報学などの学際領域でも用いられている。具体的な研究テーマは多岐にわたっているが,全体に共通した特性としては,人と人の直接的かかわり合い(社会的相互作用)が展開されている実践的専門領域ということになる。
 また,本書では全体を通して1つの研究例「高齢夫婦世帯における夫による妻の介護プロセスの研究」(木下,2009,第一章)を用いている。これにより本書で解説している研究上の各項目や段階,および,研究プロセス全体が理解しやすいようになっている。本書ではこの研究例をできるだけ詳しく紹介しているが,分析結果である理論(グラウンデッド・セオリー)の表現がどのような形になるのかを理解し,分析結果の記述の仕方などを詳しく知る上でも,上記の文献もぜひ副読本として読んでもらいたい。質的研究の場合には分析方法と作品(分析結果の記述の仕方)の両方を理解しないと,どちらも十分に理解できない面があるからである。

 本書のもう1つの特徴は,グループでの学習方法を提案していることである。分析方法の明確化と分析プロセスの明示化をめざし,筆者はこれまで「機能としてのスーパービジョン」という考え方で,実際の個別的,対面的スーパービジョンで行なわれる直接の指導関係とは別の方法を模索してきた。経験的学習方法の開発は質的研究の発展に欠かせないのであり,その実現のためにはグループワークのもつダイナミズムが機能としてのスーパービジョンをより実践的にできると考え,できるだけ具体的な方法を提案している。例えば,データの分析実習には,グループで取り組むことが経験的学習として有効である。データの解釈の際に,同じデータでも他の人が自分とは異なる見方をしていることに気づくことができれば,解釈の多様性を学べるとともに,自分の見方のくせや偏りを自覚しやすくなる。質的データの分析における「客観的」とは何か,「主観的」とは何かを考える機会にもなる。グループワークには,互いに学び合うインターラクティブなダイナミズムがある。
 質的研究は現在では認知,普及,定着しているが,依然として残されている大きな課題がある。それは,意味の深い解釈が十分できていないことである。分析をしてもこれでよいのか判断できず,リアリティ感がもてないということである。これはむずかしい問題であるが,翻ってみると,ここに質的研究の可能性がある。迷っているということは,あいまいなままに進めるか,一歩踏み込んでコミットしていくかの分岐点に立っているということである。しかし現状において,そこでの判断がしやすいこところまで質的研究法自体が整備されていないという認識を筆者はもっている。質的データの場合であっても,分析方法と分析プロセスを明確にする必要は当然あるのだが,仮にそれに対応できたとしても,それによって分析結果の質が保証されるわけでもない。データの解釈を研究者自身が行なうところに,質的研究の醍醐味がある。そしてそこには同時に陥穽がある。この関係を明らかにするためには,どうしても研究する人間を論じなくてはならない。この点は,質的研究の議論で十分取り上げられてこなかった。研究する人間を論ずることで,質的研究の可能性はオープンに検討できるし,ひいては人間についての理解や洞察が深くなっていくことが期待できる。M-GTAは,研究者が自身を「研究する人間」として捉えつつ,自分の行なっている解釈や分析を常に意識化し振り返ること(reflective な姿勢)を,一貫して促していく。それにより,言葉の意味に敏感になり,言葉の使い方がていねいになる。このことは,研究者としての分析力や説明力を強化し,活発なコミュニケーションを可能にして研究者をエンパワーする。

 ところで,M-GTAの開発は当初から計画されたものではなく,かれこれ30年の経験(木下,1990)を経て現時点に到達している。B.Glaser(1930~)とA.Strauss(1916~1996)という2人のアメリカの社会学者が1960年代に発表したThe Discovery of Grounded Theory〔『データ対話型理論の発見』(1967/後藤,水野,大出訳,1996)〕に触発され,研究と実践の関係を軸に試行錯誤を重ねてきた。その中で著した数冊のうち『グラウンデッド・セオリー・アプローチの実践』(2003)と『ライブ講義 M-GTA』(2007)が広く利用され,現在も最も版を重ねている。後者は翻訳が韓国で出版され(2017),予想をはるかに超える関心と支持をいただいた。また,2000年に発足した「M-GTA研究会」は現在全国各地に地方会が設置され,領域を超えて多くの研究者が,M-GTAを用いた研究への取り組みと学習活動を展開している(https://m-gta.jp/)。
 こうした発展の一方で,「本を読んだけれども,よくわからない」という声にも多く接してきた。筆者としては,解説は基本的な部分にとどめてあえて余白を残し,余白は読者に埋めてもらうのが,学びの方法として適切ではないかと考えており,今でもその考えは基本的に変わっていない。余白があることによって,読者は否応なく自分の考えでそこを埋めなければならない。そのほうが,コントロール感をもって方法を使えるようになりやすいと考えるからである。これが,先に述べた「説明すること」の第一歩につながる。余白をこちらで埋めてしまうと,手順や技法に過度にこだわった分析をしてしまい,自分のしていることの説明が困難になり大きな不安を生んでしまいかねないからである。

 また一方では,M-GTAは簡単な方法であるかのような受け止め方もされてきたようである。おそらく,分析ワークシートの活用などが具体的でわかりやすそうな技法やツールにみえて簡単に取り組めそうに思われたことから,関心を集めたものと思われる。部分と全体の関係が十分に説明されていなかったためでもあるが,これは分析する自分自身が視野から脱落しているということであり,そのため,簡単な方法にみえるということであろう。技法や方法について過度に詳しい説明はせず余白を残したのも,こうしたHow to的な読まれ方を誘発して,肝心な点が理解されにくくなるのではないかと危惧したためであるが,初学者には少なからずわかりにくさが残るようであった。
 この30年の間に筆者は,研究会や研修会,授業や個別指導など多くの経験から,「これでよいのか」と迷いながらもM-GTAの可能性に共感し研究を進めていく学習者に接してきた。そして,「余白」を初学者にとっても埋めやすくすることの重要性と必要性を肌で感じるようになった。そこで, これまでの経験を踏まえて本書を執筆するにあたり,必要となる説明の水準や章の構成を吟味した。余白が必要であることに変わりはない。よって,かゆいところにまで手が届くほどではないかもしれないが,少しでも余白を埋めやすくなるよう工夫しながら解説している。グループワークを取り上げているのも,「説明すること」をグループの中で行なうのが,自分の理解を確かめる方法として有効であることを経験してきたからである。先に挙げた解説書の刊行からそれぞれ一定の年月を経ているので,この間の経験と質的研究の展開と現状を反映させる形で,本書をまとめることにした。

 最後に,筆者はこれまでM-GTAを「説明すること」について,方法の細部において研究者個々が独自の工夫を施すことを推奨してきた。わずかな工夫でも,自分の判断で方法を変えるには方法についての理解が前提となるから,方法に「使われる」のではなく,方法を「主体的に使う」態勢をとることが可能になる。この「工夫」とは,先に述べた「余白」とほぼ同じ意味だが,すなわち,自分の研究目的に照らして方法を「最適化する」ということであり,その判断には説明が必須となる。このことが重要である。例えば,M-GTAの分析ワークシートの作業においては,データから具体例を抽出する作業をどこから始めるかという課題がある。このとき,本書での考え方と方法の説明に照らして,自分で工夫したい場合には方法を修正することができるが,同時にその理由を説明することが必要である。
 このことは,本書で説明しているM-GTAの分析方法が唯一のものではないということを意味する。すべて,本書の説明の通りにしなくてはならないわけではない。本書で提示しているのは,考え方とその実践方法の基本型である。どの部分をどのように変えて用いるかという応用は,読者に委ねられている。現在,M-GTAを用いた研究論文が数多く発表されているが,分析方法の説明や結果の提示方法などの多様性の中に,一定の共通する形式がみられるようにも思われる。もちろん,これはそれぞれの研究者がそれぞれの考える形で「余白」を埋めてきた自然な結果であるから,本書はそうした傾向を否定するものでも抑制するものでもない。要は,M-GTAの基本特性を踏まえてさえいれば,共通する形式であれ独自の形式であれ,自身の判断を「説明する」ことができ,それにより,自分自身の方法としてM-GTAを獲得していくことができるということである。

 2020年9月
目 次
はじめに

Part 1 M-GTAの方法論的体系性
 Chapter 1 グラウンデッド・セオリー・アプローチの基本特性
  1-1 オリジナル版GTAから継承する分析上の用語とM-GTAでの活用方法
  1-2 オリジナル版GTAから批判的に継承する点
 Chapter 2 M-GTAの方法論的基盤
  2-1 オリジナル版GTAの課題点への対応
  2-2 M-GTAにおける三位相のインターラクティブ性
  2-3 M-GTAが導入する分析上の用語

Part 2 M-GTAの分析方法
 Chapter 3 分析テーマと分析焦点者の設定方法
  3-1 分析テーマの設定方法
  3-2 分析焦点者の設定方法
 Chapter 4 概念生成と分析ワークシートの活用方法
  4-1 分析プロセスの全体像と例示研究の紹介
  4-2 概念-指示モデル
  4-3 分析ワークシートの活用方法
  4-4 概念生成の分析手順
  4-5 分析ワークシートの各欄の活用方法
 Chapter 5 概念比較からカテゴリーの生成方法
  5-1 概念の相互比較
  5-2 カテゴリーの生成
 Chapter 6 結果図とストーリーラインの作成方法および執筆時の留意点
  6-1 なぜ,中心的(コア)カテゴリーとするか
  6-2 分析結果を確定する
  6-3 結果図の作成方法
  6-4 ストーリーラインの作成方法
  6-5 論文執筆での留意点
 Chapter 7 なぜ,プロセスなのか
  7-1 分析テーマに「プロセス」の表現を入れる意味
  7-2 分析結果としてのグラウンデッド・セオリーとプロセスの関係
  7-3 現象のもつプロセス性とM-GTAは時系列分析ではないことの意味
  7-4 プロセスとしての理論
  7-5 分析プロセスの明示化
  7-6 プロセスについての補足

Part 3 M-GTAのグループワークでの学習方法
 Chapter 8 グループワークでの学習の進め方
  8-1 グループの編成と学習期間
  8-2 基礎学習:ウォーミングアップ編
  8-3 基礎学習:文献検討
  8-4 データに馴染む
  8-5 分析を始める:分析テーマと分析焦点者
  8-6 分析ワークシートを使った概念生成
  8-7 概念の相互比較からカテゴリー生成とその先の分析へ
  8-8 「1人」のデータではなく,「1人分」のデータの分析であること
  8-9 グループワークが短期の場合の方法
  8-10 分析実習の経験から得られるもの:グループ学習参加者の声より
  8-11 ファシリテーターとして参加する場合
 Chapter 9 グループワークと機能としてのスーパービジョン
  9-1 経験的学習の必要性と基本的考え方
  9-2 グループワークによる学びの3ステップ
  9-3 研究方法の3つの方向性

Part 4 質的研究とM-GTA
 Chapter 10 質的データのコーディングと記述のスタイル
  10-1 GTAのコーディング方法の特性
  10-2 インタビューデータの一般的なコーディング
  10-3 M-GTAのコーディング特性
  10-4 コーディングと文脈性の理解の仕方
  10-5 M-GTAを事例研究に用いる
  10-6 他の質的研究法とコーディングの関係:
        現象学的アプローチとナラティブ・アプローチの場合
  10-7 質的データと分析法の関係:記述による研究
        ─エスノグラフィーを中心に
  10-8 M-GTAにおけるデータと分析法の関係:概念化の研究
  10-9 「記述による研究」と「概念化の研究」の比較
 Chapter 11 M-GTAにおける理論と実践の関係:行為文脈設定型実装研究へ
  11-1 質的研究における理論と実践
  11-2 実践と理論の相互的研究展開:実践と理論のらせん的三重サイクル論
 Chapter 12 質的研究論文の査読基準作成と評価類型・改善方向の試案
  12-1 質的研究における査読の現状
  12-2 査読はコミュニケーション
  12-3 質的研究論文の査読に関連する現状の課題
  12-4 質的研究論文の査読ガイドライン
  12-5 査読ガイドラインに基づく論文の「評価類型と改善方向」
  12-6 評価の4類型と改善方向の実際
  12-7 最終評価をどこで下すのか:査読プロセスの今後の課題も含めて
 Chapter 13 批判的実在論とM-GTA
  13-1 質的研究の定義問題
  13-2 批判的実在論とM-GTAの関係

あとがき
文献
索引